零れ落ちて行く者 |
「くだらぬな」 背後から迫る鎌が、の首元目掛けて振り下ろされる刹那、闇の中に一つの声が響いた。 「!」 『!』 続いて、カツンカツンと乾いた具足の音が響く。 「ギァァァァァァァァァ!!」 多くの声が折り重なった絶叫が上がり、続いての後方で、何かが落ちたような金属音が上がった。 『!!』 驚き、怖れ慄いて、身を竦ませて後ずさればの肩が何かにぶつかる。 『!』 慌てて距離を取ろうとするの視界に、黒い羽根が舞い落ちてくる。 『羽…根…? どうして…ここに…?』 この羽根には見覚えがある。 「…くだらぬ事を云う…」 『くだらない? 生きたいと、思う事が…?』 思わず問いかければ、天を見ていた男の視線がへと向いた。 『……あなた…確か……あの子を……』
この世界の化身ともいうべき白銀の頭髪を持つ幼子を球体に閉じ込めて、闇の中に覆い隠し笑っていた男。 「…全ては世迷言よ……うぬは気がつかぬか?」 『何に…ですか?』
不思議な事もあったもので、彼の登場と同時に、あの液体と気配は姿を消した。 『…何が、世迷言なんですか? 彼らの言い分にも…一理あるような気がします…』 「ふっ……柔和な事よ……。時は、お前のような者も生み落とし、育むか…」 の言葉に耳を傾けた男が目を細めて笑う。 「かつて一人の男が時空を飛んだ。生んだ歪みの中、数多の命が生まれた。また同時に、多くの命が費えた」 それは知っていると、が頭を縦に振る。 「…生死の狭間…その最果てにあるが今生よ…」 荒廃した世界、紛れもない結末を目の前に示される。 「…うぬが望まれし事は、この世界を変えること……歪みが生んだ命は、歪みの中に帰すが道理よ」 『…それは…最初から…生まれていなかった命だから…ですか』 「是非も、なし」 男は愉快そうに笑う。 「…時に弄ばれし亡者が生を望むか。 男の言葉には不思議な力があった。 『貴方は……一体…?』 舞い散る黒い羽根を一枚取り上げて、はぎゅっと握りしめながら問いかける。 「うぬは帰れ……竹千代が泣いておる……ぞ」 『え?』 家康の事を知っているのかと、目を丸くした瞬間、男は肩越しにを見下ろして言った。 「命は何れ消えゆくもの…されど、時に弄ばれし消滅であれば……再生も叶う」 『!!』 「全ては、うぬの選ぶことよ……今あれらの死を悼むことはない…」 砂塵の中に消えた双子の姿が、の脳裏を掠めた。 『やり直せる…? 取り戻す事も出来る? 元の世界に戻れたなら…私には、全てを変えられる?』 男の言葉に喜ぶと同時に、闇の中で向けられた言葉が胸を締め付ける。 『あ……で、でも…その…選択は…また、多くを犠牲に…』 「無価値」 『え?』 「…捩じれた今生で過去を振り返ろうとも何も生まぬ…。 『……そう…ですね……』 がそう呟いて肩を落とした。 『え? あれ、何時もと…違う?』 「うぬの導きを信じ……定めを変えんとするものの功績か…」 男は独白する。 「……見失うな……世界に生きるは、人だけではない…ぞ」 『!』 「…うぬが託されし命は、人ではない…世界の命脈、そのものよ…」 が目を大きく見開いて顔を上げれば、そこには既に男の姿はなかった。 『…貴方は……一体……誰なの?』 大きく瞬きを繰り返して問うの耳元に、どこからともなく男の声が響いた。 「うぬは戻れ…竹千代が、泣いておる…」 次の瞬間、世界は、の視界は暗転した。
「様ーーーーーー!! 戻って下されぇぇぇぇぇ!!」 「っ! あっ、はぁ…!! はぁ、はぁ、はぁっ!!」
目を大きく見開いて、ここがどこなのかを確かめるように辺りに視線を走らせた。 「え…あ、も、戻った…?」 擦れた声を上げれば、家康が心底心配したというように強く強くの事を抱き締めた。 「秀吉様!!」 の姿を見、秀吉の身を案じる三成の顔は顔面蒼白で、この世の終わりでも来たといわんばかりだ。 「姫!!」 「様!!」 「さん、大丈夫かい?」 左近、幸村、慶次、皆一様にの身を案じている。 「何? 皆…どうし…たの?」
胸に息苦しさを覚えつつ、男泣きの家康の背を両手で抱えて撫でて生を訴えつつ、問いかける。 「…何も…覚えていないのか?」 秀吉の介抱をしながら三成が固い声で問うた。 「え、あ…うん……ごめん…何か、まずい事した?」 視線だけでが問えば、三成は眉を八の字に曲げて己の唇を噛み締めると、視線をそらした。 「何? 皆、どうしたの? 顔色…真っ青よ?」 の問いかけに対して、誰もが口を噤む。 「え、何? 本当にどうしたの? それに、なんで秀吉様が倒れて…?」 視線を彷徨わせるの耳元に、静寂を破る声が届く。 「…死にかけた…」 「え?! 秀吉様が?!」 「いいや。秀吉じゃない。お嬢さん…死にかけてたのは、貴方の方だ」
乾いた声で紡がれた言葉の意味を把握するのには、しばらく時間がかかった。 「え…やだなぁ…そんな、皆…またまたぁ………冗談…だよね…?」 「…いいえ…」 苦しげに幸村がいう。 「倒れられ、介抱しようとした時には、既に心の臓が止まりかけておりました」 「…嘘……でも私…こうして生きてるよ?」 「ええ、ええ…ほんに、ほんにようござる…ほんに…」 男泣きしていた家康が涙を拭い、ようやくから離れた。 「様、御身に陰りはありませぬか、どこも、何一つ、お変りはありませぬか!?」 『うぬは戻れ…竹千代が、泣いておる』 あの世界で、あの男が紡いだ言葉の意味はこれだったのかと内心で思いながらは答えた。 「…え、あ…はい、大丈夫です。もう全然平気です」 「長い戦続きだったからね、体にも心にも負担が大きかったんだろうさ。しばらくは休んだ方がいいね」 慶次が軽い調子で言いを抱き上げる。 「…家康…」 気絶したままの秀吉の介抱を三成がしながら言う。 「信長公は……どこにいる?」 「三成殿?」 三成は彼には珍しく視線に焦りを滲ませていた。 「彼は、本当に……本当にの救いになるのか?!」 今まさに彼は最愛の人を失いかけ、敬愛する恩師の昏倒を見た。 「分からぬ…じゃが、儂も秀吉殿も、そう信じておる。言葉でなく、感じるのだ」 「…そうか……」 三成が秀吉を抱き起した。 「執務に影響は出せぬ。左近、他の者と連携し、政務を頼む」 「はい、承りました」 左近が身を引き、三成の言葉を聞いていた幸村、孫市も続いて身を引いた。
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お待たせしましたの、第7部! いよいよ始まるよ!! こっからは佳境に向かってシリアスモード過多! 皆ついてきてねー!!(12.06.20.) |