千日戦争開幕 |
斎藤龍興が齎した嫁取り騒動が引き金となって勃発した家臣団の一斉挙兵と、竹中半兵衛の引き起こした立て篭もり事件が決着して、かの者の浪費癖のツケを家全体で払い始めてすぐの事。 「…どうされましたか?」 一服つこうかと湯呑に茶を入れてる家康に声をかけられると、秀吉はぶるぶると震えながら彼を見た。 「秀吉殿?」
恐怖がそうさせるのか、それとも焦りなのか、秀吉の歯はガチガチと鳴るばかりで明確な言葉を紡ぎださない。 「な……なんと!!!」 狼狽しだす家康を見る事でようやく冷静さを取り戻したのか、秀吉が立ち上がる。 「こ、こうしちゃおれんわっ!! なんとか龍興を追い出して、様に返り咲いてもらわんとっ!!」 「ですな、強硬手段に訴えてでも…!!」 家康が続いて、二人して蔵の中の二階から一階へ降りて、戸に噛り付いた。 「……ん? お、お、おっ?!」 「どうされました?」 「外から閂がかけられとる」 「えええっ?!」 こんな事しているわけにいかいないのに!! 「誰かーっ! 誰かおらぬかーっ?!」 「開けてちょーっ!!」
蔵の中で響く声は分厚い扉に隔てられて曇るもの。なかなか的確な言葉として伝わるものではない。 「な、なんぞ、あったのだろうか…」 「か、かもしれんなぁ…」 騒ぎ続けてきっかり一刻が経って、扉を叩き続けて疲れ果てた二人は互いに背を貸し合い座り込む。 「こんな事なら、武器くらい持ち込んどくんだったわ」 「ほんに…筒槍さえあれば、このような扉など…」 嘆いていても始まらない。 「へっ?」 「おわっ!!」 バランスを崩して蔵の外へと転がり出る二人の前には華奢な足首が覗く。 「「っ!!」」 二人が咄嗟に思い当たる人間の顔を思い浮かべ、互いに視線を送り合っていると、頭上で懐かしい声が響いた。 「全く!! 何やってんですか、二人を幽閉だなんて!! 「「様〜!!」」 敬愛する君主であり、溺愛する愛娘のような存在でもあるの快活な声。 「三成ーっ!! 税率どうなってんのーッ!? 早く引き下げなさいよ!!!! 「言われなくてもやってますよ」 三成が声だけで答えるとは頷いて、蔵に続く回廊の窓から頭だけを出して、階上に向い叫んだ。 「左近さん、そっちはどうっ?!」 「えー、あー、まぁ…ここは左近にお任せ下さい」 「今の間は一体、何?」 同じように階上で顔だけ出した左近に問えば、彼は眉を八の字にして見せて、顔を顰めた。 「推して知るべし、ですな。この階見たら、姫、きっとあの男を殺したくなりますよ?」 「そう、分かった……そっちは任せる」 「そうして下さい」 が「全く、どこをどうすりゃ、民の血税こんなに無駄遣いする気になるのよ…?」と一人愚痴る。 「ん?」 腕組みして苛立たしげに片足でたたらを踏むの視線が大地へと向いた。 「何時まで寝てんですか!! 二人とも、早く起きて!!」 言葉と裏腹に差し出された両の手を、秀吉、家康はすぐさま掴んで起き上がる。 「様!! よう戻られました!!」 「ああ、懐かしいわ〜!! わし、ずっと待っとったんじゃー!!」 驚きはしたものの、この二人にこうして歓迎される嬉しさは格別だ。 「ただいま」 二人にしてみれば感極まり過ぎたかな? と、冷や汗をかくところだがの奔放さは野に下っても変わるものではなかったようだ。 「なんも御変りはなかったかの!?」 「生活に窮しては?!」 「うんん、大丈夫。慶次さんも孫市さんも御近所さんも良くしてくれたし、左近さんがその都度差し入れもくれたし」 「左様か、ようござった」 「うん、ところでさ、二人とも閉じ込められていたのはいいとして…何、叫んでたの?」 視線を合わせたの問いかけに、二人の顔色はみるみる変わって行く。 「どしたの? 秀吉様? 家康様?」 交互に見やれば、二人は慌てて距離を置いて、膝を折ると一通の書面を差し出した。 「お下知を!!」 「ご決断下され!!」 「ん? 何これ?」 が呑気に差し出された書面を取り上げて中を改める。 「えーと…何々? 毛利…から…かな? …へ……降服勧告…? え、これって…所謂…宣戦布告ーッ?!」 絶叫に周囲で従事していた諸将の動きが止まる。 「っと、ごめん、高坂さん、半兵衛さんと財源回収処理一任する!!」 「畏まりました」 「承りました」 財源の回収が見込めなくなった事も痛いが、それ以上に痛恨の事態が起きていると判じたは、勢いよく身を翻すと駆け出した。 「三成!!」 「なんだ、だから今やっていると言って…」 「そうじゃない!! シャレになんない事態になった、左近さん連れて半刻で評議場に」 廊下を疾走したは城を出ようとしていた三成を見つけると、彼の肩に噛り付いた。 「ところで孫市さんは?」 「あのクズを大工と共にシメてるのではないか?」 「じゃ、彼も呼び戻して。出来れば、慶次さんも」 「慶次を呼び戻したら連絡がつかなくなるぞ。挙兵した連中はどうするつもりだ?」 「ええと…状況を考えると、それはそれで都合がいい…かも?」 いまいち歯切れの悪い言葉を紡ぎ、慌てふためき続けるを落ち着かせようと、三成がの両肩を抑えた。 「どうした? 何があったのだ?」 「ちょっとツラ貸して。そんなに大声では言えない」 「ン?」 押し殺した声でが言えば、三成は眉を動かして、続いての耳元へと己の顔を寄せた。
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