景品はあなた

 

 

「審判」

「え。あ、はい。なんでしょう?」

「卿に問う、卿の弟子はかような強さであったか?」

 唐突に問われては「答えていいのかな?」と口籠る。

「場の形勢が動かぬ故、多少飽いたのだ。気を紛らわせてくれぬか」

「官兵衛殿、それは卑怯というものでは?」

 純粋に腕試しをしたいから、このような方法で三成の注意を逸らされてはたまらないと、吉継の目は語った。

「卑怯? さてな?」

 窘められてもどこ吹く風の官兵衛には言う。

「正直三成さんがこんなに強いなんて思ってなかったから驚いてます。
 私の特訓なんて必要なかったんじゃないかと思う位…」

 目に見えて三成の背に影が張り付いたような気がした。
分かり切っていた結末だとしても悔しい。
隠していた腕前を披露した結果、失うことになるのであろう、これから先の二人きりの時間。
それを思い、三成が怒りの感情を顔に乗せる。

『挑発にのった』

 薄く笑う官兵衛。仕方のない奴だと小さく溜息を吐く吉継。
見守る外野も同情だったり、呆れだったりと似たり寄ったりの反応だった。

「でも……なんでその牙を隠してたかは知らないけど、三成さんらしいな…とも思います。
 無駄に敵を作らないようにしてるつもりで、思い切り敵を作る所とか。攻撃的な手を好むところとか。
 …すごい腕前で…私も直に対戦してみたいくらい。今夜とかどうですか?」

「…お前相手ではこうはいかぬ」

 遠回しすぎる告白にピンときたのは残念ながら外野だけだ。
は「えー、私そんなに玄人でもないですよ〜?」などと的外れな返事をしている。

「何故でしょう…目頭が熱くなってきました」

 隆景がわざとらしく袖で己の眦を拭うふりをした。

「放っておけ。もう慣れた」

 周囲からやたらと弄られる三成に同情的になって来たのか、卓上の力関係が官兵衛vs三成・吉継の構図に傾いた。

『ですからー!! お二人ともそういう所なんですってば!!!』

 幸村が「はぁ…」と溜息をついて、左近がおかしくて仕方ないという風に笑いを噛み殺した。

「あいつ結構不憫だな」

 自滅した男こと藤堂高虎が露天で購入して来た餅菓子を口に運びながら言った。

「そうか。三成は今、愛に燃えているのだな」

「やかましいのだよ!!!!」

 三成は愛という単語にやたら反応した。
清正と利家と正則が堪えきれずに腹を抱えて大笑いする。

「おい、審判! 有象無象共をどうにかしろ! 気が散る!!」

「あ、はーい。皆さん、個人的な茶々入れはその辺で〜!」

 に窘められた外野がすまんとばかりに小さく会釈した。

「ったく…なんで俺ばかり弄られるんだ」

「なんでって三成…お前それは…」

「皆まで言うな、分かっている」

 手札から特殊札を切りながら、三成は官兵衛を見た。

「官兵衛殿」

 官兵衛が卓から視線を上げる。

「俺は今回ばかりは引きませんよ」

 先を促すように、官兵衛は自分の手の中の札に手を乗せたままだ。

「今回だけは、俺は折れないし、引かない。諦めないし、必ず這い上がってみせる。何時間でも貴方に食らいつく」

 官兵衛の眉が俄かに寄った。
三成の言わんとしている事はこうだ。
守るべき相手のいない試合で、貴方は何を本気になっているのか? と、改めて問いかけているのだ。

「…それで?」

「半兵衛殿が居れば、貴方が本気になる価値もあったのでしょうが、生憎あの方はもうここにいない」

 官兵衛の顔が明らかに歪んだ。
両兵衛と称されながら、何処か師のようであった友人の存在を引き合いに出されて、心がざわめく。
 秀吉も先程名残惜しんだばかりではないか。
失ってしまった片翼こそが、彼が望む真の軍師なのではないか。自分では代わりにはなれない。
その片翼に秀吉を、未来を託されたとしても、まだ、足りない。認めてはもらえない。
 よからぬ考えが次から次へと浮かんでは消えてゆく。
切るはずだった札の上で官兵衛の指は固まったままだ。

「……あまり、俺を苛めないで下さい。俺達では貴方の相手には力不足だ…」

 三成の口から洩れた小さな小さな声に、官兵衛が息を呑んだ。
三成が顔色を窺うように上目遣いで見つめてくる。

「…ふっ…………確かにな…」

 官兵衛は切るはずだった札から指先をずらして、別の札を切った。
吉継が顔を顰めた。三成を追い詰められるであろう札は出番を失い、代わりにこうして吉継を追い詰める札へと変わったのだから当然だった。

「恐れるべきは卿ではなく…あの花よな」

 あからさまにやる気を失った官兵衛に、秀吉もも不思議そうだ。

『全く…勝つ為であれば平然と泣き落とすか。あの三成が…』

 顔色を窺われた瞬間、官兵衛の目には三成の背後に白い軍師の幻影が見えた。
そこに居るはずのない幻影は、屈託のない笑みを浮かべてこう口を動かした。

『官兵衛殿、後進をギタギタに叩きのめしても誰も褒めてはくれないよ?
 花を持たせるくらいの余裕がなくちゃね』

 三成が口にしたように守るべき者が居ない戦い。
真剣にならねばならない理由があるのは、自分ではなく三成の方だ。
それを知りながら、自分ほどの地位と知略を持つ者が粘りの戦を見せて、挑発をして、これ以上何を得ようというのか。これではいい大人が子供相手に本気になるようなもので、大人気ないだけだ。

「三成」

「何か?」

「……今年の歳暮は南蛮菓子を所望する」

「はい、官兵衛さんアウトー! 今、賄賂要求しましたね? 流石にルール違反です!」

 一応審判としての任をきっちりこなすつもりらしいが官兵衛に退場の判定を出した。
官兵衛は分かっていてやったのか、手持ちの札をその場に伏せて卓から離れた。
 残るは吉継と三成のガチンコ対決だ。

「三成さんが何言ったのかは知らないけど、なんだかんだ棄権させちゃうんだもん。
 やっぱ本気の三成さんって、腹黒すぎて怖いな」

 が独白している間に、棄権扱いになった官兵衛が近寄ってくる。
官兵衛は当たり前のように秀吉の背後に腰を下ろした。
秀吉もそこが官兵衛の定位置だとでも言うように労いの言葉をかけ、盃を手渡すと酒を注いだ。
盃を受けて飲み干す際、官兵衛は一度だけ三成の背を見て盃を小さく上げた。
 まるでそこに誰かが居るかのような仕草だった。

「さて、後はホモカップル対決だよね」

「ホモカップルってなんだい?」

 ねねの素朴な疑問にが簡潔に答えた。

「えーと、衆道の番みたいな? そんな感じでしょうか」

 ブフォ!! 
の解説を耳にした官兵衛と秀吉が同時ににごり酒を噴いた。

「ちょ、! その誤解はほんに勘弁してやって欲しいんさ」

「えー、でもなんか吉継さんいっつも三成さんの事庇ってるしさぁ。三成さんも吉継さんには甘えてるしさぁ。
 アレ絶対にデキてるでしょー?」

「いやいやいや、流石にそれはないって」

 卓でガチンコバトル中の二人の代わりに、秀吉が必死で否定していた。

『三成…まだどうにかしていないのか!!』

『だから俺に期待をするな!!』

 なんで夜の手習いの際に託けて押し倒さなかったと、視線で問い詰めてくる吉継から三成は逃げた。

『そ、そんなに単純に縮まる距離なら苦労はないのだよ!!』

『お前が少しでも迫れば、あの誤解は解けたのではないのか!?』

 衆道の一言が吉継の怒りの導火線に火をつけたようで、吉継が怒涛の攻めを見せている。
防戦一方になる三成の背にと秀吉のどうしょうもない会話が突き刺さる。

「私の予想だと三成さん女側な気がするんだよね。吉継さんはどう見てもそっちには見えない」

「いやいやいや、二人ともそーゆんじゃないんじゃって!」

「えー、でも怪しいと思うんだけどなぁ」

「審判!! 黙れ、気が散る!!」

 三成が吠える。

「あ、はーい。すみませーん」

 怒られちゃったと舌をぺろりと出して誤魔化すに、吉継は簡潔に言った。

「はい?」

「今夜夜這いされても文句は言うなよ?」

「え、なんで?」

「そのきっかけを、今、お前は自分で作ってる」

「えー? なんで? どうしてー?」

「だから、もうその手の話は別にいいだろう!!」

 三成が泣きを入れた。
吉継がすかさず札を切った。
特殊札の『飛』を重ね出しし、

「うの」

 と宣言した上で、最後の1枚を場に捨てた。

「はい、勝者決定!! 優勝は大谷吉継―!!」

「容赦ねぇなぁ」

 観客席で呆れたような声を上げた正則に、「そうでもない」と言ったのは幸村だった。
そのまま優勝を讃える表彰式が執り行われることになり、決勝戦まで勝ち上がった面々が舞台に呼び出される。
 優勝の栄誉は吉継が得て、副賞は金一封が送られた。
準優勝が石田三成、副賞は各地から取り寄せた特産品一年分だ。
第三位になった黒田官兵衛が得た副賞が、まさかの茶器一式だった。
 譲り受ける約束をしていた利休が三成に恨みがましい視線を送っていた。
そこで大体の経緯を察した官兵衛が三成に変わって利休に礼の茶器を譲り渡した。
 それで良かったのか? と利休と三成が問えば、官兵衛は小さく笑った。

「久々に懐かしい顔を見たのでな、その礼だ。それに少しばかり大人げなかった」

 譲り受けた茶器を大切そうに抱えて、利休は会釈を一つ見せると早々に帰路に就いた。

「さて、景品を記した目録は滞りなく行き渡ったかのう?」

 表彰を済ませて、閉会の儀を執り行って、大会は無事に閉幕となった。
それでも後夜祭とばかりに町は賑々しさを失うことはなかった。
 白熱した試合に魅せられた人々があちこちで幾つもの輪を作り、ウノを楽しむ。
その様子を見ながら、秀吉は満足そうに何度も頷いていた。

「うんうん、いい塩梅じゃ。また機会を作って開催するのもええのう」

「構いませんが、その時はの席はきちんと別に作って下さいよ」

 三成が仏頂面で毒づいた。

「え、なんで? ここ駄目ですか??」

 が大きな瞳を瞬かせれば、三成が降りて来いとばかりに手招きした。
素直に褒賞席から降りたの両肩に三成は掌を重ねて、の体を反転させた。

「良く見てみろ」

「え! 何これ!?」

 ようやくそこで”お好きにして下さい”の一文を目にしたは、飛び上がるほど驚いた。

「茶器が褒賞ということで、恐らく流派の話なのだとは思うが…」

が中央に座していたからな。大抵の者はお前を好きに出来ると認識していたと思うぞ」

「でなければ三成が飛び入りで参戦などするものか」

 吉継と三成に決定的な言葉を向けられては今更ながら慌てふためいた。

「いや、そんな! ええ!? 恐っ! 何これ、怖すぎる!!」

「三成が血眼になって戦っていた理由が少しは分かったか?」

 ホモの片割れと称された上司が釘を刺せば、は大きく相槌を打った。

「ありがとう、三成さん! 師匠が売り飛ばされないように、必死になってくれたのね!」

「…いや…まぁ…そうだな…ああ…そういう事にしておこう……」

 どんよりと影を背負った三成の背を見ながら、秀吉は独白した。

「……官兵衛、おみゃーさん、棄権せん方が良かったんじゃないかのう…?」

「ええ…今更ですが……そんな気がしますな」

「まぁ、殿の景品は各地の特産品ですからねぇ。
 巧い事それでお嬢ちゃんを釣れば、夜一献共に杯を傾けるくらいは出来るようになるでしょ?」

 左近の助言を受けて、三成はそれもそうだな…と気を取り直した。
いい機会だからこのままを誘おうとするものの、少し声をかけるのが遅すぎた。

「あ、そろそろ舞台の時間だ!」

 大々的な催しということで、は片付いた舞台の上でちゃっかり芸事を披露出来るように、舞台の管理者に働きかけていたようだ。

「衣装変えなくちゃ!!」

 挨拶もそこそこに、颯爽と皆の前から離れ、控室として借り上げた長屋へと駆けて行く。

「いやはや…殿の木花咲耶姫はつれないもんですなぁ…」

「まぁ、頑張れ。三成」

「優勝を掻っ攫ったお前に言われたくない」

 この片思いが報われる日が来ることはあるのかと、三成はがっくりと肩を落とした。
必要以上の徒労感に塗れる三成だったが、ちゃっかり当日券を購入しての舞台だけは最後まで堪能してから帰路に就いた。
 衣装替えをしたの本日の装いは神々しい金色の天上人に見紛うような衣装で、祭りの余韻を大いに盛り上げた。
美しい歌声と華々しい舞で観客を魅了するを見て、遠方から訪れた勇将達も心から理解した。
 豊家には天上から訪れた木花咲耶姫の加護がある、と。

 

 

  - 目次 - 進

各ゲームのこと書いてたら、想像以上に長くなっちゃった。(19.10.19.)