癖はそう簡単には治らない

 

 

「あったま、来た!! もういい、お前の事なんか、今日から呼び捨てしてやるっ!!」

 の執務室からの絶叫が上がった。
続いて、何かが飛んだ音。

「ふん、それがどうした。別段痛くも痒くもない」

 一体何事かと階下から兼続、慶次、左近、幸村、家康、秀吉が駆けつければ、室の中は凄まじい様相を呈していた。
ひっくり返った文机。飛んだ硯。飛び散った墨がそこら中にシミを作っている。

『地獄絵図』

 一同が一瞬の内に同じ事を思い描き、買い戻されたばかりの屏風で仕切られている部屋の向こう側へと視線を向けた。するとそこには畳の上へ押し倒されたと、の上に馬乗りになっている三成の姿があった。

「重いっ!! どけっ、バカッ!! アホ!! 変態ッ!! ガリ痩せ反抗期!!」

「やましいっ!! 痩せていると言いながら重いのか!! 反語ではないか!! 低知能め!!
 なんならこのまま指圧してやろうか?! 貴様も一度味わってみればいいんだ、あの苦痛を!!」

「何よ、何よ、逆恨みじゃない!! 自分が捕縛されたのがいけないんでしょっ!!」

「ええい!! いい加減観念しろ!! 何時までも暴れていないで服を着ろ、服をっ!!」

「暴れてなんかいないってのっ!! 根性ねじ曲がった優男から身を守ってるだけっ!! 正当防衛ですっ!!
 もぅ、痛いから離してよっ!! スケベ!! そんな汗臭い羽織押し付けないでよね!!」

「汗臭くなどない、卸したてだ。それから安心しろ、お前みたいな女の体に興味はない」

 互いに腕を掴み合い、繰り広げる押し問答。
その内容は多岐に渡っているが、原因が何にあるのかは一目で分かった。
昼近くになって居るのに、はまだ寝巻き姿だった。それを見て三成がキレたのだ。
今や脇目もふらずに暴れ続けるのせいで、着物の裾は肌蹴てぐちゃぐちゃだ。
艶めかしい白い足首がバタバタと畳の上で宙を蹴っている。

「恥じらいを持て、恥じらいを!! 女だろうが!!」

 それを止めさせたいのか、三成が烈火の如く叱責する。

「そう思うならまずあんたが退きなさいよ!!」

「口答えをするな!! このじゃじゃ馬が!! 羞恥心を持てと言っているのが分からんのか!!」

「なんであんたにそんな事言われなきゃなんないのよ?! それになんであんたはそんなに偉そうなのよ?!
 男女差別反対!!」

 傍から見ていれば官能的な印象を持てなくもない。
だが口論の内容が内容だけに、そこには色艶めいた空気は微塵もない。
そこに安堵していいのか、してはいけないのか、外野としては微妙な所だ。
 唖然とする面々は、こみ上げた虚脱感に抗うように己の眉間を揉み解した。

「ならば言わせて貰うがお前の傍に仕えているあの女はなんだっ!!
 からっきしだめじゃないか。愚図でのろまな亀かっ!!」

「んなっ!! ちょっと、撤回しなさいよっ!! 私の事だけならまだしもちゃんの事まで!!
 それにねぇ、ちゃんの事を悪く言うと」

「ごふっ!!」

 瞬間、天井裏から降りてきた半蔵に、三成は背を蹴り飛ばされた。
前のめりに畳へと突っ込んだ三成を見れば、満足そうに目を細めて、それから再び半蔵は姿を消す。
鬼だ、羅刹だ、非情だと言われる彼は、実はとても愛妻家なのだ。

「ハッ、バーカ。ちゃんはあれでいいのっ!! そこにいてくれるだけで癒される和み系なんだから!!
 半蔵さんだって、好きでああさせてるのよ、だから彼女はあれでいいのよっ!! 分かったか、この陰険男」

 圧迫がなくなったと同時に起き上がったは、座布団を掴んだ。
起き上がる三成の後頭部へ向って連続で三つ叩きつけて、怯んでいる隙に、果敢にも懐へとタックルをかます。

「お前、本当に女としての恥じらいはないのかっ!!」

 受け止めた三成がの頭を鷲掴みすれば、負けじとは三成の背にあるツボを親指で押し込んだ。

「ぐぅぅぅぅぅっ!! そう来るかっ!!」

「ふふふふふ、何時まで耐えられるかしら…? 今日も押し倒してバッキボッキに解してやるっ!!」

 膠着状態になった二人を見て、秀吉が口を開いた。

「慶次」

「あいよ」

 名を呼ばれた慶次が歩き出し、それに合わせるように左近、幸村、兼続が続く。
いがみ合う二人の背に、それぞれが立った。

「ほら、さん。冷静になんな」

 慶次がの腰に手をかけて引っ張れば、は前のめりになりながらその場に崩れた。
一方で、左近、幸村が三成の事を羽交い絞めにして距離をとる。

「で、今日は何があったんだい?」

 仕切りになる襖を取っ払ってしまった為に軽く百畳はあるように見えるの執務室。
その端と端に二人を引き離す。

そこでそれぞれに事情聴取を試みれば、これ以上はないくらい、くだらない理由だった。

「もう聞いてよ、慶次さん。信じらんない!! あいつ、私が朝ごはん食べてたら、散々文句言ってきて。
 相手してもしょうがないから、シカトして仕事始めたら、今度はいきなり襲いかかって来たんだよ?!
 普通する? そういう事、しないよね?!」

「左近っ!! あいつの頭の中は一体どうなってるんだ!!
 着替えもせずに米に生卵ぶっかけて食ってたぞっ!!」

「「ハァ?!」」

「いいじゃん、美味しいじゃん、卵掛けご飯!!
 それに着物はちゃんが選んでくれてるの待ってんだからこれでいいのっ!!」

「よくないっ!! 朝ならともかく、もう昼なんだぞっ!!
 寝巻き姿で頬に米粒くっつけて延々卵掛けご飯を掻っ込む君主がどこの世界にいるんだ!!
 しかも飯食った後にそのまま執務って頭おかしいんじゃないのか、まずは着替えだろうが!!!
 これで暗殺者に襲撃されてみろ、惨めどころか、脳みそに蜘蛛の巣張ってる君主として末代まで語り継がれて、
 いい笑い者だ!! 俺はそんな奴の配下だったなんて経歴、残したくはないからな!!」

「だから、さっきから何度も何度も何度も何ッッッッッ度も、ちゃんが着物を選んでくれてるの
 待ってるんだって、言ってんでしょ!! いい加減覚えてよ!!
 それにさ、空いた時間を有効に使って何が悪いのよ!!

 大体、暗殺の心配なんか必要ありませんっ!! 半蔵さんがいる限り、暗殺者なんか来ないもんっ!!
 第一末代も何も、私未婚だし!! なんだかんだ言って、結局あんた、保身なんじゃないのさ!!」

「やっぱり脳に蜘蛛の巣が張っているのだな。末代まで語り継ぐのはお前の子孫ではなく、見た方だ。
 未婚だのなんだといってるが、結局はただの行き遅れだろうが」

「なっ!! あいつ、殺す!! 絶対に殺すッ!!」

 事情説明とは名ばかりの口論を繰り広げていたが、が再び立ち上がった。

「お前に殺される奴など、古今東西探してもこの世には誰一人としておるまいよ」

 百畳向こうで三成も受けて立つとばかりに立ち上がる。

「殿……勘弁してくださいよ……何も姫相手にそこまでムキにならずとも…」

 左近が三成を再度座らせれば、対極にいるの肩をまあまあと軽く叩きつつ座らせるのは兼続だ。

「失敬な事を言うな、左近!! 俺はムキになどなってはいない!!」

「なってますって」

「そうよ、なってるわよ。自覚ないなんて末期ね。
 それとも精神年齢思春期で止まってて自分の情緒管理出来ないの!?」

「なんだと?!」

「あら、理解力まで低いの?! じゃ、分かるように言い直してあげる。ガキって言ったのよ、ガキってね!!」

「黙れ、巨乳!!!」

 室の対極でバチバチと火花を散らす二人の姿を見て、秀吉は肝を冷やし続けた。
戦国古来から続くしきたりに捉われる性質ではないのか、は家臣が対等に口を利いても不快感すら示さない。
それどころか家康を始め、自分には様付け。
幸村、慶次、左近、兼続、政宗を始めとする家臣団には"さん"付け。
前代未聞と言っていいくらいに臣を、民を重んじる。
 とは言え、彼女は君主なのだ。
戦国の習いに従い、何時"無礼討ち"の一言が飛び出すとも限らない。
何せ牙を剥いているのはあの三成なのだ。
彼なりに、よかれと思って言っているのだとしても、発言に刺が含まれ過ぎているという現実は否めない。
いかにが懐の深い温和な主君だとしても、怒髪天を衝かないという保証はどこにもないのだ。
現に今、三成が売り言葉に買い言葉で発した言葉は、の逆鱗に触れたようだ。
の顔は怒りと羞恥で朱に染まり、眦には薄らと涙が浮かび上がっている。

「なっ、なっ、あんた、今なんて言ったッ?! き、巨乳ですって?! セクハラ、セクハラーーーー!!
 なんて発言してんよ!! 最ッッッッ低!!!!!!!」

「フン、何を偉そうに被害者ぶっている!? 貴様とて俺をガリ痩せ反抗期と言うだろうが、あいこだ」

「あいこじゃない、全然違う!! いい?! あんたは私の臣、私はあんたの主。
 なのにあんた私に対して言いたい放題だし、挙句"貴様"とか言うじゃないよ!!!!
 そんな上下関係があってたまるか!! ガリ痩せ反抗期くらい、なんだってのよっ!!!」

「確かに俺は下ると言った。だが、それはお前ではなく、秀吉様に下ると言ったんだ」

「屁理屈ーーーーーーーーッ!!」

「ふん、事前に確認しなかった貴様に落ち度があっただけの話だろう。逆恨みもいいところだな」

 ああ言えばこう、こう言えばああ。本当に良くもまぁここまで口が回るものだと、周囲は呆れ果てる。
だが三成はそんな周囲の反応には一切構うつもりはないらしい。
勝ち誇った微笑を口元に浮かべて、あえてから視線を逸らした。

「な、今、今笑った?! あんた、今、鼻で笑ったでしょッ?!」

「知らぬな」

 は怒りでぶるぶると震え上がりながら、呼吸を大きく吸い込んだ。
眉をきつく寄せて、きつい視線を三成の背後へと向けて叫ぶ。

「もぅ、あいつすっごいムカツク!! 大体、左近さんはなんでそっちにいるのよっ?!」

「エ?」

 今の前にいるのは兼続、慶次、家康だ。
三成の方に左近、幸村、秀吉が座している。

「裏切り者っ!!」

 わけの分からぬ矛先が向いて、左近は冷や汗を流した。
兼続が一度溜息を吐いてから立ち上がる。

「交代だ」

「すいませんねぇ」

 人質交換でもしているかのように、二人はそれぞれ対極へ。
この左近の反応に、少なからずは怒りは沈静化したらしいが、今度は三成が苛立ちを増加させたようだ。
眉目秀麗な顔に影が射し、眉間に皺が寄る。
左近と秀吉は更に「やれやれ」とばかりに顔を顰めて肩を落とした。
 自分の傍へと寄ってくる左近を見上げながら、は言った。
心持ち、表情は和らいでいて、満足そうだった。

「もう左近さん、人見る目なさすぎ!! あんな顔だけしかいい所がなさそうな奴の下に、どうしていたのよ?!
 いい年して万年反抗期みたいで、やんなっちゃう!!」

「ハハハハハ」

 言いえて妙だなぁと、左近が己の顎を擦っていると、後方に残る狐が吼える。

「貴様、もういっぺん言ってみろ」

「何よ?! 本当の事でしょ?!」

 今度は先に三成が立った。
座ったままのが親指を天に向ってつき立てたかと思えば、そのまま床へ向けて振り下ろした。
現代ならではの宣戦布告だが、三成にもその意図は伝わったようだ。
彼は懐から扇を取り出してずんずんと前進し始めた。

「もう我慢ならぬ。貴様の馬鹿さ加減について徹底的にお説教してやるから覚悟しろ!!」

「ふん、冗談じゃないわよ。バーカ、バーカ、三成のバーカ」

「貴様の方こそ子供だろうが!!」

 慌てて追い縋ってきた幸村、秀吉を引きずり、見物を決め込んだ兼続を後方に従えて三成は進軍する。
一方では立ち上がると身構えて、シャドゥボクシングのスタイルをとった。

「何さ、女みたいな顔してさ。根性まで女みたい!! 慶次さんみたいに少しは柔軟で豪快になれないの?!」

「……ふん、そんな必要ないな。俺は俺だ……それに…」

「な、何よ?!」

 身構えるの前で、三成は口元に微笑を貼り付けて豪語した。

「外見に拘るのは自らが劣っていると証明しているようなものだぞ」

 ぐぐっ!! とが息を呑む。
じろじろと無遠慮にを眺めて、三成は小馬鹿にするように肩で息を吐いた。

「…まぁ…その様子、精神構造では、折角の外見も豚に真珠、馬の耳に念仏だろうがな。
 土台、お前のような女と美について語ったところで、俺とお前の落差が埋められるはずもないか。悪かったな」

 他の人間に言われるのならばまだしも、あの三成が相手だ。
口さえ開かなければ問題なしの美男子に、美観について語られ詰られる事のなんと生々しく、そして痛々しいことか。何か一言、たった一言でいいから言い返してやりたいとは思うものの、すぐには言葉が出て来なかった。

「うぅぅぅぅぅぅぅ〜」

 は言葉を失い唸りながら、ぶるぶると怒りに打ち震える。
そこへ原因の一端を担ったらしいの本日の着替えを持ってのこのこやってきた。

様〜、お待たせしました〜。桃と菫と、迷ったのですけど…今日はやっぱり菫にしましたわ〜」

「ううう、うわーーーーん、ちゃん、あいつ、すっごいムカつくー!!」

 橙色の可愛らしい振袖に身を包むの肩に顔面から抱きついて、は絶叫した。勿論、涙声だ。

「まぁ、まぁ、まぁ!! どうなさいましたの??」

 おっとりとした声でを宥めようとするを見下し、三成は鼻でフフンと笑った。
そんな三成の足を蹴ったのは秀吉だった。
なんとか自分が叱りつける事で"無礼討ち"だけは回避したい考えだった。

「こりゃ、女子を泣かせちゃだめじゃろ。全く、三成は何時まで経っても子供じゃのう」

「な、秀吉様!」

 顔を顰める三成をキッ! と睨み、は地の底を這うような声で言う。

「見てなさい」

「ん?」

 ついに来るか、"無礼討ち"。
誰もが一瞬固唾を呑んだ。
だがはどこまでいこうとも。平和主義者なのである。

「一週間よ…一週間で、お前をぎゃふんと言わせるくらい、綺麗になってやるっ!!」

 は周囲の予測を大幅に裏切り、宣言した。
また無茶苦茶な事を言い出したなと、左近がジト目になる。
そんな左近に目もくれることなく、は踵を返した。

「遊郭に修行に行って来る!!」

 爆弾発言に虚を突かれた周囲が慌てての後に追い縋ったのは、言うまでもない。

 

 

「けどなぁ、さん。本当の女の美しさってのは内面からくるもんだろう?」

「分かってる、知ってるけど、でも!! でもーっ!! やっぱり悔しいじゃん!!」

 ぐすぐすと半べそをかくの頭を慶次が大きな掌で撫でた。
中庭を前にした縁側に座る今のの装いは、が選んでくれた菫色の振袖。
髪もきちんと整えて、充分な美しさをもっている。

「その姿を見れば、三成だってとやかく言いやしないと思うがね」

 視線で左近に同意を求めれば、左近も同意した。

「そうですよ、姫。何も遊郭にいく事なんか…」

「だって、悔しいのっ!! 情けないけど、あいつの言葉、確かにクリーン・ヒットなんだもん!!」

「くりー…なんだって??」

「的中って事」

 ぎゅっと、己の掌を握り締めては唇の端を噛んだ。

「鍼灸師はあまり香水とか使えないのよ。お年寄りの相手が多いから、派手な格好は出来ないの」

 つまりは自分の好きな仕事を円滑にこなす為に、日常はこざっぱした格好を心掛けていた。
何時の間にか定着してしてしまったその癖が、戦国時代にあっても抜けない。
そこを三成に指摘されて、それが悔しかったのだと訴えた。

 

 

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