囚われの姫君 |
「ええええっ?! ちょ、ちょっと待ってよ! それってさ、財はあるって言ったけど… が思わず立ち上がって家康や秀吉を見やった。
「なっ、無理だよ、無理!! 助けてあげたいとは思うけど、そんな事、急に言われても簡単にはいそうですかって その間に三成が左近の手から書簡を引っ手繰った。ざっと中を読んで三成は舌打ちする。 「余力がある事を隠せたら良かったんでしょうがねぇ」 「やってくれたな、長政め……まさかと思ったが、ここまでやったか」 「え? 何? どうしたの?」 左近が代わりに答えた。
「命には忠実な長政さんの事だ、念には念を入れて責務を全うしたんでしょうな。 「という事は…」 「ええ、あの災害を食らっていながらにして、被害状況が最小過ぎるんですよ」 「もしかして…それで目をつけられたって…そういう事?」 「ご名答」 「出来の差はあれ、どの国にも子飼いの忍の一人や二人はいるからな。 「旧城へ届いたのが幸いだったな。 兼続が言い、安堵したのは束の間だった。慶次が冷静に言う。
「いや、どうだかな。あんな災害の後だ、どこもかしこも躍起になってるはずだ。 「ええっ?! そ、そんな…困るよ…こっちにはこっちの都合が…!!」
「…姫、だから書簡を見た時に左近は言ったんですよ。"思ったよりずっと早い"って。 左近の言葉には顔面蒼白という体で息を呑む。 「ちょ、どうする? どうしよう?」 「姫はどうしたいですか?」
「どうしたいって…そりゃ、さっきも言ったように助けられるものなら助けたいけど……。 「なら、断りゃいいんじゃないのか?」 「慶次さん?!」 慶次が顎を擦りながら言う。 「何もさんが背負う話じゃないだろ。元々は他人の土地の話だ。 「誰彼って…」
「姫、慶次さんの推測は正しい。きっと連中、あちこちにこれと同じ話を持ちかけてますよ。 は何か感じ取ったのか、口元を押さえ、視線を伏せた。 「様? どうかされましたか?」 の心の動きを察した幸村が心配そうに問えば、は眉を寄せる。 「これさ……きっと断ると、その六ヶ国もどっかへ帰順しちゃうよね?」 「でしょうね。一度膝を折ると決めたんだ、今更方針の撤回はないでしょう」 「台風被害にあってない連中も、そこを見越して動くだろうしな」 孫市の言葉を受けて、は益々きつく眉を寄せた。 「…これ…それこそ全部断ったら、後々、を脅かす事になると思う。 「この直感はとりこし苦労か?」と顔を上げて全員には問いかけた。 「こんな時じゃ、諸手を振って無条件降伏を受け入れるわけにはゆかんさ。かといって放りだす事も出来んわな」 「利に寄る者は、利が消えれば容易く寝返る。見極めは肝心だ」 秀吉、兼続が険しい顔で言えば、が黙りこくる。 「分かった、俺が全土を回ってこよう」 「え?」 驚いて顔を上げれば、進み出てきた三成がの横へと立つ。 「案ずるな、憎まれ役ならば慣れている。俺がこの目で見てきて判じよう。 「…み、三成…?」 今までとは打って変わった接し方に驚き、同時に戸惑っていると、孫市の声が上がった。 「善は急げだな、付き合うぜ」 「ま、孫市さん?」
「情報収集は、俺の専売特許だろ? 三成には君主側の対応を、俺は現実を見て来るぜ。 孫市はそれこそ投げキッスでもしそうな勢いだった。 「じゃ、当面、殿の業務は左近が担いましょうか」 の頬へと差し伸べられた三成の掌を左近がやんわりと掴んで下ろさせる。 「えっ?! …ちょ、やっ!! こんな…と…き…」 「さん!? 家康ッ!!」 逸早く気づいた慶次が立ち上がるよりも早く、の意識は時空を飛んだ。
机の上に突っ伏してがくがくと震えるの瞳は大きく見開かれていた。 「…あ……ぁ……かはぁ………うっ…ぁぁ……」 頭上で皆の声がするのに、酷い耳鳴りがしてよく聞き取れなかった。 「う…っ……あ…ぁ…」 視界が色を失う。 「「様!!」」 進み出てきた家康と秀吉がそれぞれの手を取った。 「ぐぅっ!!」 「秀吉様!!」 三成が支えようとすると、秀吉は三成の肩を掴み唸った。 「なんじゃ、こりゃ………前より……酷い……うぅ…ううう…
『え?』 遠のいた意識の向こうで秀吉の声を聞こえた気がして、ふと立ち止まった。 『あ、あの!! 来ました、どこですか?! 用があるのでしょう? あの…聞こえませんか?』 何時もならばすぐに導き手が現れる。 『…冷たい……とても……寒い……ここは、どこだろう? 今までとは、全然違う世界のような気がする……』 導き手降臨の気配はなく、崩壊した世界もこの場にはない。 『ここはどこだろう? 誰か、いないのかな……誰でもいい、会いたい…』 突然、頬に何かが当たって驚いて目を閉じた。 『え? 何? なんなの?』 生温い何かが頬を伝い、不快だった。 『…ここ、本当に…一体…?』
身を引いて目を凝らせば、垂れてくる液体の量は徐々に増えて、滝のような流れになった。 『なっ!! あ……だ、大丈夫?! どうして?! なんでこんな…!!』 救わなくてはならないと咄嗟に判断して掌を差し伸べれば、青い球体の表面が波紋のように揺れた。 『水? 水に覆われてる? これは…一体、何?』
だがこれが水であるのならば、中で横たわる彼女を引き摺りだす事は容易いだろうと手を中へ入れようとした。 『っ!!』
掌に叩かれたような痛みを覚えて顔を顰めれば、球体の中の少女が閉ざしていた瞼を開いた。 『だ、大丈夫?! ねぇ、平気?!』 居た堪れなくなって、胸が熱くなった。
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