傍にいるということ - 幸村編

 

 

 幸村が落ち着きを取り戻し、己の眦を拭うのを待って、それからはゆっくりと身を離した。

「…そうねー、この時代で…したくても、出来なかった事……していなかった事…か」

 中庭の中にある丁度よい飾り石の上へと腰を降ろした。
天から降り注ぐ柔らかい月灯りに身を委ねて、物思いに耽るように瞼を閉じる。

「…予算の事を考えると、大掛かりな事は出来ない………でも、予算がかからないのに、体裁とかを気にして
 しないようにしていた事は沢山あるかな」

「どのような事ですか?」

「……笑わない?」

 瞼を開けたがはにかんだように笑いながら、幸村を見た。
幸村は当然だと頷いて見せる。

「歌をね」

「歌?」

「うん、この時代からしたら音楽とも思われないような曲かもしれないんだけど…お風呂に入る時はよく歌ってたの」

「最近は、それを全くしていらっしゃらない?」

「うん、だって…必ず護衛で誰か近くにいるし…。騒音かなーって思っちゃうし…。
 何よりさ、三成とかに聞かれたら、それこそ、仕切り板蹴破ってでも入ってきて説教されそうでしょ?」

 彼の兜を思わせるように人差指を立てて蟀谷にくっ付ける。
そして眉間に皺を寄せて、固く鋭敏とした声色を作った。

「気でも狂ったのかと思ったよ」

「ぷっ」

 思わず噴出した幸村を見て、は微笑んだ。

「言いそうでしょう?」

「確かに、言いそうですね」

「でしょう? そうなったら、きっと湯当たりしようが、風邪引こうがお構いなしよ。
 それどころかそれが原因で風邪なんか引いちゃった日には、床から引き摺り出されて正座させられて、
 更に説教されそう」

 そこまで断言しては三成に悪いと思ったのだろう、幸村は懸命に笑いを堪えて言った。

「では、こうしましょう。様が歌うのは、私がお傍に控えている時に」

「えー、ダメよ、ダメ!!」

 は慌てたように首を横へと強く振った。

「そんなに歌が上手いわけじゃないてのもあるんだけど…。
 …その、私、実は替え歌とか、変な内容の歌が好きなのよ。

 普通の歌ならいざ知らず…リラックスして熱唱しちゃうかもしんないのに、幸村さんには聞かせられないよ」

「そう仰らず。気兼ねせず、歌って下さい。おかしいと思った時は、声を殺して笑いますゆえ」

「もー、笑う気満々じゃない」

「かもしれませんね。でも笑いは大事ですよ」

 改めて考えて見れば、今日初めて見た幸村の笑顔に、もつられた様に頬を綻ばせた。

「じゃ、今、ちょっとだけ歌う。それで笑わなければ…お風呂場でも歌う」

「望むところです」

 幸村がゆっくりとその場に膝を付けば、は面と向うのは照れくさいからと背を向けた。
それから一度深呼吸をして口を開いた。
アカペラで綴られた歌は、確かにこの時代で主流とされる音曲からはかけ離れていた。
しかも歌詞が独特で、きっとがわざと選んだのではないかと思えるものだった。

 

     気がついたら教育係になっている そして何時も小言を聞かされる〜

     諦めずに価値観の違い訴えてみるけど すぐに却下食らうよ〜

     秀吉様の取り成しあれば大人しく引き下がりもするけど

     何回言っても 何回言っても 人の話は聞かないよ〜

     あのツンデレ何回言っても倒せない

     背中に回ってツボを押すけど いずれは扇でぶたれる!!

     厭味連発も試してみたけど 三成相手じゃ意味がない

     だけど次は絶対勝つ為に 私、左近さんは味方につけておくー!!!!

 

     気がついたら習い事が増えている そしてあいつが何故か師匠なの〜

     諦めずに正座に取り組んでみるけど すぐに足が痺れる〜

     鼻で笑われながら必死に耐え忍んでみるけれど

     足は痺れる 姿勢は崩れる 基礎から先に進めないよ〜

 

     あのツンデレ何回泣いても許さない

     お茶にお花に踊りに和歌で過ぎた時間は優に十時間

     休憩入れてと叫んでみたけど まだいけるって笑ってる

     無茶苦茶腹は立つし悔しいけど 孫市さんの狙撃は流石にとめておくー

 

     仕事の合間見つけて街で息抜きするけれど

     すぐにバレる 連れ戻される 説教大会始まるよ〜

     あのツンデレ何回謝っても許さない

     慶次さんにチクってみたら 逆ギレで追加の説教八時間

     家康様にもチクってみたけど 穏健派じゃ勝てない!!

     だけど次は絶対勝つ為に 私、秀吉様は最後までとっておくー!!

     倒せないよ〜

※楽曲元:エアーマンが倒せない / 歌詞のみ自作

 

「ぶーっ!!」

 歌い出して暫くはぷるぷると震えていた幸村だったが、フルコーラスが終わると流石に堪えがきかなかったようで、
一気に噴き出した。

「ほらーっ!! やっぱり笑った!!」

 歌うのを止めたは、照れがそうさせたのか膨れっ面になって幸村を見やった。

「も、申し訳ありませんっ。でもその歌詞…」

「…まぁね、これくらいの反骨精神がないとね。この世界じゃやってらんないし。
 それに…結構うまく出来てるでしょ?」

「ええ、独特ですね。三成殿には申し訳ないですが、的を射過ぎていて…つい…」

「この歌はね、ぶっちゃけ負け犬ソングだから渾身の力を込めて歌うところがミソなのよ」

 レクチャーでもしているつもりなのだろうか。
ふふんと鼻を鳴らしたに、思わず幸村は問う。

「何時もかような歌を浴場で?」

「そう、勿論、向こうにいる時は向こうの出来事に即した歌詞だけどね。
 それを気兼ねなく、恥も外聞も投げ捨てて熱唱」

 想像したのか、幸村は再び口元を抑えて顔を背けた。

「ほらー、幸村さんでさえその反応でしょ? って事は、歌詞は色々差し替えるとしても、
 熱唱なんかしてる時点で三成にバレたら一巻の終わり。
 絶ッッッッ対に私、秘奥義入れられちゃうじゃない」

「その時は……そうならないように、私がお守り致します。
 それでも不安だと仰るのならば、慶次殿や孫市殿を巻き込みましょう」

 途端、幸村は真顔になって提案をしてくる。

「ええっ?! やーよ。慶次さんは笑って聞いてそうだけど、孫市さんは覗きそうだもん」

「では最初に慶次殿を巻き込み、続いて兼続殿や左近殿を巻き込むのはどうでしょう?」

「兼続さんはともかくとして、左近さんは三成と私の板挟みで胃壊しそうだよ。
 やっぱりここは慶次さんと半蔵さんとかを人身御供にするしかないな」

「ではそうしましょうか」

「…でも、本当に平気?」

「ええ、もしお一人で歌うのが恥ずかしいと仰るのならば…」

 決意を顔に張りつける幸村へと疑問符を貼り付けた顔を向ければ、幸村は真顔で言った。

「私も覚えて共に歌いましょう!!」

「ぶーーーーー!!」

 今自分が歌った歌を幸村が歌う姿を想像したのか、今度はの方が盛大に噴き出した。
笑い過ぎたのか、薄らと眦に浮かんだ涙を指先で拭いながらが問いかける。

「それさ、嬉しいけど…きっと二人で歌ってたらさ、きっと最終的に慶次さんも混ざるよね?」

「混ざりそうですね。では最初から三人で歌いましょうか?」

「ダメダメ、自分のことじゃなくても替え歌熱唱してるのなんか知ったら、きっと三成本気でキレるよ」

 「でも見てみたい」と呟けば、幸村は豪語した。

「やりましょう、様。ご安心下さい、私がお傍におります。この件では決して三成殿に手出しはさせませぬ!!」

「ええっ?! 本気ーっ?!」

「はいっ!! 歌くらいなんだというのです、人に娯楽は必要です!!」

「それもお館様譲りよね?」

「はい!!」

 目を輝かせた幸村を見てしまえば、もしかしたら本当にいけるかもしれないと思えてしまうから不思議だ。
はしばし逡巡した後、真顔で口を開いた。

「じゃ、まずはサビから覚えてね?」

「はい!!」

 

 その後、慶次をも巻き込んだの入浴熱唱タイムは、当然三成の知るところとなり、風呂場を半壊させる程の混乱を引き起こした。
 キレた三成の秘奥義もそうだが、その騒乱に乗じて風魔がまた現れた事が騒ぎを一層大きくした。
風呂場を半壊させた原因の半分はそこにあったが、原因の根幹がどこにあったのかと言えば、それは勿論と幸村の奏でた歌にあった事に変わりはない。
 全てが済んだ時、、幸村、慶次は三成にこってりと説教を食らう羽目になったのだが、三人が懲りる事はなかった。

「なんかさ、共犯がいるってある意味強いね」

「次はどんな歌を歌いましょうか?」

「どうせなら、かけあいがあるのがいいねぇ」

 すっかり味をしめてしまった慶次と幸村に真剣に問われて、はくだらない事に全力で頭を使う。

「そうねぇ、じゃ今度は特撮物とかいってみようか?」

「「特撮物?」」

 二人の声に、は頷いて言う。

「子供向けの勧善懲悪物の歌よ。そのまま歌っても結構熱いけど、替え歌すると結構笑えるのよね」

「いいですね、それでいきましょう」

「だな」

「ならさ、どうせならすごーーーーく濃い内容のにするけどいい?
 下地が下地だし、今度はきっと兼続さん辺りも不義だっ!! とかってキレそうな気がするのよね」

 二人に確認を取り付けるようには交互に視線を動かした。

「どの道、作りモンだろ? なら楽しけりゃいいさ」

 軽い調子の慶次と対象的に幸村は柔らかい笑みを湛えて頷いた。

「ご安心を。どのような事になろとうも、私は常にお傍におりますし、お守り致します!!」

 強い口調の下には、「貴方が笑っていてくれるのならば、それが一番だ」という幸村の思いやりが溢れていた。
は「なら安心かな?」と頷いて秘蔵のレパートリーを二人に覚えさせるべく、今日も頓珍漢な歌を奏でるのだった。

 

- 目次 -
真っ直ぐな彼だから、抱える自責もその分大きい。誠心誠意とは己にも厳しくあってこそ。
貴方の忠臣は常に貴方の事を案じてる。

余談ですがヒロインさんは三成を嫌いと言うわけではありません。一応念の為。(08.08.17.up)