恋人繋ぎ - 三成編 |
お茶の感想でも述べる様に、は言った。 「酔ってるのか?」 「まさか、素面だよ。 「そうか」 昼間の取っ組み合いの件もある。 『どの道秘めたる恋だ、期待をかけて何になる』 むすっとする三成の額目がけてが指を伸ばした。 「ほら! 力入れすぎ、しわになるよ」 「誰のせいだ、誰の」 ぐいぐい押してくる指を手を掴んで留めた。 「自由にするとまたすぐに粗相をする」 などと言い訳して掴んだ手を放さないでいると、は小さく笑った。 「なんだ、さっきから」 「夜半に異性の部屋に行っちゃダメって言ってたけどさ、左近さんにちゃんと教えられてるよ?」 「で?」
「風魔とはなんだかんだ同衾したりお風呂も入っちゃったけど、なんだろうね? ショックはあまりないの。 「だから?」 「何が言いたい?」と詰問する前にが言った。 「三成とは違うんだよ」 じっくり噛みしめる様に、は言う。
「三成は出会った時から男の人。繊細でキレやすくて、背中は理想的なくらいガッタガタで、頭良くて、戦う時は 掴んでいた掌の中の、華奢な掌が翻された。 「最初からさ、私と三成はよく取っ組み合ってたよね?」 「そうだったか?」 「そうだよ、こうやって当たり前のように掌、重ねてた。
言わんとしてることが分からないわけではないが、そんなに最初から自分との手は重なっていただろうか? 「…掌ってとっても不思議でさ。上で向かい合わせに組み合うとね、強さを確かめ合う形なの」 「ふむ」 「でもこうやって、角度を変えて下になるとね」 「何になる?」 「……私の世界では、恋人繋ぎ、って言われてるの」 息を呑んでまじまじとを見やれば、は照れくさそうに小さく笑っていた。 「思えば、ちゃんと答えてなかったな〜って思って。 動かせば痛いと分かっているのに、体は勝手に動いた。 「きゃっ!」 勢いよく胸に飛び込んできた華奢な体をぎゅっと強く抱きしめた。 「戯れでもいい…今この瞬間だけは…浸らせてくれ」 想像以上に掠れた声が、抱え込んでいた思いの強さと深さを物語る。 「…待ちわびていたんだ…ずっとずっと…前から…」 「三成、ちょ、苦し…」 小さく胸を叩かれてようやく腕の込められていた力が緩む。 「んっ」 端正な顔がの唇に吸い寄せられた。 「……もう…がっつきすぎだよ…」 ようやく解放されて気恥ずかしくなったのかが三成の胸に頭を埋めた。 「がっつきたくもなる。どれだけ待ったと思ってる?」 「だね」 「旅中に手を出さなかっただけでも有難いと思え」 「はい」 「…どうせ、あいつらが捜してるんだ。今日は何もしないから、安心して泊っていけ」 「……それは…ちょっと…なんか…まだ…恥ずかしい…かも」 「そうか、じゃぁ、あいつらを今すぐ呼んでやろう」 「結構です」 「そう遠慮するな」 「してないよ…!! それにさ」 「なんだ」 「今は、まだ…もう少し、このままで」 「…………分かった」
狂喜乱舞して絶叫したいところを必死で抑えているのか、三成は自分の掌で己の顔を覆った。
翌朝、まだ日が上り切らぬ頃合い。 「ほう、ほう。もっと発展してるかと思ったけど、添い寝が精一杯か〜」 自分でもなく、の好む香でもない。 「大丈夫だよ、夢じゃないから」 可笑しそうに肩を揺らす竹中半兵衛にジト目を送れば、彼は真顔になった。
「そ、入れ知恵したのは俺。でも、ちゃんが昨日三成殿に言ったことは、全部ちゃん自身の言葉であり、 「ええ。お陰様で」 結局のところ、半兵衛の想像通り、深い仲になどなってない。なってはいないが、二人にしては珍しく声を荒げることなく他愛無い会話を重ねているうちに、そのまま話疲れて寝てしまった。 「言うまでもないだろうけど…当分その恋は秘めたままにしといてね?」 「ええ、分かっています」 「よしよし、流石三成殿。聡いから、俺、助かっちゃう」 そこで半兵衛は一呼吸着いた。 「で、肝心なこと。もうクサクサしてないよね? 周りへの態度、ちょっとくらいは柔らかく出来る?」 「了承しました」 「よしよし、物分かりいいねぇ。やっぱりちゃん差し向けて大せーいかーい」 いい加減腹が立ってきて何か言ってやろうと思いを巡らせるうちに、半兵衛は立ち上がった。 「陽が上る前に、ちゃんを起こしてお部屋に帰してよね? 「分かってますよ」 流石に少し声が荒くなった。 「声を荒げない、起きちゃうでしょ。起こすのは、俺がいなくなってからね?
想い人を起こしたくないから言葉を飲み込むしかない三成の状況を逆手にとって言いたい放題だ。 『さっさと行けっ! この童顔軍師が!!!』 口の動きだけで吐いた悪態が、彼の目につく前に、件の軍師は襖を閉めて部屋から出て行った。 「………もう…行った?」 半兵衛を追い出して五分ほどしてから、が閉じていた瞼を開いた。 「起きてたのか?」 「なんか三成が身もだえてるなーって思って、そこからね」 傷を心配するに、平気だと苦笑する。 「起きていたなら丁度いい。俺とお前の関係は、が落ち着くまでは秘密だぞ」 「どうして?」 「前にも言ったが君主が部下と縁談などと、そうそうある事ではない。 「なるほど。君主が色ボケしてると反感も買っちゃうか」 「まぁ、そんなところだ」 他にも懸念すべき点はあるのだが、そこは敢えて伏せた。 『それに俺と進展しようとあいつらが諦めるとも思えん』
逆の立場になった時、自分がきっと諦めきれないように、恋敵だって同じように振る舞うはずだ。 「一応確認のために聞くのだが」 「なぁに?」 「その、お前の故郷ではどうなのだ、職場恋愛というのは」 「ん〜〜〜〜〜」 三成に明かしていない過去が過去なのでは言葉に詰まった。 「鍼灸院の同僚は大体妻帯者だったし…お客さんは高齢の方が多かったからね〜。経験ないかな」 「そうなのか?」 「うん。なんで?」
「いや…互いにこれからどの程度の距離感を保つのがいいのかと考えてな。 「そっかー。私もあまり恋愛の経験ない方だからな〜。正直よく分からないかも…」 あまり思い出したくない事でもあるのだろうか? 「あるにはあったんだろうが…もうそれは終わったこととして流していいのだな?」 「うん、それは勿論! 私が学生だった頃の話だもの」 「学生?」 「えーと、寺子屋に通ってた頃の話?」 「なるほど、了承した」 「お子様のままごとか」と切り捨てられて、ほっとしている自分自身には驚いた。
『そっか、あの人のことは知られたくないのは……今、それだけ私は三成が好きなんだなぁ…。 自己完結したが柔和な笑みを見せると、三成は利き手での額を撫でた。 「俺も左近ほど玄人ではない。何かと困らせるかもしれないが、誠心誠意、努めよう」 「うん、信じてる。私も色々やらかすかもしれないけど、他所見できる程器用じゃないからさ。安心してね」 「ああ、名残惜しいがそろそろ戻れ」 「そうだね。じゃ、お邪魔しました〜」 軽やかに身を翻して三成の部屋をは後にする。 「信じている、か。なるほど」 腕を組んで己の顎を摩った。 『裏切られた経験でもなければ、選ばぬ言葉よな。を軽視するとはどんなクズだ?』 「まぁ…もうどうでもいいか。俺が傍らにある限り、俺がを裏切るような結末は有り得ない」
"遠い未来との約束---第七部" 了
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大変長らくお待たせ致しました。秘めた恋ではあるものの…ついに二人の関係がはっきりしました。 はてさて、二人はこれから仲良くお付き合い出来るのかな?(19.06.10) |