君はペット - 風魔編

 

 

「故郷で自滅した不誠実な上司に替わってこちらで私を見守ってくれる年配者は…立場では私より下になってるけど、
 人としての魅力は言うまでもないわ。私は常に彼らに助けられ、守られている。
 彼らは私の為に命を捨てる覚悟を、常に見せてくれている」

 家康と秀吉の事か、そこも納得だ。
家康は時が来たら命を捨てると明言し、千日戦争ではを逃がす為の殿を務めた。
 秀吉はを脅かす影からを守るべく、身を削りつつあるし、逃走劇の際は準備が整っていないのに関へと自ら救援に駆けつけた。
 の言葉を疑うべくもない。

「…向こうで失ったものがもう一つあるにはあるけど……それは、なんというかもういいかな、って」

「それはこちらで代わりは見つかってはいないのか」

「…そればっかりは簡単なものでもないし、がっついてどうこうできるものでもないし。
 焦らず、自然に任せようって思ってる」

 風魔の手がの頬に掛かった。

「失ったのはなんだ?」

「ひーみーつー」

「力づくで吐かせるぞ」

「えー、それはいやー」

 道化のように敢えてふざけたような軽快な調子で言葉を返すが、の目はこの問答に対してだけは頑なで、答えるつもりはないらしい。

「我の子猫は何を失った?」

「色々だよ」

 これ以上の追及は遠慮するとばかりに、は人差し指を立てて風魔の唇の上に乗せた。
が見せる表情には似つかわしくないくらいに、凍てついていた。

「追求しないでくれるなら、添い寝してあげる。但し、狼の姿でね?」

 答えるつもりは一切なく、否、もしかしたら彼女自身がまだその答えを持ち合わせていないのかもしれない。
の見せる態度からそう判じた風魔は鼻を小さく鳴らした。

「…ふん」

 風魔は身を起こすと、ふてぶてしくも人型のままでの横に改めて横になった。

「えー、えー、えー、狼でって言ったのに―」

「我はお前の飼い犬ではない。飼い犬は他に居よう」

「誰の事よ?」

「六文銭がよく似合う」

 イヌ科だと指摘されて否定しきれぬとが顔をそむけた。笑いを堪えていた。

「他に虎と狐と烏を飼っているしな?」

 誰の事を言っているのかが分かるから、思わずは問いかけた。

「それじゃ風魔からしたら左近さんはどんな動物になるのよ?」

「さてな」

 明確に名指ししてこない風魔に代わってが思いを巡らせる。

「ジャッカルとか…どうかな? イヌ科なんだけど、狼寄りだから左近さんっぽくない?」

「何の話だ」

「自分でふったくせに」

 は風魔の肩を「気分屋過ぎる」と人差し指で責めるように小突き回した。
しばらく好きなようにさせていた風魔が不意に手を伸ばしてを抱き寄せた。
少しばかり低い体温がを包む。
 するりと腰へ絡んだ大きな掌が、古傷の上で止まった。

「…この傷は、もうよいのか。偽りなく…過去、か?」

「ええ。もう、昔の事よ」

「そうか」

「ええ」

 満足したかと見上げれば風魔はゆっくり瞬きして答えた。

「ねぇ、添い寝するなら狼になって」

「何故?」

 少なくとも三成と孫市辺りは狼に風魔が変じることが出来ることに気が付いていると、暗に指摘する。
それを受けて、は風魔との間に距離を作るべく、両手を上げて風魔の胸を押した。びくともしないが、意思表示だけは続けるつもりなのか、背中を使って身を反らせて、最後には足まで小さくばたつかせた。

「あんた、人型の時、体温低いからくっ付かれるとめっちゃ寒いのよ!
 狼ならモフモフしてて温かいけど、人型のあんたと添い寝なんてしたら、私、朝には肺炎起こしちゃうわよ」

 健康上の理由だとが言えば、風魔は眉を寄せてむすーっとした。

「ほら、離れて離れて。あんたの娯楽で子猫が風邪ひいて死んでもいいの?」

「チッ」

 舌打ちしてから風魔は指先だけで印を切った。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」

 ぽむ! っと何かが弾けるような小さな音と白煙が上がった。
煙の向こう側には、千日戦争の時に見かけた小さな狼の姿があった。

「お! やっぱ、かーわーいーいー!!」

 綺麗に四つ足の着地を決めた風魔をは抱き上げで胸の中でぎゅうぎゅうと抱き締めた。

「自覚はないのか」

「えー、あんたその姿でも喋れるの!?」

「なんだと思ってる、我は風魔…禍つ風ぞ」

「分かってるけどさぁ、あんたがすごい忍者だってことはもう充分知ってるけどさぁ。
 そこは喋らずに狼のままでいてよー」

「断る」

「うわ、声低い。めっちゃ低い! 可愛くない!!」

 言葉と裏腹に、は風魔を両手で抱きかかえて優しく撫で回した。

「せめてさあ、見た目に合わせて可愛い声とか出せないの〜?」

「くぅーん」

「だから! 低いってば!! 全然可愛くないんだってば!!」

 言いながらは大きく笑った。
笑いのツボに入ったのか、は屈託なく笑い続け、ひーひー言いながら布団をバシバシ叩いた。
 それからしばらくの間じゃれ合って、やがて疲れ果てたのか、は眠りの世界に意識を落とした。
うつ伏せになったままで寝てしまったの腰に、風魔が前足を乗せた。
 軽く小突けばの体が布団から半回転して畳に落ちる。
掛布を口で咥えて引っ張って、敷布との間に隙間を作った。
 畳に落ちたまま寝入っているの横へ歩を進めて、風魔は再びの腰に前足を乗せた。
とん! と軽く押し出せば、先程とは逆に回転しての体は布団の中に納まった。

「よくお休み、意地っ張りな子猫」

 低い声で告げて、風魔は掛布を口で咥えて引っ張る。
ふかふかの布団の中で寝入るを、小狼の円らな瞳がじぃと見つめる。
 何か思いついたのか、風魔は布団の中にごそごそと潜り込んだ。
布団の中に充満するの持つ柔らかい香りは、研ぎ澄ました忍の牙を鈍らせそうだが、酷く心地よい。
 呼吸の度に上下するの胸元に誘われるように風魔は寝巻の合わせ目に潜り込み、そのままそこで瞼を閉じた。

 

 

「貴様!!! 学習能力がないのか!!!」

 翌朝、鼓膜を劈くような怒声が轟いた。
あまりに凄まじい声量にが驚いて飛び起きれば、目の前に羅刹の如き殺意を背負った三成が立っていて、今にも嘉瑞招福を振り下ろさんと天高く掲げていた。

「え!? 何!? 何が!? 三成なんで朝っぱらからそんなにキレてるの!!?!」

 身に覚えがないと動揺を露わにしていると、の背から独特の色を持つ腕が伸びてきてを抱え込んだ。

「…風魔?」

『あれ? 昨日は狼だったよね?』

 自分を抱え込んだ腕に篭手がない時点で、気が付かなくてはならなかったのだが、寝起きでうまく頭が回らない。
今目の前にいるのは三成だけだ。なんとか誤魔化せないものかと考える。
だが階段を上がる幾つかの足音を聞く限り、三成をどうにかすればいいという問題でもないと思う。

様!! 如何されましたか!!」

 やはり駆け込んできたのは、犬と揶揄された忠臣だった。今日も彼の額で六文銭の鉢金が眩しい。

「はっ、死ぬ覚悟はできてんだろうな?」

 続いて入って来たのが、虎。
そういえば、風魔とは天敵の間柄だったな…などと、は現実逃避を試みる。

「…逝きな!」

「…死ねよ」

 続いて烏とジャッカル。
二人は言葉を弄するより、行動に出るのが誰よりも早かった。
無双奥義とアーツがの頭部すれすれに飛んで来る。

「きゃーーーーーーー!!!!」

 とばっちりで殺される! とが震えあがった。
が、彼らの攻撃が全弾被弾する前に、の全身を薄紫の幕が包み込んだ。三成の造り出した防護壁だ。

『え、何!? 何なの、一体!? なんで皆、何時もより風魔に突っかかってるの!?』

 左近と孫市の技はには届かず、背後の風魔にだけ襲い掛かった。
恒例になり過ぎてる風魔との乱闘開始の速さに慄いていると、幸村が猛然と槍を奮って襲い掛かってきた。
軽々と避けた風魔がの前で見事な三転着地を決めた。

「ひっ!!!! うわぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁぁあ!!!!」

 朝っぱらからうら若き乙女には不釣り合いな悲鳴を上げてが掛布の中に身を隠した。

「あ、あ、あんた!!! なんで!? どうして全裸なのよォ!!!!!」

 ばっちり見た。
見てはならないというか、見たくもなかったものをばっちり見てしまった。

「うわぁぁぁぁ!!! やだぁ!!! 忘れたい――――!!」

「あれ程、じゃれ合い、睦会い、楽しんだ共寝を…忘れたい、か。つれないな」

 風魔は意味深に笑うばかりで一切服を着ようとしない。
三成と幸村が同時に仕掛ければ、風魔が飛びのく。
二人とも端からそれが目的だったのか、布団の中で悶絶しているを挟むように陣取ると動かなくなった。

「左近、慶次、やれ」

様は我らがお守りします」

「そういう事だ」

 ゴキゴキと指と首の骨を鳴らして一歩一歩進む慶次の放つ闘気が熱い。
かつて風魔と対峙した時に見せられた灼熱のような殺気を再び感じて、は布団の中から声を上げた。

「待って!! 待って、違う! 同衾したのは、風魔じゃなくて!!! 子狼のコタなの!!!!」

「あ?」

「何?」

 風魔を庇うでもなく、城が受ける損害を考えるでもなく、自己保身の為でもなく、は思いついたままを述べた。

「子狼のコタは、小さくて可愛くて人懐っこい! 可愛い私のペットなの!!
 正体が風魔だなんて思ってなかったけど、変化してたから…それで…それできっと…
 その…変化の術が解けたから…ぜ、全裸だったんじゃ…ない…かな?」

 言い切れれば良かったのだろうが、最後は完全な疑問形だ。

「あ、遊んだのも、じゃれ合ったのも本当だけど、相手は風魔じゃなくて、コタだもん!! 風魔じゃない!!」

 全員の視線を集めたは余裕をなくして、叫んだ。

「ってゆーか風魔!! 早く服着てよ!!! なんで何時までも全裸なのよ!! 露出狂か!!!!!」

「くっくっくっくっ」

 まるで見られて困るようなものは何も持っていないとばかりにドヤ顔の風魔に、はキレまくった。

「あ、あんたが服まで脱ぐから変な誤解を生んでるでしょーが!!! 
 いい?! 私は風魔とそういう事は一切してないから!! 有り得ないから!!! みんな、信じて!!!」

「つれないな」

「いいからあんたは早く服を着ろー!!!!!」

 の介入で部屋の中に巻き起こっている殺意の渦が解消されれば良かったのだろうが、ままならない。
風魔は居合せた男達を煽るような発言を続ける上に、が風魔の裸体に過剰反応をするものだから、邪推されまくって場の空気は悪くなる一方だ。

「もう、なんでよ!? なんでなの!? なんで何時もあんたは私をダシにして皆で遊ぶのよ!!!!」

 布団の中で貝になった、もう涙声だ。

「ペットか…どちらがペットだかな?」

 風魔がまたも意味深に笑った。

「我との共寝は気持ち良かったのだろう?」

「ええ、そうですね! 小さくてもモフモフしてますもんね!!」

「温かかったのだろう?」

「そうですね! 毛玉の体温、ぬくぬくですもんね!!」

「舐められると気持ち良かったろう?」

「ええそう…って、ちょっと待って! 舐めるって何!? どこ!? どこ舐めたの!?」

 それは予想だにしていないとが布団を跳ね上げた。
三成、幸村、慶次、左近、孫市の視線を集めたの首筋と胸元にはくっきりと赤い花が咲く。

「あんた、本当に昨日の夜私に何したのよ!?」

 涙目で爆発するの背から羽織をかけたのは左近で、子狼一匹が潜り込めそうな隙間を生んでいる胸元を正したのは三成だった。2人とも完全に目が据わっている。

「あ、すみません」

 ドゴォ! という音が上がって、音の元を見やれば今度こそ城の土壁は木っ端微塵に吹き飛んでいた。
当然やったのは慶次だ。陽炎のように揺らめいて消える風魔に追撃するとばかりに孫市が銃の撃鉄を落とし、幸村が槍をぶん投げた。

「姫、小動物を飼うのはもう少し、先にしましょ? そんでもってよく選びましょ? ね?」

「あいつ、本気で殺していいか?」

 三成の問いかけは、居合せた全員の総意だった。
風に溶けた自称子猫の飼い主は、今日もいい座興だったと、満面の笑みでサムズアップまでして消えた。
は頭痛がし始めたのか、よろよろとその場に崩れ落ちると、渾身の力を込めて叫んだ。

「私はあんたのおもちゃじゃな―――い!!! バカ――――!!」

 

"遠い未来との約束---第七部"

 

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大変長らくお待たせ致しました。風魔編、相変わらずの距離感の二人です。
はてさてどちらがどちらのペットなのか…難しい所です。(19.08.28.)