君はペット - 風魔編

 

 

「今回は外交のプロだけを連れて行くわ」

「飴と鞭。今回私と一緒に行くのは、家康様と三成よ」

 隣国となった松永家から届いた懇談会の招致を受けると決めたが選んだ供に、何とも言えぬ不安を覚えた。
内政官としての供を求めるのであれば、石田三成よりも豊臣秀吉の方が適任だったはず。
特に秀吉と家康はの発作を対処できるという利点がある。
それを考慮していないわけではないのだろうが、は秀吉を国元の守護に任じた。

「これは? 筒槍の部品ですよね?」

「え、ええ…左様で…」

「はい、没収」

「ええええええ!!! 様!!!」

「だから、こっちに戦意があると思われちゃ不味いんですって」

 表向きこの二人を供に配置して、秘かに半蔵を呼び戻して随行させるというのならば、まだ分かる。
だがは半蔵を呼び戻すこともなく、旅支度を整えてゆく。
 一行の荷物を改める際には、わざわざ武器だと気取られぬように分解していた家康の筒槍すら、没収した。
これには流石に石田三成の目が死んでいた。
 当然だ。内政官としての同行を求められてはいるが有事の際は家康と三成でを守らねばならない。
二人きりの護衛では心許ないどころの話ではないのに、その片割れが、今こうして目の前で戦力外通告を受けたのだから、絶望を顔に貼り付けもするだろう。
 家康とて何もしようとしなかったわけじゃない。
荷駄車から降ろされた筒槍の部品を後でこっそり回収して荷物に紛れ込ませようと考えたのだ。
だが時には鋭くて、先手を打った。
家康の筒槍の部品を、よりにもよっては真田幸村に預けた。
彼ならばが下した命令であれば、どんなものでも命懸けで厳守するに違いない。

『これで完全に戦力は俺だけか』

 背後に立った左近の肩に三成が額を預けて言葉にならぬ呻きを上げているがは一切お構いなしだ。
これだけでも条件が悪いのに、は虜囚とした立花ァ千代を同行させると告げた。再び、三成の目は死んだ。

「だって、二度手間じゃん?」

 命の危険よりも手間を省きたいと言ったの感覚が、斬新で心から楽しかった。
武辺者共が随伴しないのであれば、此度は手を貸してやるのも悪くはなさそうだ。
手勢が減るという事は、自分の変化を見破る者が減るという事でもある。
 千日戦争で知った。は動物に弱い。
狼へと姿を変えて、宿とする邸宅の庭に身を置けば、は勝手に飼われていると思い込んだ。
 益々都合が良かった。

「お手! おかわり!!」

 差し出される掌に合わせて前足を乗せてやれば喜ぶ、喜ぶ。幼子のようだ。

「かわいい〜〜〜、お利巧さんね〜〜〜」

 些細な望みを叶えるだけで満足して、己を抱き寄せて、顎の下を猛烈にわしゃわしゃしてくる。
それは狼に対する撫で方ではなく犬に対する撫で方だが、元々は犬ではなく風魔なので頓着しない。

「あ〜〜〜。もう超絶可愛い〜〜〜〜。見て見て、三成! ァ千代さん! この子凄くお利巧さん!!!」

 家康は外交の為に宿を離れているから、傍に控えているのは石田三成と虜囚の立花ァ千代だ。
猫派のァ千代がの膝に顔を預けている狼―――風魔に気を向けることはない。
 一方でに深い恋情を抱いている石田三成は、第六感で何か感じているのか、終始仏頂面だ。
狼と引き離したいと思ってはいるようだが、同じ屋根の下に拘束具すらつけていない立花ァ千代がいるから、そちらに神経を回さねばならないようで奔放なに懐く風魔にまで気をかけている余裕がないらしい。

『ご苦労なことだ』

「いいか、寝所には入れるなよ」

 釘を刺した三成はァ千代を促して室を出る。
二人を見送ったは仰向けになった風魔のお腹をわしゃわしゃと撫でつけた。

「ねぇねぇ、君はずっとここで飼われてたの?」

 イヌ科の動物が腹を見せるのは服従の証。
はこの狼が安心しきっている意思表示だと考えているようだが、風魔からすればそれは違う。
単純に、の膝に自分の後頭部を預けただけに過ぎない。
 に懸想する者は多いが、誰一人としてこの視点での表情を伺ったことはないはずだ。
忌々しいことに自分以上にの事を知り尽くしていそうなあの傾奇者も、見上げられ覗き込むことは有れど、こうしてを見上げて包み込まれるように見つめられたことはないはずだ。
 そう思うと何とも言い知れぬ優越感を覚えた。

「あら? ここ気持ち良かった?? こしょこしょこしょ〜〜」

 知らぬうちに笑っていたのだろうか、が嬉しそうに笑った。
華奢な掌がモフモフの毛並みに沈み込んで体を撫で擽る。

「ほらほらほら〜〜。気持ちいいね〜〜。楽しいね〜〜〜」

 楽しいのも面白いのも、獣一匹の見せる反応でこうも表情を崩すの方だ。
撫で摩られて、くすぐったいのか狼の喉がグルグルと鳴る。

「あ〜〜〜、本当に可愛いな! お城でもペット飼えないかな〜〜〜。
 でも犬公方になるわけにはいかないもんな〜〜〜〜」

 何が何やらよくは分からないが、の中で生まれたペットを飼うかどうかの葛藤は、結論は出たようだった。

、風呂沸いたぞ」

「はーい」

 室の外から三成に声をかけられたが、狼の後頭部に腕を差し入れる。
畳にずらすように下ろして、旅道具の中から着替えと手拭を取り上げた。
 名残惜しいとばかりにの腿に鼻先を摺り寄せれば、は屈託なく笑った。

「甘えん坊さんねぇ。一緒に入る?」

 千日戦争の時の様に子供の姿じゃない。今は100cm以上はあろうかという巨体だ。
留守番を言いつけられるかと思いきや、には全くと言っていいくらい警戒心がない。

「そうだ、ァ千代さんも一緒に入るかな?」

 捕虜の扱いを全く理解していないは能天気にもァ千代を誘い、宿の湯殿へと足を延ばした。
ァ千代も戸惑わなかったわけではないが、が「三成には内緒ね」などと言いながら狼を連れて湯殿の暖簾を潜ったものだから脱力してしまって反抗しなかった。

「貸し切りじゃなかったら文句が出るのではないのか」

 ァ千代が独り言ちる。

「そう? 逆にお利巧な狼と混浴できる宿って、流行らない?」

 薬草を浮かべた湯舟に向かい合わせには腰を落ち着ける。
隣できちんとお座りしている狼も湯の温かさに満足しているのか、まったりとした面持ちだった。

「それにしても、この子本当にお利巧さんねぇ。あ、でも水を嫌ったり怖がるのは猫の方だっけ??」

 わしゃわしゃと狼の下顎を撫でまわせば、狼がの肩に顔面を押し付けた。
甘えるようにぐりぐりと鼻先をこすりつける。
 艶めかしい項が否応なしに目に入り、むらっと何かよく分からない情欲のようなものが鎌首を擡げた。

「ひゃ! 擽ったいって!」

 欲望のまま項をべろりと大きな舌で嘗めた。
じんわりと肌を伝う汗と薬湯の苦みに顔を顰める。

「何? 飽きちゃったの?? 出たい??」

 風魔の心境など一切頓着せずには構い倒す。

「湯あたりする前に上がるぞ」

 生粋の動物らしからぬ懐き方をする狼にァ千代が不信感丸出しの視線を向け始めた。
風魔は渋々浴槽の淵に顎を乗せた。
 ざばりと大きな水音を立ててが立ち上がる。
ちらりと上目遣いになれば、湯気の向こうにの肢体の曲線が見えた。
 本拠地でお留守番を言い置かれた傾奇者とて見たことがないかもしれない曲線に優越感を抱いたのは束の間。

『痩せたか?』

 腰回りの肉が落ちている気がした。それに気がかりなのは、自分と傾奇者が斬り結んだ時に出来た傷とは全く異なる古傷が、の背にあったことだ。
 位置としては腰回り近く。短刀よりも小さな刃で付けられたであろう古傷に、苛立ちを覚えた。

「ん? どうしたの?」

 ざばりと音を立てて身を起こした。
本能の赴くまま、古傷の上を嘗めれば、は身を捩った。

「わわわ、そこはちょっと舐めないで! ざらついた感じがくすぐったいよ」

 叱るように華奢な掌が風魔の鼻先を上から抑えた。
不満を示すようにグルル…と喉を鳴らせば、は瞬きをした。

「心配してくれたの?? でも大丈夫よ。もうずっとずっと昔の傷なの。痛くはないからね」

 安心させるようにポムポムと抑えた鼻先から額にかけて撫でつける。

『欺瞞を抜かすか』

 多少痩せはしたが全身くまなく美しいものだ。
の持つ価値観や行動理念からして、の故郷は今生と違って太平のはず。
そんな場所で生を受けて、何故、そんな場所に傷を受けた?
風魔の目が苛立ちと嫌悪で仄暗く歪んだ。

『この女は、我の座興…手出しは許さぬ…』

 誰に何をされた? どうして傷ついた?? 
狼の体では問いかけることは当然出来なくて、沸々とした怒りだけが腹の中に沈殿した。

『何時か、吐かせてやろう』

 風魔が纏った嫌悪感は、強い殺気となった。
戦場に身を置く経験から気取ったのだろうか。立花ァ千代が真っすぐに睨みつけて来た。
 風魔の正体に気付く気付かないではなく、風魔を中心に膨れ上がった殺気に反応したに過ぎない。

「……上がるぞ」

 警戒心丸出しでァ千代はに言う。

「え? あ、うん。そうね。長湯してると他の皆も入れないものね」

 は上がり湯として何度か手桶で湯を汲み上げて体にかけた。
じんわり浮き上がった汗が流れ落ちる。

「ふー。すっきりした〜。さてと、問題はこの子ね。どうやって拭こうかな」

 持ち込んだ手拭は頭髪と体用と体を洗う用の三枚。
到底この巨体を乾かせるとは思えない。
はてさてどうしたものかとが頭を抱えると、風魔は身を翻した。

「あら…? あらあら、もしかしてもしなくても…長湯さんなの?」

 ざばりと音を立てて、狼は再び湯舟に浸かった。

「ん〜、どうしよう…」

「この宿の狼であれば、放っておけばいいのではないのか」

 誰かが勝手に世話するはずだとァ千代に促されたは脱衣所へと足を運んで、そこで寝巻となる浴衣に着替えた。
薄灰と黒地の浴衣に彼岸花と蜻蛉の朱色の刺繍が映える。この浴衣は一体誰が選んだのだろうか。
傾奇者でなければ、婀娜っぽい軍師の趣味のような気がしないでもないが、傭兵の趣味かもしれない。
どちらにせよが好む色合いではない浴衣を旅先の荷物に仕込むあたり、仕込んだ人間の独占欲が垣間見える。
 風魔は再びつまらなそうにグルグルと喉を鳴らした。
痩せた腹回り。背の傷と、らしからぬ浴衣。
もやもやした苛立ちは飽和状態を容易く越えた。
 ばしゃん! と大きな音が鳴った。
着替えを済ませたが髪を拭きながら湯舟に目をやれば、狼が一心不乱に湯を叩いていた。

『ああ、遊び足りなかったのね…』

 理解するかどうか怪しいが一応念の為とばかりに、は狼の背に声をかけた。

「湯あたりする前に上がるのよ〜?」

 狼は答えず、振り返りもせず、黙々と湯舟に浮かぶ薬草を殴りつけていた。

 

 

 供周りの男衆が湯殿に来る前に風魔は湯から上がった。
人の姿をとって水滴を己が操る風で吹き飛ばしてから、再び印を切った。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」

 忍術が発動して風魔の姿は歪み、再び狼の姿をとった。
の部屋に戻れば夕飯の時間だったようで、が黙々と夕飯に舌鼓を打っていた。
警護と称して傍に控えるのはやはり三成だ。
 相変わらず疑っているのか、三成の視線は鋭い。
我関せずとばかりにしれっと敷居を跨いでの傍に寄ってゆき、膝に顎を乗せた。
 ぶわっと目に見えぬ効果音が鳴って、三成の周囲の空気が焼けつくような殺気で満たされた気がした。
ふふんと鼻で嗤う。風呂場で抱えた鬱屈は、三成の反応を受けて、上手い具合に解消された。
は気が付いていないのか、暢気に茶碗によそった米を咀嚼し、焼き物の皿に箸を割り入れている。

「あ、そうだ。ねぇ、君はご飯は?」

 膝の上の狼にが問いかけた。
狼は暫くは動かなかったが、が燻製の肉に箸を伸ばすと、唐突に鎌首を擡げて、あんぐりと大きな口を開けた。

「おー、やっぱりお肉は分かるか〜。はい。あーん」

 箸から落とされた燻製肉を口に入れてもごもごと咀嚼する。
その姿が楽しかったのか、は、

「はい、お代わり〜」

 などと言って、次の燻製肉を掲げた。

「食べ物で遊ぶな」

 三成が横から釘を刺せば、は反論はしなかった。それくらい今日の三成の目は鋭かった。
別に遊んだつもりはなく、狼にお裾分けをしただけなのだが、今の三成に言った所で受け入れて貰える価値観でもなさそうだ。それに作り手の気持ちを考えればしっかりと頂くべき時に頂くのが普通だろう。
なかなかこうして動物と触れ合うことがなかったから、ついつい浮かれてしまったが、三成の指摘は逐一正しい。

「ごめんね。私が食べ終わったらご飯あげるからね」

 それまでは膝枕で我慢してくれと太腿を示せば、狼はむくれたまま大人しく太腿の上に顎を乗せた。

「なんで何時までもそうしてる? 叩き出せと言っているだろう」

「えー。別にいいじゃん、可愛いよ〜?」

「どこが。そんなデカブツの何がいい??」

 憤懣を隠しもせずに、三成は茶を淹れる。

「ああ。そういえばお前は慶次にもよく懐くよな。根本的にでかい物が好きなのか?」

 唐突に思いついたらしい三成の指摘に、は「そうねぇ」と言葉を濁した。
肯定も否定もしていないが、表情を読む限り、嫌いではなさそうだ。

「まぁ、小さいよりいいんじゃない?? 器でもなんでもさ。あ、でも私ポメラニアンとかコーギーも好きよ?」

「歩目羅…なんだって?」

 聞きなれぬ犬種を上げられた三成が眉をしかめた。
手の届く距離に居ながらにして、わざわざお盆に湯呑を乗せて差し出してくる三成の神経質さに頭が下がる。
上に立つ者であれば、場所を問わずに常にこうあれと言われているような気がして、が苦笑いを口元に貼り付けた。

「犬の種類よ。小型犬でね、外つ国の犬種なの。この子の十分の一くらいの大きさかな〜」

「好きなのか、その犬が」

「うん、可愛いのよう! てけてけ歩いてね。愛嬌がある顔立ちしてるし、それでいて忠誠心は深い犬種だし」

「古儀というのは?」

「コーギーね、コーギー」

 訂正しつつ湯呑を受け取って両手で茶をすすった。
息を吹きかけて温度を調節しないで飲めるのは、三成の配慮の賜物だ。

「コーギーも外つ国の犬種なんだけど、体長は大体このくらいで…元々は牧羊犬なの。闊達で頭がいいのよ。
 それでいて大きな体を短くて小さな足四本で支えていてさぁ、めっちゃ可愛いの!」

 は湯呑を膳の隅に置いて身振り手振りでコーギーの体長を指示した。

「つまりお前はモフモフに弱いわけだな」

「そー。それは否定しない」

  


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