聖女の腕(かいな)

 

 

 義勇軍による松永久秀討伐が終了した。
悪名高き久秀の最後の悪あがきは、本願寺を壊滅させたことだ。
神も仏も恐れぬ男であったが、流石にこの暴挙には天も怒り、相応の罰を下したのだろう。
でなければ、爆死などそうそうするものではない。 
 久秀が壮絶な死を遂げると共に、呪いを受けて臥せっていた慈愛の姫が本拠地で覚醒した。
天の加護をもつ慈愛の姫には悪しき呪いなど意味をなさない。
むしろ彼女を害したからこそ、天はお怒りになったのだ…と言う話が世を駆け巡った。
 敗戦した松永家の所有していた土地・官位・財産・人材がどうなったのかと言えば、8割方、家が吸収した。
これには豊臣秀吉の存在が大きく影響していた。
 久秀が蒲生氏郷に託した軍の主力は、元豊臣恩顧の将兵で構成されていた。
久秀が戦地で爆死したことによって、松永軍の統制は乱れに乱れた。
そこで元総大将だった蒲生氏郷と軍師大谷吉継が指揮官として担ぎ出された。
 松永久秀が戦死したことで、家の家臣となっている豊臣秀吉の助命を願い出る必要のなくなった二人の決断は、思いの外、早かった。

「秀吉様の元に戻れるぞ! 戻ろう、吉継!」

「しかし…それでは…」

 蒲生氏郷は拾ってくれた松永家への恩は果たしたと言った。
口にはせずとも思いは同じ、だが引き連れた将兵の中には豊臣以外の録を食んでいた者もいる。
彼らの手前明言できずにいた吉継を、氏郷が強く誘った。

「俺達は充分やった! 九州も四国も落とした! 拾われた恩には報いたはずだ。
 戻ろう、吉継! 俺達の真の主は、あのお方、ただ一人だ、そうだろう?」

『…分かっているさ…だとしても……彼の人についてきた者の思いは、どうなる…?』

「なんじゃない! 吉継が指揮しとったんか!! こりゃ手強くて、当然じゃな!」

 義に厚く、情に弱い吉継を決断させたのは、混乱極める本陣に殴り込んできた豊臣秀吉だった。
敵対する吉継に対して、秀吉は彼が慕ったままの朗らかな笑みをもって接してきた。

「まー、それはそれとして。ここは戦場じゃ! はっきりさせなばならんこともあるでのぅ。積もる話は後じゃな」

 懐かしい声、笑みを前に言葉を失う吉継に、秀吉は将の顔を見せて問う。

「将軍・足利義輝様を狙った逆賊は、我ら軍が討ち取った。
 これにて義勇軍の逆賊討伐はしまいじゃ。おみゃーさんらはどうする?
 家としてはこれ以上の戦火を広げるつもりはありゃせんが、まだ続けるつもりか?
 逆賊として世に名を残したいんか??」

「……っ……!!」

 言葉に詰まる吉継に、秀吉は告げた。

「帰ってこい、吉継。なんも悩むことない、そのままでいい。
 おみゃーさんも、氏郷も、皆、皆、まとめてわしが面倒見ちゃる! な?」

「はい…はい……秀吉様……」

 差し出された手を前に、吉継が膝をついた。
ぼろぼろと彼の頬を涙が伝い落ちる。

「おー、おー、なんぞ苦労懸けたんじゃなぁ〜。わしは幸せもんじゃなぁ〜」

 子供をあやすように秀吉が吉継の肩を抱き寄せて背を軽く撫でた。
声を殺し、表情を隠し、吉継は一頻り泣き続けた。
その後方で、氏郷も同じように男泣きしていた。
 想像していなかった。
北条に謀反の疑いをかけられ、幽閉され、松永家に拾われた。
その後はただただ必死だった。功績を上げて、何時か取り戻す秀吉と共に乱世を生き延びる。
その為に、犬馬にも等しい扱いに耐え、従軍に次ぐ従軍を重ねた。
 北条から解き放った松永家への恩はもう充分果たした。
戻って来いと、秀吉が言ってくれたことが何より嬉しかった。
人に言えぬような方法もとった。世に恐れられ、陰口を叩かれても、顔色一つ変えずに前を見て進み続けた苦労を、言葉にせずとも秀吉は察してくれている。
 その上で、遊びに行った子供を呼び戻す親のように、柔らかい声をもって受け入れると言ってくれた。
これ以上の温情があるだろうか。

『秀吉様は何も、どこも、変わってはいない…
 ならば、この方の支える姫は、この方の首を獲ろうなどどはしていないのではないのか…
 官兵衛殿は…何か大きな勘違いをされているのでは…?』

 吉継がようやく冷静さを取り戻すと秀吉は彼から離れた。

「次はおみゃーさんの番じゃ〜!」

 などと、軽口を叩いて氏郷を揉みくちゃにしている。
ぎゃーすか騒ぎながらじゃれる二人を他所に吉継が立ち上がった。
袖で顔を拭い、軍師としての凛然とした顔をする。

「我々は将軍家の御旗を掲げる家への帰順を望みます」

「受諾!!」

 秀吉が間髪入れて答えた。

 

 

 義勇軍の戦いが一段落した数日後、松永家の本拠地でも大きな動きがあった。
君主不在の松永家を預かっていたのは、柳生宗矩。柳生宗厳の息子だ。
 蒲生・大谷が率いた20万の軍勢がに吸収されて、逆に攻め上がってくるこの逆境を、彼がどう乗り切るのかが見物だと世間は大騒ぎだった。
 ところがその柳生宗矩は、家に早々に膝を折ると明言した。理由は彼の父にある。
柳生宗厳は存命時の松永久秀から黒田官兵衛の暗殺を指示されていた。
その為、黒田官兵衛と共に行動して彼の隙を伺っていた。
 海路から領へ進攻しようとした長宗我部・島津連合と軍の波打ち際の攻防中。
軍師・黒官兵衛の首を狙った柳生宗厳は、逆に黒田官兵衛によって討たれた。
 陸に布陣する20万の軍勢は家に吸収され、旗色悪しと悟った官兵衛の決断は早かった。
早々に侵攻を諦めて撤収。海路から北を目指した。
 官兵衛は、長宗我部・島津連合を引き連れたまま北の大地を支配する明智家へと帰順した。
松永家の本拠地を預かる宗矩からすれば、父親を討った男が手の届かぬ場所へ逃げ延びたことになる。

「敵の敵はお友達…ってね? よろしく頼むよ〜。オジサン、頑張っちゃうからね〜」

 鷹揚とした様子で口を開いた宗矩の目は、笑ってなどいなかった。
普段の彼を知る三好三人衆も息を呑んだくらいだ。
 こうして、家は松永久秀が持つものの8割を見事に継承した。

 

 

 松永家との戦の終結が齎したものは他にもあった。
足利将軍家の御旗を掲げての討伐戦だった為か、は名実ともに第一人者の国として世に名を馳せた。
久秀が企画した懇談会で招致された時。よりもずっとずっと官位が高かったはずの小国の君主達も、今やに自らが膝を折らねばならない立場になった。
松永家を誅した功績が認められ、明智光秀と同等の官位を電光石火の速さで朝廷から賜ったことも大きい。
 彼らは、義勇軍結成の際に援軍として軍を差し向けて来た手前、同盟国として名を連ねてはいるのだが、家は今や日の本の西半分を支配する大国家だ。
 防衛戦しかしない女の国とは、侮れない。
君主本人は戦を嫌うが、その彼女を守護する家臣は、代わりに悪鬼にも羅刹にもなると言わんばかりなのだから。

 

 

 松永久秀討伐が終結した時、家の北の戦も終結の兆しを見せた。
臥せっていたの覚醒と同時に、に纏いついた呪いが消えた。
その変化を戦地で察知した謙信がやる気を失ったことが大きな理由だ。
 攻め入る理由は失せたと、撤退する謙信に綾御前が続く。
戦の発端がその調子だから、後援に集った将も困惑しかしなかった。

「停戦! 停戦するのじゃ〜!!」

 早急に撤退していった上杉軍に代わり、奮戦し続ける三軍―――――本多忠勝率いる本多軍、ねね率いる豊臣子飼い組と豊臣忍軍、後詰の柴田勝家率いる柴田軍―――――は、ガラシャが本国より齎した急報を耳にして目を見張った。
 自分達が北でこうして争っている間に家は将軍家の御旗を掲げて、逆臣・松永久秀を討ち取ったというのだ。
家には深手を負った将軍・義輝が身を置いて静養中だという。
将軍が存命の今、家に対する侵攻は将軍家、ひいては朝廷への反逆の意志有りと受け取られかねない。
 今回の働きでは光秀同様の官爵を得、松永家の力もごっそり吸収したと言う。
このまま北で小競り合いを続けていい相手ではなくなった。

「これ以上の争いは不要!! 国元へ去るがいい!!」

 政宗が激を飛ばし、明智軍へ撤退を要求するが頭の固い柴田勝家と本多忠勝はなかなか動かない。
ガラシャが齎した報が偽報であったら、背中を突かれるのは自分達だと疑心暗鬼に陥っているのだ。

「はいはいはい、ちょい失礼するで〜〜〜」

 膠着状態にある戦場を動かしたのは意外な人物だった。
松永家の後詰として出兵し、個人的な理由で二の足を踏んでいたはずの小西行長。
彼は松永久秀が討たれ、蒲生・大谷がに帰順したことを知ると、領と他の小国の県境を大きく迂回して、の北の戦に介入して来た。
 元商人の性なのか、彼は潮目の変わり時にとても目敏かった。
戦地に現れた小西軍は松永ではなく、足利将軍家と家の御旗を掲げていた。
 松永家の家臣であったはずの小西が家の旗を掲げて参戦してくるという事態に、戦場に残る三軍は浮足立った。

「帰った方がええんちゃいますか。援軍は仰山あるんや。こっちにすぐきまっせ」

 彼の言葉を受けて、まずねねが退いた。
続いて前田利家と柴田勝家が退いた。
 本陣に残る家康を思い、最後まで本多忠勝が粘ろうとしたが、娘夫婦に武を持って説得され、撤退して行った。
こうして北の戦も難を逃れたが、天下が東西に分かたれた今、明智家との戦に次がある事は目に見えていた。

 

 

 足利の旗を掲げた家の名声は、瞬く間に日の本中に轟いた。
奇跡と呼んでなんら遜色のない戦果を上げた家であったが、家中に蔓延する空気は、戦勝に対して歓喜と呼べるような様子ではなかった。
 一番の理由は、呪縛から解き放たれたの横顔に喜びよりも憂いが色濃く浮かんでいたことにある。

 

"慈愛の姫君は敗戦の将にも心を砕く"

 

 世論は彼女を持ち上げた。
だがそうした声が強くなればなる程、の心は軋み悲鳴を上げ続けた。
 彼女は自身の為に汚名を被った男の名誉を想い、人知れず泣いていたのである。

「どうした? 顔色が悪いな……病み上がりだしな、まだ…辛いのか? 佐治を呼ぶか?」

「三成…う、うんん、平気…大丈夫だよ…」

 理由が分からず、重臣達は気を揉む。
が、が理由を打ち明ける事はなかった。
何時ものように"言えない"というわけではない。何かを言おうとはするのだ。
だが踏ん切りがつかないのか、途中で止めてしまう。何か言いたげな顔をしたまま、最後には諦めたように視線を伏せて、小さく首を横にふり「なんでもない」と肩を落とす。
 の思いが理解出来ない、合点の行くことではないと、三成は顔を険しくする。
咎めているわけではなく、彼独特の心配であると分かるから、は益々萎縮する。
を取り巻くこの問題はなかなか結論を見ることはなく、沸々とした膠着状態が続くばかりだ。
このままはにとっても家にとってもよいことではないと考えた秀吉が、現状を打破すべく、祝勝会と懇親会を兼ねた宴を催してはどうかと上奏するが、結果は芳しいものではなかった。
 下々の思いを汲み、吸収した将兵への配慮の手前、はっきりと「否」を唱えたわけではない。
が、"祝勝会"の響きがの心を詰った事は明白で、親代わりとなる秀吉、家康、信玄は困惑も露に互いに目配せするよりほかなかった。

「…下手を…打ったかのう」

「そのようですなぁ…」

「どうしちゃったのかね。可愛らしい顔が台無しじゃよ」

 落胆する、困惑する三人。
気を揉み続ける重臣達の意志は横におき、宴の準備は進み、ついにその夜はやって来た。

「此度のお召し、光栄に存じます」

 長いこと松永の禄をはみ、主を失った松永家に仕える武士達は、招かれた場でどのような結末が待つのかと、俄かに緊張を横顔に刻んでいた。
 宴に参じたのは、かの戦で軍師を務めた大谷吉継、妻の身を案じた立花宗茂、敵方の先鋒として奮戦した藤堂高虎、そして川中島でまさかの終止符を打った小西行長である。
 旧松永領の統制の関係で、本拠地に残るしかなかった柳生宗矩と三好三人衆は、日を改めて家の家臣と会食をする事になっている。

 彼らの中に混じって、義勇兵団の指揮をとった宇喜多秀家の姿もあった。
今回の働きもあり、宇喜多秀家は彼が率いていた浪人と共に、君に登用される事になった。

「宇喜多さん、救援感謝しています」

 憂いを隠さぬまま、は諸将に対し温情を掛け、宇喜多秀家に対しても相応の礼を尽くした。

「松永領の事は私より皆さんの方がずっとずっと詳しいはず…運営は皆さんにお任せします」

 敗戦の将に対する待遇は、彼らが所有していた地はそのままに、主家としてを仰ぐだけでよいという。
彼らはこのように美味しい話がこの世にあるとは思えぬと困惑を隠せずにいた。

「これから色々とお願いする事もあるかと思います。その時はどうかよろしくお願いします」

 ぺこりと下げられた頭に、恐縮するだけでなく疑念が募る。
本来なら頭を下げねばならないのは自分達の方だ。
なのに、はまるで謝りたがってでもいるかのように視線を伏せた。

「些細な宴ですが、今日は少しでも楽しんでください」

 言葉とは裏腹に悲しげなの様子に、諸将は眉を顰める。

「何が気に入らんのだ? あの姫君は…魔手を退け、これだけの戦果を手にしたというのに…」

「さぁ…女子さんは難しゅうていかんわ…」

 宇喜多秀家が独白し、小西行長が答える。
彼らだけでなく、長くから共にいた家臣の視線からも逃れるように、何時の間にかは酒席を立った。
緩やかな夜風が吹きこむ中庭に降りて、独りで天を眺め、小さく溜息を吐く。

さん」

 そこへ酒瓶とどんぶり片手に慶次がやってくる。

「慶次さん…ごめん、今日あまり呑みたい気分じゃなくて…」

「そうかい? 俺は呑ませたいんだがね?」

 の隣に立った慶次は、無理やり彼女の胸元へとどんぶりを押しつけた。
拒むよりも早く、どくどくと濁り酒を注ぎ、慶次は言う。

「約束……もう忘れちまったかね?」

「え…?」

 揺らぐ視線で見上げれば、慶次は何時もの穏やかな眼差しでを見守っていた。

「俺には、何もかも包み隠さずに話すって約束……もう忘れたのかと思ってね?」

「……でも…」

「腹にためてる事、あるだろう?」

「…だって…」

「何、こんな夜だ。どんな管巻いたって酔っぱらいの戯言で済むさ」

「…本当に…そう思う?」

「ああ、俺ならそう出来るね」

 どんぶりに注がれた濁り酒に水滴が落ち、波紋を生んだ。
の頬を伝う涙だった。

「教えてくれ、知りたいんだ。あんたにこれ以上隠し事はされたくない」

「…言っても、怒らない?」

「俺はそんなに狭量に見えるかい? 束縛は三成の専売特許にしてるつもりなんだがね?」

 茶化すように明るい声で言うから、の中で何かがぷつりと音を立てて切れた。
ずっとずっと抱え込んでいた思いに耐え切れなくなったのだ。
 は思わずどんぶりを取り落として、慶次の胸の中へと飛び込んだ。
驚く様子もなく受け止めた慶次の厚い胸板に、顔面を押し付けて声を殺して泣く。
慶次は手にしていたどぶろくの役目は終えたとばかりに、酒瓶を下ろした。

「………辛いの…」

「ん」

「…すごく、すごく……苦しいの…」

「どうしてだい? は難を逃れたぜ? 
 松永家を退け、多くを吸収した。国庫に憂いはなく、名立たる将は皆無事だ。
 足利義輝を保護し、将軍家の御旗を掲げた事を考えれば、今やこそが日の本、第一位。
 天下に一番近い勢力と言って過言じゃない」

「でも!!! 代わりに……私は、大切な者を一つ、失った……取り戻す事の出来ない者を…亡くしてしまった…」

「それは…?」

 心底苦しんでいるのか、が息を詰める。
慶次は焦ることなく、の背を大きな掌で撫でつけた。
親が子をあやすようにも見えるその穏やかな動作が、の心を動かす。

「……久秀の……名声が…地に落ちた…」

 やがては、声を上げた。何かを恐れるかのように声は弱々しく、震えてすらいた。

「!」

 自身を散々苦しめたはずの男の名を上げた事に、流石に慶次も度肝を抜かれたようだった。
思わず背を撫でていた手が止まる。
瞬間、やはり言うべきではなかったと、の体が小さく震えた。
慌てて慶次は再び背を撫でた。

「…それが、何かまずいのかい? あいつは…」

 を害していた事について言葉を濁し、暗に問えば、は慶次の腕の中で頭部を左右に振った。

「違うの……本当は、全然違う……皆が言う様な……そんな酷い人じゃない…」

 であればこそ、常人が知りえない事を知り、体感してしまう。
それを嫌というほど間近で見て来た慶次は、察し良く気取ったようだった。

「何を、知ったんだい? 眠っている間に、何を見たんだ?」

 掛けられる声の優しさにの心の中から向けどころを失っていた思いの全てが零れ落ちて行く。

「……がいたでしょう?」

 確かが操っていたからくりがそんな名だったな、と慶次は頭を縦に振る。

「その兄弟機の事は、分かる?」

「ああ…あの真紅のからくりか?」

「そう………あのマシンは、や私よりもずっとずっと早い段階でこの世界にきた。
 そこで出会った少年を……たぶらかして……乱世の梟雄へと仕立て上げた……」

「まさか、それが?」

 強く何度となく頷いた。

「夢の中で、全てを見たの。
 あのからくりが、彼にどんな事をさせて来たのか、どんな言葉をささやいて来たのか。
 そして彼はそれを…どうして甘んじて受けとめて来たのか……」

 嗚咽が擦れる。
立っているのすら辛いのか、体から力が抜けて行く。
察した慶次が庭の飾り石の上へと腰を落として、自分の膝の上へとを座らせた。

「……久秀は……私を"聖女"だと…吹き込まれた……。
 運命に翻弄される可哀相な女だと……救いの手など何一つない、哀れな存在…。
 だけど、私こそが"救世主"、この世の最後の希望だから、どうか救ってほしいと……騙されたの……。
 彼はまだ幼くて…何が正しいのか、悪いのかすらちゃんと分らない……そんな大切な時に…!
 私を護り、私に天下を抱かせることしか考えないからくりに……出会い、生贄にされた……。
 彼はからくりの言うまま、私の為だと信じて…本当は、したくもないことを…ずっとずっとし続けて来た…」

 慶次の眼差しが俄かに鋭さを増した。
今は亡き男が、何故そこまでしたのか。出来たのか、その理由に彼は気がついたのだ。


 

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