在りし日の光景 - 幸村編

 

 

 望まれるまま再建に勤しむ城下町を散策した。
おススメの呉服問屋で匂い袋を買い求めてみたり、出店で寿司を堪能してみたり。
気の向くままゆるりゆるりと過ごした時間はトラブル続きのの心にはいい栄養になったはずだ。
 優しい沈香の香りを放つ匂い袋をお揃いで買って懐に忍ばせた。
幸村としては身に付けるのであれば若竹の香りが好ましい。
が、が好む香りが沈香と白檀だった為、彼はの好みに合わせた。
これが左近や孫市であれば多少なりとも己の好みに染め上げたかもしれないが、幸村は自分の色に染めるより、あるがままのを見て、知って、彼女の歩みに合わせたがった。
 慣れぬ沈香に心が少し浮きたつ。
の好む香りと共にある事で、常にの傍に立っているような錯覚を抱いた。
胸に下げた沈香の匂い袋に掌を重ねて瞼を閉じた。
 風呂場の垣根のあちらではが楽し気に故郷の音曲を奏でている。
トランス・ブート・キャンプで慣れ親しんだ調子の曲は、外つ国の言葉で語られる為、意味がよく分からない。
が、の声はとても楽しげだ。
 だから止めなかった、止めようとは思わなかった。
途中で求められて合いの手を入れてみたり、歌詞の一部を奏でたり。
この数年お預けになっていた二人だけの秘密の時間を取り戻すかのように、少しづつ少しづづ積み上げた。
 それで良かったのだ。奏でられる音曲の歌詞も、意味も、今この場にあっては深い意味を持たない。
が忘れがちな日常を、一時でも長く感じることが出来れば、それで良かった。
 だから心地よい出来事だらけの束の間の休息が無事に終わって、数日後に起きた変化を受けて、幸村は城門の前で左近共々目頭を押さえて天を仰がずにはいられなかった。
 事情を聞きつけた三成はとっくにキレまくってを問い質しに行っているし、それに抵抗するの声が上階からぎゃんぎゃん響いている。偶に静かになったかと思うと、今度は三成の怒号が上がるから、恐らく慶次がを庇って三成の怒りの炎に油を注いでいるに違いない。
 すっかり家では恒例行事のようになってしまった騒動の原因がどこにあるかというと、数日前が湯殿で奏でていた音曲が原因だ。
 外つ国の言葉で語られる音曲の節々に「Give me Love and money」という綴りがあった。
他の音曲を奏でた時に外つ国の言葉で「Love」は愛を示す言葉と教えられていたから、てっきり愛の歌だとばかり思っていたが、あの夜が奏でた音曲の意味はそうではなかったようだ。
 の奏でていた耳馴染みしやすい調子で奏でられた音曲は傍仕えの女中の口から子供の口へ。
その子供の口を経て、領に滞在していた宣教師の耳へと入った。
 人々が宣教師にこの曲の言葉の和訳を願い出れば、宣教師は胸の前で十字を切ってから苦悶を顔に刻んだ。
どうしたのかと人々が問えば、宣教師は答えた。

「Give me Love and moneyトハ、愛トオ金ヲ私ニ下サイトイウ意味ニナリマス」

 時期が、悪かったとしか言いようがなかった。
が曲調を好んで奏でた音曲は、トラブル続きのの現状を嘆く姫の苦悶を隠した歌という曲解を生んだ。
結果、今現在。城門の前には方々から寄付を搔き集めた民の行列が出来ていた。

「えーと…? これは…一体どういう事なんですかね??」

 確かに災害と千日戦争とトドメの斎藤龍興の豪遊のせいで家の財政はガッタガタだ。
だからと言って君主自らが口に出して憚られる思いの丈を、外つ国の音曲に乗せることで、隠して解消してるとは思われたくなかった。
 が、家臣の思いなど知ったことではないの愛すべき民と、異質な風貌を持つ自分達にも柔和に対応してくれた恩義に報いたいという勘違いを爆裂させた宣教師の弁はとても熱い。

「姫様がお可哀相だ! そんなにおら達の国は貧乏だか!?」

「本国カラ、長期ノ無担保融資ヲ取リ付ケマシタ!!」

「いや…え? なんて?」

「いや、みなまで言わなくてええんじゃ、黙って俺らの貯めた金子、受け取ってくんろ」

「もう隠さないでええんじゃって!! 分かっとるんじゃよ」

「はぁ…?」

「姫様は国を興された時も、左近様が着物を用意していたんだ。
 今も国は大きくなっとっても、なんも、何一つ、変わっとらんのじゃろう??」

「Oh!! My god!!!」

 それはがこの世界とは別の場所から降臨したから。あの時、持っている物が何一つなかったから。
君主として仰ぐ以上、家臣としては当然の配慮であって、貧乏とは少し違う気がする。
だがそれは同情の極地に身を置く彼らの知るところではない。 

「そうじゃのう…偶に慶次様と芋掘り来たかと思えば、沢庵茶請けにしてたりするしのぅ…」

「え、姫様って貝合わせとか香遊びする生き物じゃないのか…」

「茶請けに沢庵って…マジか…京の菓子じゃないのか…」

「いんや、おらが村の大根だなぁ」

「芋掘りの時も、顔に土付けて掘り出した後で慶次さんと歓声上げとったぞ」

「それが姫様の遊びって悲しすぎやしないか」 

「…香遊びしたくとも、香を買う金がないんじゃろう…」

「う、うーーーーん??」

 次から次へと飛び出す奔放すぎるの素行が呼ぶ風評被害に頭が痛い。

「左近殿…家はそこまで貧困だと思われているのでしょうか??」

「どうなんだろうな…でも否定できない事、色々してるからなぁ…」

 流石に今回ばかりはフォローのしようがないと左近は言葉を濁し続ける。

「いくらなんでも姫様がお可哀相だよ、こんな悲しい歌を、気丈にも朗らかに歌ってたそうじゃないか!
 あんたら本当に何しとんだ!!」

 何時までも差し出された寄付金を受け取らないから、同情の極地にいた民の思いはおかしな方向へと傾いて、重臣らへのクレームになってしまった。

「あんたら本当に姫様のお気持ち分かっとるんか?」

「分かってたら姫様がお金を下さいなんて神頼みしてるはずがないじゃろ!!」

「そうだ、そうだ!!」

「見栄は捨てて、どうか受け取ってもらえんかね」

「えーーーーー? いや、えーーーーーーーーーーー? そうなっちゃいますか…」

「幸村さん!!!」

「え? は、はい!」

「あんたも執務後に暢気に焼酎飲んでる場合じゃないじゃろ!! 
 そんな金があるなら、姫様に櫛の一つも贈ったらどうなんじゃ!!!」

「え、いや…そ、そんな…私の立場で櫛などと…恐れ多い…」

 口にした者は知り得ぬのだろうが、櫛を贈るという行動には求婚を示す意図がある。
それを知る幸村は大きく動揺し、赤面した。
まだまだ青いと左近は鼻で笑うが、今はそんな事を考えている場合じゃない。
 誰かが現在進行形で寄付を募っているのだろう。
続々と四方から八方から手に寄付金や物資を携えた民達が集ってくる。

「相変わらず大事になって来たねぇ」

 懐かしい光景だと声色に滲ませたのは、階上から降りてきた慶次の弁だ。

「え、あれ!? 慶次殿!? どうしてこちらに??」

「いやー、さんが三成と取っ組み合ってな〜」

 何時もの展開だ。それは想像に易い。

「それでどうしてあんたがここにいるんです?」

「今回は三成が珍しく押し負けたんだよ」

「おお!! ついに姫様一矢報いたのか〜!」

 一連の展開に慣れ切った民の間で歓声が漏れた。
馴染んでいい出来事なのかどうかが甚だ怪しいが、左近と幸村は敢えて反応せずに慶次の言葉を待った。

「で、悶絶する三成を捕縛から放置して逃げたわけだ」

「ああ、なるほどね」

 納得する左近。

「え? …え? 慶次殿? 今、なんと??」

「だからな。俺に「慶次さん、後よろしく!」とか颯爽と片手を掲げて、一人で裏口から城下街に逃げ」

 言い終わる前に幸村は顔を上げた。

様―!!!!! 何をしていらっしゃるんですかぁぁぁぁ!!!!!!」 

「てったぜ」

 慶次の語尾と被るようなタイミングで幸村は絶叫。
自分の槍を手に取ると居並ぶ民をかき分けて、城下街に向かって駆け出した。

「これまた懐かしい光景だな」

 左近が羽織の中で組んだ掌を顎に当てて漏らせば、慶次も豪快に笑った。

「今頃孫市の所にでも逃げてる頃かねぇ」

「巻き込みに行ったって所ですか」

「だねぇ。さてと、俺も行くとするかね。そろそろ三成が縛を解いて降りてくる頃だろうしね」

 慶次がちらりと左近を見下ろせば、左近は軽く肩をすくめて見せた。

「分かりましたよ、ここはこの左近が引き受けましょう?
 なぁに、民の好意だ。受け入れるだけ受け入れて、後に税の見直しなんかで還元しときゃいいでしょ」

「だな」

 数多の戦を経て成長した若武者は戦場にあっては凛とした武士へと成長した。
は最初こそ戸惑いはしたものの、幸村に起きた変化をきちんと理解してくれた。
その上で、かつての幸村の姿が馴染みがあっていいと言う。
成長は嬉しい、だがそれはそれとして、かつてのような関係でいたいと言う。

「ん? んんん?? え、あれ? 幸村さん、なんで? え、なんで? 今日は三成の味方なの?」

「そうなります」

「そっか…じゃ、そーゆーことで、御機嫌よう〜!」

 幸村と出くわしたは確認すると、片手を振り上げた直後に颯爽そ身を翻した。

「御機嫌ようではございません!! お待ちください!!!」

「なんでよう!! この間は偶にならいいって言ってくれたじゃん!!!」

「それはそれ、これはこれです!!!」

「ってゆーか、それ可笑しくない!? 今回は共犯のはずなのに!!! 裏切者ー!!!」

 の悲鳴が街の端から端へと移動して行く。
追随する声と逃げの一手を打つ声に、新たな怒号が加わった。

「幸村!! 貴様も一枚噛んでいたか、そこに二人とも直れ!!!!」

 家が誇る教育の鬼、石田三成。城下街に般若顔で降臨の瞬間であった。

「お叱りは後程受けますので、今はまず様を!!」

 やんわり自分に向かう矛先をずらした幸村が三成と共に挟み撃ちの要領でに迫る。
が、そこはも逃亡の経験を確実に積んでいる。
二人に挟撃される前に職人街に逃げ込んで、まんまと孫市を味方につけた。
 更にそこへ慶次が合流を果たした。

「孫市さん、助けてー!!! 教育の鬼と元共犯者が追いかけてくるー!!!」

「おっ。ご指名かよ? 嬉しいねぇ」

「邪魔だ、色情狂!! 普通に死ね!!!」

「退いてください、孫市殿!!!」

「私情出過ぎだぜ? 三成」

「やかましい!! どけ!!! デカブツ!!」

「いやー、どくわけないだろ。何度も言うが俺はさんの護り人だぜ? 
 捕まえたきゃ、俺を倒してからにしな」

「では遠慮なく」

 逡巡することなく、幸村は槍を構えた。
対峙する幸村と慶次の向こうでは、既に三成と孫市が斬り結んでいる。

「ちょ! 止めてよー!! 復興中の街の景観壊さないでー!!!」

「だったら潔く城に戻れ、屑がァ!!!」

「ハァ?! あんた今、上司である私に屑って言った!? ねぇ? 皆、今の聞いた!?」

 逃げていたが三成の暴言にブチ切れて三成に掴みかかって行く。

「あ」

「あーあ」

 最初からそれが狙いだったようで、三成はあっさりの両手を塞いで足払いをかけた。
の体が宙に浮くと同時に、三成は軽々と姫抱きにして勝ち誇る。

「ふんっ! 相変わらず単純だな、さぁ、城に戻るぞ」

「くーーーーーー!!!! 挑発するなんて卑怯者ー!!!」

 三成の腕の中でもがくの足を幸村の掌が上から抑えた。

様!!! 着物が乱れます!!!」

 足が見えてしまうと釘をさしてくる幸村の目が怖い。
は「うー、うー」と悔し気に唸りながら教育の鬼と鉄の精神を持つ補佐役に捕縛された。
城へと連行されていくが慶次と孫市に助けを求めれば、二人は顔を見合わせる。

「そうだな。今回の件はよく分からないが、お前が俺の女神を姫抱きしてるってのは普通に無しだろ?」

「そう言うこったな」

 柔軟な護り人と仕事人の手によっては再び奪還、解放された。
意気揚々が街の中を逃げ惑う。
当然足止めを喰らった追随組は激怒する。

「邪魔をするな!! 有象無象共!!!」

様、お待ちください!!! 何度も申し上げているように、単独行動はなりません!!!」

「いや〜、本当に毎日が賑々しいよネ、って」

 君主自らが引き起こす騒動を遠目に見守りながら、城を預かる竹中半兵衛の声は軽い。

「まぁ、姫ですしねぇ。あんな感じで幸村さんと追っかけっこしてるくらいが健全でいいでしょ」

 理解ある同僚に面倒事の処理を押し付けて、この日の幸村との追いかけっこは日が傾くまで続いた。
在りし日の光景。世間体を考えたら到底褒められた光景ではないかもしれない。
だがこの破天荒且つ奔放な光景がの心を一番安らがせるのならば、それもそれでいいのかもしれないと、
幸村は人知れず小さく笑った。

 

"遠い未来との約束---第七部"

 

- 目次
大変長らくお待たせ致しました。幸村編、やっぱり二人はこの関係がしっくりくるみたい。
尚、姫が風呂場で歌っていたのは「Love&Money」と言いましてZA-ZAさんの曲です。
歌詞はアレだけど楽曲はとても可愛いんですよ。おススメです! 是非聞いてみてね。(19.06.21.)