前田慶次の勝てない人 |
悶々と考えて、答えが出ぬまま数日が過ぎて。 「あ」 「お」
場所は城内の書庫へと向かう人通りの多い廊下のど真ん中。そこで二人は互いに動きを止めた。 「…あー、特に用がなきゃ俺は行くが…」 の強張った顔を見た慶次はバツが悪そうに顔を顰めた。 『あ…そうか、そうなんだ… 』
不思議なもので、今の今まで散々悩んでいたのに、慶次に会ったらあっという間に閃いた。 『…もし、私があの子猫なら…』 このまま時間をおいても、良い解決策など見出せまい。 「慶次さん」 「ん、なんだい?」 が固い声で慶次を呼ぶ。 「慶次さん」 彼の心の動きを知らぬは、慶次が振り返っただけでほんの少しの満足感を得たようだった。 「慶次さん」
取り戻しかけている何かの温もりを確かめるように、嬉しそうにもう一度、呼ぶ。 「ねぇ、慶次さん」 一方で、呼ばれ続ける慶次はというと、ほんの少し怪訝な眼差しでの事を見降ろしていた。 『…やれやれ、参ったねぇ…魅入られちまう…』 向けられる視線に酔いながら、言葉を待った。 「ちょっと、しゃがんで」 「あ、ああ」 主従でのやりとりだ、不自然さはない。 「これでいいかい?」 問う慶次の言葉には何も答えずに、は一歩一歩着実に慶次との距離を縮める。 「さ…」 それ以上、慶次の言葉は続かなかった。 「…おいおい…こりゃ一体どういう事ですかね」 「なっ! 様!?」 「おい、邪魔だ。そこをど…け…」
丁度必要な書簡の束を取り出して書庫から出てきた三成、左近、幸村が、遠目にと慶次の姿を認め息を呑んだ。 「…さん?」 周囲の視線が痛い。 「ほわぁ〜、こりゃまた…なんちゅー」 「様、こ、このような場で何を!!」
外回りを終えて戻ってきた秀吉と家康の声が、書庫とは逆の方から聞こえてくる。 「あ、皆…丁度良かった、あのね」 言いかけたの背後へと冷徹な気配が迫ってきて立ち止った。 「ッツ!! いったいなっ!! 何すんのよ、反抗期ッ!!」
己の後頭部を押さえて振り返れば、そこに眉間にしわを寄せて米神に血管を浮き立たせた三成がいた。 「えっ、あ、何、やっぱ、マズイ? こういうの…」 「当たり前だろうが。それから貴様もどさくさに紛れて腰を抱くな」 「自然の摂理でな、悪いな」 指摘されるまで自身気がついていなかったのかもしれない。 「悪いと思うならさっさとその手を退けたらどうだ」 の意思ならばともかく、三成の言葉では動くつもりはないとでもいうのだろうか。 「…貴様…」 三成と慶次の間に不穏な空気が流れる。 「お前も何時までも甘んじて受け入れているんじゃない!」 三成が再度扇を振り上げての頭の上へと振り下せば、の腰から離れた慶次の片腕が三成の扇を掴んだ。 「感心しないねぇ」 「! 邪魔立てしないでもらおうか…俺は、の」 「教育係だったか? だが生憎俺はさんの護衛なんだよねぇ…。 「ほう? 死にたいようだな」 「それはどっちのことかねぇ? お前さんが俺に勝てるとは、思えないんだがね」 条件反射で両手で自分の頭を庇い、瞼を閉じていたが恐る恐る瞼を開いた。 「ひっ! ちょ、な、何?! 何この空気…?!」 「様!! い、一体…これはどのようなお考えで…!!」 そこへ幸村が上擦った声で割り込んで来た。彼の後に左近も続いている。 「あ…幸村さん…と、左近さん…」
『んー…この場合、慶次さんだけじゃない方がいいのかな? うんと…やっぱ、その方がきっといいんだよね? 二人に気がついたは、慶次から離れると今度は幸村へ慶次にしたのと同じことをした。 「あー、姫? 気持ちは嬉しいんですけどね、一体、これには何の意味があるんですかね?」 しっかり慶次と同じようにの腰に手を回しつつ左近が問えば、は左近と少し距離を置いて支離滅裂な言い訳を口にし始めた。 「だって兼続さんが自分に置き換えて考えてみろっていうから…」 「「「「兼続?!」」」
予想外の名が出てきたことで周囲は怪訝な面持ちをして、声を重ね合わせた。
「だってね、自分があの子猫になったとしたら、飼い主に愛でて貰えなくなったらすごく淋しいし、悲しいし、 「あの、姫。その前に、どっから猫が出て来たんですか?」 「様、猫を飼いたいのですか?」 「支離滅裂過ぎるぞ、もっと理路整然と説明せんか」 仏頂面の三成に詰め寄られたは眉を吊り上げて逆に食ってかかった。
「何よ、元はと言えば、全部アンタのせいでしょっ?! そんなに知りたいなら、兼続さんに聞きに行けばッ?! 鼻息荒くその場を後にしたを、慶次、左近、幸村、三成が見送る。 「……なんで、わしだけしてもらえんの??」 秀吉が酷く凹み、 「…ご、ご病気か?!」 「い、市、某は!!」 家康と長政が焦り、 「分かっておりますから、長政様。それよりも…」 市が宥め、 「何だったんじゃ、一体? ……全く、兼続が絡むとろくな事がないわ」 政宗がしみじみと呟く。 「あの言葉? …どれだ一体…?」 そして諸悪の根源呼ばわりされた三成は、当然、何一つ理解してはいなかった。
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