囚われの姫君 |
怒涛の台風二連発を凌いで、復興が始まって二ヶ月が経った。 「何と書いてありますかいの?」 秀吉に問われてが書簡に視線を落とす。 「えーと………左近さん、お願いします。達筆過ぎて読めない…」
楷書ならばまだしも、崩されては拾い読み出来るのは形を成している漢字だけだとは目頭を押さえる。 「ふむ……旧城は無事ですが…ちょっと厄介なことになってますね」 「やっぱり、孤立させた時間が長過ぎた?」 が暗い顔をすれば、左近はすぐに顔を上げて首を横へと振った。 「いや、そうじゃありませんよ。まぁ、予測の範疇ではあったんですがね…思ったよりずっと早かったな」 「勿体をつけんとさっさと言わんか」 秀吉が急かした。
「まぁ、これは評議に掛けた方がいいでしょう。街道整備に出てる幸村さんと慶次さんが戻るまで待ちましょうや。 左近がから手渡された書を折り畳み、へと返した。
「あのね、私、思うんだけど…旧直江領・旧伊達領・旧徳川領の三ヶ所へ兼続さん、政宗さん、家康様を
それは一体どういうことかと名指しされた四名が立ち上がって進み出て来た。 「あ、別にお役御免って言うんじゃなくてね。 「なほるど…道理ですな」 家康が相槌を打てば、珍しく兼続が否を唱えた。 「私は賛同しかねるな」 「だめですか?」 「いや、私、政宗、三成は構わぬ。だが家康、秀吉はここへ残すべきだ」 そこで言葉を一旦区切り、兼続は三成へと視線を移した。 「ここからならば旧北条は目と鼻の先。通えぬ距離ではないから三成でも良いだろう」 発言を受けて三成が纏った不快感を緩和したのを確認した後、兼続はへと視線を戻した。
「我らの治めていた領地はともかくとして、元々徳川領は旧直江領と旧伊達領の狭間にある小国だ。
理路整然と反意を示した兼続の言わんとしている事を、その場に居合わせた全員が瞬時に悟った。 「ああ、なるほどね。そういう事ですか」 「え?」 「姫、兼続さんは姫の発作を気にしてんですよ」 「あ、ああ…あれ、ね」
歯切れの悪い回答をして見せて、そういう事ならば兼続の言葉にも合点がゆくとは頷く。 「発作? 俺は初耳なんだがな」 孫市は後方から手を伸ばしての肩を抱くと、の顎をしゃくり上げた。 「あー、なんというか…その……声をね、失う事になった原因というか…なんというか…」 すっかり慣れてしまっているせいで悲鳴一つ上げずには言い淀む。 「嫌でもその内目にすることになる。脱線させるな」
すると例によって三成が冷徹に言い放ちつつ、扇を振り下ろした。アーツ2がの顔を掠めて飛ぶ。 「あれは何時来るか分かりませんしね」 「現実的な話、あれが起きた時、殿を呼び戻せるのは家康しかいない。彼を遠ざけるのは危険だ」 間髪入れず、左近が言葉を続ける。左近の言葉を継いだのは提案者の兼続だった。 「それも…そうか…」 眉を寄せるへと政宗が言った。
「これだけ荒れておれば当面戦の心配はあるまい。攻めようにも道が開いておらぬしな。 「たんこぶですか?」 「ああ。最たる例はあの乱破よ。 「確かにな。手勢は薄い、姫の意識は戻らないじゃ、こっちは踏んだり蹴ったりだ」 「うーん、じゃ…どうしようか?」 唸るの前で兼続は言う。 「まずは幸村や慶次に街道復旧の目処を聞いた方が良いだろう。 「…そっか…」 「ならば、先程の話へ話を移したらどうじゃ? ものはついでじゃ、一時あやつらを呼び戻してもよかろう」 「そうですね、そうしましょうか」 の一声を受けて二刻後、慶次・幸村両名が自身の愛馬を駆って復旧中の街道から舞い戻った。 「お待たせしました」 「で、俺らを呼び戻してまでの話ってのはなんだい?」 「すいませんね。だが姫の一存にするにゃ、ちょいとばかり厄介な話でしてね」 を中心にしている評議場で、定位置へとそれぞれが着くのを待って、左近はがしまった書簡を取り出した。 「じゃ、説明しますよ」
その場に介した重鎮―――――秀吉、家康、慶次、幸村、孫市、兼続、政宗を見回し、左近は口を開いた。
「先程、長政さんから書簡が届きましてね。内容としてはあの台風による被害と、処理に関する報告だ。 「一文?」 反芻したの前で左近は頷いた。 「"同盟九ヶ国内六ヶ国、帰順を乞うべく使者が訪れて候。ご裁可を願い奉る"ってね」 「へ? えっと、それって一体…どういう…?」 全員が顔色を変えて、もまた指折り数え始めた。 「…えーと……その提案、もし受け入れちゃったら、一気にすごい所領数になりません?」 「なりますねぇ。名を連ねている地の所領数は、多い所で四つ、平均しても二つだ」 「あの、どうして急にそんな事に?」 幸村の問いに左近は書簡をひらひらさせながら言う。 「何、簡単な話だ。どいつもこいつも、あの台風でやられたって話です」 「ハァ?」 が呆れたような声を上げれば、左近がへと視線を移した。 「姫。自覚がないでしょうが、姫はとんでもない事をしでかしたんですよ」 「え? え? 何が?!」 大きな瞳を見開いてきょろきょろと周囲を見回すへ左近は言う。 「姫の世界では違和感はないんでしょうが…。 「…あ、あれは、私の力じゃなくて、ツールの予報があったから…」 「しかし様であればこそ、あのからくりを扱えたのでは? 秀吉の言葉に、それもそうかとは口篭った。左近が再び口火を切る。 「あの巨大な台風を相手に、上陸する前に備えられたのはだけだ。 「お前にも分かるようにもっと具体的に説明しよう」 左近の言葉を継いだのは三成だった。
「あの猛威の後だ、兵糧や薬の需要が高くなるのは当然だ。どこも喉から手が出る程欲しているはず…。 「なるほどなぁ。余所と違ってには女神が趣味で作らせてた井戸や城壁の恩恵もある」 「恩恵?」 孫市が理解したとばかりに指を打ち鳴らし口を挟んだ。
「この手の自然災害の時は大抵人口が激減するものさ。二次災害となる疫病だって侮れない。 慶次が相槌を打てば、の視線は孫市から慶次へと移った。
「家屋こそ大量に潰れたが、そんな物は、人がいりゃ幾らでも作り直せるからねぇ。 三成が視線で周囲を黙らせて、再び口を開いた。
「慶次の言う通りだ。分かるか? 我らは国の立て直しに尽力しているが、帰順を申し出た国々は、 「下手をすれば疫病なんかも起きてるかもしれないねぇ」 慶次の横やりに眉を動かし、は独白した。 「それって…つまり…もしかしてもしなくても…」 「ああ。どこもかしこも、国として、成り立たなくなってる」 「何時反乱が起きてもおかしくないって事さ。まー、普通に時間の問題だろ」 の懸念を、間髪入れず三成と孫市が肯定した。
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