34番のなぞかけ

 

 

「三成、少し良いか」

 135連勤、貫徹3日目となる石田三成の執務室に、珍しく来客があった。
血走った目で執務に取り組む三成の醸し出す張り詰めた空気と、鬼気迫る表情に恐れをなすことなく敷居を跨いだのは大谷吉継。この部屋の主の数少ない友人だ。
 吉継の来訪を受けて、三成が顔を上げた。
お陰で少し休憩出来そうだと、肩を揺らして盛大に息を吐いたのは、同室で同じように執務に取り組む島左近だ。
 このまま口頭で用事を済ませて立ち去られては折角の息抜きの時間がなくなってしまう。
ここはなんとしても長居して貰おうと、左近は腰を上げた。
 部屋の隅に申し訳程度に置いてある茶箪笥に移動して、三人分の茶を用意する。

「どうした?」

 左近の動きに頓着することなく、三成は吉継を見つめている。
勝手知ったる我が家とでも言うように、吉継は来客者用の座卓の前へと移動して腰を下ろした。
左近が同じように座卓にお茶を持って移動したことで、ようやく三成は重い腰を上げた。
 取り組んでいた書面を伏せて、硯箱に筆を収めた。

「何用だ」

 動いたことで固まった肩と腰が重く感じたのか、軽く首を回しながら三成は座卓の前に腰を下ろした。

「急に済まない、これをお前に解いてもらいたくてな」

 そう言って吉継が出したのは10枚に満たない書面だった。

「なんだ、これは?」

 一枚一枚を取り上げて三成がざっと目を通す。
一見すると図面が描かれているようだ。

「普請…ではないな」

 なんでも仕事に繋げてしまう三成に内心で苦笑しながら、吉継は懐から砂時計を取り出した。
砂が落ちる様に時計をひっくり返して座卓の上に置く。
それだけで三成はこれは何らかの試験だと判じたようで、無言のまま書面に意識を集中させた。
 一枚、一枚が独立した書面には異なる図形が描かれていた。
何のことはない。算術を使えば解ける謎かけだ。
学問に触れたことがある者ならば、解けないものではないだろう。
ただ出題者の癖なのか、ところどころに引っ掛けがあって、そこで時間を食うかドツボにハマる可能性が高い。

「登用する者をこれで篩にでもかけるのか?」

 一通り脳内で解いたのか、三成は立ち上がると執務机から筆を取ってきた。
書面それぞれに対応した回答を書き込んで行く。
三成の手を離れた書面を横から左近が拝借して「ほほ〜」などと軽口を叩く。

「左近、お前も解いてみてくれないか?」

「御冗談を。殿の知があれば十分でしょう?」

 面倒事はごめんだと肩を竦める艶っぽい軍師に、吉継は涼やかに答えた。

「知りたいのは、答えではない。お前達なら解くと分かっている」

「では何故?」

 手は止めず、声だけで三成が問えば、吉継はさらりと答えた。

「解くまでにかかる時間が知りたい」

「なるほど」

「そりゃ相手を間違えてますよ、吉継さん。殿程の知恵者を基準にしては平均値は測れない」

「だろうな」

 分かっていてやらせるのだ。何らかの意味があるはずと三成は理解した。
一枚、一枚、きっちり回答を書き入れて、見直しもした上で三成はようやく筆をおいた。
吉継が座卓に置いた砂時計は10回は優に回転していた。

「出来たぞ」

「ふむ…」

 回答の確認はするまでもないというのか、吉継はまじまじと砂時計を書面を交互に見つめる。

「一問につき、平均5分か」

「何か問題でもあるのか」

 これでも貫徹3日目、思考も多少は鈍ると言わんばかりの三成に、吉継はそうではないと首を振る。

「問題は大有りだろうな」

 助力を求められるのはこれからなのだと察した三成は僅かに眉を動かした。

「お前ほどの知恵者が5分かけたこの書面を、お前より早く解く者がいる」

「何!?」

 我関せずで湯呑を傾けていた左近が目を見張った。

「馬鹿な」

「こんなことで嘘を言ってどうする」

「まぁまぁ、殿。最後まで話を聞きましょう」

 左近が先を促せば、吉継が湯呑を取り上げてお茶を一口飲んだ。
ふぅ…と一息ついて、心底、困っていると珍しく表情を変えた。

「実はこれは俺のささやかな遊びだった」

「遊び?」

「ああ、執務の合間に思いついた算術の問題をだな。役所の前の高札に貼り出しておいたのだ」

「何の為に?」

「特に意味はない、作ったから貼り出した。それだけだ。
 誰かが答えたらそれはそれで面白い、回答がなければないで、別に構わない」

「それが?」

「こうして、解いた者が現れた」

「何処の学問所の門弟だ」

「それが軒並み心当たりを尋ねてみたが肩透かしだった。挑戦しようとした者はいたのだ」

「が、皆答えられなかった…と?」

「俺が次の問題を貼り出すのが早すぎたそうで、回答を導く前に問題が変わって手が出せなかったと苦笑された」

 この男の頭で考えた問題ならばそうなのだろうな、と三成と左近は納得する。

「ですが、ようやく殿以外で語り合える知己を見つけた、と?」

「どうなのだろうな…学問所の門弟ではないし、寺に師事する弟子の類でもない」

 吉継は思い悩むように顎を己の手で軽く摺った。

「何より、解せぬのだ。高札の見張りに問うても、回答した者の記憶がないらしい。
 果たしてこの問いに答えられた者は本当に居るのかどうか…」

「どういうことだ。ちゃんと回答が用紙に書かれていたのだろう?」

「ああ、回答はしっかり回収済みだ。だが目撃者が一向に現れない。
 気が付くと回答が添えられているようで、誰が何時、どうやって解いたのかが分からないのだ」

「なるほど」

「この回答者と誼を結び、出来る事なら召し抱えたいのだがままならない。
 三成、何か知恵はないか?」

 そこで何故自分に振る? と言いたげな三成に吉継は言った。

「色々これでも手は尽くした。設問のすぐ横に邸宅に招く一文を添えたり、なんなら報奨金を出すとも書き添えた」

「駄目だったのか」

「ああ。旅の者でこの町を離れたのかとも考えたが、そうではないらしい。ふらりと訪れては問題だけ解いてゆく」

 まるで何かに化かされているかのようだと吉継が肩を落とした。

「しかし困りましたな」

 無言になった三成の代わり、左近が切り出す。
視線だけ左近に流せば、左近は言った。

「これ、あんたらが誼を結ぶ結ばないの話じゃありませんよ」

「どうして。名乗り出たくないだけなのかもしれぬ。
 吉継程の男がここまで骨を折っているのに無視だぞ?
 そやつにその気がないのであれば構わずに放っておけばいいんじゃないのか」

 助けは求められてもこの時点では全く関わるつもりがなさそうな三成に対して左近は、ほんの少し真面目な表情を見せて答えた。

「相手は殿や吉継殿と御同類の知恵者なんですよ」

「だから?」

「もし反豊臣派の家系に士官でもされたら、豊臣の天下統一の歩みが停滞します」

 二人はそこまで考えていなかったのか目を見張った。

「この知恵者は、早急に見つけ出して豊臣で雇用した方がいいでしょうな」

「となればどうする?」

「どうしましょうかね?」

 言うだけ言っておきながら、何の案もないらしい左近は軽い調子で肩を竦めた。

「そこは豊臣きっての知恵者のお二人がいるんだ、知恵、絞ってみてくださいよ」

 

 

 執務を放り出して知恵者二人が顔を突き合わせてああでもない、こうでもないと相談に夢中になってしまった。
手持無沙汰になった左近は、音を立てぬように場を辞して、久々に外の空気を満喫することにした。
仕事中毒の上司を差し置いて自分だけ私邸に戻るわけにもゆかず、延々付き合って仕事していたが、左近は公私を使い分ける人間だ。三成の目がなければ、仕事はサクサク終わらせて余暇は有意義に過ごしたいと考えている。
 あのまま二人と一緒にまだ見ぬ賢人を招く算段を思索しても良かったかもしれない。
だがそれが済んだら済んだで、またあの上司は仕事に戻るのは、目に見えている。
 ならば思索は二人に任せて、暫くは娑婆の空気を全身で味わいたい。

「ああ、そういやこの辺だったな」

 吉継が作った件の難問を貼り出した高札の所在がすぐ近くだった事に気が付いた。
興味がない風を装ってはいたが、左近も知恵者。
まだ見えぬ賢人に興味がないとは言い難い。無意識のうちに足が現場へと向いたのだろう。

「ちょっと見ていくか」

 吉継の口から聞いた混雑とはいったいどれ程のものだろう?
高札の番をする役人の目を盗んだのだとしたら、その方法は一体どうやった?
現場でしか知り得ぬこともある。机上の空論には限界があるはずだ。
 左近は行き交う人々の波を躱しながら進み、やがて役所の出入り口横の高札の前に辿り着いた。

『なるほど、想像以上に人が多いな』

 商人、納税に来る民、道場帰りの武士、芸で食い扶持を稼ぐ旅人と、確かにあらゆる人でごった返している。
持ち場に就いた役人たちはそれぞれ自らに課せられた職務に忠実で、吉継が遊び心半分で貼り出した書面にまで頓着していない。

『これじゃ確かに気が付かれないわけだ』

 個別に人捜し専門の役人でも立てねば、書面に取り組んだ者は見つけられぬやもしれない。
吉継が三成に持ち込んだ相談は、なかなかどうして骨が折れる難問のようだ。

「うーーーー」

 左近が一人思案に暮れていると、左近の横から鈴の音のような声が上がった。
思い悩むような、苦し気な声に左近が視線を下げれば、声の主が覚束ない足取りで背伸びをしていた。

『ああ、なるほど』

 左近の背が高すぎる為に高札が読めないのだろう。
声の主はなんとか隙間を探して高札を見ようと背伸びをしてみたり、体を捩ってみたりと忙しない。

「こいつは失礼」

 見慣れぬ戦装束に身を包む少年に場所を譲れば、少年は大きな瞳をぱちくりとさせながら「有難うございます」と小さく頭を下げた。
 少年は一見すると三成より2つばかり年下に見えた。
育ちがいいのか、小柄ながら背はしゃんと伸びていて、筋が一本綺麗に通っている。
 一方で、さほど頭は良くないのかもしれない。
高札を見上げるが、中身を理解しているのかいないのか、かなり怪しい。

「えーと…? 税金…税金……増税の文字はなくて…」

 掲げられているお触れの、分かる部分を拾い読みしているのが丸分かりだ。

「良かったら説明しましょうか?」

 他の民の対応に追われる役人の代わりに声をかけてやれば、少年は素直に瞳を輝かせた。
どこか名のある家の者かと考えたが、どうにもそうではないらしい。
羽織も袴もしっかりしているが、羽織に家紋はない。

「ひゃわ!」

 まして通行人に押されて転びそうになるわ、素っ頓狂な声を上げるわ。
およそ武士の嗜みは持ち合わせていないようだ。
 それもそのはず。
ふらつく体を支えてやれば、左近に腕には柔らかい感触が伝わった。
 左近にはすぐに察しがついた。
この少年、もとい、少女は恐らく旅芸人の一座の者で、この羽織は芝居の衣装なのだろう。


 

  -