進軍に手間取っていたが、道が開かれたことで優先順位を入れ替えた。
馬止めを回避することではなく、打倒してでも進むことにしたようだ。
車体の脇から針のような突起が現れ、バチバチと帯電する。
「エネルギーチャージ、完了。薙ぎ払います」
次の瞬間、電流が迸った。
轟音と共に天を穿った雷撃は、即席のスライダーとなったワイヤーにまで届いた。
ワイヤーを伝った雷は、四方八方に雷の雨を降らせた。
馬止めを穿ち、引き裂き、吹き飛ばす。
元はと言えば三成の移動の為に張られたワイヤーだ。当然軌道上に砦が存在する。
となれば、ワイヤーを伝った電流は力の放出先を探して迸り、 砦の中でもありとあらゆる物を無規則に打ち付けた。
金物に引き寄せられた雷が、残る砲台に襲いかかる。
「ヒィィィィ!!! に、逃げろ、崩れるぞぉ!!」
砲台が轟音を上げて吹き飛び、同時に砦の中に数多の瓦礫を落した。
ワイヤーを伝う電流は接合元となる岩壁にも及び、大きくひびを入れた。耐久力を失った岩壁が崩れだす。
一方が崩れたことによって、もう一方も引き寄せられるように亀裂を生み、脆く崩れ始める。
砦の中に向けて始まった岩肌の崩落に慌てた兵達が我先にと砦から逃げ出し始めた。
「な、貴様ら持ち場を離れるな!! 鉄砲兵ー!!!」
内情を知らぬ詰所の兵士が叫ぶが効果は薄い。
「チッ、使えん奴らめ…減給ものだ」
「準備整いました!」
「よし! 撃って撃って撃ちまくれ!! ハチの巣にするのだ!!」
命を受けた外の兵が銃を携えて砦の前に陣取れば、風魔が鉄砲隊の殲滅に取りかかった。
蜘蛛の子を散らすように兵一人一人をなぎ倒し、道を開く。
が風魔の背後を擦り抜け砦へと入った。
クラクションが三成に砦到達を伝える。
気が付いた三成が敵を投げ飛ばした後、バックステップで下がれば、横をが擦り抜けた。
三成の立っていた場所に巨大な岩が落ちる。間一髪だ。
当然のように車内に回収された彼の定位置は助手席で、サイドミラーで確認すれば、彼が討ち入った砦は土煙を巻き上げて全面倒壊していた。
安心したのか、三成が頷いてから改めて後部席を見やった。
「で、貴様ら一体何してる?」
と手を繋いだ家康は意識朦朧、ァ千代は言うまでもなく、までもが失神寸前だった。
「官兵衛様、官兵衛様!」
「何用か」
出撃の手筈を整えた官兵衛の前に、真っ青になった伝令兵が駆け寄り耳打ちした。
「久秀様がお戻りになられました」
「何?」
予想以上に早い主の帰還に官兵衛の表情が僅かに陰った。
「黒田、これはどういう状況か」
白い束帯に着いた埃を優雅な所作で払い落としながら久秀が現れると、伝令兵が膝をついた。
伏せた横顔に緊張が走る。
「私はこの地の騒乱を汝が諌めているものと期待していたのだが、そうではないようだ」
探るどころか、全てを見透かしたような眼差しで真っ向から見つめられて、官兵衛の喉が小さく鳴った。
「汝であればかような騒乱、軍を率いずとも、諌められよう」
案に別に目的があるのかと問われて、官兵衛は用意していた答えを述べた。
「この軍はの姫をお守りする為のもの」
「ほう」
「草から姫が有らぬ噂に踊らされた者共の襲撃を受けていると聞いている。
ならば騒乱鎮圧より松永弾正の伴侶を救うことが第一と考えましたが、ご不満ですか」
「見上げた忠誠心だな」
「恐れ入ります」
上っ面ばかりの腹の探り合いを早々に切り上げ、官兵衛は身を翻す。
「出撃せよ、襲撃した者どもの首級を上げるのだ」
「御意」
官兵衛が下した命を受けて伝令兵が場を辞す。
後に続こうと歩き出した官兵衛の背を久秀が見送る。
「柳生」
独白すれば、久秀の後方に一見浪人風の侍が現れた。
柳生宗厳、松永家に仕える古参武将だ。
軍こそ任されていないが、彼は常に久秀の傍らにあり、久秀からの勅命だけを受ける将だった。
「ここに」
「汝はこれより黒田につけ。戻り次第、黒田には長宗我部・島津の懐柔に当たってもらう」
「不在時は、誰が軍の統制を?」
「大谷に任せる」
「御意に」
北条家の下で立身出世の機を逃した豊臣秀吉。
彼の下にあり、件の戦に出ることではなく国元に残る家臣達の取りまとめ役を担っていた黒田官兵衛は、秀吉がに寝返ったことで北条家に陪臣として残留することが出来なくなった。
それは別に構わない。彼も彼と共にいた秀吉配下の武将達も秀吉を主と仰ぐ意思は変わらず、秀吉を重んじない北条家に帰順するつもりはなかった。だが厄介だったのは北条家と家の関係が悪化してゆくにつれて、彼らの立場は厳しいものとなったことだ。
出奔され、秀吉の元に参じることによってに兵力増強をされては堪らないと考えた北条家は、官兵衛を始め秀吉の配下を捕えると、次々に幽閉した。
その合間に聞き及んだ主の待遇もでは過酷なもので、官兵衛は天を一時は恨みもしたものだ。
半兵衛が秀吉の元にいると分かっていても囚われの我が身が恨めしい。
過酷な命を受けた主の下に自分がいれば、主が受ける危険は更に減るというものを、なんと天は無慈悲なのか。
人知れず嘆き、悔しさを噛み締める官兵衛に目をつけて手を差し伸べたのが松永久秀だった。
秀吉を信奉する官兵衛が久秀に心服するつもりがないのは誰の目に見ても明らかだ。
だが久秀と官兵衛の間には利害の一致があった。
官兵衛はいずれ秀吉を松永家に招き、そこでの立身出世を果たさせい。
久秀は自分の代わりに動ける才ある軍師を求めた。
久秀の考えた通り、帰順させた豊臣陪臣は、何時か主豊臣秀吉が松永傘下に来た日の為と、粉骨砕身、働き続けた。
九州制圧戦では一番槍を果たし、数々の計略を成功させて九州を落とし、休む間もなく四国へと転戦した。
久秀も彼らの働きに報いて、古参武将同等の兵力と権力を持たせた。
このままゆけば、松永家は強固な力を保ち続け、豊臣陪臣達の未来も確固たる権勢を誇れるはずだ。
ところがその利害関係は、根底の部分で食い違いを見せることになる。
久秀は女としての姫を求め、官兵衛は姫を憎悪の対象とした。
それに気が付かぬほど久秀は愚鈍ではない。
いずれ迎える主の立身出世の為に骨身を削り、九州・四国平定までやってのけた軍師を、この一件以降降格し、地方に当たらせて後釜に若人を据えると久秀は言った。
それは即ち、松永家にあっては誅殺令と呼んで過言ではない処遇だ。
柳生宗厳が受けた命を遂行する為に場を辞す。
涼しい顔をした久秀は、小さく唇を動かした。
「彼の人に…手を出す者を赦すほど私は寛大ではない」
黒田官兵衛が率いる一軍が街を発つ。
『どさくさに紛れ、殺せばいい』
虎視眈々と機会を窺う官兵衛の横に、柳生の騎馬がついた。
「卿がなぜここにいる」
視線だけで確認した官兵衛に、柳生宗厳は言葉少なく答えた。
「貴公は軍師、何かあれば損失が大きいと久秀様よりの配慮よ」
「…………そうか」
勘の鋭い官兵衛は宗厳の姿を確認しただけで久秀の意図に気が付いた。
彼らの後方で騎馬を駆っている蒲生氏郷や黒田長政が気を揉んでいる。
官兵衛は僅かに眉を寄せた後、淡々と命を下した。
「これより我が軍は盟友を害する者共を排除することを最大の任務とする。
邪魔立てする者共は問答無用、斬って捨てよ」
密かに巡らされた謀に気が付かぬ将兵が手柄を立てんと、馬の横腹を蹴った。
官兵衛の脇を若い兵達が追い抜いてゆく。
後方についている蒲生と長政はまだ動かない。
「蒲生、長政。卿らも行け!」
ぎろりと睨まれて、二人は官兵衛の言わんとしていることを悟った。
全ての咎は、官兵衛が謀った者共に押し着せるということか。
秀吉がこの場にいたら、この計略を、判断を何というだろうかと、氏郷の横顔が僅かに陰る。
が、それすらも読んでいたように、官兵衛は独白した。
「全ては秀吉様の為、松永家にお迎えした時の為」
それは誰に向けた言葉ではない。官兵衛が自分に向けて漏らした独白だ。
だがその重みは深く、効果は覿面だった。
氏郷と長政は同時に馬の横腹を蹴り、先を走る一団の中に混じった。
「きゃぁ!」
落ちた衝撃そのままに、膝に痛みを覚えて呻き、ごろごろと転げまわった。
そうやって抱え込んだ痛みを誤魔化し、ようやく落ち着いてくると、は視線を泳がせた。
相変わらず、何もない世界。
漆黒の何かがたゆたう、悪しき何かが蠢く世界。
何時ものように悪意に晒されるのではないかと、覚悟を決めていたがそれはなかった。
どうしてそうならないのかを考え、視線を360度動かして、やがて理由を悟った。
漆黒の世界の中央に、髑髏で作り上げられた禍々しい玉座がある。
そこに一人の男の姿があった。
男は玉座に深く腰を据え、足を組み、目を閉じていた。
はゆっくりと立ち上がると歩を進めた。
『…寝てる…のかな…?』
これまでの邂逅で、彼が使者でもなく、敵でもない事は分かった。
否、本当に敵ではないのかどうかは分からない。
最初の邂逅では彼は球体に閉じ込められた少女を幽閉するかのように現れ、消えた。
だがその後の邂逅では、彼は襲い来る邪気よりを救いもした。それも何度もだ。
これらの経験から分かることは、彼はあの邪気と敵対関係にあるのではないか? という事だけだ。
だからと言って彼がの、あの少女の味方になるとは言いきれない。
彼の存在もまた、にとっては松永久秀同様、不即不離を保つしかない関係になるのだろう。
声をかけたものか、それとも無視を決め込むか、どうしようかと悩む。
彼の傍にいれば、あの邪気に晒される事はない。
だが彼が自分を害さないという保証は何一つない気がする。
確かに何度か救われているが、それが偶然の産物以外の何物でもないという確証はどこにはもないのだ。
聞きたい事がないわけではない。
彼になんらかの力があることは確かだ。
だがその力を頼りにして、自分の味方と判じて、一方的に信じ身を寄せるには、あまりにもリスキーだ。
素性も分からず、名も知らない。
知らない相手と、協力関係はなかなか築けない。
特に時間の制約を受けるような邂逅の場となれば、その敷居は一層高くなる。
どうしたものかと、が気を揉んでいると、男が小さく息を吐いた。
閉じていた瞼がゆっくりと開く。
「また…来たか。うぬには…早いといったはずだが?」
「……す、好きで来たわけではないです…」
「で、あるか」
「は、はい」
二人の間に沈黙が舞い降りる。
家康の声が聞こえてくれば、それを頼りに逃げ出す事も考えるが、今回の場合はそれがままならない。
この世界へ飛ぶきっかけとなった事を考えれば、それもまた無理はない。
困り果てたは、男の間合いを侵害せぬよう、それでいて離れ過ぎないようにと気を使いながらその場に腰を降ろした。その動きを見て、男が小さく口の端を動かした。
『笑った…? 今、笑ったのかな…?』
喜怒哀楽の推し量りにくい顔立ちが多少なりとも感情を纏ったことが、背中を押した。
「あの…」
言葉での答えはなく、じろりと視線だけで答えられる。
は子供のように指先を遊ばせつつ、小さな声で呟いた。
「お邪魔して…すみません…」
「で、あるな」
「はい…でも、帰り方、分からなくて…」
「……竹千代が、うぬを呼べぬか」
「はい」
何故この人は、家康の事を知っているのだろう?
もしかしてこの人は、この世界を司る神様なのだろうか?
「ずっと、聞きたかったことがあるのですが…いいですか?」
ちらりと視線を上げて見やれば、男の目は問いかけを許す色を湛えていた。
気が変わらない内にと、は矢継ぎ早に問いかけた。
「貴方は、誰ですか? もしかしたらこの世界の神様ですか?
どうして家康様の事を知っているの?
私達の世界の事を知っているのなら、もしかしたら未来の事も御存じなのですか?
それに、あの子をどこにやったの?
私の事、助けてくれましたよね? あれはなんで?
そして…私を殺そうとしたあれは……一体、何なの?」
一気に捲くし立て過ぎたかと、口を噤み息を呑む。
すると男は、今度こそ口の端を大きく動かして笑った。
「……よく動く、口であるな」
「す、すみません…」
また肩を落とす。
そんなの前で、男は仰々しい仕草で足を組みかえた。
「ここは、時空(トキ)の狭間、ぞ」
「…時空の狭間…」
「時空とは一定の流れによりて作られるもの、ぞ。
小さなうねりに石を投げ入れてたとて、児戯に等しい。
が、その石も数を増やし、形を大きく変ずれば…」
「流れが、変わる……何時しか、塞き止められ…止まった流れは、行き場を失って…逆流する?」
瞬きを肯定ととったは、再び息を呑んだ。
「上流から下流へ、時であろうと川の流れであろうと、それは変えられぬ理。
が、それを越える者が現れ、悪戯に理を乱した。
押し返され、進む道を失った流れは、時を押し返す。
進むべき波、押し返されし波。それらが互いに交わり、坩堝を作る」
「それが、ここ…? だから、いろんな世代の使者が…ここには現れる事が出来た…?」
「是非も、なし」
「あ。あの、じゃ、あの子は…?」
「うぬが時を進め、大地を再生するには、種がいる。
この地は、その種を侵食し、壊し、無に帰す。それでは意味があるまい」
「あの子を護ってくれたのですか?」
「さて、な……余興に過ぎぬ」
答えたいと思う事にしか、男は答えるつもりはないのだろう。言葉はそこで途切れた。
は懸命に食い下がり問い続けた。
「貴方は、やっぱり神様? あの子の事を護って、私の事も救ってくれた。家康様の事も知っている。
いいえ、それだけじゃない。貴方は全てを知っている。なのに、どうして…?」
「…心が弱っておるか」
「え…?」
「最果ての使者に救いを求められたは、うぬぞ」
「その通りだけど、でも! 私の手には……本当は、もう……余り過ぎてる…」
唇を噛み締めて、が下を向いた。
頬を一筋の涙が伝い落ちる。
「逃れるか?」
「逃げたいと思う! 本当は、すごく、すごく…でも、出来ないの。
今、私を失えば……はバラバラになってしまう。
それだけじゃない、私達の為に、死んだ人達だって浮かばれない」
両手で己の顔を覆い、声を殺して泣くも、男は身じろぎもしなかった。
「……私じゃ、無理なんです。出来ない事ばかりなんです。
頑張ってるけど、それじゃ足りない……家康様は言ったわ。私に出来ない事なら、出来る者を探しなさいって。
家康様の言った通りだった。頑張ってたら、秀吉様に出会えた。信玄公も味方になってくれた。
でも、それでも、まだ足りない……」
「生きとし生ける者は常に死と共にある。時は悠久であり、閃光でもある。
うぬが背負うものではない」
「でも! 戦は起きた。回避、出来なかった…」
「乱世平らげし後の世ではない。うぬが平らげよと望まれている」
「無理です、私には出来ない……力が足りないの…」
小さく男が溜息を吐いた。
呆れられたのかと、見放されたのかと、の体が小さく震える。
男はが察したように視線を外し、天を仰いで瞼を再び閉じた。
「…ならば、捨てるがよい……出来ぬ出来ぬと嘆くだけの者には、何も救えぬ…」
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