千日戦争開幕 |
「長政、そういう事は、いうもんじゃないよ。魔に魅入られる」 窘める慶次の声に、長政は視線を前方へと移した。 「……使者から受けた報では、我が君は某の独立を認めると仰った。 「そうさな。だが、あんたはそれをしなかった…何故だい?」 再び慶次を見た長政は、柔らかく微笑んだ。 「負ける気が、しないのです」 虚を突かれたように慶次が瞬きした。 「ですから、不思議だと、申し上げたのです。慶次殿。 「本気かい?」 「ええ、今も全くそうは思えません。はまたきっと大きくなります。そして強くなります。 そこで長政は何かを思い出したかのように言った。 「そうだ…そういえば、市が言っていた。確か"おせろ"とか言ったか。 「はんで? なんだそりゃ?」
「優秀な者が不慣れな者と見える時、公平に勝負が出来るように、優秀な者が背負う不利な条件なのだそうです。 「ハッハッハッ!! なるほど、そりゃいい!! 豪快に慶次が笑った。
慶次達が領を経ってから早くも五日が経っていた。 「まずは敵の士気を挫きたい」 後詰として城を発つ前に左近が評議場で切り出した。 「その為に、姫には姫にしか出来ない事をして頂きたいんですよ。頼めますかね?」 「うん、勿論よ。私に出来る事ならなんでもするから、言って」 「助かります、いいですか、姫…」
連日連夜に及ぶ戦いは丘陵地帯に多くの屍を作っていた。 「まだ突破できぬか」 「ハ、領から前線へ前田慶次が到着した模様で…」 「数は?」 「離反したはずの浅井長政含め、一万八千程度かと」 「ふん、たかが一万八千か」 「だが武田騎馬は侮れぬ。威勢が戻ったところを見ると、将が変わったか」 「は、山本勘助・馬場信春の姿を目視しました」 毛利本陣で陣羽織を着込んだ男が小さく眉を動かす。 「信玄坊主はまだ動かぬか。ならば、今の内だな。例の調略を急がせよ」 彼の横に座す毛利・北条とは異なる色の陣羽織を着込んだ男が冷淡にいう。 「何?! そうか、分かった。呼応しよう!!」 が発案し、左近が駄目押しをした今世紀において前例のないえげつない調略が遂行されるまでのカウントダウンは着実に進んでいた。
後詰の後に進発する事になっていた建設部隊を秀吉が率いて領下を後にした三日後。 「ま、鉄砲も矢も飛び道具にゃ、変わりないからな。それなりに奮戦してやるさ」
軽口を叩いた彼に、一刻も早く鉄砲隊の編成を出来るようにすると口約して送り出した翌日。 「待たれよ、そなたらは出向かずともよいのだ」 「何?! 儂らには戻れというのか?!」 「どういう事だ!!」 けれどもそれを城に残る徳川家康が阻んだ。 「そうじゃないの、政宗さん、兼続さん。二人には二人にだからこそ出来る事をしてほしいの」 「何?!」 何故か白装束に身を包んだは、二人に手早く今回の戦で用いる策の事を伝えた。 「なるほど、それはいい」 「確かに儂と兼続の不和は各地に知れておる。 「でしょう?」 「だが殿、その策は危険でもあるぞ。 この策を用いる事に危険性を兼続が指摘すれば、は首を横に振った。 「そんな周囲の目なんか、今はどうでもいい。 「そうか。分かった、必ず遂げて見せよう。 「うん、ありがとう。それ、とっても助かる」 「ところでな、どうしてそんな装いをしておるのじゃ?」 「あ、これ? 私の考えたえげつない策のだめ押しをするんだって、左近さんが…」 「何?! もしや前線に赴くのか?!」 「前線じゃないけど、城は一端出る事にはなりそうかな?」 それは聞き捨てならないと、兼続、政宗は顔を強張らせた。 「大丈夫、敵の士気をくじくだけ。それが終わったら城に戻るから」 「そうか…儂らが警護につければ一番なのじゃが…」 「大丈夫、確かに戦地に行くのはとっても怖い事よ。 無理に微笑もうとするの肩に政宗がゆっくりと掌を乗せた。 「殿、儂に猶予をくれぬか」 「猶予?」 「うむ、同盟国の陽動や救援にはしばし時間がかかろう。儂が警護を引き受ける」
「ありがとう、でもごめん…実はもう半蔵さんに手を打ってもらっちゃった後なの。 苦笑したに「仕事が早いな」と、兼続も顔を顰める。
「よし、分かった。ではこうしよう。儂の兵五千は兼続の兵と同じく前線へ送る。 その言葉を聞いて、はしばし考え込む。 「成実さんか……それ、凄く助かるかも」 「ん?」 「家康様、例の策発動すまでに成実さんを前線騎馬隊に組み込むの、間に合うと思います?」 「微妙ですが、今から発てば間に合いましょう」 「そっか、なら、その方法で。はっきり言って無茶苦茶だもん、この策。 「ですな」 「殿?」 「政宗さん、成実さんだけお借りします。 まっすぐに政宗の目を見てが言えば、政宗もまた顔を顰めた。 「…心変わりは、しないのだな」 「うん、大丈夫。私は、前線で頑張ってくれてる皆の事、信じてるから」 「分かった、くれぐれも、気をつけるのじゃぞ」 「うん。二人とも、来てくれて本当にありがとう!! 嬉しかった。 それぞれのすべきことをする為に、彼らは立ち上がる。 「山犬」 何か思うところがあるのか、彼は低い声で政宗を呼んだ。 「今日、この時より、我らはしばし袂を分かつことにするぞ」 「よかろう。決着は、戦場で…じゃな」 「ああ。に飛び火はさせぬ」 「無論じゃ」 どちらからともなく馬の腹を蹴り、二人は領を後にした。
|
戻 - 目次 - 進 |
全面戦争の始まりですよ。(10.05.29.up) |