34番のなぞかけ |
「三成、少し良いか」 135連勤、貫徹3日目となる石田三成の執務室に、珍しく来客があった。 「どうした?」 左近の動きに頓着することなく、三成は吉継を見つめている。 「何用だ」 動いたことで固まった肩と腰が重く感じたのか、軽く首を回しながら三成は座卓の前に腰を下ろした。 「急に済まない、これをお前に解いてもらいたくてな」 そう言って吉継が出したのは10枚に満たない書面だった。 「なんだ、これは?」 一枚一枚を取り上げて三成がざっと目を通す。 「普請…ではないな」 なんでも仕事に繋げてしまう三成に内心で苦笑しながら、吉継は懐から砂時計を取り出した。 「登用する者をこれで篩にでもかけるのか?」
一通り脳内で解いたのか、三成は立ち上がると執務机から筆を取ってきた。 「左近、お前も解いてみてくれないか?」 「御冗談を。殿の知があれば十分でしょう?」 面倒事はごめんだと肩を竦める艶っぽい軍師に、吉継は涼やかに答えた。 「知りたいのは、答えではない。お前達なら解くと分かっている」 「では何故?」 手は止めず、声だけで三成が問えば、吉継はさらりと答えた。 「解くまでにかかる時間が知りたい」 「なるほど」 「そりゃ相手を間違えてますよ、吉継さん。殿程の知恵者を基準にしては平均値は測れない」 「だろうな」 分かっていてやらせるのだ。何らかの意味があるはずと三成は理解した。 「出来たぞ」 「ふむ…」 回答の確認はするまでもないというのか、吉継はまじまじと砂時計を書面を交互に見つめる。 「一問につき、平均5分か」 「何か問題でもあるのか」 これでも貫徹3日目、思考も多少は鈍ると言わんばかりの三成に、吉継はそうではないと首を振る。 「問題は大有りだろうな」 助力を求められるのはこれからなのだと察した三成は僅かに眉を動かした。 「お前ほどの知恵者が5分かけたこの書面を、お前より早く解く者がいる」 「何!?」 我関せずで湯呑を傾けていた左近が目を見張った。 「馬鹿な」 「こんなことで嘘を言ってどうする」 「まぁまぁ、殿。最後まで話を聞きましょう」 左近が先を促せば、吉継が湯呑を取り上げてお茶を一口飲んだ。 「実はこれは俺のささやかな遊びだった」 「遊び?」 「ああ、執務の合間に思いついた算術の問題をだな。役所の前の高札に貼り出しておいたのだ」 「何の為に?」 「特に意味はない、作ったから貼り出した。それだけだ。 「それが?」 「こうして、解いた者が現れた」 「何処の学問所の門弟だ」 「それが軒並み心当たりを尋ねてみたが肩透かしだった。挑戦しようとした者はいたのだ」 「が、皆答えられなかった…と?」 「俺が次の問題を貼り出すのが早すぎたそうで、回答を導く前に問題が変わって手が出せなかったと苦笑された」 この男の頭で考えた問題ならばそうなのだろうな、と三成と左近は納得する。 「ですが、ようやく殿以外で語り合える知己を見つけた、と?」 「どうなのだろうな…学問所の門弟ではないし、寺に師事する弟子の類でもない」 吉継は思い悩むように顎を己の手で軽く摺った。 「何より、解せぬのだ。高札の見張りに問うても、回答した者の記憶がないらしい。 「どういうことだ。ちゃんと回答が用紙に書かれていたのだろう?」 「ああ、回答はしっかり回収済みだ。だが目撃者が一向に現れない。 「なるほど」 「この回答者と誼を結び、出来る事なら召し抱えたいのだがままならない。 そこで何故自分に振る? と言いたげな三成に吉継は言った。 「色々これでも手は尽くした。設問のすぐ横に邸宅に招く一文を添えたり、なんなら報奨金を出すとも書き添えた」 「駄目だったのか」 「ああ。旅の者でこの町を離れたのかとも考えたが、そうではないらしい。ふらりと訪れては問題だけ解いてゆく」 まるで何かに化かされているかのようだと吉継が肩を落とした。 「しかし困りましたな」 無言になった三成の代わり、左近が切り出す。 「これ、あんたらが誼を結ぶ結ばないの話じゃありませんよ」 「どうして。名乗り出たくないだけなのかもしれぬ。 助けは求められてもこの時点では全く関わるつもりがなさそうな三成に対して左近は、ほんの少し真面目な表情を見せて答えた。 「相手は殿や吉継殿と御同類の知恵者なんですよ」 「だから?」 「もし反豊臣派の家系に士官でもされたら、豊臣の天下統一の歩みが停滞します」 二人はそこまで考えていなかったのか目を見張った。 「この知恵者は、早急に見つけ出して豊臣で雇用した方がいいでしょうな」 「となればどうする?」 「どうしましょうかね?」 言うだけ言っておきながら、何の案もないらしい左近は軽い調子で肩を竦めた。 「そこは豊臣きっての知恵者のお二人がいるんだ、知恵、絞ってみてくださいよ」
執務を放り出して知恵者二人が顔を突き合わせてああでもない、こうでもないと相談に夢中になってしまった。 「ああ、そういやこの辺だったな」 吉継が作った件の難問を貼り出した高札の所在がすぐ近くだった事に気が付いた。 「ちょっと見ていくか」 吉継の口から聞いた混雑とはいったいどれ程のものだろう? 『なるほど、想像以上に人が多いな』
商人、納税に来る民、道場帰りの武士、芸で食い扶持を稼ぐ旅人と、確かにあらゆる人でごった返している。 『これじゃ確かに気が付かれないわけだ』 個別に人捜し専門の役人でも立てねば、書面に取り組んだ者は見つけられぬやもしれない。 「うーーーー」 左近が一人思案に暮れていると、左近の横から鈴の音のような声が上がった。 『ああ、なるほど』 左近の背が高すぎる為に高札が読めないのだろう。 「こいつは失礼」
見慣れぬ戦装束に身を包む少年に場所を譲れば、少年は大きな瞳をぱちくりとさせながら「有難うございます」と小さく頭を下げた。 「えーと…? 税金…税金……増税の文字はなくて…」 掲げられているお触れの、分かる部分を拾い読みしているのが丸分かりだ。 「良かったら説明しましょうか?」 他の民の対応に追われる役人の代わりに声をかけてやれば、少年は素直に瞳を輝かせた。 「ひゃわ!」
まして通行人に押されて転びそうになるわ、素っ頓狂な声を上げるわ。
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