君はペット - 風魔編 |
「今回は外交のプロだけを連れて行くわ」 「飴と鞭。今回私と一緒に行くのは、家康様と三成よ」
隣国となった松永家から届いた懇談会の招致を受けると決めたが選んだ供に、何とも言えぬ不安を覚えた。 「これは? 筒槍の部品ですよね?」 「え、ええ…左様で…」 「はい、没収」 「ええええええ!!! 様!!!」 「だから、こっちに戦意があると思われちゃ不味いんですって」
表向きこの二人を供に配置して、秘かに半蔵を呼び戻して随行させるというのならば、まだ分かる。 『これで完全に戦力は俺だけか』
背後に立った左近の肩に三成が額を預けて言葉にならぬ呻きを上げているがは一切お構いなしだ。 「だって、二度手間じゃん?」 命の危険よりも手間を省きたいと言ったの感覚が、斬新で心から楽しかった。 「お手! おかわり!!」 差し出される掌に合わせて前足を乗せてやれば喜ぶ、喜ぶ。幼子のようだ。 「かわいい〜〜〜、お利巧さんね〜〜〜」
些細な望みを叶えるだけで満足して、己を抱き寄せて、顎の下を猛烈にわしゃわしゃしてくる。 「あ〜〜〜。もう超絶可愛い〜〜〜〜。見て見て、三成! ァ千代さん! この子凄くお利巧さん!!!」
家康は外交の為に宿を離れているから、傍に控えているのは石田三成と虜囚の立花ァ千代だ。 『ご苦労なことだ』 「いいか、寝所には入れるなよ」 釘を刺した三成はァ千代を促して室を出る。 「ねぇねぇ、君はずっとここで飼われてたの?」 イヌ科の動物が腹を見せるのは服従の証。 「あら? ここ気持ち良かった?? こしょこしょこしょ〜〜」 知らぬうちに笑っていたのだろうか、が嬉しそうに笑った。 「ほらほらほら〜〜。気持ちいいね〜〜。楽しいね〜〜〜」 楽しいのも面白いのも、獣一匹の見せる反応でこうも表情を崩すの方だ。 「あ〜〜〜、本当に可愛いな! お城でもペット飼えないかな〜〜〜。 何が何やらよくは分からないが、の中で生まれたペットを飼うかどうかの葛藤は、結論は出たようだった。 「、風呂沸いたぞ」 「はーい」 室の外から三成に声をかけられたが、狼の後頭部に腕を差し入れる。 「甘えん坊さんねぇ。一緒に入る?」 千日戦争の時の様に子供の姿じゃない。今は100cm以上はあろうかという巨体だ。 「そうだ、ァ千代さんも一緒に入るかな?」
捕虜の扱いを全く理解していないは能天気にもァ千代を誘い、宿の湯殿へと足を延ばした。 「貸し切りじゃなかったら文句が出るのではないのか」 ァ千代が独り言ちる。 「そう? 逆にお利巧な狼と混浴できる宿って、流行らない?」 薬草を浮かべた湯舟に向かい合わせには腰を落ち着ける。 「それにしても、この子本当にお利巧さんねぇ。あ、でも水を嫌ったり怖がるのは猫の方だっけ??」 わしゃわしゃと狼の下顎を撫でまわせば、狼がの肩に顔面を押し付けた。 「ひゃ! 擽ったいって!」 欲望のまま項をべろりと大きな舌で嘗めた。 「何? 飽きちゃったの?? 出たい??」 風魔の心境など一切頓着せずには構い倒す。 「湯あたりする前に上がるぞ」 生粋の動物らしからぬ懐き方をする狼にァ千代が不信感丸出しの視線を向け始めた。 『痩せたか?』
腰回りの肉が落ちている気がした。それに気がかりなのは、自分と傾奇者が斬り結んだ時に出来た傷とは全く異なる古傷が、の背にあったことだ。 「ん? どうしたの?」 ざばりと音を立てて身を起こした。 「わわわ、そこはちょっと舐めないで! ざらついた感じがくすぐったいよ」 叱るように華奢な掌が風魔の鼻先を上から抑えた。 「心配してくれたの?? でも大丈夫よ。もうずっとずっと昔の傷なの。痛くはないからね」 安心させるようにポムポムと抑えた鼻先から額にかけて撫でつける。 『欺瞞を抜かすか』 多少痩せはしたが全身くまなく美しいものだ。 『この女は、我の座興…手出しは許さぬ…』 誰に何をされた? どうして傷ついた?? 『何時か、吐かせてやろう』 風魔が纏った嫌悪感は、強い殺気となった。 「……上がるぞ」 警戒心丸出しでァ千代はに言う。 「え? あ、うん。そうね。長湯してると他の皆も入れないものね」 は上がり湯として何度か手桶で湯を汲み上げて体にかけた。 「ふー。すっきりした〜。さてと、問題はこの子ね。どうやって拭こうかな」 持ち込んだ手拭は頭髪と体用と体を洗う用の三枚。 「あら…? あらあら、もしかしてもしなくても…長湯さんなの?」 ざばりと音を立てて、狼は再び湯舟に浸かった。 「ん〜、どうしよう…」 「この宿の狼であれば、放っておけばいいのではないのか」
誰かが勝手に世話するはずだとァ千代に促されたは脱衣所へと足を運んで、そこで寝巻となる浴衣に着替えた。 『ああ、遊び足りなかったのね…』 理解するかどうか怪しいが一応念の為とばかりに、は狼の背に声をかけた。 「湯あたりする前に上がるのよ〜?」 狼は答えず、振り返りもせず、黙々と湯舟に浮かぶ薬草を殴りつけていた。
供周りの男衆が湯殿に来る前に風魔は湯から上がった。 「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」 忍術が発動して風魔の姿は歪み、再び狼の姿をとった。 「あ、そうだ。ねぇ、君はご飯は?」 膝の上の狼にが問いかけた。 「おー、やっぱりお肉は分かるか〜。はい。あーん」 箸から落とされた燻製肉を口に入れてもごもごと咀嚼する。 「はい、お代わり〜」 などと言って、次の燻製肉を掲げた。 「食べ物で遊ぶな」 三成が横から釘を刺せば、は反論はしなかった。それくらい今日の三成の目は鋭かった。 「ごめんね。私が食べ終わったらご飯あげるからね」 それまでは膝枕で我慢してくれと太腿を示せば、狼はむくれたまま大人しく太腿の上に顎を乗せた。 「なんで何時までもそうしてる? 叩き出せと言っているだろう」 「えー。別にいいじゃん、可愛いよ〜?」 「どこが。そんなデカブツの何がいい??」 憤懣を隠しもせずに、三成は茶を淹れる。 「ああ。そういえばお前は慶次にもよく懐くよな。根本的にでかい物が好きなのか?」 唐突に思いついたらしい三成の指摘に、は「そうねぇ」と言葉を濁した。 「まぁ、小さいよりいいんじゃない?? 器でもなんでもさ。あ、でも私ポメラニアンとかコーギーも好きよ?」 「歩目羅…なんだって?」 聞きなれぬ犬種を上げられた三成が眉をしかめた。 「犬の種類よ。小型犬でね、外つ国の犬種なの。この子の十分の一くらいの大きさかな〜」 「好きなのか、その犬が」 「うん、可愛いのよう! てけてけ歩いてね。愛嬌がある顔立ちしてるし、それでいて忠誠心は深い犬種だし」 「古儀というのは?」 「コーギーね、コーギー」 訂正しつつ湯呑を受け取って両手で茶をすすった。
「コーギーも外つ国の犬種なんだけど、体長は大体このくらいで…元々は牧羊犬なの。闊達で頭がいいのよ。 は湯呑を膳の隅に置いて身振り手振りでコーギーの体長を指示した。 「つまりお前はモフモフに弱いわけだな」 「そー。それは否定しない」
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