思わぬ拾い物

 

 

 が提案した政策の基盤が整った日の昼過ぎ、主要部将は皆評議場に集まっていた。
数日前に保護したについての話し合いと共に、この数日間で混迷した政務の統制を取り戻す為だった。

「まず、今回の政策に掛かった費用の事です」

 片倉小十郎が伝票をちらちら眺めては、冷たい視線を慶次、幸村、左近、政宗、の五人へと送った。

「材木は、安く上がりましたな。それも異様に」

「ああ、それな! さんの入れ知恵だ、その値段、なかなかないだろう?」

 豪快に笑う慶次から視線を外してに視線を向ければ、もまたしてやったり顔だった。

「やっぱりー? いやー、イケると思ったのよ。
 ああいう所の人って、喧嘩っ早い感じがするし、豪胆な気がしたし。

 チマチマした事より今を楽しめ! って感じで生きてるじゃん?」

「で、具体的には何をなさったんですか」

 小十郎の手から伝票を取り上げた左近の問いかけにはにんまり笑顔だ。

「別に、ただ慶次さん相手に腕相撲百人抜きを提案しただけよ?」

「ひ、百人抜きーっ?!」

 慶次と以外の、その場に居合わせた全員が目を丸くした。

「そ、慶次さんが負けたら経費は倍額。代わりに勝ち続けたら一人につき材木一本分タダ」

「で、この金額ですか」

「あったり〜♪」

 お気楽なのはいいが、この分では明日当たり、職に炙れる大工が出兼ねないなと左近は冷や汗を流した。

「それくらいの遊びは構いませぬ……しかし…」

「何? 何か問題でもある??」

 左近から伝票を取り返し、小十郎は眉間に皺を寄せる。

「松風に突貫された城門の修繕費がバカになりませぬ!!」

 はすぐに視線を泳がせて、笑っていた慶次、左近、幸村、政宗が誤魔化すように視線を彷徨わせ、頬を掻いた。

「木材が安かろうと、土壁へ被害を出せば無意味でしょうが!! 分かってらっしゃいますか、各々方!!」

「…うっ……ご、ごめん……なさい…」

 肩を素直に落としたを確認してから、小十郎は伝票を帳簿に挟み、帳簿を閉じた。

「…全く…政宗様が増えた気がして仕方がない……」

 ブチブチと文句を垂れながら、小十郎が腰を降ろす。
次に場を仕切った左近に指で合図を送られて、珍しく入り口に立っていた幸村が暖簾を上げた。
この暖簾は財政難を切り抜ける為に屏風と襖まで売ってしまった為に苦肉の策で導入したものだ。
だだっ広い部屋のあちこちを仕切る暖簾。はっきり言って、異様な光景ではある。
そんな異様さをものともしていないのか、隣の部屋に控えていたが、ぺこりとお辞儀をしてから入ってくる。

「あ、あの……様、先日は私のせいで…」

「あー、いいの。もう、うん。さんが無事ならそれでいいし」

「…様…」

 の懐の深さに感動しているが、はたっと気がついたように首を大きく横へとふった。

「い、いけません! ここはやはり、私なんとしても責任を取ります」

「え、そんな仰々しく言われても……」

「いいえ、お任せ下さい。夫に会いましたら、絶対に絶対に、冥土に送って頂けるようにお願い致します!!」

 滅茶苦茶、他力本願。
それで責任どうこうと言えるのか、甚だ疑問だ。
でもこの非力な人がそこまで思い込んでくれる事が純粋に嬉しかった。

「大丈夫ですわ!!」

 お愛想笑いを貼り付けるの顔色からの思いを察したのか、は懸命に言葉を重ねた。

「風魔などという忍、旦那様に掛かったら、物の数ではありません」

 豪語して頂けるのは大変有難いのだが。
こんな乱世で未だに仕えるべき家も見つからず、嫁さんを放り出して放浪している男だ。
そんな男に頼ったところで、何が出来ると言うのだろうか。
 は胸に湧き上がった疑問をそのままに出来なくて、思わず聞いてしまった。
なるべく失礼にならないように、言葉を選んで口調は柔らかさを心掛けたつもりだった。

「あの……さんの旦那様って、確か、正成さんだっけ?? そんなに強い武士なの??」

 瞬間、あちこちで湯飲みを取り落として割る音、火傷したが故の叫び声が上がる。
何事かと周囲を見やれば、居合わせた一同は、皆硬直していた。

「え? 何? 何? どうしたの? なんなの??」

 動揺し混乱するを差し置いて、慶次がずずぃと身を乗り出す。

「なぁ、お嬢さん。その正成って……あの正成か? 確かあんたの苗字…服部だろ?」

「はい、私は服部正成の妻です」

 癒しの空気を撒き散らす笑顔を見れば見るほど信じられないと、皆は一様に息を呑んでいる。

「…信じられんな…」

 兼続が眉間に皺を寄せ、

「天変地異だな、こりゃ…」

 左近は笑っていいのか、どうしていいのか分からないと顔を歪ませて、

「…想像したくない…」

 政宗は己の耳を抑えて、目を閉じている。

「いやぁ……大物だなぁ…」

 慶次も恐れ入ったとばかりに顎を掻いているし、唯一無言の幸村でさえ遠い目をして現実逃避していた。

「ねぇ、皆どうしたの?? ねぇ?」

 きょろきょろと周囲を見回しながら問うに答えたのは、我に返った幸村だった。

「この方の夫は、服部正成…またの名を、服部半蔵といいます。日の本一の忍者です」

「へー、そうなん…だ………って何ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ?!

 一番遅い反応、そして大きい反応。
それを目の当たりにして、ようやく理解してくれたかと皆が視線で言う。
は己の頬を抓ってみて夢ではない事を確かめると、左近、慶次、兼続、政宗、幸村を呼びつけて円陣を組んだ。

「ね、ね、ってことはさんももしかしてすっごい忍者??」

「いや、流石にそりゃー、ないんじゃないかねぇ」

 ちらりと全員でを見れば、即座にほんわか笑顔で応じられる。
お愛想的な笑みをこちらも返して再び円陣へ。

「だよね、どう考えても、非力な癒し系の可愛い子だよね」

「あの大将、どういう趣味なんだ?」

「…どう考えても、繋がりが見えないぞ、この婚姻は」

「…あれではないのか、誘拐でもしてきて、そのまま…」

 政宗の物騒な想像に、

「いやいやいや、それはないんじゃないですかね。そうした方法にしちゃ、敬愛し過ぎてますよ」

 左近が待ったをかける。

「ねぇ、これってさ、どっちにしても、もしかしていいチャンスじゃない??」

 の使う単語の意味は良く分からないが、その目を見れば、言いたい事は良く分かった。

「引き抜くってのか?」

「それがさ、今旦那様、仕官先探してるんだって」

「お、そりゃ、好都合だねぇ」

「でしょ?」

「善は急げじゃな」

「左近も異論ないですよ。大物を釣るには餌を惜しむな…っていいますからね」

「かようなご婦人が一人旅は危険であろう。保護する事は、義だ!!」

「だよね、だよね? 絶対そうだよね??」

 全員一致で今後の対策と方向性を定めたところで円陣を解いた。
改めて、に向きなおり座る。

「あ、あのね、さん」

「はい」

「もし、良かったらなんだけど……旦那様が見つかるまで、ここで暮らさない??」

 首を傾げたを、は懸命に口説いた。

「ほら、宛もなく探しても大変だろうし。変質者にも狙われてるみたいだし。
 何よりね、さんの旦那さんが半蔵さんなら、ここにいればきっとすぐ見つけてくれるだろうし、
 行き違いもないと思うの」

「あぁ…それも…そうですね」

 今までその辺に気が付いていなかったのかと、冷や汗を流しつつ、揺らぐの心へと追撃をかけた。

「それにね、もし、もしもよ? 旦那様さえ良ければの話なんだけどね。
 旦那様が見つかった後もさ、旦那様にこの国で働いてもらって…二人で仲良くここで暮らす…
 っていうのはどうかな??」

「あ、はぁ……それは構いませんし…とても嬉しいお言葉なのですが……ここは確か家のお膝元ですよね。
 御殿様になんのご相談もなく、勝手に決めてしまっても宜しいのでしょうか??」

 尤もと言えば尤もな質問に、は冷や汗をぽたぽたと流した。
ここに来て、自分が吐いた稚拙な嘘が、緩々と自分の首を絞め始めている事に気が付いたのだ。

「気に止む事はない、城主自らの申し出だ」

 兼続の助言は、実に余計だった。

「え?」

「貴方の御前におわす方こそ、家ご当主様であらせられます」

 幸村の落ち着いた言葉に、目に見えて慌てふためく
それを見ていながら、どうしても根本的な事が分からないと、は思い悩むように眉を寄せる。
思案の壁に行きついたは、己の脳裏に浮かんでいる疑問を、そのまま口にする事にした。

「え……でも、様は、ではなく、前田と名乗られましたよ?」

「ぎゃーーーーーーっ!!!! ダメ、それここで言っちゃ、ダメーーーーっ!!」

 騒ぎ立てて立ち上がろうとするの両肩を、右から幸村が、左から左近が掴んだ。
二人の手には絶妙な力が加わり、有無を言わずにその場へと着席させられる。
二人の不自然な笑顔が、非常に怖かった。

偽名ですよ、きっと。何故その姓を使わなくてはならなかったのか、とんと分かりませんが

「ああ、偽名だな。当主自ら外で本名名乗りりまくる訳にゃいきませんからね。ただの思いつきです。
 
ねぇ、姫。ですよね?」

 カチコチに固まり冷や汗塗れのには、本当の所、何が悪いのかがいまいち良く分からない。
ただ今までの生活で理解した事はある。
初期段階から世話になっているこの三人は、三人の内誰か一人を引き立てて扱うと、他の二人が異様に不機嫌になる。その為扱いは常に平等を心がけなくてはならない。
はそれを忠義からくるライバル意識と踏んでいるようだが、実際はそうではない。単に各人の独占欲だ。
 はここは我が身の保身が最優先だと考えたようだ。大人しくこくこくと頷いて見せた。

「いやぁ……ついにバレちまったかー」

 ここでこの空気を引っ掻き回したくてしょうがない傾奇者の悪ふざけが発生した。

「ちょ、ちょっと何言ってんのーっ!?!」

 目を白黒させながら慌てふためくの頭を大きな手でガシガシと撫で回し、彼は言う。

「愛されちゃってるからねぇ、俺は……な、

 わざと呼び捨て。

「へぇ…」

「さ、左近さん、目が据わってる!! 据わってるってば!! 怖いよっ!!」

「……呼び捨てですか……そうですか……」

「ゆ、幸村さん、なんで槍出してるの! こんな部屋の中で危ないよ、止めようよ!!」

「あれほど、内緒って言ってたのになぁ。だめだろ、

「だからーっ!! 慶次さん、遊びすぎーーーっ!!」

 ギスギスした愛のバミューダートライアングルに囚われたの事をほったらかして、外野は勝手に動く。

「おい、お前」

「はい、なんでしょう??」

 政宗が持って来た半紙と墨をの前へと差し出した。

「君の手形が欲しい、協力してくれ」

「は、はい…」

 言われるまま両掌に墨を塗りたくられて、はそのまま手形を取られる。
出来上がった半紙には兼続の達筆で

 

"お預かりしています。お心当たりのある方は、家まで。"

 

 の一文。
何時から彼女は迷子扱いになったのか。
そしてこの紙をどこでどうするつもりなのかが非常に気になる。

「うむ、なかなかの出来だな」

「よし、成実!! 早速掲示板に貼り出して参れ!!」

「ははっ!!」

 発案の掲示板。
記念すべき第一号のお触れ書きは、日の本一の忍者・服部半蔵を燻り出すための尋ね人チラシだった。

「…えっと…」

 当人の都合と意志を無視し、

「姫、どうしてそこで島じゃないんですかっ!! 俺のが簡単な名前でしょうがっ!!」

「いや、だって……」

「まー、信頼と言うか愛の差だろうねぇ」

「慶次殿、戯れが過ぎますっ!! 主君をなんとお考えかっ!!
 様も、易々と口にしていい事と悪い事がある事をご存知ですかっ?! 名は軽んじてはならぬものですっ!!」

「ごめんなさいーっ!! もう許してーっ!!」

 更には四面楚歌の君主の意志をも無視して、

殿、歓迎するぞ。これで今日から君は、我らの同士だ!! 共に義を世に広めるべく、頑張ろうっ!!」

「おい、お前。こやつらの事は気にするな。何時ものことだ」

「え? え? あ、は……はぁ…」

 服部家残留は決定した。

 

 

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掛け替えのない友人ゲット。しかも彼女は日の本一の忍者の愛妻。(08.03.04.up)