剣が峰演舞 |
明け方。 「良かった、なんとか敵、帰ったね!!」 「ドキドキした」と己の胸を撫で下すの姿は、舞台を設置した山間から本陣へと移っていた。 「まさかと思っていたが…」 「ほんに姫様が舞っておられたとは…」 まさか自らが出て来ていたとは思っていなかったらしい諸将は大層驚いていた。 「どういうことだ、左近!!」 「あんた、さんを殺す気か!?」 「そうです、左近殿!! 何故一言言いおいて下さらなかったのですか! 「こりゃ、左近!! お前さん、様に一体何させとんじゃ!!」 「ま、まぁ、まぁ、皆、待ってよ。 「そりゃそうだがね、さん、俺らがどれだけ心配したと思ってんだい?! 供も付けずにあんなとこで…」 「でもそのせいで不信がられなかったのよ。旅の一座の振りしてたからさ」 「しかし我が君、どうかこのような真似は…!!」 「長政の言う通りだ。戦場は女子の来るところではない。さっさと帰れ」 冷淡な物言いに反して、三成の目は深い心配に揺れている。 「うんん、後、二、三回はやって行くよ。 の言葉を聞いた左近が、詰め寄っていた面々を掻き分けて前へと出てくる。 「姫、それは聞いてませんよ。二回目以降は代役を立てるって話でまとまってたでしょう」 「うん、最初はそのつもりだった。でもね、ダメなのよ」 「というと?」
「距離のせいかな、微妙にずれるの。音楽が皆の所に届くのと、私の合図と見せかけたジェスチャー。 「そりゃそうですが…」
「左近さん。これはあの悪夢の二ヶ月間を共にした者じゃないと、指揮を装うのは無理なんだって。 「…姫…」 「どうしてもというのなら、今度は楽隊の前に警備兵をおけ。 苦渋の判断を下しましたという顔の三成の言葉を受けて、は素直に頷いた。
一方、奇妙奇天烈な策が夜炸裂したこともあってか、戦慄が走らざる得なかった毛利・北条連合の本陣では、諸将が険しい顔をして先の戦を見聞していた。 「魔女だ……魔女が現れた…」 「…岩が迫ってくる……あんなにも…激しく……岩が…」 「…魔女だ…あいつらには、魔女の加護がある…」 「逃げられない…騎馬が……」 「どう見る?」 震え上がる負傷兵の姿を眺めながら、毛利隆元は陣中を歩いていた。 「…思っていた以上にの当主は手強いようですな。 「そうか。では何度、見れば分かる?」 隆元の言葉に男が眉を動かせば、隆元は顔色一つ変えずに同じ問いかけを繰り返した。 「何度だ?」 「…少なくとも、後一、二度は必要かと…」 「では北条に出て貰おう。元は奴らが持ち込んだ事よ、始末は付けてもらわねばな」 淡々と歩みを進める隆元の背を眺めて、黒色の陣羽織の男は小さく舌打ちした。
『…ッチ……食えぬ男よ。その為に北条を招き入れたくせに。しかし…面倒な女だな……か。
奇抜な策が成功した次の日の昼頃の事。 「ま、ないよりゃいいだろ。撤収するぜ」 「頭領、兵糧や武具はどうします?」 「この陣ごと焼いちまえ。勿体ない気はするがこっちは少数精鋭だ。機動力が下がるのは避けたいからな」 「分かりました」 孫市の発した命令に従い、人気のなくなった毛利の陣に火がかけられた。 「何? 何があったの?!」 「あー、ありゃ孫市じゃな。なんか分捕ってきたらしいですわ」 「孫市さん?! ちょ、何してんの?! 怪我とかしてない!?」 梯子を降りるよりも機能的になるはずとのの助言で物見櫓につけられた登り棒。 「様はほんに心配症じゃの〜。大丈夫じゃ、あいつ、大方鉄砲盗って来たんじゃろ」 「鉄砲?」 「先の戦で、は鉄砲も大砲も持ち出しとらん。そこいら辺がばれたら面倒じゃと、奴なりに考えたんじゃろ」 「そっか、火薬は使いきっちゃってるようなもんだしね」
「それに今回は長期戦じゃ。何時かは露見するにしても、引き延ばせるなら引き延ばした方がええに決まっとるんさ。 「うん。分かった、そういう事なら」 相槌を打つの元へと左近がやって来て声を掛けた。 「姫、お話し中すみません。例の策の次の決行日が決まりましたよ」 「本当? 何時?」
左近の指示に従い、剣が峰演舞は数回とり行われた。 「姫様!! 毛利陣営、後方に後詰到着!! その数、凡そ五万!!」
飛び込んできた報に、これならばなんとか凌ぎ切れるかもしれないと頬を綻ばせていたは一瞬にして言葉を失った。築いた出城の櫓から確認すれば、悠然と進み来る兵馬の波が見えた。
「……うそ…後詰って、二万程度だって言ってたじゃない……なのに……どうして? どうして、こんなに…? 不安がるに秀吉がいう。 「何、怖がることはないんさ。様。またやればいい。あの軍勢に総攻撃されりゃ、そりゃ決死の戦いじゃ。 「う、うん…そうだね、そうだよね。上手く行くよね」 「……殿、姫の護衛に国元から家康さんを呼ぼうと思うんですが…」 「そうだな、無難だろう」 から離れた位置で左近と三成が言葉を交わす。 「ほぅ、これは面白い」 「…上等」 「我らが毛利殿の道を切り開こう」 士気の下がり切った北条兵を引かせて、進み出て来た後詰の三軍が功を競うように大地を駆ける。 「乾坤一擲!! チェストォ!!!」 いぶし銀な老将の一声が上がり、前線支援の歩兵の一角が崩れた。 「ッ?!」 『やはりこうなるか…しゃぁないの』
何時でも本陣に、否、それどころか本国へと帰せるようにと戦場から出来る限りの距離を置いて設置した舞台の上でに動揺が走る。 「ねぇ、どうなってる!? 皆は大丈夫なの?!」 舞台の上からが問えば、伝令が報を持って駆け付けた。 「申し上げます。島津義弘率いる島津軍との一戦にて井伊隊、敗走!!」 「井伊さんは?!」 「ハッ、左翼を担う馬場信春隊が救援済みとの事です」 「そ、そう…良かった…」 「唸れ、雷切!!」 安堵は束の間だった。 「刻み込め、凄絶に!!」 次の瞬間、空が震撼した。 「なんだ?!」 「チッ!! 戻るぜ!! 松風!!」 男の周りで発生した空気の歪みは、降り注ぐ岩を尽く打ち砕いた。 「そんな、崩れた?!」 「様、一曲でいいから演じ切るんじゃ!! ここで止めちゃ、だめじゃ!!」 「う、うん、分かった!!」 遠目に見ても版図の変化が分かる。それだけに動揺が隠せない。
|
戻 - 目次 - 進 |