「へぇ、ついにおいでなすったか」
突然目の前に現れた久秀とCube-Aに臆することなく、慶次は松風から降りた。
天之瓊鉾を構えて久秀の出方を見る。
「やはり汝は侮れぬな。剛毅な立ち振る舞いに繊細かつ思慮深い顔を隠しているだろう」
「さてね、何の話だい? 買い被りぶりだぜ」
「顕如は私の手で冥府に送った。汝らの頼みの援軍は、そう遠からず瓦解する」
「そうなのかい」
「ああ。何かに頼る者は、弱い。寄る辺を失えば自暴自棄になる」
「そりゃそうだ、自己責任ってもんを知らないからね。
誰かに言われて動いて満足してる奴らにゃ、この戦では命を繋ぐことは出来ないだろうさ」
動揺を誘うつもりで言葉を発したが、慶次は全く動じない。
『なるほど、この男もまた…地獄の先を知っているのか』
「俺相手に揺さぶりなんざ、止めといた方がいいぜ? そういう小賢しいのは興味なくてね」
慶次が先に動いた。 天之瓊鉾が大地を削って久秀に迫る。
「俺からしたら、本願寺は充分役に立ってくれたさ」
「何?」
「聞いてるぜ、松永さんよ。あんたの国は防衛特化型だってな?
そんな要塞みたいな国からあんたを引っ張り出した。それだけで充分さ」
慶次に不敵に笑われて、久秀の顔が僅かに強張った。
「そういうことだ、ここにはお前の自慢の城も堀もない! 逃さないぜ!!」
銃声が轟いた。 久秀の心臓を狙って飛んだ弾丸を、Cube-Aが止めた。
「雑賀孫市か…山にいたのではないのかね?」
「いやぁ、俺って都会人だしな。山とか合わねぇよ」
おちゃらけた顔に隠した真の顔が暗殺者であればこそ、標的撃破の機会は見逃さない。
先を見て動くのは、何もお前の専売特許ではないのだと、孫市は暗に目で語った。
「あんたがどんだけデカイ国を作ろうと関係ない、あんたを討てばそれで終わりだ」
「討てるのかね?」
「まぁ、やるだけやってみるさ!」
慶次が久秀に迫り、久秀が交わしつつ反撃の機会を窺う。
久秀のサポートに回ろうとするCube-Aを牽制するのは孫市だ。
「っとに、ガラクタだなぁ。ΑΚΊΑΣ(アキアス)の理念とやらは何処へ行ったんだよ?」
幸村や半蔵と違い、孫市の武器は飛び道具だ。
からくりとの距離が出来ても、攻撃力にはあまり大差がない。
「我が一族の子孫の発明品とか言われても、こんな奴に加担してるかと思うと、涙出てくるぜ」
軽口に乗せて、銃を撃つ。 得意の連射でCube-Aを撃ち嵌める。
けたたましい金属音を上げながら、Cube-Aが逃げ惑う。
Cube-Aとて反撃はするが、孫市も素直に攻撃を受けたりはしない。
拮抗する機械と人の撃ち合いを制したのは、意外にも人だった。 孫市はCube-Aだけを狙わず、臨機応変に狙いを変えた。
隙を見つければ、慶次と斬り結ぶ久秀を狙う。 Cube-Aがそれを阻もうとすれば、Cube-Aを撃つ。
Cube-Aの防御を破れなさそうであれば、周囲を駆け回りぶつかり合う松永軍の騎馬を撃った。
旗手を失って統制の取れなくなった暴れ馬が、久秀を、Cube-Aを、無軌道に襲った。
それだけではない、孫市の得意分野は銃撃だけに留まらない。
流れるような動きで懐から取り出して放つのは発煙筒。辺りにもうもうと煙が立ち込める。
「孫市! ちっとは、こっちのことも考えな!!」
「うるせぇ! お前なら野生のカンでどうとでも出来るだろ!!」
煙に噎せて、ヤジる慶次を他所に孫市は撃鉄を落とす。
Cube-Aを僅かに外して飛んだ銃弾は、迫りくる騎馬を貫いた。 騎馬が崩れ、Cube-Aに圧し掛かってくる。
予測外の方向からの攻撃に対処しきれなかったCube-Aに迫るのは、銃弾ではなく孫市の獄焔火具土(ごくえんかぐつち)の刃だった。
「で、色男が勝つってわけさ」
操るのは何も銃だけじゃない。 銃に備えた刃とて彼の武器だ。
煙幕と、弾丸と、騎馬による陽動で畳み掛けた孫市の手によって、Cube-Aは完全に沈黙した。
Cube-Aの支援を失った久秀が弱体するかと言えば、そうはならなかった。
瞬間移動をしなくなっただけで、久秀の身のこなしは玄人のそれだ。 Atomic Industry
Omega.と出会い、己の使命を悟ってから彼は勉学だけでなく、武芸にも励むようになった。
それこそ血の滲むような努力を日々重ねてきた。
最たる理由は、軍事力を持って、権力と名声を手にして、金で何もかもを動かせたとしてもこの戦国乱世。
最終的には仕えると心に決めた彼の人―――を護るには、武勇が必要になる。 それを早い段階から、彼は悟っていたのだ。
一撃一撃の重みは慶次に遠く及ばないとしても、速さと奇をてらう動きは慶次を翻弄するのには充分だ。
「ハハハ、あんた、敵にしとくにゃ惜しい人材だな」
細剣と天之瓊鉾で打ち合っても、なかなか決着がつかない。
慶次が重量にものを言わせて大地を揺さぶりながら迫っても、久秀は銀糸を巧みに操って凌ぐだけだ。
『細剣より、この糸の方が厄介だね、こりゃ…』
通常の糸ではなく、高度な技術で鉄か何かの鉱石を細く鋭く加工したのだろう。
一見弱々しく見える銀糸は、見目に反して強度と伸縮性に優れている。
『この御仁はなんとかここで仕留めにゃならないか』
攻防を繰り広げる慶次の目つきが変わる。
戦を楽しむ"人"の眼から、獲物を狩る"獣"の眼になる。
豪快な足さばきで久秀との距離を詰めた慶次は、天之瓊鉾の一撃を凌がれると同時に、左腕を振り下ろした。
重い一撃が久秀の頭部を掠めた。 久秀は緊急回避で距離を取り、慶次の動きを封じようと銀糸を操った。
銀糸が慶次の腕に巻きつく。
「待ってたぜ、これをよ」
低い声で慶次は一人愚痴る。
天之瓊鉾を動かさず、慶次は巻き付いた銀糸を逆に己の腕に巻き込むと、力強く久秀を引き寄せた。
「なに!?」
銀糸で腕が引き裂かれても慶次は躊躇いはしなかった。
「あんたを討つのに、腕一本、献上するぜ! 遠慮なく、持って行きなァ!!」
虎が吠えた。 腕力にものを言わされてはひとたまりもない。
重量で負けた久秀は慶次に一気に引き寄せられて、今度こそ、思い切り殴り飛ばされた。 硬く重い拳が久秀の体を襲う。
鈍い音が腹部から響いて、久秀が吐血した。
「がはぁっ!!!」
久秀の顔が、苦悶に大きく歪んだ。
銀糸を捨てて距離を取ろうとするが、喰らいついた虎からは逃げられない。
「悪いな、松永さんよ。あんたが梟なら、俺は虎だ」
慶次は久秀の胸倉を掴んで彼を持ち上げると、思い切り大地に叩きつけた。
そして天之瓊鉾の石突部分で彼の胸を打った。
「ごはっ!!」
音にならない悲鳴が上がり、久秀の体が大地で跳ねる。
とどめの一撃を加えるべく、慶次が天之瓊鉾の刃を振り上げた。
「慶次、避けろ!!」
孫市が吠える。
慶次がその場から飛びのくと同時に、慶次のいた場所を銃弾が撃ち抜いた。
「………来た…か…」
久秀が視線を巡らせる。
ゆらゆらと陽炎のように空間を歪ませて、真紅のからくりが浮かび上がってくる。
進み出てくる真紅のからくりに閉じ込められているのは、服部だ。
「さん!?」
「良かったぜ。一応、無事みたいだな」
孫市が軽口を叩けば、は小さく相槌を返した。
「お願いです、止めて下さい! 貴方は戦に参加してはなりません!!」
はまだ真紅のからくりへの説得を諦めてはいないらしい。
からくりの中で声を上げ続けた。
「あっちもようやく真打登場って所かね」
銀糸に引き裂かれた腕から伝う鮮血をそのままに、慶次は真紅のからくりと対峙する。
ゆるゆると進み出てきた真紅のからくりは、久秀を庇うように孫市と慶次の前に出た。
慶次が己の腕に絡まった銀糸を振り落とし、身構える。
「さて…どうしたもんだろうなァ…」
孫市が狙いを定めながら、乾いた己の唇を舐めた。
遠い未来の技術の粋が詰まったからくりだ。
破壊できるとすれば、自分と三成の扱う爆薬と左近が操る大筒の火力で一発で決めるしかない。
出来る事なら、正面ではなくからくりの底、腹を狙いたい。
だが左近は別の戦場に身を置いて、三成は恐らく東の砦で藤堂高虎を相手取って戦っているはずだ。
『…圧倒的な火力不足かよ…』
手持ちの火力では相打ちに持ち込めるかどうかも怪しい。
孫市が戦略を脳内で練っている間に、久秀は立ち上がった。
致命傷を受けた胸を庇いながら佇む久秀に向かい、真紅のからくりが運転席の扉を開く。
「逃がすか!!」
条件反射で迫って来た孫市、慶次の一撃を受けるより早く、久秀は真紅のからくりの中へと滑り込んだ。
に教わった方法で淀みなくからくりを起動させて、ギアをニュートラルからドライブへと入れ替えた。
「形勢逆転だな、虎よ」
真紅のからくりが唸った。
久秀は逃げる事よりも、眼前の二人を討つことを考えた。
手早くシートベルトを体にかけながら、アクセルを踏み込んだ。
真紅のからくりが急発進する。
慶次と孫市が左右に飛んで難を逃れる。
からくりに弾かれた両軍の騎馬と兵が吹っ飛ばされた先で倒れて、呻いた。
その速さと威力は松永軍、義勇軍双方に恐怖を生んだ。
旋回して狙いを定めるからくりの動きに、逃げ惑う兵の悲鳴が重なる。
孫市は本能で獄焔火具土の引き金を引いた。
重なる銃声とそれを弾く音を聞きながら、戦場を影が走る。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前」
印が切られると同時に、大地が盛り上がった。
岩が、土が、何かに引き寄せられるように集まり、形作られてゆく。
慶次の三倍ほどの大きさになった岩と土の塊は熊に似た姿をとった。
本願寺で半蔵が見せた秘術の劣化版だ。
聊かサイズダウンしているのは術にかける時間が短かった故。 今はこれで精一杯の大きさなのだろう。
岩と土で形作られた熊は、突進してくる真紅のからくりを真っ向から受け止めた。
圧し合ったせいで、タイヤがスタックし、砂埃が巻き起こる。
「滅!!」
艶やかな低音が響き、熊の腕が振り下ろされる。
ぶつかった先が大きく揺れた。 計らずも真紅のからくりの扉が開く。
「きゃあ!!」
中に閉じ込められたままのが怯えて悲鳴を上げる。
そんなの身を保護するベルトが外れた。
扉が再び閉まるよりも早く、半蔵の闇牙黄泉津(いんがよみつ)がの腰に絡みついた。
外へ引き出されたから鎖が外れ、は真っ逆さまに頭から大地へと落ちる。
「とっと…!」
あわや頭から大地に激突という所で、は慶次に受け止められた。
「あ、ありがとうございます〜〜〜」
恐怖で涙ぐむを、慶次がその場に下ろした。
「さん、大丈夫かい?」
「は、はい」
は逃げる事も忘れて真紅のからくりと、夫が操る熊の攻防を見守った。
押し合いを続けていた真紅のからくりと熊の攻防は、真紅のからくりが制した。
やはり術の発動にかける時間が短すぎたのが痛恨だった。
「振出しかよ!」
ぼやきながらも孫市は庇うようにの前に立った。獄焔火具土を構える。
「相打ちにでも持ちこめりゃ、御の字かもしれねぇな…」
慶次が低く言い、気を錬成した。
奥義を叩きこむ心づもりのようだ。
「この一挙手一投足が…すべてを決める…」
真紅のからくりを操る久秀にも、それは分かったのか、不敵に笑った。
額に汗が浮き、口の端から血が滴る。
「だが…全てを手に入れるのは…お前達ではない……私だ…」
ギアを入れ替えて、松永久秀が強くアクセルを踏み込んだ。
慶次、孫市、半蔵が息を呑んで身構える。
が、対峙した場所からからくりは1mmたりとも動きはしなかった。
「?!」
慶次も、久秀も、誰も彼もが顔色を変えた。
先程のぶつかり合いでどこかが壊れたのだろうか?
はたまた別の理由で沈黙したのか? 誰にもすぐには判別がつかなかった。
真紅のからくりは全機能が停止したように、躍動音すら潜めた。
「…おのれ!! かような時に!!!
さては、服部!! 貴様、何か仕掛けたか!!!!」
「?!」
そんな事はしていないと、が驚き、脅えも露に首を振る。
続く番狂わせがそうさせるのか、はたまた肉体の限界から来る苛立ちがそうさせるのか、久秀の顔から余裕が消える。
彼はだけでも殺そうと、ギアを操作し続けた。
「はぅぅ…」
が自分の頭に両手を重ねて瞼を閉じ、その場で丸くなる。
仕掛けられる前に、こちらが仕掛けるべきだと判断したのか、慶次と孫市が打って出た。
すると沈黙したはずの真紅のからくりが躍動した。
素早い動きでその場に弧を描いた。巻き上がった砂煙が盾代わりになり、慶次と孫市を退ける。
二人と距離を取るように動いた真紅のからくりの不可解な動きに、久秀が怪訝な顔をすれば、無機質な声が響いた。
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