折れぬ槍 - 幸村編 |
「…士であれば潔くなられよ。関はもう落ちている」 視線だけで土煙の上がる関を見てみろと、幸村は促す。 「無駄に血を流す事はない」 「真田……幸村……何が…一体、何がお前をそこまでさせる?」 ァ千代を押さえられたことにより、苦心の抵抗を続けていた関が、一瞬の内に鎮まった。 「…お嬢……」 「どうする? おい、なぁ…どうするよ?」 「皆動くな、儂らはァ千代様の兵…毛利に恩顧はない…ァ千代様が捕らえられては…戦は続けられぬ」
投石隊を預かる老齢の将が攻撃の手を休めるように言うと、幸村は無表情のまま紅交龍牙を翻した。 「くぅ!!」 「お嬢!!!」
狼狽するァ千代の部下の前で、ァ千代は雷切を取り落とし、その場に崩れた。 「毛利の兵よ、本隊に伝えよ!! 第三の関は落ちた、と!! 幸村の言葉に関に詰める兵はごくりと喉を鳴らす。 『そうだ…ここを死地とする事で、様は生き延びる!!! ならば、それこそが我が本望!! 「道を開けよ!!! 関は落ちた!!」 一喝し、関に詰めている兵を退けた幸村は、騎馬に跨り紅交龍牙を掲げた。 「毛利本国まで、駆けに駆けよ!!! 神速を持って、敵を打ち滅ぼす!!! 鼓舞された騎馬隊が決死の覚悟と共に大地を駆ける。 「見えた!!!」 先を競う兵が叫び、幸村も吼えた。 「真田幸村、一番槍貰った!!!」 だが、第五の関は、今までの関とは様子が異なっていた。 「!?」 何の策だと、怪訝な眼差しで関を見やれば、第五の関が開いた。 「真田幸村殿、直江兼続殿と御見受けする。これを、信玄殿へお届け願いたい」 槍で書状を取り、兼続へと受け流す。 「……毛利が……滅んだ?」 「馬鹿な!!!」 兼続が驚嘆の声を上げれば、幸村もまた目を大きく見開いた。 「ふはははは、はーはっはっはっはっはー」 「お舘様?」 「なるほどのぅ、そういうことかね」 ずっとずっと自分が感じていた違和感の正体はこれだったのか。 「…おことは…松永殿の代理でよいのかの?」 「はっ」 一礼をした武士は丁重な言葉遣いで理路整然と述べた。 「我らの主に本土への侵攻の意志はございません。 「……いや、儂らは第四の関に戻り、そこで様子を見させてもらうとしよう」 「左様にございますか。ではそのように…」 下がろうとした武士を幸村が呼び止めた。 「お待ち下さい、何が狙いなのですか? 松永殿は毛利と旧知の仲のはず…。 顔を上げた武士はとぼけた様子で、それからすぐに思い当たる事はあるとばかりに答えた。 「主のお考えは私には計り知る事は出来ませぬ……が、そうですな。思い当たるとすれば一つでしょうか」 「それは?」 「の姫に、大層ご興味がおありのようです。"君主"としてではなく、"一人の女性"として」 息を呑んだ幸村の前で、将は白々しく告げた。
「当然でしょう? 慈愛の美しき姫となれば、数多の男が心を動かして不思議はないのでは? 武士は再び礼を一つし、先に関の中へと戻って行った。 「松永殿が……様を…?」 あの武士が口にした言葉は、幸村の胸に一滴の染みを作った。
立花ァ千代を虜囚としたまま、第四の関で六日過ごした。 "幸村さん、どこで何してんの? 早く帰って来て。あのバカのせいで治安が大変なのよ!!" 直筆の書を受けた幸村は、らしい文面を一目見ると、頬を綻ばせた。 『…あの戦火の中にあって……様は、何も変わっていらっしゃらない……良かった…』 幸村は、信玄の意思を汲もうと視線を動かした。 『やっと、元に戻ったのぅ』 これならば安心だと信玄は頷く。
"最近気がついたんだけどね。大通りにあった豆大福屋さんに城壁が落っこちちゃってて、建物全面倒壊してんのよ。 "職人が負傷していなければ、城の台所を使わせれば宜しいかと" "そっか、さすが幸村さん。着眼点が違うなぁ。 "ははは、相変わらずですね。 "うん、その為にも早く帰って来てね" 内容は他愛無いものばかりで、特にからの手紙には愚痴や日常の出来事に関する記述ばかりが多く見てとれた。 「御意に」
最後の文は、本国の城門を潜ろうとしていた矢先、今発とうとしていた飛脚に手渡された。 「どこだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」 長屋を一本挟んだ向こうの路地で、三成の怒り狂った声が上がっている。 『やれやれ』 「やっばー。今出てったら絶対に殺される…」 消火用の貯水樽の陰に身を潜めるの独白についついおかしくなってしまって、幸村は下馬してから声をかけた。 「見つかる前に帰ればよろしいのでは?」
「うーん…それはそうなんだけどさー。今日は孫市さんが物資調達だし、慶次さんは復興に出てんだよね……。 「そうですか。そのような状態で一人歩きをしているんですね?」 「うん、でもまー。今気にしなきゃならないのは三成だけだしさー。 「そうは仰いますが、確か治安が悪かったのでは?」 「うん、あんまり良くないよねー。 「と、仰いますと…?」 「釘バットで慶次さんに渾身の力を込めて20回殴って貰う」 だから、それは死刑だろう。 「全く…仕方のない方だ」 「ん?」 伸ばされた手がの肩に触れ、腰を捕まえる。 「へっ、えっ、えっ…?!」 奇声を上げそうになる所を掌で押さえた幸村は、悪戯っ子の様に笑った。 「今回だけは、手を貸しましょう。さ、共に城へ…」 たった三年。されど三年。 「幸村さ……お帰りなさい!!」 よっぽど嬉しかったのか、ぽろぽろと大粒の涙を流して生還を喜ぶを連れて、幸村は騎馬へと向かう。 「おい、知ってるか? なんか路地の一本向こうで、姫様が若武者と熱い抱擁交わしてるってよ」 「往来で何をしているーッ!!!!」 更に激怒した三成が往来に踏み込むと同時に、を馬に乗せた幸村は、城を目指して馬を駆った。 「…ん…? なんだ、幸村だったのか…………今日の所は、幸村に免じて許してやるか…」 小さくなってゆく背中に六文銭の文様を認めた三成が独白する。
"遠い未来との約束---第六部" 了
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本編で数行にまとめられた突貫攻撃の裏事情。(11.05.04) |