囚われの姫君 |
「しかし、参りましたな…姫の自虐行為か…見過ごせませんな、流石に」
左近は首をゴキゴキと鳴らしながら肩を回し、体の節々のコリを伸ばすように伸びをする。 「左近が一つ、説教でもしましょうかね」 「助かるぜ」 「いいえ、気にせんで下さい。俺もそろそろ姫の顔が見たいんですよ」
「あ、左近さん! お久しぶりです」 慶次と共にの私室へと足を踏み入れれば、幸村の背が影を背負っていた。 「ご機嫌如何ですかね、姫」 「もう大丈夫ですよ。ちょっと、眩暈はあるけど…それ以外は全然平気。 薄く微笑むの顔には疲れと同時に憂いが貼り付く。 「寂しい、とは?」 文机の上へとが筆をおいて、答えた。
「お城を引っ越す前までは、皆と頻繁に会ったりして、お茶したり、一緒に会議したり、晩御飯とかも食べたり…。 「ああ…そういえば、そうですね」
所帯が大きくなるにつれて仕事が増えて、その為に現代のシフト制を取り入れた。 「最近は、細かい事は皆に任せきりで、私は判子押してるだけだから。 「様!!」 「さん…」 幸村と慶次が驚いたように目を丸くする。 「姫、そりゃ、違いますよ」 「え?」 「こんな風に距離が出来てんのは、災害の処理があるからですよ。乗り切りゃ、また賑々しい日々に戻りますって」 「本当にそう思う?」
「ええ、きっとね。兼続さんも政宗さんも戻ってきて、顔を突き合わせりゃぶつかって。 「うえぇぇぇぇ!! また血の雨が降る!!」 は想像したのか、蛙が潰されたような声を上げて、顔を盛大に崩す。 「まぁ、戻ってきた時には確実に説教されるでしょうから、覚悟がいるでしょうな」 「え、どうして? なんで? 仕事もきちんとしてるのに?」 今の自分の何がいけないのか? と、は己の周りをきょろきょろと見回した。 「それがまずい」 「え?」 「まだ血色も良くないのに、仕事なんかして。療養も一つの仕事ですよ、姫」 「で、でも、本当に平気なんだよ?」 「ひーめ」 首を緩やかに横へと振って、左近は釘を刺すようにいう。 「精神が高ぶっていると、体の悲鳴に気付かないもんですよ。 「そんな、大袈裟な…!!」 「姫、ちゃんと食べてますか、寝てますか?」 「ちゃんのご飯はおいしいし、夜もちゃんと寝てるよ」 「でも、疲れは取れてないんですね?」
「それは…そうだけど……でも、家康様や秀吉様や、左近さん、幸村さんだって、皆々、無理してくれてるでしょう? 「男と女じゃ体の出来が違いますよ。気にしなさんな」 「そうかもしれないけど…」 「な、頑固だろ? 俺達じゃ手に負えなくてねぇ」 慶次の横やりに、が目を丸くした後に頬を膨らませた。 「ねぇ、姫。したい事、やらなくちゃならない事があるなら、体を大事にしなきゃだめだぜ?」 珍しく、対等な、否、それ以上の、諭すような口調で言われて、が目を見張る。
「前にも幸村さんが言ってたように、姫の代わりはいない。それは常々左近も思ってます。 「引き…継げない…」 指摘を受けて、は目を見張った。 "お前は優秀だ、今までに送り込まれたどんな者よりも" "外から来たお前は…この時空への干渉は出来ても、この時空からの干渉を受け付けない" 不意に、脳裏に使者の言葉が蘇ってくる。 「もし…私の身に何かがあれば……あの結末は……回避出来なくなってしまう…そういう事?」 が喉を鳴らし独白すれば、三人が眉を動かした。 「姫?」 追求しようとしたのも束の間。 「様!? どうされましたかっ?!」 「家康っ!!」 発作かと、幸村が顔を青くして身を乗り出した。 「ま、待って、違う…大丈夫!! 平気だから…!!」 全身は何かに脅え、小刻みに震えていた。 「姫…?」 「様、どうされたんじゃ?! また何かに?!」 秀吉、家康が進み出てくると、は気だるげな動きで身を起した。 「ごめんなさい、本当に大丈夫…発作じゃないの…今回のは、違うの…。 「え?」 動揺しているのか視線を彷徨わせながらは手を伸ばした。 「前に見たものが……今までのとはちょっと違って……発作の出方も何時もとは違ってて……怖かった…痛かった」 幸村がの言葉から何かを掬い上げようとでもするかのように、息を呑み真剣に耳を傾ける。 「今まで見て来たのも、すごく、すごく、怖いこと。でも、それとは違う怖さがあったの」 「違う、怖さ…ですか?」 何度となく頭を縦に振って、は言う。 「人が出てきた」 「人?」 「良く姿は見えなかったけど、その人が、とても怖かった。いけない事をしてるんだと…思う、きっと……」 「その者を討てば、よろしいのですか」 幸村が低い声で問うた。 「そうじゃないの、というか、多分…討てない、今は、まだ」 「まだ、ですかいの?」 頷いて、は言う。
「おぼろげに見えただけなの。ただ、私は、咄嗟にその人の事を怖いと思った。 「あの子? 苦しんでいる…とは??」 「なるほど、それで、眠るに眠れなかったってわけか」
よく掴めないと顔を強張らせる幸村の背後で、ようやく合点がいったと慶次が頷いた。
「全てが終わるまで、この感覚とは付き合っていかなきゃならないんだ…って、もう分かってるから…。 「心配ばかりかけてごめん」と言ったの頭を左近の大きな掌が包み込んで撫でた。 「本当に、左近の姫は気丈だ。御見それします。でもね、やっぱり今の姫には静養が必要です」 左近はそう言うと、すぐに身を引いて立ち上がった。 「さんを、呼びましょう」 「え?」
「彼女も半蔵さんが傍にいなくて寂しいはずだ。また昔のように女同士、仲良く一緒に寝たらどうですか?
「そうだな、あのお嬢ちゃんが横で寝てるとなりゃ、よっぽど自殺願望のある忍でもない限り、 己の膝を打って豪快に笑った慶次の言葉に、も思わず納得して微笑んだ。
|
戻 - 目次 - 進 |
第四部始まりです。まだまだ先は長いんだぜーって事で、これからもお付き合いどうぞよろしくです。(09.10.10) |