囚われの姫君 |
『…助けて…苦しい………誰か…私を助けて…』
『分かった、助ける!! 私に出来る事があるなら、言って!! 助けるから、どうにかするから!!
再び手を差しのべて球体に触れた。今度は包み込もうとするように両手だった。 『助けて…人の子………私を……助けて…』 『え?』 変わった物言いをすると怪訝な面持ちをするの体が急に揺れた。 『…え? こ、これって……何時も…見る…世界?』 『痛い……痛いよ……痛いよ…』 以前見た時よりも進んだ崩壊。 『痛い…よぅ……助けて…人の子……痛い…苦しい…』 世界が荒れる度、球体の中の少女は苦しむ。 『……あ、貴方は…もしかして…この世界なの? ……この世界……そのものな…の?』 馬鹿げた想像だと心のどこかで否定する。 『どうしよう…どうしたら…どうしたらいい? 何が必要なの? どうすれば、貴方を救えるの?!』 の言葉を聞いて、少女は苦しみを堪えながら、切々と願った。 『…助けて…人の子………壊れたく……ない…よ………昔のように……人と……動物と……みんなと…暮したい…』 少女の言葉を聞き、答えなくてはと言葉を探す内に、強い引力では大地へと引き摺り落とされた。 『た…すけ…て………人の…子……私は……まだ…壊れたくない…』 『……あ、待って……待って、助けるから!! 頑張って!! 絶対、私がどうにかするからっ!!』 こみ上げる不安と戦い、溢れて来た悔し涙を振り払い天を仰いだ。 『あ、あんたなんかに負けない!! 未来は、その子は、この星は、私が護る!!』 絶叫したの前から青い球体が消える。
「様!!」 気だるさを全身に纏いながら、視線を彷徨わせた。 「…少し、休んだ方がいいな」 慶次の言葉を聞いた幸村が頷いて、薬師を呼ぶ為に室を後にした。 「…慶次さ…ん…」 「大丈夫かい? さん」 なんとか辛うじて頷いて返事をして見せて、それからは左近へと視線を移した。 「どうしました? 姫」 震える唇を懸命に動かして、は言う。 「六ヶ国…出来るだけ…多く………受け…入れ…」 言葉は最後まで続かず、の意識はそこで潰えた。 「左近、三成…なんとかせにゃならんわ………きっと…これが……今度の試練じゃ…」 三成が頷き、すぐに身を引いた。 「孫市、一刻の猶予もない。すぐここを発つぞ」 「そりゃ構わないが…何だよ、アレ? 一体何が…」 「時間が惜しい、道中話してやるからさっさとしろ」 歩き出した三成は孫市の髪を引っ掴むと室を出て行った。 「旧領下の再興、北条も含めて我らに預けてもらおう。行くぞ、政宗」 「ふん、言われるまでもないわ」
「左近、ちぃとばかしいいかの」 「大殿」 三成、兼続、政宗の担っていた仕事を一手に引き受ける事になった左近の元へと、秀吉が訪れた。 「どうされました、珍しいじゃないですか。大殿がそんな顔してるなんて」 広げていた書簡をかたし、茶器を引っ張り出す左近の前に腰を落とした秀吉は珍しく険しい顔をしていた。 「いやな…お前さん、今どれだけ人を頼れるかと思うての」 手際よく茶を入れて、秀吉へと差し出しながら、左近は唸った。
「牢人生活は長かったんですけどねぇ…今となっては顔見知りは散り散り、行方知れずです。 秀吉は湯呑を傾けながら、眉間を押さえた。 「信長様をはよう探さにゃならん気がしての」
「ああ、それで…ですか。半蔵さんに依頼してますが、難渋してるみたいですね。 意外と牢人の情報網は侮れないと相槌を打つ左近に対し、秀吉は首を横へと振った。 「そうじゃないんじゃ、左近」 「ハイ?」 秀吉は手にした湯呑を下した。 「後で慶次にも言うとくつもりじゃが、おみゃーさんら、覚悟せにゃならんよ」 「何をです?」 「様の事じゃ」 いまいち掴めないと眉を動かす左近に、秀吉は珍しく真剣な眼差しを向けた。 「様が意識をなくした時、わしゃ、様の後を追った。 「は、はぁ…」 「ありゃ、とんでもない憎悪…いや、殺意じゃ」 持ち上げていた湯呑を左近が下す。 「前とは違う、何かとんでもない…とてつもない意思が動いとるんさ」 「意志…殺意ですか?」 「ああ、様に何かを課した者がおると、家康殿は言うとった。 「馬鹿な!! なんでそんな事をっ?!」 思わず声を荒げれば、秀吉は視線で左近の動揺を制した。 「分からん、まだよくは見えとらん。じゃが、わしはこう思うんじゃ。
「なんでですか、姫は天下を平らげ普く者へ安寧を与えようとしているだけだ。 「わしもそう思う。じゃがあの意思は恐ろしいぞ。徹底的に様を排除する気じゃ」 左近の顔に、冷徹な怒りが浮き上がってくる。 「この間の台風もな、様を排除しようとする天意が起こした策みたいなもんじゃ」 「まさか」
自然災害を策と言い切られて、左近が引き攣った笑みを浮かべれば、秀吉も同じように笑った。 「言うたろう? 得体の知れぬ天意が抱いた殺意じゃ、生半可なもんじゃないんさ」 「確かに…姫は危うくあの天災で命を落としかけましたが…」 が城壁から転落した瞬間を思い出したのか、左近が強く首を横へと振った。 「あれは序幕に過ぎんのやもしれん……今日わしが感じた殺意は、もっともっと性質が悪い」 「根拠がおありで?」 左近が眉を動かして問いかける。 「あの天災で様は一時は命を危ぶんだが、結果的には命を繋いだ。じゃが、本番はきっとこれからじゃ」 「冗談よして下さいよ、ただでさえ人手が」 言いかけて、左近は気がついたように息を呑み、目を見張った。 「そうじゃ、本当の狙いはそこじゃ。 一呼吸おいて、秀吉はいう。 「今、は激動の中におる。領地が増えるかどうかの瀬戸際、増えた所でそれは望ましい形じゃないんさ。 「元の領地は復興に追われ、人手が足りないのは誰の目から見ても明白…」
「じゃろう? ここんところ、機動力、腕力に秀でてるっちゅー理由で慶次までが復興に駆り出され続けとる。 「…今日……一度に…四人抜けた」 二人は同時に息を呑んだ。背筋を冷たい汗が流れ落ちる。 「ち、ちょっと待って下さいよ」 左近は湯呑をおいて、片づけたばかりの書簡を引き寄せて、何かを探し始めた。 「…おいおい、冗談じゃないぜ…」 見つけ出した数枚の書簡を代わる代わる眺めた後で顔を上げた左近の顔面は、蒼白だった。 「今の状況じゃ、幸村さんは明日から延々外に貼り付くことになる」
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