34番のなぞかけ |
『字に疎くても頷ける』
芸事で身を立てる者として読み書きそろばんの教養があるに越したことはないが、どうしてもそれが必要かと問われると回答に詰まる。 「大丈夫ですか? ここ、どうぞ」 小さな体でこの人混みは厳しいだろうと、左近は自らの前に彼女を引き寄せた。 『素直だねぇ。殿もこれくらい素直なら可愛げもあるんだが』 「…と、まぁそんなわけで当面戦もないし、増税もありませんから安心していいですよ」 「そうなんですね、わざわざご丁寧に有難うございます」 「いやいや大したことないですよ、気にしなさんな」 変わった衣装で男装の麗人を気取るならば、この娘の所属する一座の出し物は一体どういった物だろうか? 「34番! 34番はいるか!」 「はーい!! ここにいます〜〜!」 配布された割符を掲げて少女は駆け出した。 「ああ、そうか」
てまり寿司を自分の分含めて三膳買い求めて、それを手土産に三成の執務室に戻る。 「まぁ、そう怒らず。分かったんですよ、吉継殿の招致に相手が乗らなかった理由が」 「何?」 「どういうことだ?」 てまり寿司を開いて箸を二人にも差し出しながら左近は言った。 「読めないんでしょ、文字が」 「ハァ?」 「字が…読めない?」 表情に困惑を貼り付ける二人に寿司を勧めつつ、左近は自分の分の寿司に舌鼓を打った。 「さっきねぇ、件の高札まで足を延ばしてみたんですよ。 「出会い?」
「ええ、多分旅芸人の一座の者だと思うんですが…。 そこで左近は指先で吉継が持ち込んだ書面の数々を示した。 「ほら、解いてる問題。全部図面の問題でしょう?」 「そうだな」 「言われてみれば、確かに…」 「読めないんですよ、文字が。ただこの図面を見て、問題を理解して、解いてる。 「左近、お前はこの問題を解いた者はバカだというのか?」 言葉を選ばぬ三成に、左近は苦笑する。 「どうでしょうねぇ。バカはバカでも紙一重…もしくは化ける類のバカなのでは?」 「そうだな、もしその者が文字を覚えたら?」 「化けるでしょうな、確実に」 一つとっかかりは掴めたが、根本的な問題は何一つ解決していない。 「後は、ま〜、あれだな。現場で張り込むしかないでしょうな」 左近はてまり寿司を平らげながら言う。
「一日そこらで問題変えてるわけじゃないし、これだけ答えを書いて来てるんだ。相手も確実に領内に住んでます。 「四六時中見張るのか? 往来を??」 無理があるだろうと指摘する三成に左近は言う。 「条件は分かってるんだ、手探りよりゃマシですよ」 箸をおいて、そこで左近は指を折り始めた。 「まず、相手は文字を理解してない。第二に、問題には興味がある」 「それだけではないか」 「ええ、今はね。だが高札を見張る役人には、その二点を注意深く見る様に言えばいい」 「駄目元か」 「当面はね。先方の人となりをこっちは全く知らないんだ。何をするにも相手の趣向を知ってからですよ」
その後、左近の提案は全く役に立たないことが分かった。 「なかなかどうしてこれは骨が折れそうだ」 日増しに機嫌が悪くなる上司とその友人の扱いに難渋した左近が高札の前で舌を打った。 「あ、この間のおじさんだ。こんにちは」 また新たに掲げられた高札と吉継の問題を見上げる左近の背に鈴の音のような声がかかる。 「おや、今日はまた高貴な出で立ちだ」 衣装を褒められたのが嬉しいのか、少女ははにかんだ。 「今日も高札の中身、解説しましょうか?」 「いいんですか?」 キラキラ瞳を輝かせるからおかしくなってしまって、左近は一歩身を引いた。 「理解が早いね、助かります」 「気にすべきことはお金と戦だけだから」 なるほど。旅芸人の一座ならその二つさえおさえておけば事は足りるのか。 「そういえば、おじさんはどうして溜息を吐いていたんですか?」 「おや? 見られちゃいましたか」 こくこくと頷く彼女は、お礼に相談してみろと言わんばかりの視線を向けてくる。 「なんだ、そんなこと」 「そんなことって…簡単な話じゃないですよ? すぐ逃げちまう」 「だったら簡単ですよ」 少女は手の中の割符をくるくると回して弄びながら言った。 「その逃げちゃう子の大好きなもので釣ればいいんですよ」 「釣る?」 「ええ。例えばその子の好物を沢山用意して、好きなだけ食べて下さいってやるの。 「なるほど」 ぼかして話したせいか、彼女の中では野良猫の捕獲相談にでもなっているのかもしれない。 「おススメは生魚よりまたたびか鰹節ですよ」 あっけらかんと助言された。 「34番、いるかー!」 「はーい! 今行きます〜〜!」 別れの挨拶もそこそこに役所に小走りで駆けて行く少女の背を見て、左近は思った。 「また34番か」 互いに名を名乗り忘れてはいるが、そんな事は些細だと思えた。 「へぇ、律儀だね」 一月単位で納税に来ないのは、生活が厳しくて分割にせねば納税できないからなのだろう。 「次に会うとしたら、来月の頭になるかな」 なかなか面白い年の離れた知人―――左近が勝手にそう思っているだけだが―――との再会までの日が少しばかり待ち遠しい。 『そう思っちまうのは、綺麗所二人が毎日おっかない顔してるからですかねぇ』 やれやれと肩を竦めてから身を翻して、左近は仕事場への道を辿る。 「気を付けて帰れよ〜」 「はーい。有難うございます〜」 若草色の束帯の袖を緩く振りながら見送ってくれた役人に礼を言った彼女の姿は、やがて行き交う人の波に呑まれた。 「ああ、そうだった」 高札から離れて角を曲がりかけて、思い出したように少女は立ち止まる。 「えい!」 少女は吉継がしたためた問題を留める釘の上に、それを重ねて押し込んだ。 「よし!」 満足げに一人納得して再び人混みの中に紛れた彼女の手から離れたのは、二枚のわら半紙。
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貼り出されたのはノーヒントの塗り絵パズル。知恵者二人に解けるかな? こっちはゆっくりゆっくり進めて行きたいので、今回はまだ名前変換は有りません。悪しからず。(19.07.06.) |