聖女の腕(かいな) |
「奴はここぞという時に毛利を滅ぼしました。じゃー、どうやってそれを成し得たのか? って話になるんですが…。 「………まさか、あの後詰は…」
「ええ。そうです。二万は固いと踏んでいた後詰が五万ですよ? 倍以上だ。 「あの後詰は毛利の為のものではなかったというのか」 「ええ。時が来た時に、と松永家の兵とで毛利・北条連合を挟撃出るように配備したんですよ。あの男はね。 左近の弁を孫市が補足した。 「ゆくゆくは自分の作った国に姫君を迎えるつもりだったんなら、の所領が荒れようが、 「……あの男の、への忠誠は……疑う余地は…皆無だというのか……邪念など一つもないと…。」
「そうなります。姫の話じゃ、奴はからくりに誑かされ、姫の為の国を作って来たそうですが… 「ようやく合点がいった」 左近の言葉に吉継が同調した。 「松永家の国元には三つの城がある。 「どういう事だ?」 「簡単な事だ。何者かが攻め寄せた時、主が城を捨てても次の一手が打てるように、同じ機能を備えた城を作った」 話しを聞いていた幸村が気がついたように言った。
「一つの城を滅ぼしても、主が他の城へと落ち伸び体勢さえ整えれば、他の二つの城の力で取られた城も取り返せる、 孫市も同じように考えていたらしい。 「かーっ、やってらんねーな。俺も散々尽くしてきたつもりだが、上には上がいたって事かよ…」 「それで玉砕し、死んでいては意味がないがな」 三成の毒に対し、慶次は苦笑する。 「まぁ、お前さんの言う通りではあるがね、俺らには真似できない芸当だ。 「どういう意味だ」 視線を険しくする三成に対し、左近が言った。 「殿、久秀の為じゃない。姫の為です。 「俺はこれでも充分合わせてるぞ。 破天荒なの素行を諌め、執務にも精を出す彼の事を考えれば、ここは「その通りです」と頭が下がる。 「ふん…まぁ、いい。色々辛酸を舐めさせられたからな…。 「何するんです?」 「を幸せにしてみせる」 さらりと爆弾発言をして三成がその場から離れる。 「宣戦布告かよ?」 「先の戦を経て、三成も少しは大人になったってとこかね?」 「こりゃ、うかうかしてらんねぇな」 慶次、孫市が続いて歩き出し、その場に残る形になった幸村と左近が同じように残る吉継達を見た。 「……心配には及ばない…」 吉継は純白の扇を口元に添えて囁くように話す。
「元より、あの方がどこかの姫君に懸想していた事は、松永家に古来より仕える将の間では公然の秘密だった。 言葉を濁した吉継の後を藤堂高虎が継いだ。
「俺は特にあの人に恩義はない。かと言って今から明智に流れても遇される可能性は無いに等しい。 「そう言って頂けて、嬉しく思います。 幸村の弁を聞いていた吉継が、ふと何かに気がついたように扇を閉じた。 「時に幸村殿」 「はい、なんでしょうか」 「君も姫君を想っているのか?」 「えっ?! あ、いえ…あ、わ、私は……その…え、ええと…」 直球な問いかけに幸村が慌てて赤面すれば、小西行長がにやにやと笑う。 「ふむ…面白いな」 「え、何がですか!?」 動揺する幸村を無視して、吉継は行長に問う。 「行長、君はどう見る?」 「自分は誰でも構いまへん。贔屓してくれた方につくさかい」 「そうか、俺は幸村殿を推そう」 「三成さんはええんですか? 親友やろ?」 「だからだよ。三成が苦労するのを遠巻きに見て、進退極まった時に手を貸してやるのが楽しいんだ」 しれっとした顔で回答する吉継を見、幸村はしみじみと思った。
慶次の励ましを受けてなんとか立ち直ったが酒席で酒豪である事を公にして方々の度肝を抜いている頃のこと。 『……痛感した、私ではだめだ……これ以上、我が君を護る事は出来ない……やはり我が君のお傍には…』
先の法力合戦で善戦を果たしたものの、共に祈祷を上げた陰陽師の多くが未だ黄泉と今生の境にて彷徨っている。 「…殿、すまない……私に出来るのは……ここまでだ…」 自身の荷物を取りまとめ、兼続は城を発つ。 「兼続、久しいな」 「はっ、此度のお召し、恐悦至極にございます、謙信公!」 「何か、お話があるのでしょう?」 妖艶な笑みを浮かべる綾御前と、厳しい眼差しの上杉謙信の前で、兼続は身を正し、平伏した。 「この首を掛けて、謙信公に訴えたい儀があり、馳せ参じました!」 「聞こう」 「はっ!」
所、戻って家。 「梶様、こちらですわ」 「う、うむ…」 に手を引かれて、身嗜みを整えた梶が謁見の間に入ってくる。 「徳川家康が、側室。梶と申します」 不安を現すような、か細い声で名乗りを上げ、平伏する。 「…むう…」 『可愛い子だなぁ〜。この子が家康様の側室か〜』 ちらりと家康を見れば、妻を見るというよりは娘の一人を見るような、複雑な顔をしている。 『まぁ、当然かも…』 「…此度の所業、申し開きもございませぬ。どのような咎も謹んで賜ります。 梶の言葉を聞いていないのかは惚けたままだ。 「あ、えーっとね…今回のミスってどれ位重大?」 昏睡していた為事実関係の把握に疎いが問えば、政宗が答えた。 「梶殿の行動はの中枢を混乱に陥れた。 「お、お待ち下さい!!」 家康の名を出されて梶が動揺する。 「どうした?」 発言を許されたが言う。 「誤解があっただけなのです。私は気にしてなどおりませんわ」 「そういうことではないのだ。」 三成がため息交じりにの発言を退けた。 「…三成様……政宗様…」 どうにかお咎めなしになりはしないものかと、は二人に視線を向ける。 「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど…。 皆が胃に感じる刺すような痛みに耐えていると、が独白めいた質問を繰り出してきた。 「そりゃ、童でもなきゃ大変な事なんさ!」 「ですよねー」 勝手に分かりあってる二人は顔を見合せてにやにやと笑う。 「梶さんの罪は、打ち首が相当なんでしょ?」 「そうなるな、だが家康が不在時の功績を寛大に汲めぬ事はないと思うが」 「寛大に汲んじゃ駄目だよ。公正さは大事。やっぱり締めるところは締めとかないとね」 「様…!」 が心配そうに身を乗り出せば、は視線で「信じて」と答えた。 「じゃ、梶さんは打ち首って事で。 「え…」 よいしょ、と小さく掛け声を掛けてが立ち上がる。 「誰か剃刀、持ってきてー」 声をかければ、すぐさま控えていた女中達が動いた。 「動かないでね? 危ないから」 「え、あ…え…?」 少しだけ身を起こした梶が動揺して小さく体を震わせた。 「ちゃんさー、私の部屋のタンスからリボン持ってきてくれる? 白いやつ」 「結い紐の事ですわね?」 「そそ」 「失礼致しますわ」とが告げて、立ち上がる。 「えー、そんな事ないよ。ちゃんと綺麗に切れてたって」 「いいや。歪んでいた」 「もー、三成は細かいな〜。髪なんかすぐ伸びるでしょー」 「お前、女とも思えぬ発言だな」 「ほっといてよ」
ブチブチと言い合う二人のやり取りは、場の雰囲気に不釣り合いなほど和気藹々としていた。 「お持ち致しました」 剃刀と同じ要領で渡された結い紐をが取り上げた。 「うん! やっぱ、短くても充分可愛い! 綺麗な黒髪だから絶対に白が似合うと思ったのよね〜」 自画自賛しているの横で三成が「ふむ」と小さく息を吐く。 「この方が落ち着くだろう」 「ああ、それもそうかもね」
すっかり裁可そっちのけで髪いじりに夢中になっている二人を戒めるように、政宗がわざとらしく咳払いする。 「どう? どう? 可愛いですよね?」 「あ…はぁ…」 目を丸くする家康の脇腹を秀吉が小突く。 「家康殿〜照れてちゃいかんで〜、こういう時は素直に褒めんといかん!!」 「ですよね〜」 「梶殿、めちゃくちゃ可愛いんさ〜」 「ん? 誰の事?」 秀吉の言葉にがきょとんとした顔で問い返す。 「梶さんはもう死んだのよ。髪がその証拠。この子はね………そうだなぁ…」 「お勝! そう、お勝にござる!」 家康がの考えを読み、咄嗟に口を挟めば、も満足そうに微笑んで頷いた。 「そう、家康様の新しい側室のお勝ちゃんよ」 勝の傍から離れて、は上座に戻る。 「お勝ちゃん、これからはちゃんと一緒に奥向きの事二人で仲良く宜しくね!」 「はい!! 誠心誠意、務めますれば!!!」 今度こそ勝は泣いた。 「じゃ、このお話はおしまい! 高坂さん、お勝ちゃんの出自とかその辺の捏造適当にそれっぽくお願いしますね」 「はい、畏まりました」
|
戻 - 目次 - 進 |
家、お家騒動一件落着。(20.07.19.) |