剣豪の望むもの

 

 

 半日に及ぶ総力戦を終えた後、将兵が自分の預かる部隊を引連れて陣へと帰還した。
本陣の用の天幕の中には、あまり使われていない床があって、そこにが横たわっている。

「ここか?」

「ううん、もう指一つ分上…」

「これでいいか?」

「…うん、有り難う…」

 白い布が被せられるの体のあちこちに内出血と見られる痕があった。
軟肌を晒すの指示に合わせて、彼女の体に針を打つのは三成だ。
神経質そうな彼であれば、寸分違わず打つだろうと考えたの判断は正しい。
三成はに言われるまま、角度、深さ、位置を違えることなく針を打ち続けた。

「どうだ? 少しは楽になっているか?」

「うん…大丈夫…」

 心配そうな三成の問いかけに対するの声は、気持ち弱い。
三成が眉を寄せての肩へと手を伸ばそうとした瞬間、出入り口の布が大きく開いた。

さん、倒れたって聞いたぜ!?」

「あ、慶次さん…」

 青い顔をして飛び込んで来た慶次の後に続くのは孫市だ。

「孫市さんも…二人とも、怪我はない?」

「あ、ああ…そんな事より、一体何があったんだい?!」

 三成を押し退けるようにして進み出てくる慶次を三成は迷わずに扇で打ちつけた。
すかさず慶次が一歩下がって、避ける。

「三成、何の真似だ?」

「貴様こそ、弁えろ。この下は裸だ。めくれたらどうする」

 掛けられている布で胸元を押さえて、は苦笑する。

「針打ってもらってるからね、脱いでるの。ごめんね、起きて対応できなくて…」

「いや、それならいいが…」

「孫市さん、想像で鼻血吹くの止めてくれる?」

 慶次と三成の冷たい視線を受けた孫市は顔を顰めた。

「鼻血じゃねぇよ、ただにやけそうになる口元をだな」

「…結局反応してるんだろうが」

 三成の鋭い視線を受け流し、孫市は表情を改めた。

「で、本当に何があったんだい? 女神」

「…う…ん」

「説明は俺がしてやる。、お前は針を打つ場所を示せ」

 三成が手を動かしながら語る。

「本陣が奇襲された。例の、幸村に弾丸を移した使者とやらが現れ、難は凌いだ」

「でもよ、ならなんでこんな事に…」

 腰を落とした孫市と慶次が問えば、は苦笑した。

「実は、これ病気じゃなくて、筋肉痛なの」

「ハィ?!」

「はぁ!?」

 二人の素っ頓狂な声色に、は己の掌で口元を覆い隠した。
心なしか眼元から熱い涙を零しているように見える。

「…悪かったわよ、体力に自信のない現代っ子で…」

「助けに入った者は相当の腕のようだ。俺と左近で二人掛かりで追い返した刺客」

「確か、小次郎って呼ばれてた」

 が注釈でもつけるように言えば、三成はの顔を見て問いかけた。

「そうか、その小次郎と…もう一方の名は分かるか?」

「ええと…武蔵…って呼ばれてた気がする」

 記憶を呼び起こすようにしてが答えれば、孫市が顔を顰める。

「もしかして佐々木小次郎と宮本武蔵か?」

 勿論、耳馴染みのある名前だ。
も目を丸くする。

「え、あの巌流島の?! って事は、あの二人伝説の剣豪?!」

「……伝説の…剣豪ね」

 の言葉におもしろくなさそうに三人が冷笑を口元に浮かべる。

「そっか…小次郎ってあんなに不健康そうな人だったんだ……武蔵は想像以上にバカっぽかったし…。
 なんか……ちょっと…ショックだな……」

 が一人で打ち拉がれていると、それを無視して三成が言う。

の救援に入った使者は小次郎・武蔵の両名を同時に迎撃するどころか、武蔵に関しては退けたらしい」

「マジかよ?」

 孫市が驚きを露にする横で、慶次が気がついたように視線を落とした。

「…ん、ちょっと待てよ。まさかそれ、さんの体でやったのか?!」

「そうだ。結果、この有り様だ」

「……そりゃまたなんというか……」

「生きてるだけ感謝しなきゃ…って気もするんだけどね」

 苦笑いするの指示の下、三成は体のあちこちに針を打ち続ける。

「じゃ、そろそろ、足にもお願いしていいかな?」

「それは断る」

 三成が即答した。

「なんでよ!!」

「…な、なんでだとっ?!」

 動揺する三成に対し、は涙ぐみながら切々と訴えた。

「だって、痛いのよ!! 腕も背も、それこそ体のあちこちが悲鳴上げてるのよ?!
 足だって例外ないに決まってんでしょ!?」

「いや…言いたい事は分かるが……」

「何、たじろいてんのよ?! 言う通りにサクサク針打ってよね!!」

「…さん…察してやんなよ…」

「察するって何をよ?! 察してほしいのはこっちの方よ!!
 どう見てもまともな精神構造してなさそうな凶悪な剣士と、背中にデカデカと天下無双とか文字入れた
 服着ちゃってる一昔前のヤンキーみたいなバカ丸出しの剣士に襲われて、虚弱な体に鞭打って迎撃したのよ?!

 一般市民の私がそんな事したら筋肉痛になるのなんか当然だし、耐え難い苦痛に塗れてるのも当然じゃない!!
 助けてほしいって思って何がいけないのよー!! それを我慢しろだなんて、酷いッ!!
 うわぁぁぁぁん!! 三成も慶次さんも鬼だー!! 悪魔ー!!」

「まぁ、頑張れ」

 慶次が三成の思いを察して目頭を押さえるのと同時に、孫市は彼の肩をぽむぽむと叩いてから天幕を後にした。
目の毒ともいえる現場に居続けてお預けを食らうくらいなら、手の届かぬ所へ逃げた方がマシだと考える彼の選択は、
あながち間違いではない。

「じゃあ、今後の方針はそれで行きましょう」

 孫市が天幕から出れば、秀吉、家康、左近、長政が顔を突き合わせて今後の方針を検討している真っ最中だった。

「わしからもお願いしとくわ。これ以上様をここに置いとく訳にゃいかんからな」

「全くです。女子の身でこのような戦場に身を置くのはさぞかしお辛いでしょうに…。
 我が君は本当に気丈な方であらせられる」

「国元への警護は儂がいたそう」

「なんだよ、ムサイ面突き合わせて何話してんだ?」

 孫市が声をかければ秀吉が振り返って答えた。

「お、孫市か。実は今国元に様を帰す算段をしとったんじゃ」

「まぁ、確かにあの有様でこのままここに居続けるってのもなしだな」

「じゃろう?」

 頭を振る秀吉の横へと孫市は進み、円陣に混ざった。

「けどよ、帰すのはいいとして…敵だって黙って見過ごしゃしないだろ? どうすんだ?」

「そこなんじゃ、なんかいい方法を考えにゃならん」

「敵としても相当焦れておるはず。
 何せ投降を望んだかと思えば、その次の攻撃では確実に首を取りに来た。

 これは明らかな方針転換にござる。今動かさねば、危うかろう」

「まぁ、方法は追々考えるとして…」

「まずは上奏してみましょうか」

「そうじゃな」

 円陣を解いて天幕へと足を向ける。
彼らが一声かけて中に入れば、中は異様な空気に包まれていた。
脅えて慶次に縋りつく
そのの足を掴んで、彫刻のように動かない三成。
彼の手に握られている針は、緊張の為か不自然なまでにぶるぶると揺れていた。

「み、三成、三成、やっぱいい!! 自分でやる!! だから、止めて!! 怖いッ!!」

「黙れ……これくらいなんだというのだ……俺に出来ぬ事はない…!!」

「…三成、落ち着きなよ……」

「…黙れ…針を打つくらいなんだというのだ…!! こんな女の素足がなんだというのだ!! 
 目が眩んでいるはずなどなかろう!! さぁ、一思いにやるのだ、俺!!」

「ちょ、ちょっとっ!! ちょっとーっ!! 本当に怖いからー!!」

 ばたばたと足を動かすのせいで、かけている布が必要以上に動く。
気がついた慶次が布が必要以上にめくれ上がらないようにと押さえつける。

「いやぁ!! 慶次さん、助けてー!! 三成がマジで怖いー!!」

「ええいっ!! 気が散る!! 動くな!! 貴様もどさくさに紛れてを抱くな!!」

「いや、抱いてんじゃなくて、さんがだな…」

「黙れ、黙れ!! いくぞ、俺!!」

「だからなんで自分の事鼓舞して…ヒッ!! いったぁぁぁぁぁぁい!!!」

 ぷすっと音を立てて、三成の手に握られていた針がの足に収まる。
一連の行動を見ていた面々は、皆同時に己の目頭を押さえた。

「何やっとんじゃ…本当に…」

様、しばし宜しいですかな??」

「え? あ、はい…」

 眼尻に浮き上がった涙を指先で拭い、が顔を上げる。
慶次に支えられるの元へ秀吉・家康が進み出て、帰国を嘆願した。
二人の言葉を黙って聞いていたは、何か思うところがあったのか、今度ばかりは素直に頷いた。

「分かった、ちゃんと今度は帰る」

「…様…」

 安堵の息を皆が吐くと、は釘を刺すように言った。

「皆、必ず生きて帰ってね。待ってるからね」

 

 

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千日戦争、まさかの決着は次章にて。(10.07.10.up)