使命完遂 |
「止めた方がよいでしょう。貴方方では、この者は殺せません」 「…からくり?!」 「私はからくりという名ではありません」 が違和感を感じ取って顔を上げた。 「ようやく、この時が訪れた。貴方だけを招き入れる事はとても難しいことでした」 「何を言っている? からくり!! 動かぬか!!」 「その命令には服従できません。私のマスターは貴方ではありません」 「あ……あっ!!」 の脳裏に、一つの出来事が蘇った。 「…思い出は、永遠に色あせない…」 思わず漏れたの独白を拾い上げ、真紅のからくりがフロントライトを点滅させて答える。 「マスター、今度こそお別れです。貴方に仕える事が出来た事を光栄に思います」 「貴様、一体…一体何を言って…?!」 「私の使命は、を守護する事です。 「馬鹿な事を言うな!! からくりっ!!
「その言葉にはYESと答えます。私の後継機は"天は一人の女の下に帰す"と言いました。 閉じ込められた車内で癇癪を起した子供の様に、松永久秀が顔を歪ませる。 「貴方は、天に必要とされてはいないようです」 半蔵の手を借りて立ち上がったが手を伸ばすのと同時に、
「確か、この時代では首を取る時は名乗るのが士の習わしでしたね。 強い閃光と共に、からくりは轟音と黒煙を巻き上げて吹き飛んだ。 「思い出は、永遠に色あせない」
――――― 松永弾正久秀、爆死 ―――――
乱世の梟雄と呼ばれた男の壮絶な死は、瞬く間に戦国の世を駆け巡った。
見せらていた悪夢に突然変化が訪れた。 「何…? 一体何が起きてるの…?」 混乱し、は己の身を抱きすくめた。 『! 足音? 今、誰かの…足音がした?』 不意に、何者かの足音を聞いた気がした。 『気の……せい? うんん、違う。誰かいる…!』 遠くから誰かが近寄ってくる。 「…あ…」 背後から何者かの手に抱かれている。 『あ、まだ…終わってはいなんだ…まだ、続くんだ…』 悪夢に果てはないのだと咄嗟に判じ、全身に緊張が走る。 『大丈夫。久秀さんとなら、きっと、きっと…分かりあえるはず』 己を奮い立たせるかのように、小さく息を呑み下した。 「っ!」 吹きつけて来た突風に、思わず瞼を閉じる。 「……?」 何も起きぬことに違和感を抱きながらも、恐る恐る、閉じていた瞼を開いた。 「…あ…」 目にした光景に、自然と感嘆の吐息が零れた。 「…綺麗…」 の眼前に広がるのは、満開の桜並木。 「…我が君…」 困惑して瞬きを繰り返すの前に、寂しげな面差しの男が回り込んで立った。 「…御別れを…言いに参りました」 「…別れ?」 悪夢の果てにあるものがこのような風景である事が理解出来ずには眉を寄せる。 「ご心配召さるな……現実でも夢でも……凶事は続きませぬ…必ず終わりが来るものです」 「何を…言って?」 意図が汲み取れず怪訝な顔を見せれば、久秀が湛えた笑みは自嘲的なものへと変化した。 「お心を強く、そして、どうぞご安心下さい」 「安心…する…?」 「…貴方は、天に愛されたお方……道は開きます…貴方にだけは…必ず。 問い詰めようと前のめりになった次の瞬間、久秀は身を捩った。 「久…秀さ…ん?」 名を呼べば、今にも泣き出しそうな眼差しで、久秀は座ったままのへと掌を差し伸べた。 「!」 また誰かを殺したのかと脅え、身を竦ませたの前で久秀がよろよろと膝をつく。 「どう…したの?」 額には玉粒のような汗が浮き上がる。 「もしかして、どこか怪我してるの?」 混乱しつつもは手を差し伸べた。 「! どうして…こんな…? 大丈夫?」
久秀の肩に手を掛けて横たえ、己の膝の上に頭を乗せれば、久秀は初めて嬉しそうに笑った。 「…ああ……ああ……貴方は、やはりお優しい……私にまで、かような温情を掛けて下さる…」 「久秀さん…?」 「我が君、お聞きください。宿命の輪廻は……常に回っている。 吐血し、咳き込みながら久秀は懸命に伝えた。 「そんなこと今はどうでもいいから、話しちゃ駄目よ! 死んでしまう」 小さく首を横へと振り、久秀は訴えた。 「…よいのです、これが私の役目…」 「え? どういう…意味?」
「…貴方を天に抱かせる………清らかな…方として……数多の者に…知らしめる…。 「言ってる意味、全然分かんないよ!」 「良いのです……これで……良いのですよ…」 「何がいいのよ? どこがいいのよ! こんな、怪我してるのに…一体何が…」 「私は、ずっとずっと前から…知っていた……分かっていた……」 「…え…?」
「手を汚した…私が……貴方に選ばれるはずなどないと……分かっていた…のに…。 久秀の目から光が失われてゆく。 「お願いだから、今は何も話さないで!!」 「嗚呼…我が君……何処においでか……? 我が君…?」 何かを求めるように掌を伸ばした。 「私、ここにいるよ。ここに、ずっとずっといるよ?」 最後の時が近いのだと判じてが手を伸ばす。 「…お許し下さい…我が君……暗愚な私を…弱過ぎた私を…」 「許すって…何が? 何をしたって言うの?!」 「…私は、過ぎた願いを持った…」 「願い?」 「天に愛された貴方を……私は……あの日……あの瞬間より……好きになってしまった……」 そこで一度大きく噎せ込めば、久秀の束帯の襟が鮮血で汚れた。 「お願い…もう…話さないで…」 久秀はと繋がる逆の手で己の口元を拭い、切々と想いを口にし続けた。 「貴方に、認められたくて……褒められたくて……いいえ、せめて…心から…微笑んで欲しくて…必死だった…」 「!」 「…私は…もうすぐ…この乱世から消えます……私の残しゆく物が、貴方の役に立てばよいが……」 「何を言って…?」 「我が君、最後に……最後に一言だけ…言葉を…」 「何? 何を聞きたいの?」 「大義と……骨折りと…どうか……それだけを…」 「久秀さん!! しっかりして、死なないで!!!」 望んだ以上の言葉だと、久秀は穏やかに微笑んだ。 「…あ、あ…ああ…ああああ…………うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 目を開いたまま、絶命した久秀の上に突っ伏して、が絶叫する。
久秀の姿が消える。 「姫様…?」 「姫様!! ようございました、お目覚めになられた!!!」 佐治を始め、傍仕えの女達が歓喜の声を上げた。 「おはよう」 おっとりと言葉を紡いだの鼻孔に、夢の中で見た満開の桜の香りが残る。
"玉の緒よ たえなばたえね ながらへば 忍ぶることの弱りもぞする"
最愛の姫の為、悪を演じ続けるしかなかった男の詠んだ恋歌だけが残った。
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爆死をドラマティック且つ少しだけロマンティックに描きたかったんです。(20.06.22.) |