君はペット - 風魔編 |
「だから大きさはともかくとして、この子も可愛くてしょうがないの!」 は徐に太腿の上の風魔を抱きしめて頬擦りした。 「まぁ、しょうがないか」 獣相手であれば…と三成は自身の感情に折り合いを付けたようだった。 「だが寝室には入れるなよ?」 寝具が毛だらけになっては片付ける者も楽ではないと三成は釘を刺した。 「はーい」 「真剣に聞いてないだろう?」 付き合いが長いせいか、声色だけでの真意を悟る三成の追及に、は視線を泳がせる。 「ったく…しょうのない」 程なく室の外から「失礼いたします」と声がかかって、家康が入ってくる。 『まぁ、それはもう三成殿が告げていよう』 二人の性格から起きていておかしくない結果を想定して口を噤む。 「怒らせちゃったかな?」 「いえ、お気になさらず宜しいかと」 「そうかな?」 「ええ、三成殿とて様の心労は察していましょう。今回のはまぁ……嫉妬でしょうな」 「えー、嫉妬ー?」 が狼の背を撫でつければ、家康は苦笑した。 「かつて慶次殿が三成殿抱いた焦燥に似たようなものですよ。お気になさいますな」 「そっか。なら後で頭部が禿げ上がるくらい撫でとけば怒りの中和も出来るかな?」 「ふふふ、どうでしょうなぁ。照れそうなものですが…」 「三成は気難しすぎるんだよねー。君みたいに素直ならいいのにねー?」 時に狼を撫でつけて構い倒しながら、の長閑な夕食の時間はゆったりと過ぎて行った。 「さて、じゃそろそろ君のご飯ね〜」 自分の分の夕食を腹に収められるだけ収めて、は吸い物のお椀に蓋をした。 「いくよ〜〜〜?」 の声に合わせて放り上げられる燻製肉を、身を起こした狼が空中でキャッチする。 「すごいすごい!」
パチパチと拍手してが喜ぶから、ついつい付き合って延々と燻製肉を食べ続けてしまった。 「あらあら、もうお腹いっぱい??」 くぁ〜っと大きな口を開けて欠伸を1つ見せた。 「そっか。ご馳走様なのね」 は最後の燻製肉を自分の口に放り込んでから、膳を片付けた。 「さてと、それじゃ〜、そろそろ寝ますか〜〜」
の独白が合図になったように、宿に勤める女中が入室してきてあっという間に寝床を整えた。 「長旅でお疲れでしょう、明日はゆったりとゆきましょうぞ」 配慮してくれた家康に感謝を述べて、彼が室を出たのを確認してから布団にもぐった。 「ん? 入る??」 掛布を少し持ち上げてやると、収まりきらぬ巨体が滑り込んでくる。 「ん〜、ん?」 は寝ぼけ眼のまま、布団から起き上がった。 「ふぅ〜」 それで人心地ついたようで、仄暗い室に差し込んでくる薄明かりの元を探すように視線を向けた。 「あれ? ァ千代さん、もしかしてまだ起きてる?」 誰に問いかけるでもない独白を、は漏らした。 「寝れないの?」 声をかけるにァ千代は驚き、ばつが悪そうに眉を八の字に顰める。 「そっかぁ…なら、この子、貸してあげる」
宛てが外れた。誰かに邪魔されることもなく、に抵抗されることもなく、呼吸が交わせる距離での寝顔を心行くまで堪能できると思っていたのに、そうはならなかった。 「え? あ? は??」 「じゃ、そういうことで。早く寝てね? 蝋燭もただじゃないのよ。ァ千代さん。おやすみなさい」 戸惑うァ千代に体よく風魔を押し付けて、は満足とばかりに襖を閉めた。 「なんなんだ…あの女は…?」 独白するァ千代を部屋から追い出される形になった風魔が恨めしそうに見やった。
逃避行を経て、城に戻って数日経った日の夜の事。 「何やってんの? 風魔」 声をかけられた狼は悪びれることなく、前足での布団をてしてしと叩いた。 「え、本当に何? どういうこと??」 悲鳴こそ上げないでいるが、立ち位置は部屋と廊下の敷居の傍。 「えーと……何? もしかして添い寝しろ…って、そういうこと?」
が眉間に皺を寄せながら問えば、狼は分かっているじゃないかとばかりに喉を鳴らした。 「あのさぁ、風魔さぁ…もしかしてバカなの?」 は呆れたように脱力した声色で言いながら、室内に向けて歩き出した。 「旅先で見かけた時ならいざ知らず、今の私はあんたの正体に気が付いてるのよ? どういう神経をしているのかと半眼で問えば、むくりと狼が身を起こした。 「我の子猫が無事に帰郷した故、甘やかしてやろうと思ったまでの事」 「え、子猫って私?」 「他に誰が居る?」 座興の次は子猫扱いなのかとは何とも言えぬ表情を見せた。 「それに聞きたいこともある」 「何?」 何でも聞いてみろと言わんばかりには腕組みした。 「大丈夫! ただのストレッチ!!」
これで第三者に敷居を跨がれ、風魔の姿を見られると面倒なことになる。 『でも…目は全然笑ってないのよね…』 「風魔、一体何? 今回は何がしたいの?」 以前、無軌道な風魔に無体を働かれかけたことを思い出す。 「謎かけをしよう」 風魔はの喜怒哀楽の激しさを好む傾向がある。 「子猫の背の古傷、作ったのだーれだ?」 低い抑揚で紡がれる声に楽し気な色はなく、どちらかというと鬱積が滲んでいた。 「…古傷…って、あんたが作ったやつ?」 「それではない」 が数回瞬きをしながら、小さく首を傾げた。 「え…傷って…もしかして…あの傷? あんたが風呂場で舐めたやつ?」 「ぴんぽんぴんぽーん、正解だ。さぁ、答えろ。あの傷は、どこで誰につけられた?」 何故そんな事を聞くのか。は不思議そうな視線を風魔に向けた。 「どこで、誰に、つけられた?」
一言一言を区切る声は抑揚を持たず淡々としているが、裏腹にの二の腕を掴んでいる手に籠る力は強くなる。 「どこって…故郷でだけど…」 「誰に?」 「えーと…上司の奥さん」 「何故?」 「人違いで」 本来であれば自分が刺されるべき対象ではなかったことと、刺した本人は厳しすぎる罰をその身に受けた事を簡潔に述べれば、風魔は満足したように腕から手を離して身を起こした。 「その女の受けた罰はどんなものだ?」 「全てを失った」 「全て?」
「ええ、不誠実な夫も、待望の赤ちゃんも彼女は失った。これ以上、何を取り上げたら満足? 無軌道でありながら、自分の好き嫌いには実直な風魔の事。 「その女に怒りも恨みもないのか」
「ないね。彼女には同情してる。原因を作った不誠実な上司と当時の友達には色々言いたいことはあるけど、 「何故」 「こっちの世界に来て、私も成長したって事」 風魔が怪訝な眼差しを見せた。 「あの事件が起きた時、そりゃ傷ついたわ。悲しかったし、混乱したし、怒りもした。 「別れて」と言った時のの声はとても小さくて、生死を分けた話をしているのだと容易に察することが出来た。
「毎日が私の想像を大きく超えてるのよ。そんな生活送ってるとね、それどころじゃないのよ。 ふぅ…と一つは溜息を吐いた。 「それにさぁ」 風魔を落ち着かせているようで、実際は自身の気持ちの整理もしているのだろう。 「こっちに来て、失くしたと思っていたものは、私全部見つけて手に入れてたのよね」 「満足か?」 「ええ。私を裏切った友達より、ずっと素晴らしい親友が出来た。 のことを言っているのだなと、風魔は納得した。
「友達の質なんて比べるものでもないとは思うけど、比べようがないくらい落差は凄くて。 「では不誠実な上司は?」
なんとしても蒸し返したいのか、なんなのか、風魔の追及は緩まない。
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