影のフィクサー |
天幕の中で眠りにつくは、これまでの疲れを取り戻すかのように深い安眠を貪り続けていた。 「ヘ? またトランス・ブート・キャンプやるの? でもあれって、もう破られたんじゃ…?」 「何、改良を施しております故、此度は易々とは打ち破れますまい」 「そう? 左近さんはどう思う?」
体裁を整えた姿で天幕の外に出て左近に問いかければ、左近は反意は示さなかった。 「そっか。左近さんが言うなら大丈夫だね、きっと。分かった、やってみよう。半兵衛さん」 「はい、お任せあれ。我が君は舞われるだけで構いませぬゆえ」 「うん、じゃぁ、場所と時間が決まったら呼んでね。私、皆のところ行って、針治療して来るから」 「はい、お気をつけて」 を送り出した半兵衛の動きは迅速だった。 「何?! が動いたと?!」 「叔父上、豊久も参ります!!」 「迎撃する!! 俺に続け!!」 軍出陣の報を受けて、島津、長宗我部を始めとした毛利・北条軍が大きく動いた。 「分かりました、某達はここで打って出るのですね?」 「はい。打ち出てよりは一層敵陣容を掻き乱してもらいたいのです。 「畏まって候」
同時期、前線で白兵戦を演じつつ敵を誘引するのは秀吉・秀長の豊臣兄弟だ。 「では、参りましょうか」 「うん!!」
本陣に造られた祭器と祭器の間に造られた小ぶりな舞台に、白装束に身を包んだが立つ。 「半蔵殿、始めるのです!!」 「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前」 頭を縦に振った半蔵が印を切れば、祭器の火が一際大きく燃え上がった。 「な…まさか…?!」 あの恐怖が蘇ったかのように、戦場に身を置く敵兵は身動ぎする。 「馬鹿な、今はまだ昼だぞ!!」 驚愕と戦慄に満ちた声は、すぐに悲鳴へと変わった。 「そうだ、あの女だ!! あの女…」 を討てばどうにかなる。 「そんな…どれが……本物なのだ…」
呆然とする敵将を弾き飛ばして、馬場信春・伊達成実が率いる騎馬隊が左右に走り抜けた。 「ぐぅ!!」 「叔父上!! どうすれば…!!」
敵中突破を考えるであろう島津の考えを先読みしていたとでもいうのだろうか。 「今だ、畳み掛けろ!!」 陣に佇む三成が叫び、呼応した弓兵隊が敵の救援隊の足を止める。 「くっ、退け!! 左右の森へ退くのだ!! 森の中までは投石は届かぬ!!」 島津豊久が吼える。 「ひっ!! うわぁぁぁぁぁ!! に、逃げろぉぉ!!」 森から飛び出してきた敵兵を三度、騎馬隊が襲った。 「馬鹿な!! そんなに早く騎馬がここに来るなどありえぬ!!」 「残念だったな、真打ち登場ってやつだ!!」 絶句する兵の前で吼えたのは、松風に騎乗した慶次だった。
毛利と北条の兵が陣へ命からがら逃げ帰る頃、ダメ押しの一報が彼らの陣に届いた。 「申し上げます!! 第三の関、突破されました!! 立花ァ千代様、真田幸村に捕縛されたとの事!!」 「何?!」 驚愕に目を見開いた諸将の間を縫うように、新たな伝令兵が駆け込んでくる。 「伝令!! 伝令にございます!!! もたらされた凶報に、更に周囲がざわついた。 「ぐぅぅ……おのれ……おのれぇぇ…この俺が、あのような小娘に負けるというのか……」 歯軋りする隆元の元へ、北条三兄弟がやってくる。 「隆元殿!! 貴公は何時までそうしておられるおつもりか!!」 「そうじゃ、そうじゃ!! 我らを前線に出し、己は高みの見物とは恥を知れ!!」 「もう貴様の采配には任せておけぬわ!! 全権を委任してもらおう!!」 「貴様ら…やはりそれが狙いか……救ってやったものを、恩を仇で返すとは…」 本陣の中で揉め始めた主将の姿を見た兵の間に、動揺が走る。 「黙れ!! あの猛攻を一度も味わっていない貴様にとやかく言われる覚えはない!!」 「そうじゃ、貴様兵を捨て石だとでも思っているのか!!」 「儂らにだけ痛い目を見せおって…」 血走った眼でにじり寄る北条三兄弟の前に、毛利両川を始めとした将兵が立ちはだかった。 「我らを愚弄するか!!」
「元より貴様らが持ち込んだ禍根ではないか!! 拾ってやった我らに、雪辱の場をと望んでおきながら、 正に一触即発。 「官兵衛殿?!」
密約がある強みがあるからか、期待に満ちた眼差しを向けるのは北条三兄弟。 「なっ?!」 目を剥く隆元に、官兵衛は低い声で言った。 「すまぬが、事情が変わり申した」 「官兵衛、貴様、なんのつもりだ?!」 「隆元殿…儂にはどうする事も出来ませぬ。全ては我が殿の為……貴方にはここで毛利を手放して頂く」 北条三兄弟が口の端を歪ませて笑った。 「貴様ら、端からぐるか?!」 「いいえ…それも多少違いますな」 官兵衛の言葉に北条三兄弟が顔色を変えた。 「毛利の兵も、富も、土地も、全て我らの主・松永久秀が頂くとの事です。 「……何を馬鹿な事を……」 「…本気にござる。乱世であれば…平にお許し願いたい」 隆元を押さえられた毛利の将は一人、また一人と刀を下した。 「隆元殿、選ばれよ。ここで果てるか、命運を繋ぐかを…」 「愚かしい事よ。儂を殺したとて、そなたはここから生きて出られぬぞ」 「でしょうな。だが儂を殺して何になりますか? 「何っ?!」
「…今、貴公の城には、松永久秀様より借りし兵がどれだけ居るかお忘れですか? 「……貴様ら…まさか、それが最初からの目的か!!!!」 「左様……貴公の国元にいる我が兵が一気呵成に立てば、貴方だけでなく、国に残る者全てが災いを受けましょうな」 「…ぐっぐぐぐぐぅぅ…」 「小娘相手に、少々意地になり過ぎましたな」 隆元がきつく眉を寄せて、拳を握り締めた。 「……………そのようじゃ。どこへなりと、連れて行くがいい。 「はい、それだけは我が身に替えても確約致しますれば…」
隆元の苦渋の決断を受けて、毛利の将兵が汚辱に塗れたとばかりに大地に膝をついて、拳を打ちつけた。 「さて、どうされますか。北条殿」 「何?!」 「我が主の望みを阻みたければ好きにされるがよい。だが、毛利…否、松永久秀はこれよりと手打ちと致す」 「なんだと?!」 「馬鹿な!! そも、併呑は貴様らが持ちかけた謀ではないか!!」 「そうじゃ、そうじゃ!! 今更何を…」 想像を絶する言葉を聞かされたと、北条三兄弟が顔を真っ赤にして叫んだ。 「…貴公らはほとほと天下に縁がないと見える」 「何?!」 「家臣の申し出ならまだしも、何時寝返るとも分からぬ盟友の匂わせた策を、どうして鵜呑みに出来るのだ?」 「ッ!!」
官兵衛の言葉に北条三兄弟は、冷水を浴びせかけられたかのように目を大きく見開いた。
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