傍にいるということ - 風魔編 |
空元気を振り撒くだけ振り撒いた酒宴をお開きにした後、は早々と床に着いた。 「う…ぅぅぅ……っ…う………お…重い……」 どれくらい眠ったのだろうか、部屋の中の温度が急激に下がった。 「……うーん、うーん…寒い……重たいよぅ……」 どんどん圧迫が酷くなり、ついに耐えられなくなって、は閉じていた瞼を開けた。 「ヒッ!!」 驚愕と恐怖で絶叫する前に、唇を塞がれた。 「ッ!!!!」 この感触に覚えがあったは、渾身の力を込めて圧し掛かる重みの元を突き飛ばした。 「…はぁ…はぁ…はぁ…!! あ…あ……あんた…一体、何を…」 布団から飛び起きて部屋の隅へと退避すれば、闇の中に転がったはずの人影は消えていた。 「…?」
錯覚か、はたまた夢の続きだったのか? と目を凝らし、何度か瞼を擦った。 「っ!!」 悲鳴を上げる前に体が浮き上があった。 「……何時までそうしている?」 瞼を閉じて、身を固くし続けること数分。想像通りの声がの耳を擽った。 『…あ…綺麗だなぁ……』 けれども何時までもそうしているわけにもゆかない。 「…あのさぁ……風魔、今度は何?」 躍動によってかかる浮遊感に胃がほんの少し波打つ。 「声が戻ったか」 「ええ、お陰様で」 程なく城下町の灯りは山の裾野の向こうへと消えた。 「あのさ、なんでいちいち木の天辺なのよ? 危ないじゃないよ!」 降ろされた木の上で両腕を幹に絡ませて、安全を確保する。 「ここならば逃げられまい?」
「ええ、まぁそうですけど…ってゆーか逃げたくたって私は普通の人間なんだし、 無言のまま目と鼻の先に佇んでいる風魔の狙いが分からなくて、は眉を動かす。 「な、何? 私の顔、なんかついてる??」 答えずに、との距離を詰めた風魔は、極々自然な仕草で腕を伸ばした。 「ちょ、止めてよ、落ちる!! 落ちちゃうってば!!」 慌てたが金切り声を上げだが、が咄嗟に伸ばした両手でしがみついた風魔の体は、先程までが腕を絡めていた木の幹よりも固く、大きく、どっしりとしていて、逞しかった。 「んなっ!!」 叫ぶ前に口を腕で塞がれた。 「…伊賀の薬か」 対して風魔はの心の動きには興味がないのか、己の目的だけを淡々とこなしていった。 『あ、ああ…そ、そういう…事ね、一応罪悪感とかあって、心配してくれたりもしたのね』
風魔の漏らした独白から、一先ず貞操の危険はないのだと安堵の溜息を漏らした。 「三度夜を迎えた後、跡形もなく消えよう」 「あ、有り難う」 一応礼は言ったものの、としてはこれから先をどうするべきかと思い悩んだ。 「あ、あのさ…風魔」 聞いているかどうかも怪しい風魔に、は言う。 「まだ、離れないでくれる? 胸、見えると困るし……後さ、出来ればここから降ろして欲しいんだけど……」 「さて、どうするか」 楽しんでいるとばかりに弾む声、それに腹が立ったは顔を上げた。 「あ、あのねぇ!! 折角見直してあげたんだから、そういう時は最後までいい子でいてよっ!!」 瞬間、交わった視線から、思わずは目を逸らした。 「女、どうした?」 問われて、は口篭り続けた。 「と、とにかく、一度降ろして。お願い。ここ、怖い」 「高所は嫌いか? バカは好きだと聞いたが」 「それって何、私がバカだって事?!」 目を合わせるような勇気がなくて、下を向いたまま問いかければ、風魔は淡々と答えた。 「人の身のでありながら、非力なくせに我に逆らう……そんな女はお前が初めてよ……愚かな話だ」 「えーえー、そうでしょうよ。あんたから見りゃバカ丸出しでしょうよ。 やさぐれ満開で反論を試みた。 「このままここへ捨て置くか?」 「すみませんでした、降ろして下さい」 歯軋りしつつ訴えれば風魔は愉快そうに笑う。 「良かろう」 そのまま抱かかえられて雑木林の麓へと降りた。 「はぁ…」
大地へと降りたって、ようやく安心出来ると肩で息を吐いたのも束の間だった。 「あの……風魔さん…………地面に、降ろして欲しいんだけど?」 折角大地に降り立ったと言うのに、風魔は何時まで経ってもを離そうとはしない。
「あんたね、アホなんじゃないの?! 降ろす時は降ろすって先に言いなさいよ!! 打ちつけた腰に生じた痛みに怒りのままに声を張り上げた。 「っ!?」 殺されると直感し、片目を閉ざして奥歯を噛みしめた。 「あ…!! な、何…して………やめ…て」 冷徹な眼差しでの目を覗きこんで、彼女の心の動きを堪能するとでもいうように、風魔は薄く笑う。 「ちょっ、風魔!! よして、やだっ!! やぁッ!!」 両の瞼を閉じれば、眦に涙が浮かんだ。
「や…だ………!! 助けて、慶次さん!! 左近さんっ!! 幸村さん!! 三成ッ!!
足をばたつかせながら、腹の底から声を上げれば、首へかかった圧迫が消えた。 「な……風魔……ちょっと…」 呼吸が苦しくなるまで貪られて、唇を解放された時には互いの唇に糸が引いていた。 「どう…して?」 大粒の涙を零しながら問えば、風魔は顔色一つ変えずに答えた。 「したいからだ」 「?!」 再び距離を詰めようとする風魔の横っ面を、思わずは力一杯張り倒した。 「止めてよ、馬鹿!! こういう事は、したいからって一方的にしちゃいけないことなのよ!!」 動きの止まった風魔に向って、は泣きながら震える声で言う。 「いい? こういう事は、女をとても傷つけるの。 「嫌か」 「嫌に決まってんでしょ!! いきなりなのよ?! こういう事は、特別な人とだけ、することなの!!」 その言葉を聞いて、風魔の目が据わる。 「!」 「ならば…すれば特別か」 再び力ずくで唇を奪われた。 「風魔、風魔、待って、聞いて!! こんなの間違ってる!!」 金切り声を上げて訴えれば、風魔はの眦へと舌を這わせた。流れ落ちる涙を、舌先で拭う。 「特別って言うのは、一方的じゃダメなの。ちゃんと、相手の気持ちを考えてあげないと、いけないの」 「気持ち? くだらん」 「"くだらない"とか、"したいからする"だけじゃだめなの。 犯されかけていると知りながら、には焦りがなかった。
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