立花が作る道

 

 

 三成が目指した件の跳ね橋砦の内部では、異変が起きていた。
兵士が一番多い厩と砦内部のからくりの前に現れて、砦を混乱の坩堝に落としていたのは風魔小太郎だった。
 兵達は神出鬼没の風魔に手を焼いていた。

「クックック…よき座興よ…」

 最前線の砦だけあって跳ね橋砦の防備は固く、兵の数も質も、今まで越えてきた関などとは比べものにならない。
忍術で火を起こして厩の馬を暴れさせようと攪乱を試みるも、単独で攻め入っている為に騒乱の規模が小さい。
この為、跳ね橋を管理する兵達が簡単には持ち場を離れないのが厄介だった。
だが粘り騒乱を巻き起こせば、後から来るからくりがここを突破しやすくなるはず。
そう考えて風魔は無双奥義を連発し、破壊の限りを尽くして自身に敵の目を引きつけようとした。

「壊してやろう」

「矢を射掛けろーーー!」

 思惑通り敵の目は風魔にだけ集中し始めた。
物見櫓に詰める兵が砦の外から内へと警戒範囲を変える。
四方にそびえる櫓から矢の雨が降り注げば、風魔は満足げに嗤った。

 

 

 三成が着地点と定めた櫓の屋根の遥か上空。
絶壁を利用して作った跳ね橋砦には、もう一つ、物見櫓が存在していた。
天然の岩肌を削り出して作り上げたそこは、砦の細部まで知り尽くしていなければ、一見して気が付かれないであろう厄介さを備えていた。
そしてそこにもまた、跳ね橋を管理する仕掛けが隠されていた。
 天然の物見台に隠された仕掛けを、砦攻略中の風魔と、目下移動中の三成が気が付いて攻略するのは難しい。
下手に下の騒乱に手出ししなければ、それだけで逃走を謀る者達の計画を挫けたことだろう。
だが残念ながらこうした砦に、切れ者が駐在しているケースは少ない。
現に彼らは三成に気が付いた瞬間に行動を起こした。彼目掛けて発砲し始めたのだ。

「なんであんなところに…!」

 予想外の横やりに、三成の眉が中央に寄った。
予定より早くスライダーから離れることでなんとか致命傷を避けた三成は、櫓の屋根ではなく、そのまま櫓の中へと斬り込んだ。

「目測を誤ったが…計算の内なのだよ」

 扇を振り上げ、襲いくる兵と切り結ぶ。

「殺ったか!?」

「いや、仕損じた!!」

「くっそ!」

 天然の物見櫓に詰めていた兵が立ち位置を変えて、援護射撃に入ろうとする。

「眠りたまえ」

 不意に、背後から理知的な声が響いた。

「!?」

 その場にいた者全てが驚愕し、振り返れば一人の侍がその場に佇んでいた。
純白の束帯に身を包んだ侍が利き手をゆらりと差し出した。
腕にはまる籠手から無数の銀糸が飛び出し、身構えていた兵全員を壁に縫い付ける。

「全ては夢幻(まぼろし)だ」

 侍を中心に円を描くように迸った銀糸は、寄り集まって一つの香炉のような形を模した。
そこから溢れ出た黒い霧が、敵の感覚を奪ってゆく。
夢心地とでも形容した方が適しているだろうか。
足掻いていた兵達が手にしていた武器を取り落すと、侍は薄く口角の端を吊り上げた。
彼が利き手を下げれば、香炉が業火を巻き上げて吹き飛んだ。
 瓦礫が空から降り注ぎ、篝火の上に落ちた。
灯りが消えて、視界を奪われたと思ったのは束の間、弾け飛んだ火の粉が枯草をまとめた束に落ちて燻り始めた。

「何事だ?」

 遥か高みで突然起きた爆音に、櫓を制圧した三成が顔色を変えて見上げる。
跳ね橋の前で切り結んでいた風魔も同じだ。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前」

 風魔は何かを感じ取ったのか、早九字を切ると分身をその場に残し、宙へ身を躍らせた。

「風魔?! あいつか…」

 眼前を横切った風魔の姿を認めると三成は上空の騒ぎを彼の分身の所業と決めつけた。
意識を切り替えて、櫓から砦の中へと打って出た。

 

 

 人並み外れた跳躍を繰り返し、天然の物見台へと辿りつく。
豪快な爆音とともに吹き飛び、原型を失った窓に身を寄せて中の様子を窺った。
瓦礫の向こう、もうもうと上がる煙を優雅な所作で振り払い、男が仕掛けを破壊した。
どこかで大がかりな仕掛けが作動し始めた音がする。
 男の背を目視し、束帯の襟足に蔦の家紋を認めると風魔が独白した。

「…梟雄…」

 声で勘付いたのか、梟雄と呼ばれた男が振り返った。

「砦にはこれと同じ仕掛けが後五つある、破壊せねば橋は降りぬそうだ。だが…あとは汝らで事足りような?」

 忍者でもあるまいし、何故ここにこの男がいるのか。
天然の物見台から砦に通じる唯一の出入り口には内から閂がかけられている。
では、彼は一体どこからここへ入った?
 風魔の本能がこの男は危険だ、今殺さねば、後悔するのは自分だと告げる。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前」

 彼は自分の直感に正直で、すぐに行動を起こした。
早九字を切り、攻撃に移る。
大気がうねり、生じた氷結の塊が久秀の背に襲いかかる。
刹那、久秀の背を庇うように、素焼きの茶釜が現れた。
茶釜の奥で何かが光ると大気が大きく振動した。
次の瞬間、風魔が放った氷結は、宙で止まり、瞬時に跡形もなく砕け散った。

「平蜘蛛、出るには早い」

 久秀が窘め、茶釜が応えるように宙でふわりふわりと揺れた。
風魔が跳躍し、久秀へ向けて籠手を伸ばす。
久秀が左手で長剣を抜き放ち応戦した。

「変わった男だ、私に構う暇などないだろうに」

「黙れ」

 久秀は風魔が繰り出す連撃を長剣で捌いた。
ガードが固く決定打が与えられない。
鍔迫り合いになれば、久秀がゆらりと右手を掲げた。
 殺気を感じ取って風魔が身を引くより早く、束帯の下の籠手から飛び出した銀糸が風魔の首を貫く。

「……………手応えを感じたんだがね…流石、忍といったところか」

 久秀が右手を下すと、袖の下に隠した籠手に銀糸が吸い込まれるようにして消えた。

「…楽しめたか。空蝉だ」

 久秀の足元に転がった風魔の姿が歪み、消える。
そこに転がるのは先の爆破で息を引き取った兵の亡骸だった。
風魔の本体は久秀の背を取り、彼の喉を脅かさんとする。
一方で風魔の腹部には久秀の長剣の柄があり、その柄の先端から仕込み刀が飛び出していた。
互いに紙一重。気を抜けばどちらかが必ず死を受ける腹の探り合いだ。

「まぁ、いい余興にはなったな。と、これは汝の専売特許だったか」

 先に動いたのは久秀だ。
彼は柄に添えた指を動かし仕込み刀を引っ込めると、長剣を鞘にしまった。
風魔がそれを受けて一歩下がる。

「凶風よ、ここは互いに退こうじゃないか。汝にはしなくてはならないことがあるだろう?」

「お前を壊してからでも間に合う」

「それはお互い様だ。私も、汝には分を弁えさせたい。が、今は優先すべきことがある」

 そこで久秀の視線が山間へと移った。
坂道を砦に向かい進んでくるの姿が見える。
風魔の眉間に皺がより、犬歯がギリリと鳴った。

「この決着は、次の機会に」

 風魔がゆらりゆらりと歩を進めて、物見台の端へと立つ。
久秀はその場に残ったままだ。彼の傍にスススス…と茶釜がすり寄った。

「少しは、笑いたまえ。その風貌で佇まれては気味が悪い。我が君の気を、これ以上害さないようにしたまえ」

 風魔が怪訝な面持ちを見せた。
しれっとした面差しで、久秀が茶釜に右手を乗せる。
次の瞬間、茶釜が光った。
 条件反射で風魔が口に掌を添えて一吹きすれば、火焔が久秀を襲った。
当然、火焔が茶釜も焼き払う。

「ッ?!」

 消し炭になった茶釜が剥がれ落ち、風雅な外装に隠されていた鈍色の球体が姿を見せた。
風魔の中に湧き上がっていた悪寒が、一層強くなった。
再び跳躍してそれに止めを刺さんと迫る前に、久秀の姿はその場から球体と共に忽然と消え失せた。
 仕留め損ねた風魔の目が焼き払った茶釜の残骸に向く。
後ろ髪惹かれるのか、手を伸ばしかけてすぐに止めた。
 久秀が去り際に見た山間で耳を劈くような音が上がったからだ。
からくりが来る。残る跳ね橋の仕掛けは後、5つ。猶予はない。

 

 

 砦の外から上がった騒音―――クラクションを接近の合図だと判じた三成がなりふり構わずに階下を目指した。
最短距離に位置する仕掛けを保護する荒縄を断ち切るべく、木々を組み合わせて作った簡素な足場を駆け抜ける。
仕掛けの前には盾を構えた、防御兵が複数いて、三成を退ける為に陣形を取った。
 三成が兵の中へと単騎で斬り込んでゆく。

「下がれ、下郎が!」

 珍しく彼でも焦りがあるのか、言葉が荒い。

「踏ん張れ! 押し返すのだ!」

 盾を構えて押し返されてキレた彼は、扇を持ち替えると拳を握りしめた。
ウェート差で押し返してきた兵達の一人に狙いを定めて拳を振り下せば、拳が盾を貫通した。

「おぐはっ!」

 膝をついた兵を盾ごと抱え上げると、足場から外へと投げ捨てる。

「次!」

 彼らしい華麗さを捨てた体術に一瞬、敵兵が怯む。
その間を逃さず、三成は歩を進め、第一の仕掛けを絡め取る荒縄を断ち切った。
 仕掛けが作動し、大きな音が上がった。跳ね橋が傾く。
陥落、許すまじ! とばかりに敵が手に手に武器を持って押し寄せる。
 三成が木々で組まれた足場を越えて、詰所の屋根へと降りた。
目標に向けて最短コースを辿るつもりだ。
 彼に気が付いた弓兵が矢を番えて、精一杯引き絞り、その後打ち放った。
前転で交わせば、木製の足場に矢が刺さる。
 と、同時に三成を狙っていた弓兵の体に手裏剣が突き刺さった。
弓兵が膝からその場に崩れた。

 三成が顔を上げれば風魔が上空から三成目掛けて落ちて来たところだった。
彼は落下しながら器用に四方八方に手裏剣を放ち、上空に詰める兵を無力化した。
三成が咄嗟に扇を閉じて構えれば、不機嫌な顔した風魔が扇の親骨を足場にして跳躍する。
 三成が目指した仕掛けとは対極にある仕掛けへとショートカットした風魔は、伸縮自在の籠手を巧みに操ると兵達が守る第二の仕掛けを破壊した。
 再び何かが作動した音が上がり、跳ね橋が下がる。

「今は味方か」

 この状況下ではいないよりいた方がマシだと判じた三成が次の目的地へと急いだ。
残る仕掛けは後三つ、に接近に気が付いた砦の外が騒がしくなる。
足を止めようと考えたのか、進行経路に撒菱が巻かれた。

「突破します」

 のレーダーが危機を察知し、車体構造が変わる。
タイヤを庇うように装甲が現れると、進行経路に巻かれた撒菱を一掃し始めた。

「くそ!! 馬止め!! 砲台まだか!?」

 ギギギと軋んだ音が上がって砦から砲台が向く。
砦前の詰所にいる兵が斧で縄を切れば、大地に隠されていた馬止めが跳ね上がって進路を塞いだ。
巧みなブレーキでが直撃を交わす。
 衝撃で大きく揺れたァ千代を家康が庇い、内壁に後頭部を打ちつけた。

「ァ千代様!」

 ァ千代の手から雷切が離れたせいでエネルギー供給を断たれてが失速した。
運転席でが慌てる。

「くうぅ!!!」

 ァ千代がブラックボックスに番えた雷切に齧りつく。
視界が朦朧としているのか手が空を切った。

「任されよ!!」

 起き上がった家康がァ千代の手をとり、雷切を掴ませた。

「雷切!!! 招雷ーー!」

「ぐううううううう!!!!!」

 渾身の力を込めてァ千代が叫び、電流が走った。
ァ千代を支える家康が感電して膝をついた。
 が、二人の姿を見て唇を噛み締めた。
車内に横たわるの体が、支えを失い小さく弾んだ。
家康はァ千代を支えて手を離せない。
失血の影響でァ千代は一人ではこの場を乗り切れない。

「家康様!!! 様を!!!」

 決断したがベルトを外し、運転から後部座席へと飛び込んだ。
ァ千代の手を掴み、雷切から離れぬようにと抱き締める。

「ああああああああ!!!」

 武の心得のないに耐えられるようなものではない電流を受けてが泣き叫ぶ。
の悲鳴で意識を取り戻したのか、ァ千代がを突き飛ばして守った。

「早くしろ、銀狐!!!」

 ァ千代が叫び、その声が砦の中の三成に届いた。
無論、砦との距離が近づき、サポート機能が及ぶ範囲に互いが身を置いたからこそなしえたことだ。

! 戦況」

 三成が砦内で武を奮いながら激を飛ばせば、三成の視野の先にホログラムが現れた。
のカメラが、車体を狙う砲台の様子を伝える。

「風魔!! 砲台だ!! 四基!!! 今すぐ潰せ!!」

 扇で敵を一人、また一人と打倒しながら三成が吼える。
壁際で暴れていた風魔が三成を見れば、三成が二本指を立て、手早く砲台の所在地を示した。
風魔が弾かれたように顔を上げて、跳躍する。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前」

 宙を駆けた風魔の姿が分かれた。分身だ。

「撃てぇーー!!!」

 砲台が火を噴いた。
外でが旋回し、なんとか避けた。
着弾地の大地が抉れる。

「第二射、用意!!」

「させぬ」

 風魔が砲台に躍り込んだ。
体術で砲台の向きを変えて同士討ちを誘った。
放たれた砲弾が、今まさに火を噴かんとしていた砲台に直撃し、無力化させる。
 残りの砲台は二基。
崩れ始めた砦の一角で、兵が逃げ惑う最中、風魔は残りの砲台を潰すべく宙を縦横無尽に駆けた。
 その間に、階下では三成が第三の仕掛けの制圧に成功する。
仕掛けの作動音が上がり、跳ね橋が更に傾いた。

「とめろ―!」

 守備兵が叫び、三成の背に齧りつて来た。
勢いに押されて、前のめりに倒れれば、木々を繋ぎ合わせただけの足場は脆く崩れた。
兵ごと二階から一階へと落ちた三成に齧りつく兵は、まだ戦の経験が浅い見習兵士のようで、彼を殺すというより、足を止めることに必死だった。
 こういう相手の方がやり難いのか三成が顔をしかめてもがいた。

「えええい、放せ!!!!」

「だめだぁ!! あんたを行かせるわけには…!!!」

 ずるずると見習兵を引きずりながら、兵舎を出れば槍兵が彼を取り囲んだ。
万事休すか、と喉を鳴らせば、風魔の分身が斬り込んできた。
三成が機に乗じて、見習兵士を振り解き、投爆する。
 すると運がいいのか悪いのか、先に篝火の火の粉で燻っていた枯草の中の火種が爆風で引火し、砦の中で大きく燃え上がった。

「う、うわぁぁぁぁ!!!」

 兵が動揺を露わにし、その隙をついて三成が前転した。兵と兵の合間を縫う為だ。
巧い具合に人の垣根を越えて、第四の仕掛けに向けて扇を放った。
時同じくして、風魔もまたバックステップから態勢を整え、第五の仕掛けへと手裏剣を放つ。
 同時に、第四、第五の仕掛けが破られた。
大がかりな音がして、跳ね橋が落ちた。土煙がもうもうと上がる。

「道は開いたぞ!!」

 三成が吼え、ホログラム上には"任務完了"の文字と、回収地点の表示が出る。
目的地に向かい三成は尚も砦の中を駆けた。

 

 

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