囚われの姫君 |
「配下武将はどうなっとる?」
「伊達・徳川勢は旧領下復興の為に一部の将兵を残して後は散り散りになりますね。 「伊賀勢はどうじゃ?」 「情報統制、それから信長公探しに躍起だ……本当、冗談じゃないぜ……今、姫を守る為に動ける奴はごく僅かだ」 「ああ、そうなんじゃ。わしらじゃって、腕に覚えはある。けどな政務にかかりきりじゃ何時か限界がくるで」 手にしていた書簡を放り出し、左近は秀吉と向かい合った。 「大殿、何かお考えがあるんですよね?」 「考えちゅー程のものんじゃないがな、明日から慶次には復興から一切手を引かせる」 「慶次さんを?」
「ああ、うちにいる武将ん中で、一番武に秀でてるンはあいつさ。あいつに賭けるしかない。 左近は苦悶に顔を歪ませ続けた。 「大殿……一つ伺っても…」 「なんじゃ」 「…家康も大殿も何故そこまで信長公に拘るんですか? あの方を探さなきゃ、半蔵さんを呼び戻せる」 もう一つの可能性を示唆すれば、秀吉は首を横へと振った。 「すまんな、左近。こればっかりは、言葉では言い表せんのじゃ。 「その縁が信長公にもあると?」 「ああ。わしと家康殿を導いたのは信長様じゃ。 「それで…ですか」 「それだけでもないんじゃよ」 怪訝な顔をした左近の前で、秀吉は掌を突き出した。 「家康殿は、様を呼び戻す。わしは、様が語れぬ事を語る。もし信長様と様に縁があれば…」 「そうか! 姫を支える何かが、信長公にも…」 秀吉は大きく一つ頷いた。 「賭けかもしれん。ただの思い込みかもしれん。 「大殿、姫の敵は…まるで時節だとでも言いたげですよ」 混ぜ返せば、秀吉は突き出していた己の掌を見下ろした。それから何度も頷いた。 「そうじゃな、そうかもしれん」 「え?」 「様の敵は、時節の大きなうねり…ちゅうんかな…? そんなつもりではなかったのだが、真に受けられた左近は苦笑した。 「じゃが、くだらん天意なんぞに好きにはさせん。 秀吉の言葉を受けた左近は、その通りだと決意も新たに強く頷いた。
「…え…兼続さんと政宗さん、孫市さんに、三成が?!」 意識を取り戻したの傍に座す慶次からの言葉を受けて、は顔を強張らせた。 「ああ。事情が事情だからね、三成には松風を貸したぜ」 「松風が慶次さん以外に背を貸すなんて…」 「想像できないかい?」 緩やかな動作で頷くに対して慶次は笑う。 「実は俺も想像してなかったんだけどな…松風は松風で何か感じてたのかもしれないねぇ」 「え?」 「さんが今日倒れた時の話なんだがな、突然、暴れだしたらしいんだ」 「あの利口な松風が!?」 が目を丸くすると、慶次は肩を竦めた。
「何、外に出たかっただけだろうさ。ここのところ復興作業続きで俺が構ってやれなかったしね。
口先ではそう言ったものの、厩を預かる兵からの報告を受けた慶次は、聞き及んだ状況から察するに、 「それに今機動力が必要なのは俺じゃなく…三成の方だろ?」 「それはそうなんだけど…」 「安心しなよ、さん。松風は利口だからこそ、背を貸したのさ」 「そっか」 「ああ」 「ならいいんだけど」 「それはそうと…」 「はい?」 文机の上に広げられた書簡に向かうを見て、慶次は眉を寄せた。 「まだ続ける気かい? もう少し寝ててもいいと思うんだがね」 「う…ん……それは分かるんだけど……でも、どうしても、今日は何かしてたくって」 以前から続く発作後ように、意識が戻らぬ日々が続くという事はなかった。 「しかしねぇ…」 こんな時、三成がいればなんだかんだと言いながら、必要以上の無理をにさせはしない。 「なぁ、さん。こういうのはどうだい?」 「へ?」 「俺が書を一つ一つ読み上げる。だからさんは床に横になって、どうするかを決める。 「慶次さん…よっぽど暇なんですね」 彼なりに考えた提案は、不発に終わった。
「なぁ、左近」 「おや、慶次さん。どうしました?」
いるはずのない人間が評議場に顔を出したことに驚き、その場に貼り付き続けている左近は目を丸くした。 「安心しなよ。執務報告ってんで、幸村がいる」 機先を制して言えば、左近は安堵したように頷く。 「で、なんです?」 「さんの護衛は、俺じゃなきゃやっぱだめか」 抱えている心情を鑑みれば、役得ともいえる立場だ。 「さんの傍にいるのには文句はない。けどな、あれだけ無理されると…な」 「止めりゃいいじゃないですか」 「止めたさ。だが俺は、あんたや三成ほど上手くない。それはさんが一番よく知ってる」 「なるほど……」 左近が筆を休めて苦笑する。 「茶でも立てたらどうです? 慶次さんの腕、なかなかでしょうに」 「そりゃ、もうやった。焼け石に水だな。一週間と続かんさ」 左近は文机の上に肘をついて手を組んだ。 「姫は…なんでそんなに頑ななんでしょうな…今まではこうじゃなかった気もするが…」 「ああ、焦りで自我を見失った事もあったが……今回のは、あれともちょっとばかり事情が違うだろうな」 「気になりますな」 「探りは入れてるが…」 「相変わらずだんまりなんですね?」 こくりと縦に頭を振った慶次は、続いて口を開いた。 「しばらく、俺と幸村を変えちゃくれないか。体動かしてないと鈍っちまいそうだ」 「申し訳ないんですが、それは無理でね」 即答し、左近は肩で息を吐いた。 「慶次さん、あんたも大殿から聞いたはずだ。この件に関しちゃ適任なのは、あんたですよ」 「まぁな…俺にゃ、お前さん程器用に采配は揮えんしなぁ…。けどな、お前さんらが言う懸念は、確証があるのか」 「ありません。だがそれだけに性質が悪い」 「…そうか…」
|
戻 - 目次 - 進 |