傍にいるということ

 

 

 ところでここで一つ、の知らぬ間に大きな問題が持ち上がり始めていた。
ことの起こりは先日のゴタゴタの最中、慶次が口にした一言だった。

『今回という今回はお前さんを仕留めるぜ』

『珍しく、ご執心か? 傾奇者が』

『ああ、悪いかい? 惚れてるさ、これ以上はないくらいにな』

 風魔の挑発に答えた彼は、投げかけられた言葉を臆面もなく肯定した。これがきっかけだ。
慶次は勿論のことだが、左近、幸村、三成は互いに"誰がのことをどう思っているのか"、薄々勘付いていた。
だが誰一人としてそれを公にしなかったこと。
それぞれが家臣としての立場を弁えていること。
何よりも、の心の在り処がはっきりしていないこと。
以上の三点から、今まではを取り巻く重鎮の間での均衡は辛うじて保たれていたわけだ。
 彼らの間で暗黙の了解とばかりに保たれた均衡は、時として第三者の介入を阻む協定のような役割を持っていた。
その一角が、思わぬ形で崩れたことにより、を取り巻く環境に大きく変化が現れ始めた。

一言で言うならば協定を結ぶ者同士の不和だ。
 それだけでも面倒なのに、そこへ下ったばかりの孫市が参戦することを早々と宣誓した。

「俺が思うにあの乱破も怪しいもんだと思うぜ」

「風魔が?!」

「だってよ、お抱えでもないのに、駆けつけたんだぜ? って事は何時も傍でお嬢さんを見てるって事だろ」

 敵意丸出しな眼差しに晒されてもどこ吹く風という様子の孫市の指摘は、四人の胸に渦巻く意識を更に刺激した。

「正直、あいつが来なきゃ、俺はあの時お嬢さんの胸を撃ち抜いてた。ここにこうして立っちゃいない」

「ふっ…語るに落ちたな」

 手の中で扇を遊ばせながら、三成が口の端を動かして微笑む。
慶次、孫市、幸村、左近が視線を移せば、三成は自分の扇で孫市を指し示した。

「自分の命を狙った男に絆される女がどこにいる」

「そこはそれ、手腕の見せどころさ」

 視線と視線で交わされる冷戦。
それを見守らねばならない外野は冷や汗ものだ。

「お、おい、お前ら…何の話をしているのかしらんが、やるなら他所で…」

 言い掛けた政宗を彼の配下は「勇気あるな」という目で見て、徳川、豊臣配下は「無謀だろう」という目で見た。
同じようにその場に居合わせている長政が家康と共に政宗の口を塞いで部屋の隅へと退避する。
それくらい振り返った面々から向けられた視線は怖かった。

「…その前に、一つはっきりさせておきたい事があるのですが」

「どうした、幸村」

 強張った面持ちで、幸村はその場に寝転がっている慶次へと問い掛ける。
掲げていた扇を掌中へと収めた三成の視線もまた、慶次へと向いた。

「慶次殿、あれはどういう意味ですか」

「アレ?」

 惚ける慶次に、幸村は真剣な眼差しを向ける。

「"惚れる"には色々と意味がありましょう」

「ああ、器に惹かれる。武に惹かれる、知に惹かれる…って奴かい?」

 幸村の無言の肯定を受けて、慶次は横にしていた体を起こした。
余裕を含ませた動き。
勿体をつけるように作った間。
周囲の焦れが極限を迎える頃合を見計らい、彼は向けられた問いかけへの答えを一言で済ませた。

「抱きたい」

 四人全員が固まれば、慶次は不敵に笑った。

「何かまずいかい? あれだけの器量、美貌だ。当然だろ?」

「そのような思いで、貴方は様を!!」

 打ち震える幸村へ向い、慶次は皮肉った笑みを向ける。

「じゃ、幸村、お前さんはどうなんだ? さんに対してそういう意識は一片もないってのか?
 そんなわきゃないよな。でなきゃ今ここで俺にそんな殺気は向けてないはずだぜ」

 言葉に詰まる幸村から視線を外して、左近、三成、孫市を見て、彼は問う。

「お前さんらも、近からず遠からず…だろ?」

「否定はしませんね」

 最初に左近が肯定すれば、三成は仰天したように自分の背後に立つ左近を振り返った。
三成を見下ろした左近の目は、何時もの穏やかな眼差しではなかった。

「殿、申し訳ないんですがね。この件で譲るつもりは、左近にはありませんので」

「左近殿まで!!」

「幸村さん、あんたもいい加減目を覚ました方がいい。俺達は確かに、最初に姫の守護者として選ばれてる。
 けどね、そんな立場は、もう意味を成してはいないんですよ」

 袖と袖を合わせるように組んでいた腕を解いて、左近は頭上にあるの執務室を示す。
下の焼けつく空気を知らないからこそなのか、頭上からはと秀吉の朗らかな笑い声が絶え間なく聞こえている。
つい半刻までは、そこに家康が混ざっていた。

「分かりますか。姫は分け隔てを知りません。恋愛感情が当人同士にあろうがなかろうが、関係ない。
 俺らはこの通り、蚊帳の外だ。これが現実です」

 ぐっと息を呑む幸村を冷ややかな眼差しで見つめ、左近は言う。

「悪いが、俺はこの立場に甘んじるつもりはない」

「同感だねぇ」

 慶次の声に、左近のぎらついた視線が慶次へと移った。
視線と視線で交わされる熾烈な戦いだ。

「…当人の意志はどうなる」

 二人の戦いに割って入るかのように、再び三成が口を開いた。
彼の目にも左近や慶次に負けず劣らずの爛々としたと光が揺らめいていた。

「おや、殿の口からその言葉が出るとはね」

「悪いか」

「いいえ、嬉しいですよ。殿でも恋をすれば、他人を思いやるのだと分かって、左近は感動です」

「恋などしていない、ただ貴様らのような下衆の欲情の対象にされているあの女が不憫なだけだ」

 元主従のやりとりを聞く幸村は一人暗い眼差しをしていた。

「…私は、様の臣だ。貴方方が一線を越えようと言うのならば、この真田幸村、全身全霊を賭して止めてみせる」

「おいおい、そりゃ違うだろ?」

 孫市が混ぜっ返した。

「ここにいる連中、誰一人として力づくとは言ってないぜ?」

 「なぁ?」と口火を切った慶次へ視線を向ければ、慶次も当たり前だと頷く。

「それにねぇ、幸村さん。姫が自分の意志で誰かを選んだら、どうしますか?
 あんたのその調子じゃ、その時は当然、祝福してくれるんでしょうな?」

「冗談じゃない!!」

 左近の言葉に思わず声を荒げれば、三成以外の三人が薄く笑った。

「ようやく本音が出たな」

「…ッ!!」

「まぁ、そう言うことだ。俺ら全員、この事についちゃ、相成れないって話さ」

「一先ず協定は破棄、それで構いませんかね?」

 左近が一同を見回した。

「と、俺、それには反対」

 孫市が即答する。
全員の視線を受けて、孫市は天井を見上げた。

「考えてみろよ。あの乱破は相当曲者だぜ? あいつを排除しないと知らぬ間に掻っ攫われそうだ」

「なるほど、あいつを葬った後に…って事ですか。悪くない話だね」

「まぁ、そういう事なら、それはそれでいいぜ」

 口ではそう言うものの、誰一人として"抜け駆けはしない"とは言わない辺りが不穏だ。
ぴりぴりと張り詰めた空気に耐えられなくなった長政が、家康、政宗と共に室の外へと逃げようと腰を浮かせた。
それと時を同じくして、部屋の向こうの廊下から誰かが近付いてくる足音がする。
冷戦が極限を極め、居合わせた第三者が逃れる為に襖へと手を掛ける。
瞬間、近付いてきた足音が襖の向こう側で止まった。
室内の者が襖を開くよりも早く、襖が外側からスパン! と心地よい音を上げて開く。

「ねー、皆ー、慰め会やってー?」

 襖の向こう側に立っていたのはだった。
秀吉と手を繋いでいるは誰が見ても一目で分かる空元気の笑顔。
に引っ張られている状態にある秀吉も、失敗をしたと、顔を顰めている。

「慰め会? なんじゃそれは」

 空気の流れが変わったと政宗が安堵の声を発すれば、は懐から薄桃色の小箱を取り出した。
漆塗りの箱に現れた、彼女の第二の私物だ。

「これさ、携帯端末って言ってね。本来なら、こういう箱を持っている人と連絡が取れるのね。
 でもここでは用途が限られててさ。私の世界の、ネット……って言っても分からないか、ええと、大きな大きな
 図書館だとでも思ってくれればいいんだけど……そことね、繋がるのね」

 突拍子もない説明に全員が思案顔だ。

「でね、本当はこっちからも行動起こせるんだけど、やっぱり時空が違うからそこにある文献とかを引っ張り出すのが
 精一杯みたいで…」

「で、結局何なんだ?!」

 業を煮やすとばかりに三成が声を荒げれば、は眉を八の字に歪めた。

「……私、水難事故で……死んだ事になってる」

 全員が目を見開き固まる中、は自分で自分の頭を掻いた。

「なんかもー、笑うしかないよね? しっかり、葬式とかされちゃってる感じでさ……参っちゃうよねー。
 なんかもう、マジで帰れなさそう…」

様」

「ううん、いいの。本当はこうして生きてるし、皆に守って、支えてもらってるし。
 ……でもさ、なんかさ……友達とか、親とか、職場の人とか、親しい人が私の死を受け入れて…いつかは忘れてく…
 って思うとさ、なんかさ、ちょっと…切ないよね」

 「こんな事なら、大人しく音楽のダウンロードくらいにしとけば良かった」とは肩を落とした。
彼女の胸の痛みが分かるから、誰も何も言う事が出来なかった。

「ま、今更悔やんでも仕方ないしね。私がこうして生きてる事は、皆が知っててくれるからね。
 それでもう平気だから。だからね、一応の憂さ晴らしという事で慰め会。今夜やってくれる?」

 言うだけ言って部屋から出て行ったの背を、瞬時に追いかけられたのは、彼女の後についてきただけだった。

 

慶次編  左近編  幸村編  三成編  孫市編  風魔編

 

 

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