恋人繋ぎ - 三成編

 

 

「さぞかし心強くて楽しかったんだろうなァ。可愛いペットとやらが救ってくれたわけだしなァ。
 混浴しようが同衾しようが、痛くも痒くもないし、羞恥心すらお前にはないわけだよなァ?」

「な、そんなわけないでしょ!! 今すっごく後悔してるし忘れたいくらいだよ!!!」

 全力で否定するものの、修羅と化している三成をクールダウンさせるに足る発言には程遠い。

「一応確認しておきたいんだけど、三成殿、本気で動物に苛立っているわけじゃないんだよね?」

 半兵衛に分かり切った質問をされて三成の蟀谷に血管が浮き上がった。
これ以上キレさせてはまずいと判じたが先に答えた。

「現地で愛でていた狼はお宿で飼われていたペットじゃなくて風魔小太郎でした」

「あー」

 そりゃ三成が激怒するのも無理はないなと、半兵衛は目頭を覆い隠した。

「供周りを統括していた俺の助言など、何の役にも立たないわけだろう?
 危機もあの狼が救ったしなぁ? そりゃ風呂にも入るよな? 同衾もするよな??」

「す、すみません…ごめんなさい…」

「俺も家康もそれなりに奮戦はしたんだがな、礼一つないものな? むしろ余計なお世話だったか、アァ!?」

「ちょ、それはいくらなんでも言い過ぎでしょ! 私が生還できたのは、ちゃんと三成と家康様とちゃんと
 ァ千代さんと、のお陰だって分かってるよ! そこまで詰ることないじゃない!」

 の反撃を受けて三成が沈黙した。冷戦突入だ。
が、二人のやり取りを黙って観察していた半兵衛は、ピンときたようだった。

『ああ、これ…素行の問題じゃないや。嫉妬だ』

 さてその嫉妬を、三成に恥をかかせぬようにしつつに自覚させなくてはならないわけだ。
これはなかなかどうして骨が折れそうだ。
 ふぅと一息吐くと、三成が自嘲にも似た笑みを口元に浮かべて半兵衛を見やった。

「だから言ったんだ、言ってもどうしょうもない。無自覚なんだからな。
 半兵衛殿も、もう、ほっといて貰えませんか」

 かなり固い声色を聞いていると、下手を打つとこじれるだけでなく長引きそうだ。
ここは一度出直すべきかもしれない。

「お前もそんなにあいつが気に入ったならいっそのこと城に招き入れて飼ったらどうだ?
 さぞかし心強くて安心するだろうよ、一緒に寝たくらいだからなァ」

 超えてはならぬ一線を越えようとする三成の目は、言葉とは裏腹に酷く寂しそうだ。

「そんな…言い方しなくても…」

 しょげるにかける情もないのか、三成は何も言わない。

 『んー? これ、ただの嫉妬じゃ…ない…かな??』

 あまりにも攻撃的すぎる言い回しに半兵衛は首を傾げた。

『何かなぁ、この違和感…。嫉妬は嫉妬なんだろうけど……風魔との同衾と入浴だけが原因じゃなさ…そう…?』

「じゃ、お前はどんな言い方なら納得するんだ? 基本お前は俺の言うことだけは聞かんだろう。
 俺だって左近達と同じように有事の際はお前の為に働き、護ってるんだぞ? その自覚がお前にはあるのか!」

「や、それは勿論あるよ? 千日戦争の時だって三成が沢山助けれくれたじゃない!
 三成の説得されたから、私は城に帰る事を決めたんだし…」

 あの瞬間の告白のことを思い出したのか、が僅かに頬を朱に染めた。

「それだけじゃ…足りないの?」

 照れもあるのか己の指を組んだり解いたりと、は忙しない。

「足りぬな」

 そんなに今日の三成は絆されることなくガンガン自分の不満を述べてゆく。

「どうしてよ!? ちゃんと感謝してるってば! ありがとう! 何時も助かってるよ!」

 段々が追い縋る形になってきたな〜と息を殺して見物するのは半兵衛だ。

「売り言葉に買い言葉のような調子でされた感謝で満足する人間がどこにいるというのだ!!
 大体、お前は薄情すぎるんだ!!」

「ど、どこがよ!?」

「左近があの屑忍者とやり合って怪我した際は、夜半にあいつの部屋に押し掛けてまで治療したそうではないか!!
 それがどうだ、俺が怪我してもお構いなしだろうが!!!!!」

『あーーー、本当の不満はそれなのね…』

 真意が読めてきた。一人納得する半兵衛がこぽこぽと急須から湯呑に茶を注ぐ。
彼はまだ傍観姿勢を維持し続けるつもりらしい。

「え。三成怪我してるの?」

 が大きく顔色を変えた。

「そら見たことか、これだよ! これなんですよ、半兵衛殿。こいつは俺には微塵も興味を持ってない」

「そんなことはないと思うけど?」

 二枚目の煎餅をモグモグしながら半兵衛は己に降りかかりそうな火の粉を退けた。

「そうよ! そんなことないわよ!! 大体私の記憶の中ではあんたあの時怪我も何もしてなかったじゃない!
 何時怪我したのよ!?」

「ほら、あれだ。あの暗殺騒動の最中に狙撃されてだな…」

「ちょ、大丈夫なの!?」

「もう治った」

「ハイ、三成殿、それはウソ―! まだ利き手の逆の肩庇ってるー!」

 間髪入れず半兵衛が否定すると三成が睨んできた。

「黙っててもらえますか!」

「はーい。黙りまーす」

 半兵衛は再び煎餅を齧りだし貝になる。
対しての反応はいえば…

「いや、ちょっと待って。それ無茶苦茶じゃない?
 私はあんたが怪我したの知らなかったのに、そこを責められるの? なんで?」

 今まで弱腰だったのに、一気に攻勢に変わる。

「なんだ!?」

 ぎろりを睨む三成の視線を躱して、は手を伸ばす。

「見せなさよ、ちゃんと治療してるんでしょうね!?」

「当たり前だろう! 帰国後に即治療を受けた、大事ない」

「いや、やせ我慢ばっかしてる誰かさんの言葉なんて信じられない。ちゃんと見せて」

「見せるわけないだろう!!」

 言葉での応酬は、やがて手が出る応酬に変わった。
こういう時に体がすぐに動くのがだ。
三成がいくら口先で退けても現物を見るまで引き下がるような性格ではない。

「手を出してくるな! 痴れ者め」

「やかましい、病人は病人らしく大人しく診察させろ!」

『あー、そういえばちゃんの前職は鍼灸師だっけ? 医療従事者としては気になるのか』

 無理もないかな、と一人で納得する半兵衛の存在を忘れて意地っ張りな主従はついに取っ組み合い始めた。
普段なら三成にかなり分があるのだが、今日は片腕が利かない為、不利なようだ。
ぐいぐいと押し合いへし合いしている内に、膝をつかされるわ、襟元を崩されるわで、散々な目に遭っている。

『逆襲されなきゃいいけどねぇ』

 ついには仰向けに押し倒した三成の上に馬乗りになり、彼の右の腕を足で抑え込んだ。

「お前は本当に羞恥心はないのか!!!!」

「うるっさい!!! 素直に見せろ!! どこよ!? 一体どこを怪我したって言うのよ!!!」

「肩だよ!! お前の腕が乗ってる所を貫通したんだ!! これで満足したか?! したらさっさと降りろ!!」

「え、あ、それはごめん」

 すごすごと身を起こしたに仕返しとばかりに三成が腹筋を使って起き上がる。
反動で今度はの方が転倒した。
勢いよく後頭部から畳に仰向けにひっくり返るの上に、三成が逆襲とばかりに襲い掛かる。
 三成は崩されていた羽織を脱いだ。
何をするのかと思えば、その羽織を拘束具代わりにして簀巻きにしようと考えたらしい。

『この二人、本当に色気も何もあったもんじゃないよねぇ…この有様幸村殿あたりが見たら卒倒しそうだよ』

 三枚目の煎餅を半兵衛は咀嚼する。
その間にもは着々と簀巻きにされていっている。

「俺に逆らおうなどと、百年早い!!」

 家臣のお前がそれを言うのか? と突っ込ではいけない何かを感じるのは何故だろう?

「あんたねぇ!! いい加減にしなさいよ!!! この、分からずや!!!」

 右手を残して拘束されたが苦肉の策とばかりに、三成の袴の帯に手をかけた。
勢いよく手を引き、結び目を解き崩したら袴が腿まで下がった。三成が焦ると同時に機動力が削げる。

「お前は痴女か!!!!!」

「何よ、袴の下に着物着てるんだから大して問題ないでしょ!!!!」

 巻き付いた羽織を畳に叩きつけて、は起き上がった。
言われた三成も崩れた袴を面倒そうに部屋の隅へと蹴り飛ばす。
互いに一歩も譲らぬ睨み合いをした後、組み合って、力比べの状態になった。
 左手を庇う三成に対しては両手で挑んでゆくが、元来三成は怪力だ。
真っ向からの本気の力勝負となるとに勝ち目などあろうはずがない。
 顔を真っ赤にしてぐいぐい押し上げようとするが、基本的なステータスの差はどうにも埋め難い。
は優越感を顔にたっぷりと浮かべた三成の腕力にねじ伏せられて行く。

「くーーーー!!!!!」

「ほらほらどうした、どうした! それが貴様の限界か!?」

 足が曲がり、ついに片膝をついた。

「何よ、何よーーーーー!!!」

 このまま組み伏せられるくらいなら、逆に誘引して投げ飛ばしてやるとばかりにが身を引いた。
が、の目算は大きく狂い、三成は投げ飛ばされるどころか、の上に圧し掛かるように倒れた。
三成の頭突きがの胸元に決まる。

「っ!!!」

「はう!!!!」

 喧嘩両成敗の如く、取っ組み合いは終結したと思いきやそうは問屋が卸さなかった。
三成との怒鳴り合いを聞きつけた左近、幸村、慶次、孫市、秀吉が部屋に来てしまったのだ。
 互いに悶絶して動かない二人の姿は、果たして彼らにどう見えていたのだろうか。
少なくとも主従の関係には見えていないことだけは確かだ。

『あー、三成殿、袴も脱がされたしねー』

「三成殿!!! 正気ですか!!!!! 不埒すぎます!!!!」

「姫、何やってんですか!!!!」

さん、ちょっとそこに座んな。話がある」

 遠い目になる半兵衛の目の前で、顔を真っ赤にしてブチ切れた幸村の鉄拳制裁を受けて三成は畳に沈んだ。
一方で押し倒される形で悶絶していたは、今回は左近どころか慶次にまで説教される有様だった。

『うん、流石にこれ、仕切り直しだねー』

 

 

 幸村には親の仇かってくらいの眼光で殴られるわ、敬愛する秀吉からは残念な子呼ばわりでこってり絞られるわで、散々な思いをした三成だったが、人生そんなに悪い事ばかりは続かないらしい。
 自室に敷いた布団の上で胡坐をかいて本を読んでいると、襖がガタガタと揺れた。
顔を上げてみれば、が立っていた。
 時刻は夜半。未婚女性が男性の部屋に来るのは憚られる時間帯だ。

「…お前は本当に学習能力がないのか?」

 呆れたような顔をする三成の言葉を遮るように、は己の唇の前に人差し指を立てた。
沈黙を求められた事で、が左近と慶次の説教から逃げてきたのだと判じた三成は何とも言えぬ顔をする。

「まさかあの二人だって、喧嘩した相手の所に逃げてるとは思わないでしょ?」

「まぁな」

「しばらく匿ってよ。流石に今回は慶次さんと左近さんがガチギレしててさー」

「当然だろう、男の袴なんか脱がすからだ」

「いやー、他の人ならともかく、あんたはしっかり中着てるって想像ついたからさ、つい、ね」

「そこまでして俺に負けたくなかったのか」

「うん」

 即答したが三成の部屋の襖を閉めて、部屋の中に入ってくる。

「なんか納得いかないんだよね〜」

「何が?」

「なんで私の説教はまだ続きそうだったのに、あんたはもう秀吉様に許されてるの?」

「日頃の行いの差なんじゃないのか」

「はっ倒すわよ!」

「悲鳴上げてやろうか、左近と慶次がすっ飛んでくるぞ」

「遠慮しときます」

 が両手を上げて降参ポーズをとると、三成が読んでいた本を閉じて立ち上がった。

「どうせほとぼりが冷めるまではいるつもりだろう? 茶の一つも献じてやるから座れ」

 顎で示されて、はいそいそとちゃぶ台の前に移動した。
いつの間にか空になっていた茶請け入れの中を見た三成が舌を打つ。
新しい茶菓子を用意すべく箪笥の奥から干菓子を数個取り出して小皿に並べた。
それから茶筒と湯呑と鉄瓶と火鉢を用意する。
 三成の流れるような立ち回りを、の視線が楽し気に追った。

「何がそんなに楽しい?」

 暗にケガ人をこき使って嬉しいのか? と聞いたつもりだったが、の回答は予想外だった。

「うんん、三成の入れるお茶はこの世で一番美味しいから」

「…ふん、褒めても茶菓子は増えんぞ」

「別に要らないよ。そういう事じゃなくてさ、三成がお茶を用意する時の立ち振る舞いって、なんていうのかな。
 こう、舞ってるみたいに優雅でさ、とても見てて楽しいの」

「ただの茶だぞ」

 火鉢に火を入れて、鉄瓶を据えた。
湯が沸いたら湯呑を温める。
その間に再び鉄瓶で飲むための湯を沸かした。
 鉄瓶の中で湯が沸騰しすぎぬように細心の注意を払いつつ、茶葉を入れて蒸らす。
丁度良い塩梅かどうか試す為に、先に自分の湯呑に注いでいた湯を捨てて、少量の茶を注いだ。

「ん、こんなもんだな」

 満足だったのか、の湯呑の湯を捨ててそこに若竹色の美しい茶を注いだ。
敢えて交互に注がなかったのは、自分はどうでも良かったからだ。
彼女に一番のお茶を献じたいと、無意識に考えたが故の行動だ。

「一番茶は薄く、二番茶は深く、三番茶はほろ苦い。今宵はこんなものだ」

 正式な手順はかなり省いていると、暗に示した。
はそうした堅苦しさはあまり重視していないのか、首を横に振って平気だと示した。

「頂きます」

 小さく会釈して湯呑を取り上げたを見て三成が驚いたように目を丸くした。

「え、何? なんか変??」

「いや、お前…正座出来たんだな」

 足を崩すことが多いが言われなくても姿勢を正していたことに驚いていた。

「出来なくはないんだよ、慣れてなくて足がすぐ痺れちゃうだけなんだってば。
 三成がこうして美味しいお茶入れてくれる時はね、なんかこう、身を正しておきたかった、というか…」

「…ふむ…意表を突かれた」

「ふふふ、ギャップ感じちゃった?」

 またよく分からない言葉を使うと窘めたくもなったが、まぁ、いいかと聞き流すことにした。 
三成は自分の湯呑を取り上げて口元へと運んだ。やはり今日は片手だ。

「私もね、今日の三成にはギャップ感じでドキッとしたんだよ」

 

 

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