君はペット - 風魔編 |
「故郷で自滅した不誠実な上司に替わってこちらで私を見守ってくれる年配者は…立場では私より下になってるけど、 家康と秀吉の事か、そこも納得だ。 「…向こうで失ったものがもう一つあるにはあるけど……それは、なんというかもういいかな、って」 「それはこちらで代わりは見つかってはいないのか」 「…そればっかりは簡単なものでもないし、がっついてどうこうできるものでもないし。 風魔の手がの頬に掛かった。 「失ったのはなんだ?」 「ひーみーつー」 「力づくで吐かせるぞ」 「えー、それはいやー」
道化のように敢えてふざけたような軽快な調子で言葉を返すが、の目はこの問答に対してだけは頑なで、答えるつもりはないらしい。 「我の子猫は何を失った?」 「色々だよ」 これ以上の追及は遠慮するとばかりに、は人差し指を立てて風魔の唇の上に乗せた。 「追求しないでくれるなら、添い寝してあげる。但し、狼の姿でね?」
答えるつもりは一切なく、否、もしかしたら彼女自身がまだその答えを持ち合わせていないのかもしれない。 「…ふん」 風魔は身を起こすと、ふてぶてしくも人型のままでの横に改めて横になった。 「えー、えー、えー、狼でって言ったのに―」 「我はお前の飼い犬ではない。飼い犬は他に居よう」 「誰の事よ?」 「六文銭がよく似合う」 イヌ科だと指摘されて否定しきれぬとが顔をそむけた。笑いを堪えていた。 「他に虎と狐と烏を飼っているしな?」 誰の事を言っているのかが分かるから、思わずは問いかけた。 「それじゃ風魔からしたら左近さんはどんな動物になるのよ?」 「さてな」 明確に名指ししてこない風魔に代わってが思いを巡らせる。 「ジャッカルとか…どうかな? イヌ科なんだけど、狼寄りだから左近さんっぽくない?」 「何の話だ」 「自分でふったくせに」 は風魔の肩を「気分屋過ぎる」と人差し指で責めるように小突き回した。 「…この傷は、もうよいのか。偽りなく…過去、か?」 「ええ。もう、昔の事よ」 「そうか」 「ええ」 満足したかと見上げれば風魔はゆっくり瞬きして答えた。 「ねぇ、添い寝するなら狼になって」 「何故?」
少なくとも三成と孫市辺りは狼に風魔が変じることが出来ることに気が付いていると、暗に指摘する。
「あんた、人型の時、体温低いからくっ付かれるとめっちゃ寒いのよ! 健康上の理由だとが言えば、風魔は眉を寄せてむすーっとした。 「ほら、離れて離れて。あんたの娯楽で子猫が風邪ひいて死んでもいいの?」 「チッ」 舌打ちしてから風魔は指先だけで印を切った。 「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」 ぽむ! っと何かが弾けるような小さな音と白煙が上がった。 「お! やっぱ、かーわーいーいー!!」 綺麗に四つ足の着地を決めた風魔をは抱き上げで胸の中でぎゅうぎゅうと抱き締めた。 「自覚はないのか」 「えー、あんたその姿でも喋れるの!?」 「なんだと思ってる、我は風魔…禍つ風ぞ」 「分かってるけどさぁ、あんたがすごい忍者だってことはもう充分知ってるけどさぁ。 「断る」 「うわ、声低い。めっちゃ低い! 可愛くない!!」 言葉と裏腹に、は風魔を両手で抱きかかえて優しく撫で回した。 「せめてさあ、見た目に合わせて可愛い声とか出せないの〜?」 「くぅーん」 「だから! 低いってば!! 全然可愛くないんだってば!!」 言いながらは大きく笑った。 「よくお休み、意地っ張りな子猫」 低い声で告げて、風魔は掛布を口で咥えて引っ張る。
「貴様!!! 学習能力がないのか!!!」 翌朝、鼓膜を劈くような怒声が轟いた。 「え!? 何!? 何が!? 三成なんで朝っぱらからそんなにキレてるの!!?!」 身に覚えがないと動揺を露わにしていると、の背から独特の色を持つ腕が伸びてきてを抱え込んだ。 「…風魔?」 『あれ? 昨日は狼だったよね?』
自分を抱え込んだ腕に篭手がない時点で、気が付かなくてはならなかったのだが、寝起きでうまく頭が回らない。 「様!! 如何されましたか!!」 やはり駆け込んできたのは、犬と揶揄された忠臣だった。今日も彼の額で六文銭の鉢金が眩しい。 「はっ、死ぬ覚悟はできてんだろうな?」 続いて入って来たのが、虎。 「…逝きな!」 「…死ねよ」 続いて烏とジャッカル。 「きゃーーーーーーー!!!!」 とばっちりで殺される! とが震えあがった。 『え、何!? 何なの、一体!? なんで皆、何時もより風魔に突っかかってるの!?』
左近と孫市の技はには届かず、背後の風魔にだけ襲い掛かった。 「ひっ!!!! うわぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁぁあ!!!!」 朝っぱらからうら若き乙女には不釣り合いな悲鳴を上げてが掛布の中に身を隠した。 「あ、あ、あんた!!! なんで!? どうして全裸なのよォ!!!!!」 ばっちり見た。 「うわぁぁぁぁ!!! やだぁ!!! 忘れたい――――!!」 「あれ程、じゃれ合い、睦会い、楽しんだ共寝を…忘れたい、か。つれないな」 風魔は意味深に笑うばかりで一切服を着ようとしない。 「左近、慶次、やれ」 「様は我らがお守りします」 「そういう事だ」 ゴキゴキと指と首の骨を鳴らして一歩一歩進む慶次の放つ闘気が熱い。 「待って!! 待って、違う! 同衾したのは、風魔じゃなくて!!! 子狼のコタなの!!!!」 「あ?」 「何?」 風魔を庇うでもなく、城が受ける損害を考えるでもなく、自己保身の為でもなく、は思いついたままを述べた。 「子狼のコタは、小さくて可愛くて人懐っこい! 可愛い私のペットなの!! 言い切れれば良かったのだろうが、最後は完全な疑問形だ。 「あ、遊んだのも、じゃれ合ったのも本当だけど、相手は風魔じゃなくて、コタだもん!! 風魔じゃない!!」 全員の視線を集めたは余裕をなくして、叫んだ。 「ってゆーか風魔!! 早く服着てよ!!! なんで何時までも全裸なのよ!! 露出狂か!!!!!」 「くっくっくっくっ」 まるで見られて困るようなものは何も持っていないとばかりにドヤ顔の風魔に、はキレまくった。 「あ、あんたが服まで脱ぐから変な誤解を生んでるでしょーが!!! 「つれないな」 「いいからあんたは早く服を着ろー!!!!!」
の介入で部屋の中に巻き起こっている殺意の渦が解消されれば良かったのだろうが、ままならない。 「もう、なんでよ!? なんでなの!? なんで何時もあんたは私をダシにして皆で遊ぶのよ!!!!」 布団の中で貝になった、もう涙声だ。 「ペットか…どちらがペットだかな?」 風魔がまたも意味深に笑った。 「我との共寝は気持ち良かったのだろう?」 「ええ、そうですね! 小さくてもモフモフしてますもんね!!」 「温かかったのだろう?」 「そうですね! 毛玉の体温、ぬくぬくですもんね!!」 「舐められると気持ち良かったろう?」 「ええそう…って、ちょっと待って! 舐めるって何!? どこ!? どこ舐めたの!?」 それは予想だにしていないとが布団を跳ね上げた。 「あんた、本当に昨日の夜私に何したのよ!?」 涙目で爆発するの背から羽織をかけたのは左近で、子狼一匹が潜り込めそうな隙間を生んでいる胸元を正したのは三成だった。2人とも完全に目が据わっている。 「あ、すみません」
ドゴォ! という音が上がって、音の元を見やれば今度こそ城の土壁は木っ端微塵に吹き飛んでいた。 「姫、小動物を飼うのはもう少し、先にしましょ? そんでもってよく選びましょ? ね?」 「あいつ、本気で殺していいか?」 三成の問いかけは、居合せた全員の総意だった。 「私はあんたのおもちゃじゃな―――い!!! バカ――――!!」
"遠い未来との約束---第七部" 了
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大変長らくお待たせ致しました。風魔編、相変わらずの距離感の二人です。 はてさてどちらがどちらのペットなのか…難しい所です。(19.08.28.) |