思わぬ拾い物 - 左近編

 

 

 鼻息荒く駆け込んだ路地から、我先にと逃げ出す人々を掻き別けて目を凝らした。
ようやく目視したは、異形の男に肩を捕まれてにじり寄られている真っ最中だった。
の顔に貼りついた色から、すぐにトラブルだと察知した。

「何してんだ、この変態っ!!」

 思わず駆け寄って、男の尻を蹴り飛ばした。
男がよろめいたのをいい事に、の手を掴んで、そのまま道を逆走、逃げの一手に転じる。

様!」

「いいから、さん、手離さないで!! 今、いい方法考えるから!!」

 振り向かなくてもすぐそこまであの見た目の変な男が追っかけて来てる事が分かった。
気配はしないのに異様な冷気がぴったりと背中に貼りついているのだ。

さん、あいつ何? なんなの?!」

 問い掛けても答えないが気になってちら見すれば、激しい運動が苦手なのか、は顔を真っ赤にして走る事に専念している状態だった。

『ダメだ……この子にこれ以上のマラソンは酷だ』

 かといってこの子をどこかに隠して一人で逃走した所で、あの変質者は彼女を諦めてくれるだろうか。

『でも確証がない…なんて事言ってられないよね』

 覚悟を決めたように、は入り組んだ長屋の裏手へと逃げ込むと、縦横無尽に走る小道を駆け抜けた。
迫りくる冷気が弱くなったのを肌で感じ、やるなら今だ!! とばかりに、手近な家の物置の中へと彼女を押し込んだ。

「いい? 三百数えたらここから出て、お城に逃げて!!
 大丈夫、私の名前を出せば絶対に助けてくれるから!!」

「え、あ…は、はい…」

 返事をするので精一杯になっているをそのままそこに隠して、比較的幅のある往来へと飛び出す。
そこで佇むあの男を見つけると、力一杯叫んだ。

「あの子は隠したわ!! 知りたかったら私の事を捕まえるのね!!」

 それだけ叫んで、後はまた逆走、全力疾走だ。
異形の男はそんなの姿を見て、瞳に愉悦を宿した。

「風と競うか……いいだろう、逃げ切ってみろ…」

 男がまずは小手調べとばかりに指先を打ち鳴らすと、どこからともなく浪人集団が現れた。

「え、うそ……卑怯者ーっ!!」

 そういいながら、はしっかりと襲いかかってくる浪人達の野太い腕を避けた。
軽快なフットワークで浪人衆を翻弄して、逃げ続ける。

『狙いは、町外れ…とにかく、あの子から目を外させないと…!!』

 だがそうはさせまいと、男が動く。
屋根から屋根へと宙を縦横無尽に駆けて男は先回りをする。
彼はが逃げ込んだ細い路地の先にある材木を倒して、道を塞いだ。
 突然前方で大きな音が上がって、何事かと目を向ければ、逃走経路がなくなっていた。
当然、は焦る。

「っ!!」

 他の道を探すが、袋小路になってしまったようで、入り口以外の道は潰された道の他にはなかった。
追い縋ってきた汗だくの浪人衆に取り囲まれた。

「ったく…ちょこまか逃げやがって……」

 肩で息を吐く浪人に囲まれて、じわじわと追い詰められた。
はここで覚悟を決めたように、目を閉じると一度深呼吸をした。
 どこまで出来るか分からない。
でもやらない訳には行かないと、覚悟を決めて、身構えた。

「何の真似だ……お嬢ちゃん…」

「う、うるさいな!! 来るなら来なさいよっ!!」

 遠い昔、月に二回くらいしか通ってなかった護身術。
そこで学んだ事が、この世界でどこまで通用するのかは分からない。

けれども何もせずにおめおめとやられる訳には行かない。
どうせなら、極限まで抗うだけ抗ってやるとばかりに駆け出した。

「えいっ!!」

 柔よく剛を制すとはよく言ったもので、意外にもは強かった。
一人、また一人と、確実に大地に沈めて行く。

「はっ!!」

 気合一閃、踵落としで伸した男を踏み越えて、次に襲いかかって来た男は、相手の勢いを利用して投げ飛ばした。

「ったく、いい加減にしてよっ!! もうっ!!」

 軽く五人は伸したが、まだまだ諦めない。
浪人衆にも浪人なりのプライドがあるらしい。

「コケにしやがって…」

「……ッ!!」

 別にそんなつもりは毛頭ないのだが。ついに業を煮やした浪人の一人が抜刀した。
の背筋に冷たいものが走る。避け損ねれば、ただでは済まないと、焦りが湧き上がってきた。

「死ねやこの女ァ!!」

 奇声と共に斬りかかられた。努めて冷静を保ち、刀の動きを見極めて避ける。
また襲いかかられては堪らないと、手加減をせずに足ではなく手を出した。
男の肘と首の後ろを掴み、そこにあるツボを抑えて、相手から自由を奪う。
ほん一時の痙攣だが、反撃の間には充分だ。

 虚脱して膝をついた男から距離をとり、

「寝てなさいっ!!」

 脳天に踵落としを叩きこんだ。
蛙を潰したような悲鳴を上げて前のめりに倒れた男を踏み越えた。
 思い通りにならない結果に苛立ちを覚えているのか、残る男達が次々と抜刀する。

「あ、あんたたち恥ずかしくないのっ!! 女相手に抜刀なんかして!!」

「やかましいっ!!」

 言うだけ言ってみたが、逆効果だった。
ただでさえ多勢に無勢。分が悪いと言うのに、これ以上はないくらいの状況悪化だ。

『嗚呼〜!! もう勘弁してよ、無理だって!! もう流石に体力とか持たないってっ!!』

 最短ルートを目で探し、そこから逃げだすべく標的を決めた。
タイミングを測り、駆け出そうとした途端、崩れていた材木に足をとられる。

「きゃぁぁぁぁっ!!!」

 前のめり転んで体勢を立て直そうと大地に手を突いた。
そこで視界の中に飛び込んできた物を見て、自然と頬に笑みが広がった。
材木の中に混ざるようにして散らばるのは、鍼灸師が使う医療用の細い針。
痛み具合から見て治療には使えないだろうが、今この場を切り抜けるには充分だ。
 は手を伸ばし、持てるだけの針を取った。
途端、目がらんらんと輝き出す。

「…ふふふふ………治療…してあげるわ…」

「え…?」

 抜刀して取り囲んでいるのに、たかだか治療用の針を手にしただけで、なんでそんなに強気になれるんだと、浪人は気後れする。
そしてその一瞬が、勿論、命取り。

「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

 医療の鬼と化したが、針を巧みに扱い、男達へと襲いかかって行く。
相手の神経を麻痺させるツボに的確に針を打ちこんで、自由を奪ったら、そこで迷いなく意識をも奪う一撃を叩きこむ。
 その動きは流れるように鮮やかで、浪人風情に止められるようなものではなかった。
抜刀しているはず、人数的にも自分達の方が優位なはずなのに、一人、また一人と確実に仕留められて行く。

「だっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! かかってこーーーいっ!!」

 こうなると、もう止まらない。
調子付いたのテンションは最高潮。
ついには逃げ出した浪人までとっ捕まえてシメ始めた。

「ふふふふふ、あははははは!!!
 いたいけな女を取り囲んで大の男が揃いも揃って……無様ねっ!!

 悔い改めなさいっ!!!」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

「こらっ!! 逃げるなーっ!!!」

「お、お助け〜!!」

「やかましいっ!! 落ちろーーーーっ!!!」

 袋小路から出て往来まで逃げ出してるごろつきを、今度はの方が追い回しているという状態だ。
なんというか、ここまで変貌出来るってのも、人として凄い。

「ふふふふ、何が浪人よ、働けよ!! 働け、この愚図が!! こっちとら、年中無休なんだぞっ!!
 質素な生活に耐え忍んで国を切り盛りしてんだっ!! 分かってんのか、アァっ?!」

 もう日頃の鬱憤晴らしまでし始めている気がする。

「ひ、ひぃぃぃぃ……」

「こ、来ないで……」

「助けて……」

「黙れ……お前達みたいな奴に生存権なんか認めない

 凄まじい眼差しで、両手の指と指に挟んだ針を天へ向けてジャキンと構えた。
後はそのままの状態で、腰を抜かした浪人衆へ向い迫って行く。

「いーやーぁー!! 助けて、家のみなさーーーんっ!!」

「お前らが助けを呼ぶなぁぁぁぁぁぁ!!!」

 一人残らずその場にいた男に針を打ち、足蹴りで気絶させたは、晴れ晴れとした様子で天を仰いだ。

「ふぅ、気分爽快ね」

 爽やかな笑顔なのはいいが、往来は伸された浪人で死屍累々。決して爽やかな光景ではない。
爽快な気分を満喫出来ているのはただ一人だ。

「さーて、帰ろっかな〜」

 ストレス解消も万事済ませて、掌で額の汗を拭い、立ち去ろうとした。
瞬間、背中に感じた気配に体が勝手に反応した。
足蹴りを迷わず繰り出して、手にしていた針を打ち込もうと腕を振り上げる。
 が、繰り出した蹴りは刀の面で体よく受け止められて、振り上げた拳も相手の大きな掌に掴まれた。
今までの相手とは明らかに格が違う。
そう瞬時に悟り、高揚していた精神が急激に冷え込んで行く。

「…やっ!!」

 思わずか弱い悲鳴を上げれば、聞き馴染んだ声が降ってきた。

「っと、危ない危ない。本当に、じゃじゃ馬ですねぇ」

「え…? あ……左…近さん…?」

 安堵からか、声から体から力が抜けた。
もう一方の手の中にまだ持っていた残りの針が地に落ちて散らばる。
そんなに人を食ったような笑みを向けてから、左近は一言。

「全く……何があったのか知りませんが、こういう時は、まず左近の所へ全力で逃げてきて下さいよ」

 掴んでいた手を離し、視線で足を降ろすように促されて、慌てて改めた。
を背に庇うように立った左近は、が今まで一度も見なかった方向を見て口を開いた。

「出て来たらどうです? いるんでしょうが」

 何もなかったはずの空間がゆらりと揺らめく。

「うちの姫が随分と世話になったようで……礼は、この島左近がキッチリ三倍返ししてやるぜ!!」

 ふふんと、鼻で笑って左近が身構える。
次の瞬間、先程の歪みの向こう側から異形の男が飛び出して来た。

「ほぅ……お守りがいたか」

「違うねぇ、ゆくゆくは恋人だ」

 奮われた爪牙を刀で受け止めて、二人は睨み合った。
軽口を叩く間に、二人は五回も切り結んだ。
男が爪を奮えば左近が避けて、左近が刀を振り上げれば男が避けるという調子だ。

『凄い……やっぱ、左近さん、武人なんだなぁ…』

 左近が口にする言葉は、どこまでが本気なのか分からない。
だが彼が発した言葉の中にある余裕に安堵し、思わず胸を撫で下ろした。
口元には笑みすら浮かぶ。

「で? 乱破がこんなところで何してる? 視察か?」

 鍔競り合いを経て、互いに距離をとるように同時に後退した。

「…うぬの知るところではない…」

 異形の男がじゃりじゃりと大地を踏みしめて、間合いを測る。
左近もまた、相手の間を測り動いた。

「……大変だな、荷物があると…」

 左近を飛び越えて、気が抜けたようにその場に立ち尽くすを、男が見つめる。

「気前がいいだろ? 優遇してやってるのさ」

 左近が男の狙いに気がついて、の前へ身を寄せた。
そこで初めて、は自分が邪魔になっている事に気がついた。
慌ててその場から離れようとすると、男が動いた。

「…じっとしていろ、女……興が冷める…」

 男が振った手が起こした風が、が大地に落とした針を巻き上げて襲いかかって来る。

「きゃぁっ!!」

 思わず頭を抱えてその場に腰を落とせば、襲いかかって来た針は左近の奮った刀にあっという間に叩き落とされた。
一方で、左近の刀をすり抜けた針は、の背後の家屋に突き刺さり、殺傷能力の高さを垣間見せる。
ぞくりと背筋に冷たいものが込み上げてきて、は乾いた喉を鳴らした。
立たなくてはならない、左近の為にも早く逃げなくてはならない。
頭ではそう分かっているのに、この光景を見てしまったが最後、足に力が入らなくなった。

「…あんたの策、見切ったぜ。お粗末だな…」

「そうか、ならば…これはどうだ?」

 ゆらりと揺れて男の姿がぼやける。

「え、分身?!」

 それこそマンガでしか見た事がない忍術を披露されて、驚き、同時に感動する。
だがその喜びや感動は長くは続かなかった。
男が作り出した分身が、左近だけでなく自分にも襲いかかって来たからだ。

「おおっと、無粋な真似は止してくれませんかね」

 軽口を叩きながら、左近の目は真剣そのものだ。
へと手を伸ばそうとする分身も、自分に向かう分身も一手に引き受けるとばかりに刀を奮った。
 けれども男の狙いは、そこにこそ、あったようだ。
男は左近の相手を分身に任せると、隙だらけのの背後へと移動して来た。
自分の背にある空間が歪んでいる事にも気がつかずに、は左近と切り結ぶ分身のどれが本体なのかと目を凝らす。
 そんなの頬を、背後から伸びた冷たい指先がなぞるように撫でる。

 

 

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