傍にいるということ - 風魔編

 

 

「いい? 風魔。相手の意志も確認しないでこういうことしちゃ、だめ。絶対にだめよ。
 そんな事したらね、酷い場合は、その人、魂が死んじゃうの」

「混沌か」

「違う、孤独になるの」

 強い口調で言えば、風魔は怪訝な顔をした。

「特別が欲しいんでしょう? なら、こんな事はしちゃだめ。
 魂が死んでしまったら、その人は、もう風魔を見たくても見れないし、感じられない。
 会話だって出来ない…分かる?」

「孤独」

「そう、だからこういう事は一方的にしてはだめ、いい? 分かった??」

 風魔が身を引いた。
それと同時にが上半身を起こして、乱れた夜着を元へと戻し、眦に浮かんだ涙を掌の項で拭いとる。

「いい、風魔。ちょっかい出したいのは分かる、周りに迷惑をかけないのであれば何時絡んできてもいい。
 でも、こういうのは、絶対にだめ。私じゃなくて、ちゃんでも、他の女の人が相手でも、絶対にしてはだめ。
 いい? 分かった?」

 風魔は何も答えずにへと手を伸ばすと抱き上げた。
それから月明かりの下を縫うように躍動して、城の天守閣へと戻ると、床の上へとを降ろした。

「風魔…?」

 風魔の心の動きが読めぬが不安そうな眼差しで呼べば、彼は顔色一つ変えずに言った。

「…忘れるな、混沌は……何時如何なる時も……お前を覆う……」

「え?」

 それだけ告げて、風魔は夜の闇の中へと溶け落ちるように消えた。

「…なんだったの…? 一体……」

 がっくりと肩を落としたは、乱れた着衣をどうにかしなくてはならない事に気がついて、深々と溜息を吐いた。

 

 

 翌日の深夜、風魔は再び現れた。

「あんたさ……昨日の今日で、よくのこのこ現れたわね……」

 ひくひくと頬を引き攣らせて問いかければ、風魔は手の中の小さな薬瓶をちらつかせた。

「三度、夜を越える」

「ああ、そう…そうね、そうだったわね……」

「背を見せろ」

 部屋の端へ逃げて、が首を横へ大きく振れば、風魔は悟ったように口の端を歪めた。

「特別な事はしない」

「…本当?」

「力ずくでされたいか」

「結構です」

「ならば来い」

「………ったく、分かったわよ…」

 肩を落として、部屋の中央まで戻ると、自ら夜着を緩めた。

「あ、あのね…本当ならこうして背を見せる事だって、恥ずかしいことなんだからね? 分かってる?」

「…知らん」

「じゃ、知って。心配してくれるのは有難いんだけどさ、風魔はちょっと突然過ぎるのよ。何もかもが」

 言っている間に包帯を解かれて、傷口の上へと薬が塗られた。
再び半蔵が作ってくれた膏薬は、当然のように風魔の手の中で消し炭へと姿を変えた。

「友達が欲しいのは分かるんだけど……方法がね、急過ぎるからね、皆驚いちゃうのよ」

「友などいらん」

「そんなこと言って、素直じゃないんだから」

 背に触れた冷たさが消えて、治療が済んだのだと悟ったは夜着を元に戻しつつ言った。

「大体私の事だって、友達だと思ってるから、心配してくれてんでしょ?」

「違う」

 いやに強い否定に驚いて振り返れば、淡白、冷淡が常の風魔にしては珍しく険悪な眼差しをしていた。
内心で「こんな顔も出来るのね」と関心し、言葉を待てば、風魔は言った。
大まかな変化は見られなかったが、気持ち拗ねているように思えた。

「友などいらぬ」

「風魔?」

「うぬは我が座興よ」

「はいはい、それはもう聞き飽きたっつーの」

 しっしっと身振りで追い払いつつ、は床へと横たわる。

「とにかく、治療有り難うね。で、終わったらとっととお帰り下さいな。私はもう眠いのよ。
 昨日だってあんたのせいで一睡もしてないんだから。
 それにね、半蔵さんが作り置きしてってくれた膏薬だって、貴重品なんだからね。
 そうお気軽お手軽感覚でぽんぽん捨てたり炭にしたりしないでよね」

「…伊賀の薬など、知らぬ…………昨夜は取り繕うのが大変だったな」

「見てたわけ?」

 床の中から怒りと呆れに満ちた眼差しを送れば、風魔は口の端を歪めて笑った。

「うぬは我が座興…明日の夜を楽しみに待つがいい」

 夜の闇に溶けた風魔の声に、は深い溜息を吐いた。

「……勘弁してよ……もう…」

 

 

 翌朝、は風魔の無軌道っぷりに泣かされる事になった。

「おい、!!」

 まだ夢うつつ、まどろみの中にいるの元へと突然三成を始めとした面々が乗り込んできた。
皆、最強装備に身を固め、全身から凄まじい闘気を漲らせている。

「何よー、三成、もっと寝かせてよ〜」

 入室の確認もなしに突然私室へと入って来て、朝っぱらから叩き起こされる。
不快感に覆い尽くされたの意識は、怒りを糧に一気に覚醒へと動いた。
が床の上で身を起こせば、の布団の上へと猫のように摘み上げられていたが降ろされた。
当然はおろおろして半べそ状態だった。

「やれ」

「は、はい」

 三成、幸村、左近、慶次、孫市の据わった眼差しに逆らえるはずもなく、が泣きながらへと手を伸ばした。

「な、何? どうしたの? ちゃん??」

「も、申し訳ございません、様……ちょっとあちらに…」

 隣室へと促されて従えば、何故かはそこでの身を改めた。

「あ、ありましたわっ!! くっきりと、それも何ヶ所もッ!!」

 首を傾げながら、その場でほんの少しずらされた夜着を元に戻した。
すると隣室から慶次達の紡ぐ不穏な声が耳に入ってきた。

「そういや昨日、腰が痛いとか言ってなかったか?」

「こ、腰って、オイ、俺それ初耳だぜ?」

「って事は、一昨日姫相手に夜這いしたってのかっ!!」

「まさか!! そんなはずは…」

「あ」

 交わされる憶測の合間にの声が混ざれば、怒り狂っている男達の視線が集中する。

「なんだ、

「頼みます、殿。知っている事は全てお話下さい!!」

「でも、でも…!!」

さん、大事なことだ。さんの操に危険が迫ってる」

 友の危険だと慶次に強調されれば、にそれ以上の沈黙を持続させられるはずがなかった。

「…一昨日の事なのですけれど…様、夜着が酷く乱れていたんです。こう、背中の部分が真っ二つに裂けてて…」

「「「「「…あの野郎…ブチ殺す…」」」」」

 重なった声に凍りついた。
何かとてつもない誤解が生じているようだ。
とにかくそれを解かなくてはと歩き出そうとする前に、は背後から出た腕に囚われた。

「この際、背に腹は変えられません。兼続殿も巻き込みましょう!!
 彼は義士、婦女子を辱めるような輩を野放しにはしないでしょう!!」

 出た、微妙にえげつない真田幸村の軍略。

「そうだな、捨て駒は少ないより多い方がいい。長政、政宗、家康辺りも巻き込め」

「…捨て駒って殿…」

 そしてそれを逡巡すらせずに肯定する三成。
さり気なく人選から秀吉を外している辺り、彼の忠誠の深さが窺える。
だが捨て駒の中に含まれている兼続の事を考えれば、彼らの間に本当に友情があるのかが不安になる一瞬ではある。

「んーっ!!! ふがーっ!!」

 くぐもった声のに気が付いて、一同が隣室との境目まで移動してきた。
一声かけて、が襖を引けば、そこには陰湿な笑みを口元に貼り付けた風魔が立っていた。
彼はの口を塞いで抱きかかえて、楽しそうに笑っている。

「屑が!!」

「気をつけな!!」

「逝きな!!!」

 途端、怒声と共に来るわ来るわ、三成、左近のアーツの嵐と孫市の無双奥義。

「んがーっ!?」

 当然は顔面蒼白になり曇った悲鳴を上げる。
対して風魔は、を抱えたままで全てを避けて楽しげに笑い続ける。

「…くっくっくっ…」

 風魔の指に噛み付いて、辛うじて呼吸を確保したは絶叫した。

「あんた達一体何してんのよー?! 止めてよ、城が壊れるじゃないよっ!!」

 焦るの顎を掴み、上を向えせたかと思えば、風魔はそのまま無理やり唇を奪った。

「?!」

 息を呑むと一同の前で、慶次が吼えた。

「派手に傾くぜ!!」

 無双秘奥義が発動し、重い一撃によって風魔のガードが崩れた。
それと同時に、ぐらついたの体を慶次の腕が抱え込む。
しこたま連撃を叩き込まれ、吹き飛ばされた風魔の体は買い戻した襖どころか、天守閣の土壁をも突き破った。

「これぞ戦の花よ!! ハッハーッ!!」

 この時点で階下から、騒ぎを聞きつけた諸将が駆け上がって来る。

「何事ですかっ?!」

「ああ?!」

 ギラギラした眼差しで応対する慶次が珍しい。でもそれ以上に怖い。
身を竦ませた面々を他所に、幸村、三成、左近の会話は続いた。

「殺ったか?!」

「いえ、また分身だったようです」

「チッ…ゴキブリ並みに性質悪ィな…あの野郎…」

「こ…腰が、腰が抜ける…」

 慶次の脇に抱えられているが、恐怖に身を竦ませて訴えた。
今までは本気モードの慶次を正面から見たことなどなかったし、牙を向けられる事もなかった。
それだけに自覚した事はなかったが、正直、今の慶次は本気で怖かった。
その刃と殺意が自分を飛び越えて背に立つ男に向いていると分かってはいても、自然と体が竦んだ。

さん…ごめんな……護ってやれなかった…」

 烈火の如く怒り狂っていたかと思えば、今度はこれ以上はないくらいに優しく、悲しげな眼差しをする。
丁重にその場に降ろされたは、そんな慶次を見て我に返ると、慌てて口を開こうとした。
生じている誤解を、なんとしても解かねばならないと考えたのだ。

「あ、あのちょっと待」

「クックックッ……いい座興よ……」

 戻ってきた。いや、というよりも本体が現れた。
また状況がややこしくなると、の瞳からはハラハラと涙が流れる。

「いい声で啼いたぞ。具合も良かった」

 風魔の発言で、上がってきた諸将をも巻き込んで、場の空気は絶対零度。

「初めてだったのか? 痛がっていたが、力ずくで嬲るうちに溺れた」

「風魔ーーーーーーッ!!」

 が叫ぶよりも早く、炸裂した幸村の奥義や他の面々の攻撃。
それらのとばっちりを受けて、城の最上階はその日の内に半壊した。
勿論、その乱戦の中には兼続や上がって来たばかりの将の姿もあった。
何度殴っても、斬りつけても、屠ろうともそれは分身で、はっきり言えば徒労でしかない。
だとしても、部屋の隅で縮こまる同様、女の身の上であるに、激怒しまくる彼らを止める術はなかった。

 

 

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