烙印の代償

 

 

「お願い!! もう止めてっ!! が欲しいなら、全部全部あげる!!
 何もかも、貴方にあげるから……」

 金切り声をあげて、眼前に立つ純白の束帯を纏う影に縋りついた。

「だから……だから、こんな酷い事、しないで…!!」

 影はの哀願を受けても、何一つ動じることはなかった。
号泣するの腰を抱き、手を伸ばして頬を伝う滴を優しく拭う。

『泣かないで……どうか…悲しまないで…』

「勘違いされては困る、私は…貴方の国など欲してはいない」

「う、くっ…ううっ…」

 の足下を汚すのは、生々しい鮮血の海。
出所を追えば、その先に蹲る家臣の姿がある。
体を大地に縫い止めるように突き立てられた槍に、傷口から滴る血が絡みつく。
 慶次、幸村、孫市、三成、左近、誰一人として例外なく、過酷な拷問を強いられていた。

「…お願い…皆を…ころさないで…!!」

「国など、いらぬのだ。私が欲しいのは…」

 頬を伝う涙を拭った指先が、の唇に触れてそれから顎をとる。

「っ!」

 脅えて距離を取ろうとするものの、がっちりと腰を抱え込まれて動くことが出来ない。

「……やめろ……に……触れるな…」

 吐血しながら三成が手を伸ばした。
肘を槍に穿たれている為に、持ち上げることが出来ない掌が自身の血で滑っている大地を悔しげに掻き毟る。

「いやぁ!! 三成、動かないで!! 動いちゃ駄目っ!!」

 が暴れて三成に向かい手を伸ばせば、影を取り巻く靄のどす黒さが深みを増した。
影がの顎に添えていた掌で宙を切る。
と、同時に、三成の背を新たな槍が貫いた。

「がはぁ!」

 三成が呻いて、一層大きく吐血する。

「いや、止めて!! 止めて!! お願い、お願い!!! もう許して!! こんなのは嫌ぁ!!」

「貴方は、騙されているに過ぎない」

「騙される? 何言って…」

「彼らは、貴方を篭絡しようとした……家臣でありながら……貴方を……」

『泣かないで……悲しまないで……』

「違う!! 今まで皆が私を護ってくれたのよ!!!」

 が影の胸板を両手で何度も叩いて、訴えた。

「騙されてなんかない!! 私は傀儡じゃない!!」

「う…ぁ…ああ…っ…は…」

「我が君…もう嘆くのはお止め下さい。時期に、そのまやかしは解けます」

 影の掌が再びの顎をとる。

「止めてっ! いやっ……触らないで…っ!」

 懸命に抗うものの、影の力に敵うはずもない。
無理やり上を向かされた。
涙と逆光でよく見えぬ影の顔が近付いてくる。
そして、

「………に…触る…」

 三成が事切れると同時に、二人の唇が無理やり重なった。

「んっ!!!!!」

 嫌だと心で泣き喚くものの、唇は一方的に強引に貪れる。
大切な仲間が、こんなに苦しんでいるのに、どうして抗い切れぬのか。
何故、こんなにもいいように貪られてしまうのかと、は我が身のか弱さを呪い、泣き続けた。

「下郎が!! 様への狼藉は許さん!」

 幸村が吼えて、身を起こす。
膝を砕かれているのか片足を引きずる姿は悲壮だ。

『止めて、立たないで……幸村さんまで…酷い目にあう……』

 己を包み込む束帯を握り締めて、懸命に堪えようとするの体を一層強く、影は抱きしめた。

「悲しまれますな、我が君…悪夢は…続かない」

 離れた唇が耳元で睦言を紡ぐ。
影がを抱えたまま身を翻す。
抗おうとするのに体が竦み、言う事を聞かない。
そのままずるずると引き摺られるように二人は長い回廊を進む。
 やがて回廊の果てに障子が見えて来た。
あの向こうに身を置いてはならない。それだけは抗わなくてはならないと、全身から冷や汗が溢れる。
 抵抗虚しく、障子は開け放たれて、はその部屋の中へと放り出された。
豪華絢爛な室の中、一組の布団の上に頭から突っ伏して、身を起こす。

「…怖れることは、何もない…貴方は全て私に任せて、微笑んでいて下さればそれでいい…」

 影が後ろ手に障子を閉める。ゆるりゆるりと迫ってくる。
が息を詰めて、じりじりと後退し、布団の上から逃れようとする。
けれどもそれよりも早く、影の腕がの事を布団の上へと縫い止めた。

「今は、ただ…眠って下さい…」

「いやだ……止めて……こんなのいやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 圧し掛かられ、首筋に降って来た影の息遣いと唇の感触に、嫌悪して悶えた。
次の瞬間、障子に何者かの影を見た。
影が一つ、また一つと斬り伏せられ、障子が朱に染まる。

「!!」

 耳に届いた断末魔は、間違いなく戦地に残した家臣達のもの。
果ての見えない悪夢に囚われ、の意識は全てを拒否するかのようにそこで潰えた。

 

 

【Side : 松永城】

「………っ…!」

「久秀…? どうしました? 酷い顔です」

 床の上に起き上がった久秀の背後に、Cube-Aが寄り添う。

「何でもない…瑣末な事だ」

「しかし…酷い汗です。心拍数も上がっています」

「気にするな、大事は及んでいない」

「久秀、忘れてはいませんか」

 肩を落とし苦しげに息を吐く久秀の前へとCube-Aが回り込んだ。

「あの世界は夢であり、同時に夢ではありません。
 肉体に対する害は直接はないに等しい。
 ですが精神に受ける負担は、紛いものではありません」

「忘れてなどいない」

「久秀、そうではありません。
 本願寺が介在しているのです、貴方への憎悪があれば、それがどのような形で牙を剥くかは分かりません。
 マスターと久秀、二人の夢を繋げるともなれば…リスクが高まっても不思議はないのです」

「何が、言いたい」

 久秀が眉を寄せて、銀の球を睨む。

「マスターの夢に貴方が現れることで、彼女の見る夢が悪夢になる可能性があるという事です」

「……心に留めておこう」

 久秀は視線を伏せて、これ以上の追及を拒んだ。
Cube-Aは彼の意志を汲むつもりはないようで、直球に問いかけた。

「夢幻迷宮でのマスターの様子は如何でしたか?」

「…ご健勝だ。案ずるには及ばぬ…」

「そうですか、僥倖です」

『私がお傍にいるだけで……悪夢を見ていると…そういうのか?
 触れる度、お声をかける度に錯乱されているのは…そのせいだというのか… 』

「……本願寺め…」

 久秀が低い声で独白する。
Cube-Aが何事かを問いかけようとするが、久秀はそれを拒み、意識を切り替えるようにゆるりと頭部を振った。
 Cube-Aが向きを変えた。
キチキチキチと音が鳴り、久秀の私室の白壁に、離れた大地の映像が映し出される。

「仕事の話です。御覧下さい、戦地の状況です」

「ああ、聞こう」

 

 

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