恋人繋ぎ - 三成編 |
逃亡劇が無事に幕を下ろして暫く、体調が回復したの元へ一通の投書が届いた。 「誹謗中傷じゃなくて、これ完全に泣き入ってるよね…?」
内容を幾つかのカテゴリに分けてみたところ、板場からの苦情数件、執務関係の苦情が数件、民間からの相談という名の投書が数件、人間関係―――今でいう所のパワハラ・モラハラ的な―――相談が数件だった。 「と、いうことで頑張ってみるけど、ダメだった時はフォローよろしくね、半兵衛さん!!」 「はい、は〜い。お任せあれ」
知らぬ顔の策士、竹中半兵衛をセコンドに据えて、は三成の執務室へと自ら乗り込んでいく。 「三成〜、いる〜?」 「何の用だ?」 『おっほう!』 出会い頭に睨まれた。 「あの…私、君主なんだけど? 一応…」 礼を尽くす尽くさないどころの話じゃない。 「それで? 要件は?」 執務机に片肘をつき、曲げた掌に顎を預けている三成の目は据わり切っている。 「いや、あのね。あんたのその態度が周りを不快にさせつつ心配させてるから改善してほしいんだけど…」 どうせ何らかの罵倒をされるのならば、言葉を選ぶだけ無駄とばかりには直球を投げてみた。 「そうか」 「うん」 「それは悪かったな」 口先で謝罪はするものの、三成の態度は改まらない。 「ン〜? 私の話、聞いてた?」 「ああ。しっかりと」 「で、是正は?」 「気分じゃない」 「はい?」 「今、そう言う気分じゃない」 面倒臭そうに溜息まで吐いて、そっぽを向いた。 「ンンン??? 喧嘩売ってる?」 「そんなつもりは毛頭ない。しばらくほっといてくれ」
「ン〜、それ、無理だよね? あんたと関わる人は大勢いるし、仕事でも心配されてるんだから、あんたの気分で の蟀谷にうっすらと血管が浮く。 「だぁから! 放っておけ!!! 俺にだって色々あるんだ!」 やっていられないとばかりに三成が強く執務机を叩いて立ち上がった。 「ちょ、何逃げようとしてるのよ!!」 自分への攻撃ではなく、逃亡の一手を選んだ三成に追い縋る。 「痛い」 「え。あ、すみません」 そんなに強く掴んだつもりはなかったのだが、とが手を放せば、見下ろしてきた三成の目は冷えに冷えた。 「なるほどな、自覚すらないのか」 「え? はい?」 「苦情の件は理解した、是正はしたくない。俺は一人でもやれる。 無茶苦茶すぎる言葉に、流石にはカチンときて三成の前に回り込み、掴みかかろうとした。 「はいはいはーい、ちょっとたんま!」 すかさず二人の間に竹中半兵衛が割り込む。 「はいはいはい、ちゃん一先ず落ち着いて。 やり難そうな表情になった三成の背を、ぐいぐいと半兵衛が押し戻す。 「はい、どーぞ、召し上がれ」 「いただきま〜す」と言い置いて、勝手に人の部屋の高級茶葉で一息入れた半兵衛は、茶葉の齎す甘苦い風味にうっとりとした表情を見せた。 「さっすが三成殿。いい茶葉揃えてる〜」 「それはどうも」 出された物は素直に飲む三成は、湯呑を珍しく片手で取った。 「三成殿さ、キレてるのちゃんのせいでしょ?」 「ブフォ!!!」 言い当てられて噎せる三成の前で、が自分を指示した。 「え、私? 私、なんかした?」
身に覚えがないと瞬きを繰り返すを前に、手拭で己の口元をぬぐった三成は仏頂面だ。 「ン〜、この場合は…何もしてないのがむかつくって所かな〜?」 「え? 何? どういうこと??」 心から分からないという様子で、がそわそわする。
「あのねぇ、三成殿。俺もちゃんも周りの人もさ、仙人じゃないんだから言葉にしないと、三成殿の気持ちは 「言ってどうなるというのだ」 「どうって、どうにかなるかもしれないし。ならないかもしれないし」 「ならないのなら言っても意味ないだろう」 「いや、まぁ、そりゃそうなんだけど…でも言ってくれなきゃ何も進展しないじゃない?」 三成の顔色を窺うように、が少し身を乗り出した。 「傲慢だな、相変わらず」 「はぁ!?」 臨戦体制に移行しようとするを、半兵衛が諫めた。 「はいはいはい、落ち着いて。ちゃんもお茶一口飲んで、そうそう、ぐっとぐぐ〜と。 「……俺の部屋は喫茶室ではないのだが?」 そういう理由で度々来訪されているのが伺える感想だった。 「で、三成殿はちゃんの何が不満なの?」 本人を前にしてそれを聞くのか? と言わんばかりの三成に、半兵衛は言う。
「周りもさ、三成殿に態度を改めて貰いたいけど、三成殿にだって我慢ならない事はあるんだよね? 言い当てられているのか三成は貝になったままだ。
「ちゃんは言ってほしいみたいだけど、三成殿としては言った所でちゃんが対応してくれるとも思えないから 一層深く刻まれた眉間の皺が肯定を示した。 「よしよし、素直でよろしい」 言い当てて満足そうな半兵衛に対して、自分が元凶となっていたことを知ったは目を白黒させるしかない。 「えーと、その…私が悪かったなら謝るからさ。その…せめてヒントをですね…頂けると有難いのですが…」 しどろもどろ、自分が上司だと言っておきながら完全に下手に出ているの様子がおかしくて仕方ないのか、半兵衛は終始にやにや顔だ。 「なんと言ってほしい?」 「ふぇ?」 「考える事すら億劫なのだろう? そんな女に言って何がどうなるというのだ」 「んんん…あのね、三成。何が原因か分からないけどさ。 援護射撃を求める様に半兵衛をちゃぶ台の下で小突いた。 「まぁ、十中八九三成殿のブチギレの原因はちゃんにあるんだし。
話ながら「よいしょ」と掛け声をかけてから半兵衛は茶箪笥から勝手に茶菓子の煎餅をとってくる。 「それにさぁ、気に入らないことがある度に自己完結するまでその子供じみた態度でいるつもり?」 「子供ではありません」 「だよね〜? なら、話してみて」 なるほど。こうやって扱えばいいのかとは秘かに学習する。
「ほらほら、飲み込まなーい。三成殿が言わないなら、俺があることない事、想像でちゃんに助言しちゃうよ〜?
出て行けと言った所で聞き入れそうになく、むしろ長居する気満々で半兵衛は煎餅を齧っている。 「はぁ…」 三成は諦めたようにがっくりと頭を垂れた。 「な、なによ?」 普段からきっちり姿勢を正す品行方正な男が見せる、ヤケ丸出しの姿に、は多少なりともたじろいた。 「言っていいのか? 本当に?」 「え、ええと…一応…どうぞ…」 掌を差し出して先を促せば、三成は片手で飲みかけの湯呑を取り上げて軽く傾けた。 「あのな、俺はお前に旅先で何と言った?」 「目立つな?」 「そうだな」 「でもあの騒動は仕方ないじゃない? 人が殺されそうだったんだよ?! 見て見ぬ振りすればよかったの?」 「そこじゃない」 言い訳をぴしゃりとやり込められて黙れば、横から半兵衛が「はい。やり直し〜」と茶々を入れてくる。 「ええと…それじゃ…なんだろう…?」 思い返すようにが口を閉ざした。 「えーとえーとえーと…すみません、せめて何か一つヒントをですね…」 上目遣いで質問してくるに、やれやれという様子で三成は答えた。 「寝室に狼を上げるなと、俺はそう言った」 「あ、はい。そうでしたね」 「で、あの狼はなんだったっけなぁ?!」 語尾にかなり力が籠っている。 「あー、そう…ですねー。あの子は〜。その〜」 「え、何々? 狼がどうしたの??」 そこは読めてないとばかりに半兵衛が首を突っ込んでくる。
「その…滞在先に狼が居まして…ペットなんだろうな〜と思ってずっとモフモフしちゃってったりなんか 「そうだなァ、立花の話ではなんだ。同衾どころか、貴様風呂にも一緒に入ってたそうだな?」 「だって!! あれ、どう見ても狼だったじゃん! 人懐っこいだけのイヌ科の動物だったじゃん!!!」 「そうだな、で、顔べろべろ舐められるわ。楽しそうに押し倒されてじゃれ合っていたわけだが…」 そこで一区切りした三成の目の瞳孔はかっ開いていた。非常に怖い。 「で、どうだった? 相次ぐ暴漢からの襲撃をその狼に救われた気分は…? アァ?!」 「いや…それは…その…」 灼熱の炎でも背負い、目から殺人光線でも撃ち出しそうな三成の気迫に負けたは、半兵衛の背中に逃げ込んだ。
|
戻 - 目次 - 進 |