前田慶次の勝てない人 |
「ムキィーーーー!!! ムカつく、ムカつくー!! あいつ、何時か絶対にぶん殴ってやるーー!!」 今日も今日とて、の執務室で何かが倒壊する音と、凄まじい地団駄が聞こえて来た。 「根性悪!! ナルシスト!! 腐れ外道!!」
次々に飛び出す暴言と共に、部屋の中央では怒り顔の米俵君二号が振り回されている。 「どうしたのだ、殿」 米俵君二号を振り回していたが兼続の声に我に返って振り返った。 「兼続さん、聞いてよ!!」
来ると思ったとばかりに兼続は米俵君一号と確認の為に持参した書面とを差し出した。 「で、何があったのだ?」 「あいつよ、あいつ!! 不義の塊、万年反抗期石田三成!!」 さり気無く"不義"と呼ぶことで自分を引き込もうとしているな、と兼続は思った。 「あいつ朝っぱらから人の顔じろじろと見て、開口一発なんて言ったと思う?」 「さぁ…想像出来兼ねるが…」
「太ったか? って言ったのよ?! パスタもドリアも食べれないし、ケーキもチョコもない!! 爆発し続けるの様子を見て、最初の頃は何事かと思った。 「全く、どうしょうもないな」 事情を耳にした兼続は、 呆れたように顔を顰めながら相槌を打った。 「でしょ?! どういう事よ、私がデブだっていうの?! これでも自分の世界にいた頃よりも痩せてんのよ?!」 ヒステリックにがなりまくるの声を聞く兼続は、ふと不思議になっての後方へと密かに視線を移した。 「…慶次」 「んあ?」
下った時からずっと見て来た友人は、目前で立腹する姫に心底惹かれているのか、事あるごとに肩を持ち、依怙贔屓と思えるような発言ばかりをしてきた。 「諌めなかったのか」 「誰を? 三成をかい?」 「ああ」 「俺がとやかく口を挟むことじゃないだろ」 『ム? 珍しく突き放すな』 兼続が目を見張り、一方で何も分かっていないらしいがこくこくと相槌を打った。 「そうよ、慶次さんまで巻き込むわけにはいかないよ。これは私とあの反抗期との仁義なき戦いなのよ!!」 鼻息の荒いの言葉を聞いた慶次の顔が不愉快そうに歪む。 『ああ、なるほど。そういう事か』 何時如何なる時もの価値観を許容し、皆が否を唱える時もただ一人での味方となっていた天下御免の大傾寄者・前田慶次。彼はの守護者として常にの傍にいた。 『ふ……あの慶次でも、スネるか…』 友の意外な一面を垣間見て兼続は微笑んだ。 「ちょっと兼続さん、ちゃんと聞いてます?!」 「失礼、それで…?」 怪訝な面持ちのに問われた兼続は、視線をへと戻した。 「だからね、兼続さんさ。あの反抗期の数少ない友達なんでしょ? 左近さんと幸村さんが言ってた」 「ああ、そうだ」 「じゃさ、あいつの弱点とか知らない?」 「知ってどうする?」 「決まってんでしょ、ボコボコにして目にもの見せてやるのよ!!」 鼻息荒く、己の拳を握り締めて天高く突き上げたの背を、慶次の視線が追いかける。 「闇打ちしたいのであれば、慶次に頼む方が早いと思うが?」 慶次が緩慢な動作で身を起こせば、は振り上げた拳を下した。 「あー、それはダメ。全ッッッ然、ダメ。自力でやりたいの」 またとんでもなく高い目標を掲げたものだと思う一方で、再び横になった慶次の不貞腐れた顔を見ると、ついついおかしくなってしまって、兼続は込み上げてくる笑いを咳払いで誤魔化した。 「度々失礼。しかし、策を弄するのは戦の基本だ」
「言いたい事は分かる。でもさ、慶次さんと三成じゃ、圧倒的に慶次さんに分があるじゃん? 「…そうか…」
一目置かれてはいる。これでは満足出来ないか? と密かに視線で慶次に問いかけた。 「だからね、こうさ。下剤盛るとかさ…しびれ針打ち込むとかさ、なんかない??」
慶次の参戦は卑怯の一言で片づけたくせに、考えを巡らすと出てくるのはそれ以上の卑怯行為ばかりだ。 「兼続さん!! 笑わないでよ、こっちは真剣なんだからね」 「いや、申し訳ない。だが…今の方法では半蔵を巻き込むことになるのではないか。 「あ…そうか……。あ、じゃさ、自分で作る。材料掻き集めてさ。 「あいつの事だ、板場の者を血祭りに上げるぞ」 「…うーん…それもだめか…。
「三成は気配に敏感だぞ。更に助言すると、バレた時に説教と嫌味の二段構えが待ってるだろう。 「…うーん…意外と三成の防衛網って濃いのね」 決してそう言うわけではないのだが。 『もしかして、ずっとこれなのか?』 視線で後方の慶次に問えば、慶次は視線だけで肯定した。 「……くっそー…あの野郎……どうにかして…ッ!!」 復讐方法模索の迷図は、想像以上に難解のようだ。 「殿?」 怒りが一線を振り切ったようで、無言のままは立ち上がった。 「あー、また始まった」 「だって、本当にムカつくんだもんっ!!」 慶次の声に、は声だけで答えた。 「ムキー!!」 「さん、何度も言ってるだろ?」 寝転がったまま慶次は言う。 「さんは全然太ってないって」
「そりゃねっ!! 慶次さんから見りゃ、大抵の人は小さいし、痩せて見えるわよ!? 「だめだ、こりゃ」とばかりに慶次が小さく息を吐いて、寝返りを打った。 『悪循環もいいところだな』 兼続が湯呑を取り上げて、入れられた茶を飲み干す。 「我が君、しばし宜しいか」 「何?!」 ついに米俵君一号にヘッドロックを掛けたに兼続は座したままままで言った。 「以前、私とや……政宗に言った言葉を覚えておいでか?」 問いかけを受けたが寄せていた眉を緩めた。 「そっか、シカトすればいいんだ。うん、そうする。有り難う、兼続さん」 「いや、力になれれば何よりだ」 「時に…今更だけど、兼続さんの用事って?」 米俵君一号を手放したの問いかけを受けた兼続は、ようやく本題に入れるとばかりに姿勢を正した。
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