前田慶次の勝てない人 |
その後、兼続の助言は悲しいくらいに役に立たない事が分かった。 「どうじゃ、慶次!! たまには花町にでも繰り出すか!?」 「いや、いい」 「そういわず、たまには飲みましょうや」 「あー、んー、やっぱいい。何、気が乗らないだけさ。あんたらだけで行ってきな」
なんとなく空気を察した秀吉や左近が花町に行ってみるのはどうかと取り成したが、それも不発に終わった。 「あれだけキレてりゃ、俺が駆けつけるまで自力でどうにかするだろ」 そう言った慶次は、内勤勢の制止を振り切り、街へと降りて好き勝手に過ごし始めた。 「様…!! 慶次殿が!!」 「おのれ、ツンデレーッ! なんなのよ、あの態度!! 「どうしよう…聞いてくれない…」 出て行く慶次を止める事は出来ず、かといって目の前で暴れるを一人にも出来ず、止める事も出来ない。 「…あれ、慶次さんは?」 きっかり半刻、小十郎と半兵衛を巻き込んで、は暴れに暴れた。 「ええと、その…街へ…」 「え。職務放棄? まぁ、慶次さんらしいっていえば、そうだけど……。 平和ボケしているのが丸分かりな感想を漏らすに、小十郎と半兵衛は眩暈を覚えて、己の目元を覆った。 「キーーーー!! 玉子って何よ、玉子って!!」
よれよれになってゆく米俵君二号を前に、小十郎、半兵衛、家康は目頭を覆い肩で息を吐く。 「すみませんなぁ…」 「ほんに、申し訳ない…」 「いやいや、仕方あるまいて」 被害者となった三人は互いを労いながら頭を抱える。 「せめて慶次殿の方を…」 「その事なんですが…昨日はついに城に戻らなかったそうで…」 「なんとっ!!」 家の守護神も言うべき男が、こんな事で野に下ったらどうしようかと、家康は目を丸くする。 「ああ、でも戻らなくて正解やもしれません」 「何故ですかな?」 「慶次殿がいないせいか、三成殿も様を一人には出来ないと、秀吉殿と共にちょこちょこ顔を出されるのですよ」 「ですがその度に様はあの調子に…」 「そのせいか、最近では城内でも色々と噂になり始めたようで…」 「噂…ですか。して、どのようなっ?!」 「"狐が姫に取り入り、虎を遠ざけた"と」 「事情が事情ですから今慶次殿が戻れば、様を巡って三成殿と殿中で抜刀沙汰になり兼ねないやもしれません」 「おお、何という事だ…!! これはいかん、どうしてもお諌めせねばッ!!」 小十郎と半兵衛からあれやこれやと聞かされた家康は、意を決してキレて暴れまくるの前へと進み出た。 「様、家康の話を聞いて下され!!」 「え、何?! どうかしました?」 米俵君二号の首を絞めていたが我に返って目を瞬かせる。 「…う…うぅ……だ、だめだ………い、胃が…」
こってり二時間、家康に泣き落されたは、そこで初めて自分が犯したミスについての微かなヒントを掴んだ。 「…どうしよう、家康様の言たいこと、全ッッッッ然、分かんない。分かる?」 思考の壁に行き着いたは、よりにもよってその話を、慶次、三成の共通の恋敵である左近・幸村へと振った。 「しばし任で城を離れるが、その前に一つ、私が助言をしよう」 兼続の言葉に、は素直に耳を傾けた。 「例えばの話だ。ある日、ある人が子猫を拾った。 感受性が強いのだろう。心配そうな顔をするの前で兼続は安心させようと柔らかく微笑む。
「拾った者はその弱った子猫を親身になって看病し、回復した後も大切に飼った。 「うんうん」 想像しているのか、は穏やかな笑みを浮かべて何度か相槌を打った。 「だが、その幸せは長くは続かなかった」 「どうして?」 「飼い主が新たに子狐を一匹拾ってくる」 「仲間が増えるのね」
「ああ。子猫はそのつもりだった。けれど、そう悠長にも構えていられない事がすぐに分かった。 兼続は、そこで熟考させる為に敢えて言葉を止めた。 「それって、なんかちょっと…寂しいね……。捨てられちゃったの??」 「いや、ちゃんと世話はする。けれど、以前ほど親身になって構わない」 「そ、そう」 「ところで、もしもの話だが」 「ん、何?」 「殿がその子猫の立場なら、どうする?」 首を傾げるに向い、兼続は淡々と問いかけた。 「どうって……そりゃやっぱり、平等に扱ってほしいし…」 「そうだな、平等でなくてはな。 「大らかな、者?」 子猫の話から突然話が飛んだ事に気がついて、は困惑に顔を歪める。 「先にも言った通り、これは例え話だ。殿が今向かい合わねばならぬのは、飢えた虎というところだな」 "虎"と表現されて、はぴんと来たように目を見張った。 「良く、考えるといい。答えはきっと見つかる。 部屋を出た兼続の背を見送ったは、文机の上へと肘をついて掌に己の顔を乗せると、思いを巡らせ始めた。
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