零れ落ちて行く者 |
『うっ…痛たた…突然だなぁ…もう…今度は、何?』 突然視界が暗転したかと思えば、肌寒い暗闇の中へと投げ出された。 『…今回は、誰の召致なんだろう…? この前みたいな思いをしなければいいんだけど……』 は一瞬怖気づいたように小さく身震いした。 『あの…誰かいませんかー? 来ましたよー、ご用件はー?』
宛てはなく、安全である確証もないが、このままこの世界にただ留まっているわけにはいかない。 『…おーい、誰もいませんかー?』
進んでいるのかどうかも怪しい虚無の世界を、ただ一人でとぼとぼと歩きながら声をかけ続ける。 『…ふぅ…参ったな……本当に誰もいないの?』 投げ出された時に受けた膝の痛みは、すでに消えていた。 『…はぁ…インテリさんでも、双子でもいいから……会いに来てよ……』 しょぼつく視線に鮮明さを取り戻そうと目頭を揉み解し独白すれば、の背後で何者の笑い声が響いた。 『! 誰か…いるの?』 瞬時にが振り返って、辺りを見回して探すが、誰の姿も見えない。 『…もしかして…』 先のことを思い出し、は身を固くしながら立ち上がった。 「…クスクスクス…」
何時どこから得体の知れぬものに襲いかかられるかもしれない恐怖に、足下からじわじわと浸食されてゆく。 『ど…こ? どこにいるの?』 「クスクスクス」 問いかければ、嘲笑う声は常にの背後から上がった。
『い、言っとくけど、もう負けないからね!! 幸村さんも言ってくれたもの!! 眼差しに力を込めて言えば、背を脅かしていた声が一瞬ぴたりと止んだ。 「……酷いことをいうのね…まるで、私達が悪者みたい…」 『! 貴方は、誰?! なんで、邪魔をするの?』 声の主をの姿を求めて、は視線を彷徨わせる。 「言っても分からないなら、見て、感じさせてあげる」 『え?』 問いかけには一切答えず、声は一方的だった。 『よく、ごらんなさい』 その言葉が終わると同時に、掌中の毬が眩いばかりの光を放った。
「なんだよそれ、一体どういうオチだよ?!」 「戦国ならあって不思議はない……同盟反故…簒奪だ…」 双子が茫然としながら独白する。「くっそ!! あれだけ死に物狂いだったには何の得もなしかよ!!」 頭に来ると、弟が手にしていたコップを壁に向かって叩きつけた。 「それより大事な話って言うのは?」
怒る弟の肩を軽く叩いて宥めながら兄が問う。口調こそ冷静だが兄の目にも怒りは浮かんでいた。 「、会って話してみたんだけどさ。民間人だった。しかも文系」 「そうか、それでか…。僕とシンクロ率が悪かったんじゃなくて、ただの体力の限界?」 「そうなる」 弟が言わんとしている事を言葉尻で悟った兄が呟けば、弟はがっくりと肩を落とした。 「これから救援する時は、ちゃんと考えなきゃ…」 言いかけた弟の顔が青ざめた。 「どうしたの?」 首を傾げたのも束の間、兄もまた異変を肌で感じ取った。 「…ああ…また…宿命が…変わる…」 「すまない、救世主……僕達はここまでだ…」 二人が悔しそうに視線を伏せる。
映像が消えると同時に、掌に吸い付いていた毬が砕け散った。 『…あ……あぁ…ああ……そんな……そんな事って……一体、どうして?! どうしてなの!?』 時空を隔てていても、同じ目的の為に尽力していたはずの存在。
"鍵を握る者よ、私も何時かお前の前から姿を消す事になる。だがゆめゆめ忘れることなかれ。 かつての前に現れた使者の一人は語った。 『……どうして…? 何でなの! なんで、こんなことに…?!』 力を失ったがずるずるとその場に崩れ落ちた。
『そんな……そんなつもりじゃ……これでいいというの? こんな事が、繰り返されてる…? 「…そうだ、失うのは誰しも辛い…」 揺るぎない未来像を見せた声が強い口調で語り始める。 「私は…私達は…その者達と同じ…」 『え…?』 涙を拭う事を忘れたが顔を上げれば、暗闇の中に揺らめく多くの影を見た気がした。 「…お前が書き換えた為に、消えた未来……そこで暮らす我らの生はどうなる?」 「生きたい…俺達だって!!」 「あんた、ずるいよな。自分の仲間が消えて泣くんだろ? でも俺達は平気で消すんだよな?」 『違う…平気なんかじゃない……違う…私は…』 「詭弁だろ? だって、俺達は…あんたが作った未来には存在してないんだ」 「ねぇ、分かんないの? あんたの存在が未来を乱してるのよ」 ざわめく影が、波状攻撃のようにを非難する。 「あんたのさ、選ぶ未来って、何の為? 誰の為のもの? 「神様気取りかよ?」 『違う……そうじゃない…そうじゃなくて…私は、ただ…』 「ただ、何? 自分の大切な人を護りたいって? それは俺らだって一緒だよ」 「そうじゃ…わしはええ、だが孫は許してくれんかのぅ…? お嬢さん」 瞳を大きく見開いて、は息を呑んだ。 「お姉ちゃん、ぼく、いけないことした?」 無邪気な幼子の声に、罪悪感が芽生える。心が握り潰されるような痛みを覚える。 『…そんな……私……私…』
「お嬢さん、気がつきませんか? 貴方の選択の向こうには、多くの命が犠牲となる。
「不毛だと思ったことはない? 貴方の力で彼らは命を繋ぎ、貴方が後手に回れば、 「…虚しい……虚しくて、とても悲しい輪廻だわ」 『…私が……諦めれば…?』 「そう……貴方が諦めれば…多くの命が生を繋げる。 幾重にも重なる声が、影があの黒い液体へと姿を変えた。 「勘違いしないでくれ、俺達は悪意があるわけじゃない。ただ生きていたい。 の背後から、黒い液体がじわじわと忍び寄り始める。 「誰が死んで、誰が生きるかをあんたが決めるのか? あんたのどこにそんな権限がある?」 『……それは……私は…そんな、そんなつもりではなくて……私……私…』 唇を噛み締めて、が瞼を閉ざす。
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