思わぬ拾い物 - 幸村編

 

 

 飛び込んだ先の空気は、なんというか冷え切っていた。
往来を行き交う人々が、道のど真ん中に立っている男女に視線を注ぎながら固まっている。
 それも仕方ないなと冷静に考えて、次の瞬間にはそれどころではないと、考えを改めた。
は己の頭を左右に緩く数回振って気を引き締めると、ずかずかと歩き出した。

「何やってるかー!!!」

 絶叫と共に元凶となる異形の男を張り倒す。
瞬間、男の腕の中に掻き抱かれて、無理やり口付けられていたが放り出された。

様…!!」

 涙ぐんでいるに抱きつかれて、自分の判断は間違いなかった判じ、背に庇う。

「一体、なんのつもり? 真昼間から往来でこんな事して、ただで済むと思っちゃいないでしょうね!!」

 ギンっ!! と目に力を入れて睨めば、殴られた男は口の端を吊り上げた。

「…ほぅ……お前などにも、友が出来るのか」

「と、友達なんかじゃ…ありません…」

 背に隠れながらも、を巻き込むまいとしているのか、は言う。

「さっき、お茶屋さんで知り合っただけです」

「ほぅ? ならば…殺しても構わぬな」

「あっ!」

 の背から出で、は叫んだ。

「そんな事、止めて下さいっ!! 他の人を巻き込まないで!!」

 先程、やけに関わり合いを拒んで席を立ったと思ったら、理由はこれかと、は溜息を吐いた。

「………あのさ…一応聞くけど……。
 痴情の縺れとか、まかり間違っても、あんたがさんの夫って事はないのよね?」

「当然だ…我は風魔………凶つ風………」

「じゃ、なんで?」

 男は愉悦に満ちた様子で身を捩った。陶酔し切っていた。

「決まっている…………ただの嫌がらせだ」

「嫌がらせかよっ!!」

 頭に来て拳を振り上げる。
感情のまま殴り掛かれば、男はの奮った拳をさらりと避けて、の肩に手をかけた。
流れるような動作で足を払われ、体が宙に浮く。

「きゃっ!!」

 後頭部から往来に引っくり返され咄嗟に目を閉じれば、頭に冷たい何かが首筋に触れた。
それが風魔の腕であり、彼がの頭を支えてくれたのだと気がつくには多少の時間がかかった。

「?!」

 一体どう言う風の吹き回しかと、眉を動かし、怪訝な眼差しを向ければ、風魔は薄く笑う。

「うぬもまた…面白き者よな」

「はぁ?」

 ぐぐぐっ!! と寄って来た顔に、彼がしようとしている事を悟り、思わず両手で相手の頭を抑えた。

「ぎゃーーーーーっ!!! いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
 こんなところでキスなんて、冗談じゃないーーーーーーーーっ!!!」

様ーっ!!」

 第一の被害者であるも風魔の意図を察し、慌てふためく。
だが現実的には何をどうしていいのか分からなかったのだろう、その場でうろうろするだけだった。

さん、さん、お願いっ!! 誰でもいいから、城から呼んで来てーっ!!!」

 涙目になりながら叫べば、はすぐに頷いて駆け出そうとした。
が、彼女は数歩進んだところで、何もないのに盛大に転んだ。

「…!!!!」

 絶句するの耳を風魔の声が擽る。

「あやつは面白かろう?」

『ええ、その通りですね』

 思っても口には出せなかった。

「って、どさくさに紛れて距離縮めんなっ!! 変態っ!!」

「風魔だ」

「聞いてねーっ!!」

 本当は、本気になれば軽々と押し切れるのだろう。
それをせずに反応を楽しむとばかりに迫る風魔に、は敵意剥き出しで立ち向かう。
 地味な攻防は結構な長さで続いた。
の腕が限界を訴えて、徐々に力を失い始め、それに合わせて二人の距離が縮んで行く。

『もうだめだ!!』

 がそう思った瞬間。
二人の顔の間に、ジャキンと音を立てて鋭利な刃が突き付けられた。
と風魔が視線だけで切っ先の先を追えば、幸村がその場に立っていた。
 突っ伏したに手を差し伸べて、起き上がろうとするのを助けながら、視線は一切逸らさない。
幸村の目には凄まじい嫌悪と怒りが貼り付いていた。

「……一応伺いますが。この者は??」

「ただの変質者です」

 ぐいぐいと迫ってくる風魔の体を押し上げては答える。

「ですよね」

「はい、早くやっつけちゃって下さい」

「お望みのままに」

 鋭利に磨かれた槍を構えた幸村を見て、風魔は眉を吊り上げた。

「…我に抗うか…」

 すくっと立ち上がった風魔はの事をそのまま己の肩へと担ぎ上げる。

「よかろう、掛かってこい」

「ちょ、降ろしてからやれーっ!!」

 米俵のように抱えられたままで始まった戦いに、は当然絶叫した。
これによって、往来に居合わせ硬直していた人々の中の時間が動き出したようだ。
我に返った人々は巻き込まれてなるものかと、我先に逃げ惑い始める。

「ちょっ、あんた達本当にこんなところで止めてよーーーっ!!!」

 風魔の背しか見えていない為、どんな攻防が繰り広げられているかは分からない。
分からないが、交わされる金属音の激しさに背筋が凍った。
一歩間違えれば、自分が串刺しになるんじゃないかと思ったくらいだ。

「どこ触ってんよっ!!」

 取り落とさぬようにと動かされた手が、たまに尻に触れる。
それが不快で、は肘で風魔の後頭部を殴り、作った拳で背を殴った。
そんな抵抗をものともせずに風魔は幸村と切り結ぶ。

さん!」

 揺られながら辛うじて視線の端にの姿を捉えたは、声を張り上げた。
今の自分に出来る事はこれくらいしかないと判じた為だった。

「あ、は、はい!」

 どうしていいのかが分からないと狼狽するばかりのに対し、城を指し示す。
上げた指先がぶれて定まらないのは、動き回る風魔のせいだ。

「逃げて、とりあえずさんはお城へ逃げて!!」

「で、でも…!!」

「大丈夫だから!! そこにいる左近って人に保護求めてっ!! っていえば分かるからっ!!」

「は、はい…!!」

 とてとてと駆け出したを追いかけようと動く風魔を止めるべく、はそのままの体勢で叫ぶ。

「幸村さんは、この人の追随、断固阻止ーーっ!!」

「承知っ!!」

 逃げる、追う風魔。そして進行経路を阻む幸村。
彼らの攻防は、街道へと続く往来から大通りへと移り変わった。
それこそそこで二十回以上も斬り結ぶ。お陰で周囲に尋常じゃない被害が出ている。

『嗚呼……また、国庫からお金が減って行く…』

 後始末の事を考えれば、もう血の涙が出そうだ。

「…逃したか…」

 幸村の横槍で思うように進めなくなった風魔は、途中での追走を諦めたようだ。
幸村へと向かい直した。

「……あ、あの…」

 その頃には暴れていたはすっかり大人しくなっていて、己の口を抑えていた。
修繕費の事を考えれば、血の涙どころか吐血しそうな勢いだが、今は別な危機が彼女に差し迫っていた。

「すみませんけど……ちょっと、揺れ過ぎで……吐きそうなんですけど……」

 風を自在に操り独特の体術を駆使する風魔と、類稀なる槍術を奮う幸村の戦いだ。
それに巻き込まれ翻弄され続けるとなったら、それはちょっとしたアトラクションを体感するのと同意だ。
と言う事は、当然、こうなる。

「ねぇ、ちょっと降ろしてよ……」

 頭を下にしている事もあって、眩暈さえ起こし始めている。
吐くのも気絶するのも、時間の問題のような気がした。

「本当に、本ッッッッ当に、吐くよ…? 吐いちゃうよ? あんた、いいの? それで…」

 訴えれば、風魔の返答はつれなかった。

「そのまま吐けば、うぬの鼻に入るな」

『そういう問題かよ!! そもそもお前の背中だって汚れるだろっ!』

 頭に湧き上がった文句を口にする余裕もなく、歯軋りをすれば、幸村が妙な怒りを帯びた。

「貴様、無礼なっ!! 様はそんな事になりはしないっ!!」

『いや、あの…本人が訴えているんですけど??
 なんですか、貴方、私のことトイレに行かないと言い張った往年のアイドルだとでも思ってんですか』

「試すか?」

『何を? どうやって? どのように?? というか、もういい加減降ろして』

 だらんと投げ出された、腕。
目尻には涙が湧き上がってくる。
本当にもう限界だと、は風魔の背をぺしぺしと叩いた。
気がついた風魔は最寄の家屋に舞い上がると、そこでようやくを降ろした。
 はそのままそこで体を丸めて口を抑えた。思い切り呻いている。

「ううう、うう……」

『…あ、危なかった……』

 なんとか難を逃れたと感涙するの頭上で、風魔は言った。

「……無駄だったな、武人」

「何?!」

「吐いたようだ」

「 「何ー?!!?!! 」」

 二人は同時に絶叫した。幸村は自責で、は濡れ衣故に、過剰反応したのだ。

「…クックックックック…」

 余計な誤解の元を撒き散らすだけ撒き散らして、風魔はそのまま姿を消した。
顔を上げたが呆然と空を仰ぎ、それから大通りに残る幸村を見れやれば、彼はその場に膝から崩れ落ちていた。

「も、申し訳ございません……様!! まさか、まさか、吐 く な ん て ! !

「…吐いてない」

「まさか、まさか…様がぁ!!!」

「いや、だから…聞いてよ、ねぇ…」

「申し訳ございませんーっ!!!!」

 直情型の武士は、頭に血が昇ると人の話を全く聞かないんだなと痛感しただった。

 

 

 その後、材木を買い終えた慶次が幸村と合流し、そこでようやくは屋根の上から助け出された。
まだ男泣き、項垂れる幸村に対して、助けてくれた事への感謝よりも苛立ちが募った。
日は既に傾き、空には美しい夕焼けが広がっているが、到底愛でるような気にはなれない。

「何があったんだい? お二人さん」

 面白そうに問い掛けてくる慶次を相手に無言を貫いているのに、よりによって幸村は洗いざらいを喋り、

「そして、そして様はあんな場所でっ!! 嘔吐をっ!!!

 風魔の漏らした言葉を断定した。

「だから、吐いてない」

「いやー、そうかい。それはまた大変だったねー」

 豪快に笑う慶次が、この時ばかりは憎かった。

「全く……あの変態野郎……今度会ったら、ぶっ飛ばしてやる」

 鼻息荒く大股で歩き、居城へと戻れば、兼続、政宗、左近が気の毒そうな面持ちで出迎えてくれた。

「何? 何なの?」

 怪訝な面持ちで問えば、政宗が珍しく優しい眼差しで肩に手を置いた。

「気にするな。人なれば吐く事もある」

「だから吐いてないってのっ!!!」

 どっからその話が流れたんだと政宗の襟首を引っ掴んで問えば、情報元は、元凶だと知った。
風魔はあの後暇を置かずに城へと現れて、評議場である事ない事を触れ回り暴れた挙句、立ち去ったのだそうだ。

「まぁね、あのお嬢さんは無事ですから、それでよしとして下さい」

 「左近はお味方ですよ」と視線で語る左近にほんの少しの癒しを貰った事で本当に泣きたくなった。

「左近さん〜っ!!」

 ふらふらと寄っていって、彼の胸の中に頭を寄せて泣き真似をする。
そんなの精神的打撃を労わっているのか、それとも追い詰めたいのか、幸村は叫ぶ。

「なんという輩だっ!! わざわざ城でも流布するとはっ!!!
 人には隠しておきたい事とてあるだろうにっ!!」

 そうか。お前はそんなに私の事が信じられないのか。そんなにあいつの肩を持ちたいのか。
ただでさえ腹に据えかねているというのに、度々煽られる。その不快感といったら、もう言葉にもならない。
 特に今回の場合は相手が悪い。
悪質な嫌がらせでもなければ、悪乗りでもない。
本当に、心底心配していて、これなのだ。耐え難いなんてもんじゃない。

 こんな事は間違ってる、良くない事だ、キレたら奴の思う壺だ。
脳でそう理解はしていても、喉元まで上がって来る不快感に理性が追いつかなかった。
ついには自分の中に渦巻いていた激情に白旗を振った。

「幸村さんのバカーーーっ!!!」

 は顔を上げてから幸村を見ると、渾身の力を込めた平手打ちを一発見舞って、自室へと帰って行った。
頬に食らった痛みと熱さに固まった幸村の前で政宗、慶次、左近が同時にしらけた視線を送り、口々に言った。

「馬鹿め」

「お前さんなぁ……」

「もっと空気読みましょうよ」

 

 

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