影のフィクサー |
「当然でしょう? かような地に、神聖な姫様を長々と置いておくはずがない。全ては我が計略の内のこと…」 「えっ?! ちょ、どういう…ッ!!」 問いかけが終わる前に矢が放たれて、豊久共々騎馬が倒れた。 『どうして…? なんで? なんでなの? 半兵衛さん』 「半…っ!! んっ?! んっ、んぐっ!?!」 が叫ぶ前にの後方から手が伸びて口を塞ぐ。 「…相変わらず…じゃじゃ馬よな…」 『風魔?!』 視線だけで確認すれば、己の口を押さえる掌は青白く、己の体を抱え込む腕は想像以上に冷たかった。 「…クククク…今はただ…眠れ………うぬが目覚めし時は、全て、変わっていよう…」 『…風魔…小太郎…? どうして…? なんで? 何が…起きて…??』 小太郎の目を見れば、催眠術にでもかかったように意識はまどろんだ。
竹中半兵衛の突然の出兵は、毛利だけではなくにも衝撃を呼んだ。 「もう充分ですね、半蔵殿。様はじきに戻られましょう」 「?!」 皆が白目を剥けば、立ち上がったは纏っていた白装束を脱ぎ捨てた。
「ということは…?! な、んぁぁあああ!!! なんて事してんじゃ、半兵衛!! 「落ち着いて下さい、秀吉様。姫様であれば、ほら…この通り」 半兵衛が掌を動かして示した先には、風魔の両手の中に抱かれてすーすーと寝息を立てるの姿があった。 「風魔?!」 皆がギョッとして息を呑んでいると、半兵衛は静かに頷く。 「座興であればこそ、死なせるわけには参らぬ。でしたね? 小太郎」 「…クックックック…風を遣うか……」 小太郎がの体を輿の上にゆっくりと下ろした。 「…だが、これだけよ…」 「重々分かっておりますよ。大義です」 半蔵や慶次達と冷戦にも似た睨み合いを繰り広げて、小太郎は姿を消した。
「さて、ここで一つ、皆さんに提案があります」 を天幕の中へと移した後、半兵衛は切り出した。 「出撃をも担う左近殿には、此度の戦、軍師を努めるには少々荷が重いように御見受けします」 「アァッ?!」 左近が声を荒げれば、振り返った半兵衛の目は、据わっていた。 「何か?」 「……い、いえ…」
温和な半兵衛しか知らない左近は、先の籠城事件ですら、半兵衛の仕業だという事を未だに信じられないでいる。
「そこでです。左近殿におかれましては戦場にて修羅の如き武を奮って頂くことにし、 「…いや、でもよう…」
半兵衛を中心に場に流れ出している言いようのない緊張感に気が付いていないのか、小六が反意を示した。 「おや? 小六殿は我が軍略に信をおけぬと仰せなのですか? 決してそんな事はないのだが、今逆らうのはまずいと本能で感じとった面々が押し黙る。 「ここは、この竹中半兵衛にお任せ願いたい。 要約すると、自分の愛娘のような存在を嬲った礼は最低でも十三倍返しにしてやるぞ、と、そういう事のようだ。 「…は、半兵衛…? それで、わしらは何をしたらええんじゃ?」 「おお、ご理解頂けましたか。流石は我が殿、秀吉様! 理解を得れて、この半兵衛、感激です」 目を光らせ、灼熱の炎を背負い、口からドス黒い瘴気でも吐き出しそうな気迫の半兵衛を見ていれば、誰だって逆らいたいとは思うまい。 「では、軍師の件は私に一任で宜しいでしょうか? 皆様方」 「…お、おう!!」 「…よ、よろしく頼みますよ…」 一人最後まで文句を言いそうな小六の口を、全員で塞ぎながらの軍師交代劇だった。
陣営で電光石火の交代劇が起きている頃、毛利陣営にも想像を絶する逆風が吹き荒れていた。 「馬鹿な…何故、そのような事が…?!」 茫然とする将兵の中に届いた報で伝え聞いた話では、 「後方都市にて再建に従事していたはずの直江兼続が二万の兵を連れて出立。 「まさか?!」 「…そのまさか、のようですな」 「龍興め…どこまで恥を晒すか…」 そう、斎藤龍興は直江出立の報を受けて独断で白旗を振ってしまったのだ。 「なんという事だ…あの男、戦国の男児に生まれながら、自らは一戦も見えずに投降したのか…」
「現在攻め上がってくるのは武田信玄・真田幸村・直江兼続率いる二万弱の軍勢。
長引き過ぎた戦で兵糧は大きく減り、砲弾や火薬も孫市達によって奪われた。 『負け戦だ……これは…もう負け戦ではないのか…』 言葉にしないだけで、薄らと諸将の脳裏に浮かぶ言葉。
時同じくして。毛利の陣中端に設営された天幕の中に、宮本武蔵の姿があった。 「…悪いな、じいさん…」 「いや、いいんじゃよ。無理をさせたな…武蔵…ほんに済まん」 「いや…いいんだ…俺は、もう一度俺の剣を見直してくる…」 「そうか…無理はせんようにな。これは少額だが持って行け」 「じいさん…本当に、すまねぇ…」 襲撃が余程癇に障ったのか、家守護神と謳われる前田慶次と剣豪二人の邂逅は、それはそれは一方的で悲惨なものだった。 『こ、これ!! 慶次!! もうよかろう!!』 『いいや、まだだ!! まだ筋肉痛の分が済んでねぇ!!』 『気持ちは分かるが、ここにばかりかまけているわけにもいかぬだろう!!』 『じゃ、あんたが先に行きな!! 俺は、もうしばらく殴ってから行く』 この回想でも分かるように、同じ場所にいた家康が齧りついて諌めようとするくらいだから、武士の扱いどころか、人としての扱いをされていたのかすら怪しかった。 『伝令!! 様が島津豊久に捕縛されたよしにございます!!』 『アアッ?!』 『なんとっ!! こうしてはおられぬ!!』 『ッチ…運のいい連中だ……。 彼ら二人は、豊久による捕縛の報があったからこそ、生を繋いだのだ。 『…武蔵に小次郎でも駄目じゃったか…』 武蔵はこのように辛うじて陣に戻ってきたが、小次郎については消息不明との事だ。 『…少し焦り過ぎたか…』 毛利の陣を後にする武蔵を見送り、黒田官兵衛は肩を落とした。 『儂のこの戦は…これまでやもしれぬな…』 真の殿を世に出す為には、今信用を失うわけにはいかない。
"同盟反故により毛利本国簒奪するもの成り、迅速に行動せよ"
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