立花が作る道

 

 

 世の中には一難去ってまた一難という言葉がある。
その言葉が言い表す通り、逃亡劇は今また過酷な山場を迎えようとしていた。
第四の関を破り、長距離を駆けに駆け続けたは、先の吊橋での時のように馬力を失い始めた。

「おい、からくり、どうなっている?! これでは追い付かれるぞ!!」

 第四から第五の関にかけての逃亡は、彼らにとっては想像以上に危険を伴っていた。
何故なら第五の関へ繋がる街道は枝道が山とあり、その道が別の関だけでなく砦へと連結していたのだ。
その為、先回りで手ぐすね引いて待っている敵陣中へと分け入り、敵の猛追を交わしながら進まなくてはならなかった。このような状況で失速すれば、それは即ち死を意味すると言って過言ではない。
 三成が叱咤するも現状が良くなるでもなく、代わりにフロントガラスに乱れた文字が浮かび上がっては消えた。

「…なんだと…? 動力が切れるだと?! どういうことだ!!」

 次に浮かび上がった文字が伝えた事は、の仕様だった。
石油のない時代にガソリンで走る車を送るわけにも行かなかった同士は、電力で稼動する車を丹精込めて開発した。
高性能にし過ぎて誰もが扱えぬ仕様では意味はないと、機能を盛っては削り、削っては精度を増して作り上げた車は二台。恐るべきことに、その内の一台が本来ならばの元へと送られるはずの機体だった。

「馬鹿を言うな…お前のようなからくりが他にもまだあるというのか…?!」

 驚愕する三成の視野を淡い翡翠色の文字が埋め尽くして行く。

「何? お前は、試作機だと?! では、何故…?! 時空に歪みが生じた?! ええい、分からぬ!!
 もっとちゃんと説明しろ!!」

 カリカリ来ているのか、それともそうしていないと意識を繋ぎ止める事が困難なのか、やたらと三成はがなる。
その声で気が散るのか、が叫んだ。

「もう、三成様!! もう少し落ち着いて下さいまし!! 焦りますわ!!」

 車体を左右に振りつつ追撃を交わしながら道を急ぐにも余裕はない。

「それに、そんな事よりも動力が…」

 めい一杯踏み込んでいるのに思うように加速しないからくりに焦り、苛立ち、現状に恐れを抱いているのは何も三成だけではない。もまた、長時間の運転で精神的な疲労を抱え始めているようだった。
 今がダウンすれば、代わりはいない。
自身に運転させるという手段はあるが、それをしようにも肝心の動力がない。

「覚悟!!」

「っく、もう来たか…!!」

 追尾だけでなく坂落としで進路に現れた騎馬隊に三成が舌を打つ。
彼は意を決したように補佐として添えていた腕を舵から離すと、扇を取った。
座席を下げて後部座席へと移り、そこで天窓を開くと車体の上へと躍り出た。

「危険ですわ、三成様!! 戻って下さいまし!!」

「この程度の速さであれば、どうとでもなる。何より、俺がやらねば突破は出来ぬ」

 三成が何をしようとしているのかを判じたが不安そうに声を張り上げれば、彼は素気なく言う。
二人の会話を聞く家康が、苦悶に顔を歪めた。とァ千代の保護を務めるているとは言え、肩は外れ、懇談の場であれば筒槍を持ちこむ事は敵わず、結果この有り様だ。
 戦よりも治世で才を発揮する気質であるとはいえ、この現状に納得など出来ようはずもない。

「動力はどうすれば戻るのだ!!」

 不安定な足場で一人で奮闘する三成の代わりに出来る事はないのかと問いかければ、フロントガラスに代わりサイドガラスに乱れた翡翠色の文字が浮かぶ。
不規則に羅列され、見た事もない文様に化ける多くの文字の中に、彼は"雷"の文字を見た気がした。

「雷?! そなたは雷で動くのか!?」

 肯定の文字が現れる。
屋根の上では、三成がバランスを取りながら迫りくる騎馬を一体づつ潰している。
彼の着物の左肩部分に広がる赤黒い染みは、刻一刻と色を濃くする。
当然、三成自身も視界は朦朧としているに違いない。
それでも彼は一歩たりとも引こうとはしなかった。

『駆け続けろ…五の関を越えれば……へはすぐだ……そこまで辿りつけば、きっと…きっと秀吉様が…』

 騎馬の上から槍を、刀を、向けて来る武者との攻防で大きくバランスを崩した三成の体がほんの一瞬、宙に浮いた。

『くっ!!』

 あわや転落死かと瞼を閉じた刹那、の車体に強烈な雷光が走った。

 

 

 三成が屋根の上で曲芸にも似た迎撃を始めた頃、時を同じくして車内では。

「雷?! そなたは雷で動くのか!?」

 肯定の文字を見た家康の判断は早かった。
彼はから手を放し、意識を失ったァ千代の傷口を強く掴んだ。

「うあああああ!!」

 痛みで意識を取り戻したァ千代に向い、彼は雷切を握らせると希った。

「済まぬ、ァ千代!! しかし、他に方法がいなのだ!! そなたの力を貸してくれ!!」

 家康の判断の先にあることを察したが動く。
後部座席の下からブラックボックスがせり出してきた。
見慣れぬ質感の紐の束で動力を供給する仕様なのだろうが、仕様の説明をしている猶予はないと判じたようだ。
自動で紐の束が外れ、紐が繋がれていた接合部の形状が雷切の形状を読み取り変化した。

『ここに番えろということか』

 家康が横たわっていたァ千代を抱き起し支えた。

"何時かァ千代にもきっと分かる時が来るよ"

 不意に元就の声が脳裏を過った。
失血の為に朦朧としていたからだろうか。
自身を支える家康の掌に、元就の掌が重なる。

『ありえぬ…元就は…もう……私の前には……』

「ァ千代!! 頼む!! この通りじゃ、様を救ってくれ!!!」

 家康が請願し、頭上から聞こえるのは打ち合う金属音。
時折追撃の手が緩むことからも防衛戦が展開されていることが分かる。

「大丈夫、きっときっと平気ですわ。皆で帰ることが出来るはずです…さん、頑張ってくださいまし」

 滲む視野の中で時折鮮明になるのは不安げな女子―――の横顔だ。
こうした修羅場に慣れていないであろう彼女は、本来であれば泣き出し、家康や三成の背に隠れて縮こまっていたいはず。だが他に術はないと自身を叱咤し、懸命にからくりを操り続ける。

「この時の為だと思う瞬間が…きっと来る」

『そうだ……武士は、弱き者を…守るものだ…』

 素直に帰順する気になれずにいる自分に、は誠心誠意接してくれていた。
松永家の手に落ちたとはいえ、望むのであれば帰国する事にも不快感を示したりはしなかった。
懇談の場でも、この逃走劇でも、の禄を食む者の情の厚さは身に染みる。
どこか遠い意識の中で聞いていた、彼らの会話。
そこには彼女を疎んじるような言葉は一つもなく、皆で帰ることだけが現れていた。
 ァ千代の眉が寄り、瞳が強い意志を纏う。
雷切を強く握り直し、ブラックボックスに番える。

「唸れ!! 雷光!!!!!!」

 瞬間、車体全体に走った雷がブラックボックスを介して、稼働に適したエネルギーへと変換されて行く。
車内に赤、緑、白と光が入り乱れてが思わず目を閉じ、ハンドルを放した。
制御を失った車体が大きく揺れた。それと同時に、屋根にいた三成が振り落とされるかのように、宙に浮いた。

 

 

「ぐあっ!! な、なんだっ?! 一体?!」 

 背に強い引力と衝撃を感じた三成が唸った。
彼が閉じた瞼を開ければ、視野一杯に煌く星々が見えた。
今日はいやに星が流れるなと思い、次いで星が流れているのではなく、自身が急速に移動している事を思い出す。
 彼は上半身を起こそうと踏ん張るが上半身どころか、腕一つ、びくともしなかった。

「おい、どうなってる?」

 弾き落されたと思ったのに屋根の上に貼り付けられた状態で疾駆する現状に疑問が生じるのは当然だ。

「失礼、マグネット・サークルの稼働率が高過ぎたようです。咄嗟でしたので」

 彼の問いに答えたのは、少しも悪びれているように聞こえない淡々としたの声。
三成は、目を見張り、それから安堵したように薄く笑った。

「腹は膨れたのか」

「お陰様で」

「そうか、僥倖だ」

「自在に動けるように微調整します。露払い願います」

「引き受けよう」

 全身に掛った重力が緩む。
三成は体勢を整え直して、迫りくる敵兵と切り結び始めた。

 

 

「マスター、お疲れ様でした。以後はお任せ下さい」

 車内に迸った閃光が落ち着くと同時に、荒々しく揺れながら走っていた車体が安定を取り戻した。
雷切に手を掛けたァ千代が家康の支えの元、渾身の力を込めて、雷光を穿ち続ける。
それによって完全に機能を取り戻したがァ千代の手から放たれる雷を余すことなく吸い上げ続けた。

「瑞玉霊神、後しばらくの辛抱です」

「分かって…いる……立花に…任せよ…」

 慣れぬ名で呼ばれたァ千代が、ぼそぼそと答えた。
不快感を示す余裕すら、今の彼女にはないようだ。

「三度雷光が走った後、瑞玉霊神にしばしの休養を。心拍数が上昇し過ぎています。
 現在の体調では短期間に連続三度以上のエネルギー供給は、生命に危険を及ぼす可能性があります」

「あい分かった」

 それぞれがそれぞれの役割に従事し動き出す頃、疾駆するのセンサーは第五の関へと続く砦の異変を察知した。
砦と山道を繋いでいた二つの跳ね橋が跳ね上がる。
砦を落とし、跳ね橋を落とさねば、領へと続く最後の関へは辿りつくことが出来ない。

「治部少輔殿」

 聞きなれぬ役職名で呼ばれて三成が、眉を僅かに動かした。

「これより三つ目の曲がり角で飛んで頂けますか」

 が無茶な提案を抑揚のない声で提示すれば、三成の眼前に幻影が現れた。

「ホログラム―――立体映像で構成されていますが、遠方で起きている現実です」

 逃走の妨げになっている砦の全体像が浮かび上がり、二つの跳ね橋が上がっていることを教える。
その跳ね橋を制御するからくりの位置がピンポイントで表示され、続いて作戦が仮想現実として表示された。
それは三つ目の曲がり角で三成がから離れ、単騎で砦に討ち入り仕掛けを作動させるというものだった。

「無茶を言う」

「プランBを試しますか? 成功確率は一割を切りますが」

「いや、いい。丁度体も温まってきたことだしな」

「なによりです」

 タイミングを計り、一つ目の曲がり角を通過する。
二つ目の曲がり角でが何かを前方の岩肌に向けて射出した。
鈍色の筒は宙でぴたりと止まったかと思えば、小さく爆ぜた。
筒から飛び出したワイヤーが岩肌と岩肌を繋ぐ。
一本線で繋がれた傾斜を持つワイヤーの下には砦に供えられた櫓の屋根が見えた。

「なるほど、着地点はあそこか」

 跳躍地点まで、後50M。
追走してきた騎馬から繰り出される一撃一撃を三成がかわす。
突きは扇を閉じて打ち返し、薙ぎ払いには一歩引いて、体捌きで対応する。

「屑が」

 アーツで一騎潰し、続いて突き出された槍の柄を脇腹と腕で捕えた。
槍の柄を掴んだままで身を反転させて、広げた扇を手から放つ。
ひらりっと宙を泳いだ扇は柄を取られて焦る武士の兜を強く打った。
跳ねかえった扇が三成の手に戻り、脳震盪を起こしたらしい敵兵が落馬し、騎馬が潰れる。
後続の騎馬が数騎、巻き込まれて土煙と共に消えた。

「治部少輔殿、準備を」

 残り30M。が急かす。

「随分簡単に言ってくれるな、こっちは手負いだぞ。忘れてないか」

「モルヒネをご用意しますか?」

「なんだ、それは」

 残りの騎馬と打ち合いながら問う。

「強力な麻薬です、鎮痛効果があります」

「いらん」

 扇を広げその場で弧を描くように舞いながら、隙をついて投爆した。

「では、何をご用意しますか?」

「何もいらん、もうお前は喋るな。時が来たら、知らせろ」

 「集中できぬ」と低い声でもらせば、は素直に従い沈黙した。
が、三成を見捨てたわけでも無視したわけでもない。
戦う三成の視線の端には、が投影したホログラムが見えるようになってる。
狭い足場ながら、動き回る三成の視線の角度に合わせて、自動調節しているのだ。
 残り20Mを切った。
三成はバックスッテプで距離を作り一瞬だけ構えて気を練成した。

「治部少輔殿、準備を」

 10M。

「目障りなのだよ!!!」

 9M。無双奥義が炸裂した。
8M。騎馬を巻き込み、一騎残らず叩き潰す。
7M。残る時間で後顧の憂いを断つべく、山肌に向けて速度と、強さを増した一撃、一撃を繰り出した。
6M。横並びに入った不規則な亀裂が、ピシピシと音を立てて繋がってゆく。
5M。岩肌の一角が、崩れた。

「愚かだな!!!」

 4M。数多の爆撃が、ダメ押しの一手となった。

「治部少輔殿、来ます」

 の声がする。
3M。扇を手に収めた三成が身を翻した。
2M。カーブに差し掛かったの車体が傾斜に合わせて揺れる。
1M。三成が数歩走る。
跳躍地点到達。
三成がの屋根から宙に飛んだ。
背後では轟音が上がり、岩肌の崩落が起きた。
土煙を上げながら崩れた道を騎馬を使っての追走は出来まい。
見事に後顧の憂いを断ち切った三成は、打ち出されていたワイヤーに扇を噛ませて取っ手代わりにすると、即席のスライダーに身を預ける要領で砦へと向かった。

「流石です、治部少輔殿」

 ホログラムが消える。
土煙を上げながら走り続けるからの賛辞が聞こえたのかどうかは不明だが、次の標的を目指す三成の口の端が満足そうに緩むのが見えた。

「まぁ、どうということもない」

 

 

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