鬼軍師の涙 - 左近編 |
一度身を放して、も自ら膝をついた。 「左近さんが犯した罪は、背負った命は、無駄にはなってない! 「姫、それは先にも話した通り…」 両肩を掴んで距離をとれば、が腕を振り払って左近の胸の中に身を投じた。 「お願い、私の声を聞いてよ!!」 「聞いてますよ、何時も、何時でも…ずっとずっと聞いてます」 「違う!! 左近さんが今聞いてるのは、左近さん自身の声!! 私の声じゃない!!」 ぴしゃりと否定されて、息を呑めば、は縋るように己の掌に力を込めた。 「お願いだから…諦めないで。自分を追い詰めないで…左近さんは、死なないで…」 「…姫…俺は、死にませんよ」 首を横にぶんぶんと振り、 「私には他にどうしていいか分からないから。こうして縋るしか出来ないから…」 「…姫…」 「だから……お願い、戻って来て」 「何言ってんですか、俺はここにずっとずっといますよ。姫の傍から離れたりしませんよ」 「でも、心が離れてゆくの…感じるの!」 「これは勘違いなのか?」と、重なった視線が問いかける。 「どうして? 離れていかないでよ……。なんでよ? 自分ばっかり……カッコつけないで」 泣いているのだろう、声が詰まっている。 「姫…当然、なんですよ」 左近が声のトーンを落とし、語る。 「聖女の軍に、鬼軍師は似つかわしくない」 「馬鹿じゃないの!? 私は聖女じゃない!! ただの鍼灸師よ!!」 金切り声が上がり、左近は苦笑した。 「全く…困ったお嬢さんだ…そんな無茶な話…」
「無茶だからなんだって言うのよ!! 私が破天荒なのは今に始まった話じゃないじゃない!! 「どうすると?」 「決まってんでしょ!! 全て捨てて夜逃げしてやるわよ!! 無茶苦茶な論理を展開しているのは、自分でもよく分かっているのだろう。 「あの戦で、私は多くを失った。そして沢山沢山、皆に守られた。 溢れだす感情を包み隠さず、言葉を尽して、左近へと懸命に思いを訴えた。 「………だから…左近さんも…変わらずにいてほしい………お願いよ、戻って来て……皆から、離れていかないで…」 顔を上げたの円らな瞳から大粒の涙が零れ落ちる。 「…許されると…本気で、思ってるんですか?」 「私達は、神様じゃないの。誰にも、どうにもできない事は必ずあるの」 「分かってますよ、だから俺は…潔く…諦めようと…。 「…それは、誰のため? 私の為だなんて言わないでよね? だってその選択じゃ、私の心は救われない」 痛いところを突いてくるものだと左近は顔を顰める。 「お願いだから…左近さんまで…私の事、祭り上げないで…。 「…姫…」 堪らなくなったのか、強く強く左近がを抱きしめた。 「そんなこと…言ったら駄目でしょう…。 「…戻って来てくれるなら、それでいい…」 懸命に涙を呑みこんで、は言う。 「…あの状況で、に活路を与えられたのは…左近さんの決断力なのよ。悲しいし、苦しいけど…それが現実なの。 驚いて左近がを引き離し、真っ直ぐに見やった。 「貴方の選択を、誰かが責めても。私だけは、否定しない。絶対に! 「あ…え…? なんですって?」 「左近さんが考えてる事は高潔よ。 人は彼女を慈愛の人という。 『そうか……だから……天は、貴方を選んだんだろう……。 「お願い、皆の事信じて、戻って来て。一緒に、生きて、生き続けて、最後は皆で笑おう?」 「……それが俺にも許されると?」 こくこくと何度もが頷く。
「平治にもね、軍師は必要なのよ? 何よりもね、皆が左近さんを責めちゃ駄目って…言ってくれたんだよ? 差し出された掌は白く、小さくて、華奢で、特別な力は何一つ、持たない。 「敵いませんねぇ…本当に姫は…大したもんだ」 苦笑し、左近がの掌を引き寄せる。 「誓いましょう…もう、見失ったりはしませんよ…」 「本当?」 「ええ、貴方が許してくれる限りは、ね」 「うん」 向けられた左近の眼差しから、言葉に嘘偽りはないと悟ったのか、が安堵の溜息を吐く。 「…続きは、城でした方がいい」 「!」 言葉に驚いてが顔を上げ、左近が半蔵の示す方向を見やる。 「あ…あの……て、撤去作業……終わり…ました」 居心地が悪そうな顔をして報告をする兵の後方には、興味深々という様子の兵の目が、山とあった。 「あー、なんだ。用は済んだ、出立するとしますか」 真っ赤になったを抱き上げて、自分の胸に顔を埋めさせることでデバガメの目から守る。 「なんか左近様に姫様がすがっててさー。あれ、別れ話しでもしてたのかね?」 「えっ、そうなの? 姫様じゃなくて左近様がフったのかよ!? それって凄くね?!」 「それ、俺が聞いた話と違うなぁ…。 「あー、堪えられなかったのかー」 「「有り得るな、うん、あり得る」」 「だから石田様と幸村様が荒れてんだなー」 「おいおい、慶次さんや孫市さんだって今回の件ではキレてるよ。二人して武器手入れしてたしな」 「しっかし左近様、相変わらず、女に対しては酷いよな…まさか姫様までかよ〜」 「出来ねぇよなぁ…普通……茂みに連れ込んでヤった上に振っちゃうなんてよ〜」 「え。振ったの? ただの痴話ゲンカってのが真相じゃないの? 瓦版の特集記事に載ってたけど?」 「なんてッ!?」 「呉服問屋に二人で買い物に来てて、仲睦まじかったて…目撃情報が…」 「なんだ、ならやっぱただの痴話ゲンカ?」 「それ単に姫様が着物で丸めこまれてるだけなんじゃねぇか。だってあの左近様だぜ?」 「「「「「ソレダ!!」」」」」 といった具合だ。 「失敗した……焦らずにもっとよく考えてから……場所選んで話せば良かった……」 「ははははは〜」 「……恥ずかしい……きっと全ッッッッッ部、見られてた……きっと聞かれてた……」 「いやー、まー、ねー、人間長生きしてると、色々ありますしねー」 自分と違い、外界にいるから周囲の目を集めまくりのはずなのに、左近は少しも気にしていないようだ。 「…うああああ!! 穴があったら入りたーい!!」 「ははは〜、まぁ、姫あれですよ。気恥かしさは青春の香辛料って言いましてねぇ〜」 「青春って年じゃねー!!!」
すっかり何時もの調子を取り戻した主従の帰郷は、それから半日と経たずに適った。
"遠い未来との約束---第六部" 了
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噂って怖いですね。そんなつもりはなくてもこんな感じできっと広がっていくんですよー。(11.05.04) |