在りし日の光景 - 幸村編 |
逃亡劇が無事に収束して数日、は無事に意識を取り戻した。 「いやー、逃げてる間の事なんてなんにも覚えてないんだけど……生きてるっていいわぁ…」
町娘と変わらぬ出で立ちではの城下街を歩いている。 「こうしてまた皆と交流できるんだもんね〜。…やっぱ、生きってるっていいわぁ…」
五体満足"今"を楽しめるのは、一重に守護についてくれた頼もしき将の働きのお陰であるが、何よりもを城に保護してすぐ関の警護に戻ってくれた幸村の功績が大きい。
出店で購入した一口饅頭を口に放り込みながらは独白する。 「私の知ってる幸村さんは何時も頑張ってるかテンパってて叫んでるんだけどな〜」 絶叫については、ほぼの素行のせいなのだが、その辺は無頓着だった。 「…まさかと思うけど、幸村さんあの戦のせいでジキルとハイド化とかしてないよね?」 「自来琉と刃異怒? とは…どういった方でしょうか??」 誰に向けたわけではない問いかけに答えたのは、真田幸村本人だった。 「ん!? あ、幸村さん!?」 ヤバい、城から出ていることを咎められるかと身じろいだの傍に歩みを進めて、幸村は首を傾げる。 「あれ? 怒らない??」 「そう…ですね。偶になら構わないかな、と。高坂殿もお傍に控えておりますし」
国を興した時を思い返せば想像もつかない柔軟さだ。 「あの、私の顔に…何か?」 「ごめん、幸村さんちょっとかがんで?」 「はい」 上半身を緩く傾斜させれば、が幸村の頬を軽く抓った。 「っ!」 「あ、ごめんごめん。ちゃんと本物だった」 「あの、何故私を疑われたのですか?」 二心ありと思われるような振る舞いをしているだろうか?
「いや〜、なんか最近の幸村さん、私の知らない人みたいになる時があるから。 「は、はぁ…」
「私はさぁ。ここで目覚めた時に出会った幸村さんに慣れちゃってるからさ。 抓ったお詫びに…とが掌の中の包みを差し出した。 「最近巷で人気の一口饅頭なの。栗餡が美味しいのよ」 「はぁ。頂きます」
最初は遠慮しようとした幸村だったが、供としての傍に音もなく立っている美中年―――高坂昌信が「美味しかったですよ」と口を挟むと迷いはなくなった。 「栗の渋皮使ってるみたいでさ、美味しいよね。ただべたべたに甘いわけじゃないってのがいいと思わない?」 「左様でございますね」
後世に記録を残さねばならぬ立場から、この高坂昌信は陰に日向にの傍に控えることが多い。 「某、恋敵に名乗りはあげませぬので」 「え、あ、その…」 動揺する幸村を見ながらは一人でうんうんと唸った。 「やっぱりこっちなんだよね〜。私が馴染んでる幸村さんって」 「え?」 「なんだろうなぁ……どんな変化であんな急に凛としててカッコ良くて頼もしい幸村さんになっちゃたの?」 「ええええ???」 幸村はの言葉を脳裏で反芻する。 「あの…戦場での私はお気に召しませぬか?」 「お気に召す召さないというより、なんかカッコ良すぎてズルイ」 「え? えええ? ず、ずるい…ですか?」 「手前勝手な話だけどね」と前置きしたが散歩を再開する。 「なんというか、ほら、私がポンコツ君主だからね。 ここに左近が居たらまず間違いなく「何言ってんですか」と突っ込んだに違いない。 「そんな、様お戯れが過ぎます! 度重なる難局を退けられた御身がポンコツなどと…」 「いやいやいや、ポンコツだって。今日もこんな感じで高坂さん巻き込んで城抜け出してきちゃってるしね」 「職務放棄の自覚はあるのですね?」 幸村が苦笑する。 「怒る?」 「いいえ、大丈夫ですよ。今日は、ですが」 柔軟な対応をされているのに、やはりどうにもこうにもしっくりこなくて居心地が悪くなる。 「幸村さんさぁ」 「はい」 「今後はずっとそのキャラで行くつもり?」 「キャラ??」 「いや、凛としててカッコいい武士モードなのかなーって」 「その…私は…常日頃となんら変わった意識はないのですが…」 「そっか〜」 「はい」 互いに何とも言えぬ顔である。 「よろしいでしょうか、姫」 「どうぞ」 掌を差し出して促せば、昌信はの抱いた違和感をさらりと拭い去ってみせた。 「こう考えては如何でしょうか。幸村殿の変化は戦ではなくてですね」 「はい」 「声変わり、のようなものだと」 「ああ! なるほど!」 幸村だけが理解に追いついていないようで、昌信との間で視線を巡らせた。
「男は大人になる過程で声が変わります。幸村殿が迎えた変化は武士としては特に珍しい事ではございませんから、 「え、様、どこか痛めいらっしゃるのですか!?」 幸村はこういう時だけやたらと反応が早い。 「え、いや、大丈夫だけど…って、メッチャ反応早い! なんでこういう事になると、理解が早いの!?」 「ほらね、彼の本質は何ら変わっていませんでしょう?」 昌信がくすくす笑いながらに安堵を促した。 「本当、何時も通りだ。私の取り越し苦労だったね」 からから笑ったは残りの饅頭の包みに封をすると懐にしまった。 「様!? このような往来で、戯れが過ぎます!」 「えー、なんでよー。前に約束したでしょ〜?」 「や、約束…でございますか?」
「あれれ? もう忘れちゃった? 落ち着いたら、城下町でお汁粉食べて、買い物して、お城に帰ったら それは、かつての命を繋ぐために供物として天に差し出したはずの約束。 「え、何!? そんな、泣くほど嫌?」 「いえ、そうではなく!」 掠れた声で否定して、己の瞼を幸村は拭い去った。 「嬉しかったのです、覚えていて下さったことが」 「約束? 忘れないよ、他でもない幸村さんとした約束だからね」 二人のやり取りを微笑まし気に眺めていた高坂昌信が気を利かせたように距離を取った。 「幸村さんだって私と約束したら、絶対忘れないでしょ?」 「ええ、命を懸けて誓います」 「いや、命まで懸けなくていいけどさ」 「大げさすぎる」と幸村の腕を引くに、他意があるわけがない。 『…今さらだけどね……勝手な思い込みだけどね…。
が大胆なのも、無茶をしがちになるのも、真田幸村という忠臣が傍らにあってこそだ。 『以前の私なら、辿り着けなかった境地かもしれない』
楽しそうに城下町の散策を開始したに手を引かれて付いて回りながら、自分の成長に思わず笑みが漏れた。 「今日はどの音曲を奏でましょうか?」 「そうだな〜。今日はトランスかユーロビートがいいかな〜」 「おや? 今日の音曲は"君の為なら死ねる"や"レッツゴー! 陰陽師"ではないのですね」 「うん、今日は思い切り、ディスコミュージック系を熱唱したい」 「ではぐろーぶ殿の歌でも奏でますか?? ケイコ殿のぱーとは私が歌いましょう」 「やった! じゃ、私はマークパンサーね〜」 ニコニコ楽しそうなの掌を幸村は自らも力を込めて握り返す。 「その前に、買い物でしたね。どちらに向かいましょうか?」
二人が前に交わす会話の内容はよく分からない。
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