傍にいるということ - 慶次編

 

 

 無理やり開いた酒宴はそれなりに盛大だった。
どこからどんな話しを聞きつけたのかは分からないが、城下に構える商店の主や住民達が差し入れを持って来てくれたお陰で、酒にもつまみにも困る事はなかった。
よくよく事情を聞けば、の回復祝いということらしい。有難い話しだ。

「片倉殿、片倉殿、こちらにござる」

「おお、半兵衛殿。すみませぬな」

 思い思いの組に別れて杯を交わす。
賑々しい一時の中に見た変化を前には嬉しそうに微笑んだ。
大きく別れていたはずの伊達、徳川、豊臣という三つの派閥。
その派閥に属する家臣団が自然と互いに交流を深めていた事実は、弱っていたの心に充分な栄養となった。

「やってるねぇ」

「はい」

 女の身で、更に言うならば病み上がりのに返杯の法則を強要する訳にも行かず、の周りにはお目付け役と化している三成と、彼女の代わりに返杯の法則を受けている左近の姿があった。
こうした場に慣れている左近であっても、杯が重ねられればそれなりに酔いが回るようだ。
今となってはすっかり出来上がって三成に絡んでいる。
それを三成が甘んじて受けているのは、放り出すとに絡み兼ねないと踏んだからだ。
 そんな二人の前を取り過ぎて、の前へ慶次が座った。

「どうだい、さん。一献」

「いいですね、じゃ、ちょっとだけ頂きます」

 湯飲みを置いて、伏せていた朱塗りの杯を取り上げた。

「ええい!! 鬱陶しいな」

 バカン!! と大きな音がして、視線を流せば、音を上げた三成が左近を殴って床へと沈めていた。

「寝てろ」

「まぁまぁ。勘弁してあげてよ、私の代わりにずっとずっと杯受けてくれてたんだしさ」

 がフォローを入れれば、それすら腹立たしいと三成は眉間に皺を刻んだ。

「不愉快だ」

「もー、仕方ない人だな。…三成、ここはいいから、幸村さんや兼続さんと飲んで来ていいよ?」

 気を使えば、三成はの御前に座っている慶次へと視線を流した。
にやりと意味深に笑われて、席を立つことを躊躇う。
けれども左近を潰してしまったせいで、返杯の法則の生贄に、今度は自分がされそうだ。

「構いなさんな、俺が受けといてやるよ」

 自分用に誂えた馬鹿でかい杯をちらつかせる慶次に、全ての面倒は押し付けるとばかりに三成は席を立った。

「ここで幸村さん達を無視するところが三成らしいよね」

「ああ、だが兼続達の方がほっとかないってのももう恒例だな」

 予見した通りの生贄役に落ち着いた慶次は、酔いの回った諸将からの杯を受けて、また返し始める。
慶次との視線は秀吉、家康、孫市が作る輪に進んで行く。
途中で兼続、幸村に捕獲される三成を見て、の表情は柔らかく緩んだ。

 左近が潰れて、三成が立ったが故に出来た空席に、慶次は滑り込むように座る。

「なぁ、さん」

「はい?」

「後でな、松風でひとっ走りしないか」

「いいですねー、行きましょうか」

「ああ」

 慶次が杯を着々と傾ける横で、もまた、本日一杯目の杯を傾けた。

 

 

 宴もたけなわ。
宴席に参加した諸将の殆どが酔い潰れた頃合、慶次は厩から松風を出した。
城の裏門には夜の闇に紛れるように群青色の外套を重ねるの姿があった。
 驚いて止めようとした門兵に拝み倒して、なんとか二人で城を抜け出した。
松風が目指したのは、かつて二人で一夜を明かしたあの丘だった。

「わー、綺麗〜!! あの時は、空を見る余裕なんて、なかったもんな〜」

 松風から降りて、天を仰げば空は満点の星々で満たされていた。

さんは星が好きなのかい?」

 松風に括りつけておいた酒樽とつまみの漬物、それから杯を降ろしながら慶次が問えば、は苦笑した。

「好き嫌いの前に、私の世界では夜が夜じゃなくて……こんな風には星を見ることが出来ないの」

「へぇ、そりゃまた寂しい話だね」

「偉人さんが発明した灯りがあってね、家の中は夜でも昼のように輝いてて、外を歩くのにも苦労はないのよ。
 だから星も数えられるくらいしか見えないんだ」

 そこで言葉を区切って草むらに腰を降ろした。
それから後方へと向い体を倒して寝転がり、両手を広げて空を仰ぐ。

「すごいね……星ってこんなに綺麗だったんだね……こうしてると、まるで星の海を泳いでいるみたい」

 遮蔽物のない空を全身で見上げれば、煌き瞬く星々が今にも降って来るような錯覚を起こす。

「あ、流れた」

 一人でそうやって星を楽しんでいると、の横へと慶次が腰を降ろした。

「願掛けはしないのかい?」

 視線だけで見上げれば、慶次は手酌で杯を傾け始めていた。

「掛けたいけど、流れて消える前に三回も同じ事言いきれないから」

さんのところじゃ、三回も言うのかい。面倒なこった」

「でしょう?」

 二人でからからと笑い、それからは起き上がる。

「さっきまであんなに飲んでたのに」

さんも飲むかい? あんた、本当はかなりいける口だろう?」

「!」

 ぎくりと固まったへと杯を手渡して、酒樽から酒を注いだ。

「お、やっぱりかい」

「なんで分かったの?」

「なんとなくな、空気ってやつさ」

「はー、これでもばれないようにしてたつもりなのよ? ばれると三成辺りが煩そうだから」

「ああ、確かにあの御仁は騒ぎそうだねぇ」

「だよね?」

 注がれた杯を口へと運べば、慶次もまた杯を傾けた。

「そういえば、幸村さん」

「ん?」

「泣き上戸なんだね、意外だった」

 思い出したように呟ければ、慶次は肩を揺らして笑った。

「ああ、豪胆に見えるけどねぇ」

「政宗さんは説教魔になっちゃうし」

「兼続は笑い上戸だしな」

「長政さんが弱くて、すぐに潰れちゃったのが、らしいけどなんか可愛かったな」

「介抱役の市が逆にザルだったしな」

 次々に浮かぶ仲間達の意外な一面に、二人は自然と笑い合う。

「今日は楽しかったな〜」

さんが天下を平らげりゃ、毎日がこうなるさ。
 きっとあんたの作る天下は、皆に平等に、平穏を与えるんだろう」

 杯を降ろして、は視線を伏せる。

「出来るかどうかはおいとくとして……その時、慶次さんは…どうするの? きっと喧嘩も戦も出来なくなるよ?」

「そうだなぁ、そしたら、仏門にでも入るかね」

「慶次さんが?!」

「意外かい?」

 こくこくと頷けば、慶次は巨体を傾けての耳元で囁いた。

さんの作った天下じゃ、騒げないさ」

「え…?」

「俺は、あんたを護りこそすれ、あんたを泣かせるような真似、出来なくてねぇ」

 体を起こした慶次の眼差しがまとう柔らかさに、は戸惑ったのか、杯を傾けつつ言う。

「……あ、有り難う。でも、なんか、まるで口説かれてるみたいで、ドギマギするよ。
 慶次さん、やっぱり酔っちゃった?」

「まさか」

 口の端で笑う慶次はつまみに持ってきた漬物を口に運び肩を竦めた。
その時の柔らかいがどこか寂しげな視線が、言葉にしなかった彼の気持ちを雄弁に物語っている気がした。
ただその気持ちがどういった類のものなのかが、鈍いにはいまいち掴めない。
 こういう場合はどうしたらいいのか、どうするべきかと、答えを探すを見つめる慶次の視線は、相変わらず柔らかい。焦れとは無縁で、ゆったりと構えて待っているという様子だ。
 散々考えて、それでも答えを掴めなかったは、気持ちを切り替えるように天を仰いだ。

「ねぇ、知ってる?」

「ん?」

「昔の人はね、人の命を星で読んだんだって。この中なら、慶次さんの星はどれだろうね?」

「俺かぁ…」

「きっとね、華々しくて、大きくて、それで温かい感じの星だと思うの」

「探すかい?」

 言うが早いか、慶次はの隣で寝転んだ。
もそれに倣い、寝転がる。

「…どれかなぁ…」

「どれだろうねぇ。これだけ多いと、決めかねる…さんが決めていいぜ?」

「えー?! じ、じゃあ、出来るだけ落ちなさそうなのを…」

「落ちるねぇ…」

 漬物を口に運び、器用に杯に酒を注ぎ足し、傾ける。
そんな慶次の横では呟く。

「だって……肝心なところで落ちたら困るもの。"死せる孔明、生ける仲達を走らす"ってね」

「お、三国志演義かい」

「知ってるの?」

 思わず起き上がって慶次を見下ろせば、慶次は頷いた。

さんが知ってるとは意外だねぇ」

 慶次の眼差しは眩しいものでも見るように自然と細くなった。
三国志と聞いただけで目を輝かせるは、元々この世界の女性と異なり、かなり博識だ。
常々そう感じてはいたが、彼女の食指は外国の歴史にまで及んでいたのか。
その事に純粋に驚き、また同時に好感を抱く。

「こっちの世界ではどうなってるの? 結末」

「蜀が滅んで、魏が司馬氏に食われて、呉も最後は費えた」

「…そっか、こっちでの歴史も私の世界の歴史と同じなんだね…」

 しんみりと呟いたの顔を見て慶次は眉を動かした。

「思い入れでもあるのかい?」

「うん、尊敬する人がね、三国志の登場人物なの」

「劉備かい?」

「残念、ハズレ。でもなんで?」

さんみたいな平和主義者は、ああいう御仁が好きかと思ってね」

「蜀も嫌いじゃないよ? 諸葛亮先生に憧れてるし、でも……一番好きなのは……孫仲謀なんだよね」

 目を丸くした慶次の前で、は笑う。

「やっぱ意外だった?」

「ああ、だってあいつは確か関羽を殺した男だろう」

「だとしてもね、強烈に憧れて惹かれたの。あの曹操と劉備を相手に孫呉を護った人ってどんな人なんだろうって…。
 ここに来て、自分が政をするようになって、益々惹かれるようになった。
 だって政って、やっぱりとても難しいもの。自分の肌でそう感じたら、彼は本当にすごい人だったんだな…って」

「そうかい、そういう理由なら道理だな。きっとあの世で孫権も鼻が高いだろうさ」

「そうかな?」

「ああ、城主の憧れだぜ。いずれ天下人の憧れだ」

 慶次の言葉には手をパタパタと振った。

「もー、大袈裟。それに気が早いよ」

 

 

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