立花が作る道

 

 

 したいと思い、出来ぬと思い知らされた事を男は臆面もなく言った。
は激情し、勢いよく立ちあがると男の前へと進み出た。
彼の胸倉を掴んで叫ぶ。

「救いたいと思ったことなんか、一度もない!!!!!!
 誰しもが救えって言うけど、私に出来るはずないじゃない!!
 何時だって、救ってほしかったのは、私の方なのに…こんな思いするなら、契約なんてしなかった!!!!!!」

 閉じた男の瞼が開く。
真っ向から見据えられて、眩暈を覚えた。
男の目は鋭く、それでいて澄み切っていた。
玉座のひじ掛けに乗せていた手が動き、の額を掴んで、自身から引き離そうとする。
それをは懸命にこらえて、思いの丈をぶつ続けた。

「契約内容の重みなんか、知らなかったのよ!!! 知ってたら、引き受けたりしなかった!!!
 貴方はいいわよ、そうやってこんな何もない世界で座って、一人で何もかも悟ったみたいな顔して、
 見物してればそれでいい!!! でも私には……私には、もう投げ出したくても投げだせないの!!!

 大切な人がいる世界で、私を大切にしてくれる人がいて、彼らの世界の未来を託された!!
 私にしか出来ないと言うのも、きっと本当の話!!! だからこそ、投げだしたくても投げだせない!!!
 腹括って、頑張ろうと思っても、無理なものは無理で…どんどんどん掌の中から命は零れおちて行く…。
 その悔しさ、苦しさが貴方には分かる?!」

 男の腕に力がこもった。

「貴方は神様なのに…人が足掻くの見て楽しんでるだけじゃない!!! 分かったような事言わないで!!」

 振り払うように突き飛ばされて、がよろめき後方へと転がった。

「きゃぁ!!」

 じろりと見降ろしてきた男の顔を、目に焼き付けるかのようにまっすぐと見上げて、は唸った。

「…神様なら神様らしく…沢山の人に崇められるようないい事しなさいよ!!!!
 小さな命でも、一つ一つが重いのよ!! この世にある命は、あんたのおもちゃじゃない!!!!」

「クックックックックッ」

 男は肩を揺らして笑い、ゆるりとした動きで立ち上がった。

「ハーッハッハッハッハッハ!!!!」

 小さな笑いはやがて大きくなり、彼はさも愉快というように笑い続ける。

「何がおかしいのよ!!!」

 が叫べば、彼は笑う事を止めた。
緩慢な動きで玉座から降りての前へと進み出る。

「…欲深い話よな?」

「何ですって?」

「何故、神が人を救わねばならぬ?
 悠久の時を生き、万能であるならば、非力な者を導き助けるのが道理と、うぬはそう言う。
 ではうぬに問おう」

 が怪訝な眼差しを向けた。
溢れていたはずの涙は、自然と止まっていた。
今のの眼差しにあるのはギラギラした激情のみだ。

「落ちた世で"神託の巫女"と呼ばれ、人に在らざる力を操り、才知長ける者を尽く傅かせたうぬは、
 何故定めを受け入れず、逃れようとする?」

「わ、私は…神じゃない」

「神とて同じよ。人を救わねばならぬ道理はない。
 うぬが紡ぎし理は、うぬら人が勝手に決めた理に過ぎぬ」

 反論の余地のない言葉には息を呑んだ。

「辛いと、重いと、うぬは嘆き救いを求め訴える。
 ではうぬ以上の生きとし生けるものに縋られる神は、重くも苦しくもないと、うぬはそういうのか?」

「………それは……」

「人の定めを変えるは、神に在らず。人自身よ」

「でも!!! それじゃ、足りないことだってあるの!!! 足掻いても、足掻いても、届かない!!
 だから救いを願うのよ!! それはいけない事なの?」

 男の手が伸びての目元を覆う。

「うぁ…」

 彼の体から漆黒のオーラが迸る。
派生したオーラは彼の全身を伝い、腕を経ての体を包み込んで行く。

「あ……っ…あああ…あぁ…」

 体が痺れた。

「ならば、抗うのを止めよ」

「で…も……、それじゃ………」

 意識が朦朧とする。
世界が暗転してゆく。

「受け入れた時、開かれる道もあると知れ」

 潰えた意識の奥底で聞いた声は、最後にこういった。

「我は神に在らず、天魔、統べる者なり」

 

 

 跳ね橋砦を経て逃走を続けるの前方に広がる闇が徐々に晴れて行く。

「朝が近いか」

 束の間であっても休むように促されたが、家康も、三成も、も眠ろうとはしなかった。
動力を提供し続けなくてはならないァ千代へ配慮したのだ。

へは後どれくらいなのでしょう」

 の問いにが答える。

「八里弱です」

「そうですか、このまま無事に帰れるかしら…」

 の言葉に、三成と家康は安易に答えたりはしなかった。
彼らは分かっていたのだ。
救援を請願はした。だが関とは国境だ。
それを越えて軍を寄越せば、それは侵攻ととられても文句は言えない。
第五の関を自力で越えれば何とかなるだろうが、そこまでは何を犠牲にしても自力で突破し続けねばなるまい。
 の危機を知れば秀吉を始め多くの仲間が神速で救援に動くのは必至。
然りとて現状の家の残存兵力では他国の関を攻め取ることは出来ない。
そうと分かっているから、二人は安易に状況が好転するなどという絵空事は口にはしなかった。

様、もうすぐですわ…もうすぐ、に…皆様の元に…帰れますわ」

 意識のないの身を案じ、のことをぎゅっと抱きしめた。

「は、はい」

 三成がを呼び、空いたままの運転席を示した。

「貴様はここへ戻れ。が制御を再び失ったら、誰が舵を切る?」

 三成の指摘を受けたがはっとして、の体を寝かしつけた。
後ろ髪引かれるの心を慮り、家康が言う。

、気を揉むことはない。三成殿は、もしもに備えようとしただけじゃ」

「は、はい。そうですわね」

 運転席に再びが腰を下ろし、シートベルトを締めてハンドルを握った。
予測とされているその時に備える格好だった。
やはり気になるのかちょこちょこ後方を見やれば、家康がの手を取り、膝を立ててァ千代を寄り掛からせているのが見えた。片方の肩が外れたままの為、そうしなくては補佐もままならぬのだろう。

「み、三成様。あ、あの…」

 せめて家康の負担を減らそうとが三成の声をかけるが、彼からの返事はない。
が気にして三成の横顔を見やった。
窓の外を見ているのかと思えばそうではなく、三成は窓に額を預ける形で意識を失っていた。
着物に広がる黒いシミと、これまでの無理が祟ったのは明白だった。

「まぁ! ど、どうしましょう!?」

 慌てだしたが諌めた。

「マスター、心配には及びません。治部少輔殿の出血は既に止まっています」

「でも、でも…」

、もしもの時の為にも寝かせたままにしておくのじゃ。が大丈夫というのなら、そうなのだろう」

 家康の言葉に、ァ千代が乗る。

「ほうっておけ。危機が来れば自ずと目覚める、武士とはそういうものだ」

「は、はい」

 

 

 を包む宵闇が消えて行く。
朝日が大地の果てから登り、彼らの進路を照らし出す。
黒と群青に塗り込められていた影絵のような景色が、本来の色を取り戻し始めた。
 がライトを消す。速度を落とせたらァ千代にかかる負担も減らせるのだろうが、そうもゆかない。
追手がいないのは振り切れたからではなく、先回りされたからに違いない。
気を緩め速度を落せば、その分待ち受ける包囲網の厚みが増すだけだ。
であるなば、極限に身を置こうとも、このまま先を目指して駆け続けねばならない。
 やがて、件の関―――第五の関が見えて来た。
車内に緊張が走り、と家康が喉を鳴らした。三成が目覚める。

「来たか」

「はい」

 第五の関に続く坂道の天辺で、状況を伺うように一度停止した。

「突破にするにあたり、最善の策は誰かあるか?」

 嵐の前の静けさ漂う関を睨み、三成が問う。
が意見を求めるように方々を見た。
家康が三成同様、言の葉を呑んだ。

「……飛べないのか? このからくり」

 雷切に額を預けていたァ千代が言う。
彼女の視線が緩やかに長く下る坂を見つめた。

「ふむ、助走をつけて砦を越える…か」

「直線だぞ、罠がそこかしこにあるとみて間違いはないだろう」

「だが道幅を考えれば正面突破はアホのすることだ」

 家康、三成、ァ千代の会話に入れぬが、仲間入りしたそうにゆっくりと挙手した。

「なんだ?」

 三成の問いかけを受けたが嬉しそうに口を開いた。
円らな瞳がきらきらしている。自分の提案が聞いて貰えるだけで嬉しいらしい。

「飛べますわ」

「どうやって?」

 夢物語じゃないんだぞ、と冷たい視線の三成の問いかけにが砦へと続く道ではなく、壁を示した。

「あそこを走りますわ」

「壁だと!?」

 目を向いた三人の前で、が気持ち胸を張った。

「私達、様をお迎えに上がる際、の関を破るわけには参りませんから何度か壁伝いに走って
 関を越えましたの。来る時に出来たことですもの。帰りも同じ方法で戻ればよいのですわ」

 尤もだ。だが果たしてそれは叶うものなのか?
行きは不意を突けても、帰りは対策は万全だろうと、三成が唸った。

、壁を伝い、跳躍して関を越えることは可能か?」

 悩む三成を余所に家康がの案に乗った。
彼の視線は、他に方法はないと言っていた。

「可能です」

 問われたが簡潔に答えた。

「方針がまとまったと判断してよろしいですか?」

 最後の確認とばかりに問えば、三成が頷き、ァ千代も不敵に笑った。

「では、出発します。念の為シートベルトで各自体の固定をしてください」

 がベルトをぎゅっと掴んだ。
三成、ァ千代、家康が倣い、家康はとァ千代への配慮を忘れなかった。
 全員の意識がまとまったのを確認したがサイドブレーキを外し、ギアを入れ替えた。
関でもの確認は済んでいたのだろうが、動きがあるまで表立って動くような真似はしなかっただけなのだろう。
今の今まで沈黙していた関が、の躍動音を確認して動いた。
鉄砲隊の銃口がに向き、砲台が二基、姿を現す。
続いて、が走り出す前に、坂道に不規則な並びで無数の馬止めが現れた。

「予想以上の歓迎ぶりだな」

 三成の独白に、が言う。

「馬止め、先のように突破できないかしら?」

「その案には賛同できません。瑞玉霊神の雷撃では、この地の壁の方が持ちません」

「なるほど、走れなくなるか」

「肯定します」

「馬止めを避けて走るとなると…」

 が道筋を視線で追っていると、不意に手裏剣が道筋に突き刺さった。
次の瞬間、爆音と共に大地が吹き飛んだ。

「地雷原か、つくづく面倒な関だな」

 手裏剣が飛んできた軌道を視線で辿れば、先に風魔の姿がある。
にぃ…と嗤い、風魔が先に駆けだした。
彼の手から離れる手裏剣が次々に地雷をあぶり出し、の駆ける為の道を描き出した。
意図を察したが走り出す。

「撃て!!!」

 と、同時に関から雨のような発砲が始まった。
爆発と土煙と歩調を合わせるような進軍をは続ける。
関に集う兵は小太郎には取り合わず、確実にだけに狙いを定める。
 大筒が火を噴いた。
着弾を辛うじて避けたが壁に貼りついた。

「おのれ、小癪な!!! 撃って撃って撃ちまくって、撃ち落とせ!!!!」

 色めき立つ関へ向けては走り、ここぞというところで勢いを使い関の上を飛び越えた。
後を追うように槍が投げ込まれ、弓が車体を襲う。
弾込めの終わった鉄砲隊の銃撃が後部に当たる。
衝撃と共に着地した目掛けて、巨石が襲いかかった。配置されていた罠が作動したのだ。
 関を越えさえすれば、そこには援軍がある。
命を繋げるものと期待していたが、そこにはの旗は一枚もなくて、は息を飲んだ。

「半蔵様、助けて!!!!」

 次の瞬間、が泣き叫んだ。堪えていたものが一気に溢れ出したのだろう。
車内から上がった悲鳴に答えるように、迫る巨石に数本のくないが打ち込まれた。
続いて護符が貼り付き、宙で岩が弾け飛ぶ。
 続けざまに轟いた銃声が、落石を穿ち、落石を破片へと変えゆく。
何事かと、三成が目を見張れば、の関が開いた。
 手薬煉引いて待ち受けていたように整列するのは、紅蓮の騎馬隊。

「真田幸村、いざ参る!!!」

 聞きなれた声が耳を過った。
咆哮と共に騎馬がなだれ込み、後方の関からも追撃兵が打って出て来る。
が冷静に判断し、開いた側の関へ向かい走り出した。
 疾駆するの横をすり抜けて、慶次が、幸村が、兼続が通り過ぎる。
彼らは手に鉾を、槍を、護符を翻して追随する騎馬へと突撃して行った。
 止む事のない銃声は、関に陣取った雑賀衆による援護だと気が付くまでには、然程時間はかかりはしなかった。

「皆、進路を開けるんじゃ!! 様を迎え入れるで!!!」

 くねる道筋の向こう、領預かりの関所が問答無用で開門される中、は関の中へと滑り込んだ。

「閉門!!!」

 歯軋りする追随の兵の視線を交わしながら山道を爆走するからくりは、あっという間に領の関を越え、最寄りの小城の中に逃げ込むと、盛大にスピンし、白壁の一部に激突。壁に大きな亀裂を入れて停止した。
 予想以上に早い救援で事無きを得て、の逃亡劇は今ここに幕を閉じた。

 

 

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到着!(13.01.09.up)