傍にいるということ - 風魔編 |
「ですから、誤解です。ただの挑発です」
無軌道な風魔が引き起こした騒動は、慶次が彼の本体を打ち負かす事で辛うじて終結させる事が出来た。 「確かに服は破かれました。深夜に外に連れ出されもしました。 「…しかし…腰が…」 誰からともなく出た言葉に、は理路整然と答えた。
「だって城から連れ出された後で落とされたんだもん。想像してみてよ、慶次さんと同じ身長なのよ? 評議場の中をうろうろと歩き回りながら、は仏頂面だ。 「いい? 私の貞操の心配をしてくれる事はとてつもなく有難いんだけど。有り得ないから」 「ならば痣はどう説明する」 三成の棘々した問いかけをはすっぱりと切り捨てた。 「被れたんでしょ」 「薬にか?」 「うん、それか、その時多少揉めたから植物かなんかで」 「そうか、本当に、本ッッッッ当に、何もなかったんだな?!」 「ないわよ、しつこい!! ってゆーか、そういう濡れ衣かけられること自体が腹立たしいんだけど!!」 珍しく瞳に真剣な怒りをまといつかせて、は叫ぶ。 「大体ね、皆私の貞操ネタで煽られ過ぎ!! だから風魔が味をしめるんでしょうが!!」
そんな事を言っても、この面子にそこを堪えろと言うのは酷ではないかと、顔を歪ませるのは政宗を始めとした恋愛レースに直接関わりのない面々だ。
「特に慶次さん、左近さん、三成、幸村さん、孫市さん、貴方方は引っかかり過ぎです!! それからはきょろきょろと辺りを見回したかと思えば、天井を見上げた。 「それからね、風魔!! きっと聞いてんでしょーから、よく聞いて!! 途中で窓を見たりしていた事から考えても、は風魔の気配に見当がつけられなかったらしい。 「とにかく、これだけ派手に暴れて血祭りに上げられず、 「解散」と掌を打って場を切り上げたは、一人で延々と愚痴を漏らし続けた。
「全く、民の血税なんだと思ってんのよ? こんなにボコボコボコ壊されちゃ堪んないわ。 財政的やりくりに支障が出る、とヒステリーを起こすが評議場から出て行く。 「怒らせちまったな」 「…ええ…そのようですね…」 「…しかしあの乱破、どうにかしないと…姫の貞操問題、もしかするともしかするぜ」 「あいつ、本当に性質悪いよなぁ。半蔵がいない時を見計らって来てるだろ?」 「雑賀衆でどうにかならないのか?」 「無茶言うなよ。俺達は傭兵、忍者じゃないんだぜ?」 「使えんな」 「そういう事言うならお前がどうにかしろよ。ま、その細腕で出来る事は限られそうだけどな」 「何だと?!」 「なんだよ、やるのか?」 無表情の鬼対自称色男の戦いが勃発する寸前、廊下からの怒声が上がった。 「三成、孫市さん、ちゃんと懲りてるのッ?!」 顔を覗かせたの額には深い皺と血管が浮き上がっていた。 「全く…本当に皆、血の気が多いんだから。どーしてこう男ってすぐに力で解決しようとするのよ」 そうは言っても水面下に抱える事情が事情だけに仕方がない。 「今度くだらない事でケンカして何か破損したら……皆、減俸だからね!!」 ドスドスと激しい足音を上げつつ遠のいてゆくの姿を、風魔は天井裏から気配を殺して盗み見る。
その日の夜、三度風魔はの寝室へと現れた。無論、治療が最大の目的だった。
「風魔…あんたさぁ…もう、本当、頼むから…ああいう冗談とか挑発は止めてよね。 は自ら着物を緩めて背に付いた傷口の治療を任せながら、うんざりとした口ぶりで言った。 「それにね、はなんだかんだいって、まだまだ貧乏なのよ。 「どの道、近々引っ越すのだろう。気にするな」 「するわよっ!! 私が引っ越したって、ここ誰かに任せてく事になるのよ?! 「達者な口だ……塞いでやろうか?」 「だから…またそんな事して揉め事の種を撒き散らさないでよ。 「察しが良くなったな」 「他に思いつきゃしないっての」 吐き捨てるように答えて、それからはふと気が付く。 「…ねぇ、風魔」 「なんだ」 「傷口、そんなに酷い?」 先程まで真剣に怒っていたかと思えば、今度は不安そうな声。 「言ったはず、三度夜を越えれば消える。現に痛みは和らいでいるだろう?」 「え? あ、うん。そうなんだけど……なんか、初日よりも薬塗ってる時間が長いから…」 掛け布団と着物で胸元を隠し、背中を晒しているは、確かに官能的ではあった。 『…くだらぬ…くだらぬな……』
だがそれを目にして触れている風魔には、到底そんな気持ちは持てなかった。 『…一時の快楽では、消せぬ…』 特にここ最近のは、何か目に見えぬものに追い詰められ、疲弊しきっている。
"らしさの欠如"
無意識に続くそれは、の中の何かが壊れて行っている証拠に他ならない。 『…つまらぬ……それでは……つまらぬな…』 その表情を見たくはなくて、見せられるのが苛立たしくて堪らない。 『…忘れろ……思い出すな…考えるな……』 その事を考えるから、心が壊れる。体が疲れる。 『…それは、うぬには必要ない…』 少なくとも風魔の認識の中では、自分が傍にいる間は、の顔には怒りが貼り付く。 「…傷は消える…」 気持ち沈んだ声で風魔は言う。珍しく何かを考えていることが分かる声色だ。 「風魔?」 声を発するの背を見る風魔の瞳はどこか寂し気だった。 「案ずるな、傷は消える」 淡々と言いながら、薬を塗り続けながら、風魔は僅かに顔を強張らせた。 「傷は…消える」 では、次からは何を理由に彼女に触れればいいのだろう? 「………うぬは…我が座興…」
自身の中に芽生えた感情に素直すぎる反面、こうした霞みがかった感情と向き合うのは苦手なのかもしれない。 「……それだけのことよ……」 「え?」 独白の中に潜む真意が計れずに、が怪訝そうに顔を歪める。 「忘れるな、うぬは我が座興………我は何時如何なる時もうぬを見ているぞ」 振り返らないことをいい事に、風魔は己の指先に唇を落とし、その指での傷口付近をなぞった。 「あのねぇ、風魔……それはストーカーと言って…」 はいいかけて、背にあった気配が消えた事に気が付き振り返った。 「…もう…本当に困った人ね…」 は「お茶くらい出してあげたのに」と呟くと、放置されていた包帯を自らの手で巻いて、着崩していた夜着を整えた。 「…有り難うね、風魔…」 呟くように柔らかい声で言って、それからすぐに横になり、瞼を閉じる。 「…それでいい…。うぬは我が座興…………さぁ、次は何を仕掛けようか…」 風魔は満足気に薄く笑い、低い声で呟いた。
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特別が欲しいわけじゃない。ただ貴方がもう特別なんだ。それに気が付いていないだけなんだ。(08.09.11.) |