恋人繋ぎ - 三成編

 

 

 お茶の感想でも述べる様に、は言った。

「酔ってるのか?」

「まさか、素面だよ。
 普段三成はシュッとしたイメージがあるから、今日みたいに足を崩してるのはなんだか新鮮だった」

「そうか」

 昼間の取っ組み合いの件もある。
との距離感や関係にあまり夢を見るものじゃないとでも思っているのか、三成は動じない。

『どの道秘めたる恋だ、期待をかけて何になる』

 むすっとする三成の額目がけてが指を伸ばした。

「ほら! 力入れすぎ、しわになるよ」

「誰のせいだ、誰の」

 ぐいぐい押してくる指を手を掴んで留めた。
すぐに放すのは名残惜しくて、

「自由にするとまたすぐに粗相をする」

 などと言い訳して掴んだ手を放さないでいると、は小さく笑った。

「なんだ、さっきから」

「夜半に異性の部屋に行っちゃダメって言ってたけどさ、左近さんにちゃんと教えられてるよ?」

「で?」

「風魔とはなんだかんだ同衾したりお風呂も入っちゃったけど、なんだろうね? ショックはあまりないの。
 風魔は無軌道だし、こう人間ぽくないからね。異性と思えた試しがない」

「だから?」

 「何が言いたい?」と詰問する前にが言った。

「三成とは違うんだよ」

 じっくり噛みしめる様に、は言う。

「三成は出会った時から男の人。繊細でキレやすくて、背中は理想的なくらいガッタガタで、頭良くて、戦う時は
 舞うみたいに洗練されててさ…顔じゃなくて、全身が綺麗なの」

 掴んでいた掌の中の、華奢な掌が翻された。
華奢な掌は三成の骨ばった掌の中で一度離れてから、角度を変えて再び絡む。

「最初からさ、私と三成はよく取っ組み合ってたよね?」

「そうだったか?」

「そうだよ、こうやって当たり前のように掌、重ねてた。
 子供同士ならいざ知らず、大人になってこうして自然と手を絡めるって、なんだかんだ凄い事だと思うんだよね。
 日常生活じゃ、まず自然とこんな風には重ならない。違う?」

 言わんとしてることが分からないわけではないが、そんなに最初から自分との手は重なっていただろうか?
三成は視線を泳がせた。記憶を辿っているのだ。

「…掌ってとっても不思議でさ。上で向かい合わせに組み合うとね、強さを確かめ合う形なの」

「ふむ」

「でもこうやって、角度を変えて下になるとね」

「何になる?」

「……私の世界では、恋人繋ぎ、って言われてるの」

 息を呑んでまじまじとを見やれば、は照れくさそうに小さく笑っていた。

「思えば、ちゃんと答えてなかったな〜って思って。
 やきもきさせっぱなしで、ごめんね? それと…何時もありがとう」

 動かせば痛いと分かっているのに、体は勝手に動いた。
庇っていた左手でちゃぶ台をずらして、瞬きをしているのことをそのまま引き寄せた。

「きゃっ!」

 勢いよく胸に飛び込んできた華奢な体をぎゅっと強く抱きしめた。

「戯れでもいい…今この瞬間だけは…浸らせてくれ」

 想像以上に掠れた声が、抱え込んでいた思いの強さと深さを物語る。

「…待ちわびていたんだ…ずっとずっと…前から…」

「三成、ちょ、苦し…」

 小さく胸を叩かれてようやく腕の込められていた力が緩む。
息継ぎでもするように、がふぅと息を吐くと同時に。

「んっ」

 端正な顔がの唇に吸い寄せられた。
一度、二度、三度と、遠慮なく組み交わされる唇の感触は柔らかく、甘い。

「……もう…がっつきすぎだよ…」

 ようやく解放されて気恥ずかしくなったのかが三成の胸に頭を埋めた。

「がっつきたくもなる。どれだけ待ったと思ってる?」

「だね」

「旅中に手を出さなかっただけでも有難いと思え」

「はい」

「…どうせ、あいつらが捜してるんだ。今日は何もしないから、安心して泊っていけ」

「……それは…ちょっと…なんか…まだ…恥ずかしい…かも」

「そうか、じゃぁ、あいつらを今すぐ呼んでやろう」

「結構です」

「そう遠慮するな」

「してないよ…!! それにさ」

「なんだ」

「今は、まだ…もう少し、このままで」

「…………分かった」

 狂喜乱舞して絶叫したいところを必死で抑えているのか、三成は自分の掌で己の顔を覆った。
身を預けているの掌が、寄せられていた胸の上から背中に回る。
抱き締めるのは気恥ずかしいのか、まだ掌は添えられる程度だ。
それでも、ようやくされた意思表示が嬉しくて三成は柔らかく微笑んだ。

 

 

 翌朝、まだ日が上り切らぬ頃合い。
知らぬ顔の軍師殿が抜き足差し足で、狙い定めたように部屋にやって来た。
 1つの布団で身を寄せ合って寝入っている三成とのことを見つけると、その場に腰を落として暢気に見物する。

「ほう、ほう。もっと発展してるかと思ったけど、添い寝が精一杯か〜」

 自分でもなく、の好む香でもない。
全く異なる香りが鼻をついて、三成は飛び起きた。何か確かめたい事でもあるのか、己の左肩―――先の逃亡戦中に受けた銃創―――をピンポイントで抓って、痛みで悶絶する。

「大丈夫だよ、夢じゃないから」

 可笑しそうに肩を揺らす竹中半兵衛にジト目を送れば、彼は真顔になった。

「そ、入れ知恵したのは俺。でも、ちゃんが昨日三成殿に言ったことは、全部ちゃん自身の言葉であり、
 思いの全て。で、昨日はどうだったの? 楽しめた??」

「ええ。お陰様で」

 結局のところ、半兵衛の想像通り、深い仲になどなってない。なってはいないが、二人にしては珍しく声を荒げることなく他愛無い会話を重ねているうちに、そのまま話疲れて寝てしまった。

「言うまでもないだろうけど…当分その恋は秘めたままにしといてね?」

「ええ、分かっています」

「よしよし、流石三成殿。聡いから、俺、助かっちゃう」

 そこで半兵衛は一呼吸着いた。

「で、肝心なこと。もうクサクサしてないよね? 周りへの態度、ちょっとくらいは柔らかく出来る?」

「了承しました」

「よしよし、物分かりいいねぇ。やっぱりちゃん差し向けて大せーいかーい」

 いい加減腹が立ってきて何か言ってやろうと思いを巡らせるうちに、半兵衛は立ち上がった。

「陽が上る前に、ちゃんを起こしてお部屋に帰してよね?
 城の中で痴情のもつれで殺傷沙汰とか俺面倒見切れないからね?」

「分かってますよ」

 流石に少し声が荒くなった。
部屋と廊下の境界線になる襖に手をかけた半兵衛は、肩越しにを見やる。

「声を荒げない、起きちゃうでしょ。起こすのは、俺がいなくなってからね?
 本当にもー、三成殿ってば独占欲の塊のくせに気が利かないんだからー」

 想い人を起こしたくないから言葉を飲み込むしかない三成の状況を逆手にとって言いたい放題だ。
三成はギリギリと歯を鳴らしながら、身振りで半兵衛に退出を促した。

『さっさと行けっ! この童顔軍師が!!!』

 口の動きだけで吐いた悪態が、彼の目につく前に、件の軍師は襖を閉めて部屋から出て行った。

「………もう…行った?」

 半兵衛を追い出して五分ほどしてから、が閉じていた瞼を開いた。

「起きてたのか?」

「なんか三成が身もだえてるなーって思って、そこからね」

 傷を心配するに、平気だと苦笑する。

「起きていたなら丁度いい。俺とお前の関係は、が落ち着くまでは秘密だぞ」

「どうして?」

「前にも言ったが君主が部下と縁談などと、そうそうある事ではない。
 何より自体落ち着いているとは言い難いのが現実だ」

「なるほど。君主が色ボケしてると反感も買っちゃうか」

「まぁ、そんなところだ」

 他にも懸念すべき点はあるのだが、そこは敢えて伏せた。
下手に横恋慕する者共の話をすると、は彼らに気を使い出すだろうし、ギクシャクさせるに違いない。

『それに俺と進展しようとあいつらが諦めるとも思えん』

 逆の立場になった時、自分がきっと諦めきれないように、恋敵だって同じように振る舞うはずだ。
ならば着実に関係を深めて、下地を盤石にした上で明確にするに限る。

「一応確認のために聞くのだが」

「なぁに?」

「その、お前の故郷ではどうなのだ、職場恋愛というのは」

「ん〜〜〜〜〜」

 三成に明かしていない過去が過去なのでは言葉に詰まった。
彼やこの世界で出会った異性のお陰で風化しつつある過去の傷は、明かしてしまってもいいのかもしれない。
が、過去の出来事であっても、風魔の一件でここまで鬱積を貯めた男だ。
の初恋の相手に時空を超えた呪詛を施すくらいのキレ方はするんじゃないだろうか。

「鍼灸院の同僚は大体妻帯者だったし…お客さんは高齢の方が多かったからね〜。経験ないかな」

「そうなのか?」

「うん。なんで?」

「いや…互いにこれからどの程度の距離感を保つのがいいのかと考えてな。
 こういう事はお前に合わせる方がいいんじゃないかと思っただけだ」

「そっかー。私もあまり恋愛の経験ない方だからな〜。正直よく分からないかも…」

 あまり思い出したくない事でもあるのだろうか?
の性格と外見を考えれば元の世界にいた時にだって特定の相手はいたはずだ。
それをなんとか誤魔化そうとしているのが見え見えで、引っかかる。

「あるにはあったんだろうが…もうそれは終わったこととして流していいのだな?」

「うん、それは勿論! 私が学生だった頃の話だもの」

「学生?」

「えーと、寺子屋に通ってた頃の話?」

「なるほど、了承した」

 「お子様のままごとか」と切り捨てられて、ほっとしている自分自身には驚いた。

『そっか、あの人のことは知られたくないのは……今、それだけ私は三成が好きなんだなぁ…。
 三成に誤解されるのも嫌だし、三成を悲しませるのも、苦しませるのも…嫌なんだ…』

 自己完結したが柔和な笑みを見せると、三成は利き手での額を撫でた。

「俺も左近ほど玄人ではない。何かと困らせるかもしれないが、誠心誠意、努めよう」

「うん、信じてる。私も色々やらかすかもしれないけど、他所見できる程器用じゃないからさ。安心してね」

「ああ、名残惜しいがそろそろ戻れ」

「そうだね。じゃ、お邪魔しました〜」

 軽やかに身を翻して三成の部屋をは後にする。
見送った三成は、一つ吐息をもらした。

「信じている、か。なるほど」

 腕を組んで己の顎を摩った。
たったあれだけのやり取りで、三成はの過去の恋愛について察しを付けたようだった。

『裏切られた経験でもなければ、選ばぬ言葉よな。を軽視するとはどんなクズだ?』

「まぁ…もうどうでもいいか。俺が傍らにある限り、俺がを裏切るような結末は有り得ない」

 

"遠い未来との約束---第七部"

 

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大変長らくお待たせ致しました。秘めた恋ではあるものの…ついに二人の関係がはっきりしました。
はてさて、二人はこれから仲良くお付き合い出来るのかな?(19.06.10)